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より高い給与を得るには(2)

より高い給与を得るには(2

 

さて、働く人一人ひとりが自分の給与をより高くしようと思ったら、最初に給与の中身をしっかりと理解する必要があります。自分の給与がどのような項目で構成されているのか、月例給与だけでなく、賞与やその他の臨時に支給される給与にはどのようなものがあり、それらが年収に占める割合はどの程度なのか、しっかりと頭の中に入れておきましょう。

 

月例給与は定額で支給される部分と毎月変動する(可能性がある)部分とに分かれます。

定額で支給される部分というのは、基本給及び固定的な(毎月決まった額が支給される)手当類から構成されていることが圧倒的に多いでしょう。正規雇用者であればそう断言できそうですが、非正規雇用者の場合、時給単価は予め決まっていても出勤日数や勤務時間数によって労働時間数が変動するので、基本給といえども月によって異なる金額が支給されるのが一般的です。

正規雇用者の基本給は「基本給」または「本給」という名称の下、1種類で構成されている企業もありますが、多くは基本給が更にいくつかに細分化されていることが多いでしょう。例えば、「本人給」「職能給」「職務給」「能力給」「職責給」などがあります。

これらは就業規則、特に給与に関する規程によって定められているもので、一定のルールに従って、毎月の支給額が決められています。年俸制を採っている企業で毎年、年俸を交渉することが制度化(または慣例化)していれば別ですが、通常は一人の従業員の意向でそのルール自体を変更することはできませんから、どんな工夫をしようとしても一従業員の立場では、自分の意思で給与を上げることは不可能です(注2)。制度的に(ルール上)、定期昇給があれば毎年、一定の昇給が見込めることもありますが、個人の力量や給与交渉で昇給額(率)を変えることはできません。

 

この点は手当類についても同様です。住宅手当、家族(扶養)手当、役職手当、職務手当など一定の基準で毎月定額が支払われる手当類は、そのルール自体を変更しない限り、増額も減額もできません。ルールの変更は、労使協議を通じて最終的には会社の意思決定事項ですから、個人の裁量が及ぶものではありません。実際には、子供が生まれるなどして扶養家族の人数が増えるなどすると、その翌月から家族(扶養)手当が月額数万円増えるといったことはあるかもしれませんが、自分の給与月額を増やすために扶養家族を増やそうとする人は、まずいないでしょう。

手当のうち、時間外勤務手当や休日勤務手当・深夜勤務手当は、実際に時間外勤務(いわゆる残業)を行ったり、休日出勤や深夜勤務を命じられたりした場合には、必ず支給されます。会社の命令(現実には上司の指示・命令)で行うものであり、その上限が法的にも決められているものですから、ゼロの月もあれば多少の時間数となる月もあります。とはいえ、いずれも従業員個人が自分の意思だけで増減できるものではありません。

 

なお、契約社員や嘱託社員といった非正規雇用者の一部には、歩合制など毎月の実績に応じて支払われる給与体系が適用されている人がいます。金融関連・小売り(販売)業・不動産関連・物流などで見られるものですが、歩合給のウエイトが高いほど個人の力量によって仕事の結果が左右されるはずです。このような場合は、従業員個人の意思や能力やモチベーションが給与に反映されるので、「今月は給与を多くしたい」から今まで以上に頑張ろうという人も出てくるかもしれません。

このようなケースで、先月よりは今月、昨年よりは今年と給与を継続的に引き上げていこうとすれば、無限に頑張り続けなければなりませんから、長い間やり続けることは原理的に不可能です。このことは働く人がしっかりと自覚しておかなければ、体調を崩したり過労死につながったりするかもしれません。あくまでも、ある一定の時期だけ頑張って稼ぐということが前提条件として受け入れることができる場合にのみ歩合制を選ぶのであれば、ひとつの働き方と言えるでしょう。

 

歩合制を除くと実質的には、毎月の給与のうち、働く人がいかに頑張っても(反対に頑張らなくても)大きく変動する部分はほとんどないと言ってもよいでしょう。いわゆる賃上げというのは、ルール上昇給させることが決まっているものを定期昇給といい、労使交渉の結果や経営判断で一定の金額か率で昇給させるものをベースアップといいますが、これらも従業員個人の意思で変えることができるものではありません。

歩合制ほどではないにしても、一般の企業でも個人の業績評価に応じて昇給に差がつくことはあるでしょう。ただし、個人の業績評価がもたらす給与の差とはいっても、評価結果が反映されるのは基本給昇給(の一部)なので、月額の差は1回の評価では1万円もつくことは、まずないでしょう。

それに対して昇進や昇格が違えば、月額で数万円の差はつくでしょう。仮に管理職に昇進して、基本給の増額分や役付手当の加算分で月額5万円昇給したとしましょう。年間で60万円、賞与への反映分を含めると100万円は給与がアップしてもおかしくはありません。昇進や昇格のスピードが違えば、必然的に月例給与でも年収ベースでも100万円単位の相当な差がつくはずです。

しかし、管理職に登用されるということは同時に時間外勤務手当の適用対象から外れたり、外勤(営業)手当などの職務に関連した手当がなくなったりすることを意味します。すると、月額はあまり変わらないか、増えても1万円程度ということもあります。会社の業績が悪くなれば、個人的にはいかに成果を挙げたとしても、管理職は一律に賞与カットということもありますから、時には年収ベースでダウンということもあり得ます。

さすがに、役員(執行役員や常勤取締役)に就任するほど昇進が進めば、給与(役員報酬)の面では一般の社員とは少なくとも一桁は違う水準にまでアップするはずです。大手上場企業ともなれば、管理職と役員では給与(報酬)水準の差は1千万単位から億円単位となるケースも珍しくはないでしょう。

ちなみに、役員にまで昇進し続けるのは、正規雇用者のなかでも極めて限られた人数ですから、単に能力が高いとか実績を出し続けることができたといったこと以上に、他社からの転職や合併で人事が予想外に変化したとか不祥事で役員が総入れ替えになるといった運の要素も無視できません。ここでも、個人の実力だけで昇進・昇給が意のままに実現するわけではないのです。

 

年間で考えると給与は毎月のものだけでなく、賞与などの季節的に支払われるものや昨年来のインフレ手当のように臨時に支払われるものもあります。

賞与は、会社によって様々ですが、一般にイメージされるのは、夏と冬の年2回に分けて支払われるものでしょう。たとえば、1回につき標準的には基本給の3ヶ月分が支給されるとすれば、年収は12ヶ月分(月例給の12か月分)に6ヶ月を加えたものになりそうです。

注意したいのは、一般に、月例給には諸手当が含まれており、賞与には含まれていないことです。つまり、年収は月例給の18ヶ月分ではなく、月例給の12か月分に基本給の6か月分を加えた額ということです。ここで月例給に占める基本給の割合を3分の2とすれば、年収は月例給の16か月分(1262/3)に相当するということです。もちろん、賞与の計算式や支給方法は会社によって異なりますし、月例給に占める諸手当の割合も様々ですが、求人の条件で「賞与実績6ヶ月分」とあっても、それが意味するところは月例給与の18か月分が年収になるとは必ずしも限らないということです。

言い換えれば、月例給与は同額であっても、賞与の対象となる基本給が月例給に占める割合が高いとか、賞与の計算方式が基本給とは直接リンクしない方式(役職や事業部門ごとに定額など)を採用している企業に転職するとルールが変わったことで賞与が増えることも十分にあり得ます。

また、賞与については支給日時点の在籍基準を適用する会社も多いので、賞与の支給日前に退職してしまうと、賞与の算定期間はしっかりと働いていたとしても、支給日(算定期間よりも3ヶ月程度、後にずれていることが一般的)にその会社に勤務していないと賞与は貰えないということが往々にして出てきます。一例を挙げると、49月が賞与の算定期間で支給日が1210日という場合です。ここで129日付で退職してしまうと賞与は支給されません。このように、賞与の支給方式について、しっかりと理解しておくことが必要です。

 

以上、述べてきたことからわかるように、給与や賞与は事前に定められたルールや計算式などに従って支給額や昇給額が決まるので、そこに個人の事情や給与を引き上げる交渉の余地はほとんどないと言わざるを得ません。集団であれば、西欧諸国のように労働組合がストを行って賃上げを勝ち取るという手法もあり得ますが、日本では実効性に乏しいでしょう。

個人としてできることは、異動や転職といった行動を通じて、給与金額そのものをゼロから契約し直す機会を意図的に設けることではないでしょうか。もちろん、そうした行動(仕掛け)が必ず給与の引き上げをもたらすわけではありませんし、下手に転職活動をすれば結果として給与が下がってしまうケースも現実にはたくさんあります。そのリスクとリターンを見極めるには、現状の自分の給与の立ち位置を見定めることが不可欠です。

 

(3)に続く

 

【注2

今回述べているもののうち、月例給与に関しては、以前にも当コラムで論及したものがあります。直接関連するものを以下に挙げておきます。

2%の賃上げで毎月の賃金は必ず2%増えるのか? - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)

賃上げはどのように行われるのか? - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)

賃上げをすると格差が広がる? - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)

レンジマトリクス方式による賃金管理とは(1) - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)

 

作成 QMS代表 井田 修(202324日)