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40年前の新入社員

 

今からちょうど40年前、1984年に新規学卒定期採用で筆者はある会社に入社しました。その時に、いわゆる同期として入社した総合職は全員で8人(うち女性1名)でした。当時は、総合職と一般職の二つの職系に分けて採用を行うのが大手企業では一般的で、筆者が入社した会社は親会社の人事体系を準用していたようでした。

これらの新入社員のうち、1名は30歳代で在職中に病気で急逝しましたが、他は40年後の現在もそれぞれの分野で活動しています。公認会計士、証券アナリスト、現役の経営者、経営学の大学教授、と取得した資格や肩書を並べてみると、当時の新入社員の人材育成としては一応成果が出たと言えるのではないでしょうか。

キャリアとしては、他社への転職やベンチャービジネスへの参画を経て専門職として独立し事務所を開設したものが2名、海外MBA取得から他社の経営者となった者が1名、国内MBA取得から博士号を取得しアカデミーに進んだ者が1名、グループ会社への転籍が1名などとなっており、入社当時の組織に現在も所属しているものは一人もいません。人材育成は、自社で活躍する社員を作ることであると定義するならば、40年前に入社した会社は成功しなかったということになりますが、ビジネスパーソンとして活躍していることから見れば、相応の成果と言えるのではないでしょうか。

この例からもわかるように、40年前にビジネスパーソンとしてキャリアを開始した人々の大半が、既に終身雇用とは無縁のキャリアを歩んでいます。年功序列の処遇といっても、新卒で入社した会社に仮に年功序列の処遇体系があったとしても、その恩恵に浴する前に退職している者が大半です。

もちろん、同じ時代に社会人となった人々のなかには、終身雇用や年功序列の処遇を受けてきた人たちもいるでしょう。ただ、それは極めて限られた組織や業界・職種のことであって、日本のビジネス社会では事実上、終身雇用や年功序列は見られなくなっているのです。

 そもそも、最初に入社した会社が目まぐるしい変化に遭いました。筆者が在籍している間に親会社から一部の部門を分離して併合したのに伴い、社名変更を行いました。その後、特定の事業部門を分離し別法人として独立させた後、親会社(出資元)の変更もあって、社名を変更した後、MBOを行いました。その後、元は政府系金融機関であった組織及びその子会社との業務提携や出資を経て、現在に至っています。

40年間に、社名変更が2回、合併・分離や出資者の変更などの組織変更が5回ありました。このように組織自体も様々な変遷を辿るものです。そこに勤める役員や従業員もまたキャリアの見直しを迫られたり、自ら新たなキャリアに飛び込んだりすることが一般的にあることなのです。

 

ちなみに、筆者は同期で入社した中で最も早く7年目に、ある外資系の企業に転職しました。その外資系企業(在職中に親会社の合併で社名変更が2回ありました)を経て、専門職の大手事務所や知人が立ち上げたベンチャーなどを手伝って、個人事務所を設立して現在に至っています。振り返ってみると、ビジネスキャリアの中で最も長いのが個人事務所で、次に長いのが最初に転職した先の外資系企業に勤務していた時期です。最初に入社した会社に勤めていた期間はその次に過ぎません。

それでも、最初に入社した組織で学んだことや影響を受けたことは、自分のビジネスキャリアを考えてみると価値の高いものが多かったと言わざるを得ません。

もともと、調査・分析とコンサルティングとの違いもわからず、リサーチャーやアナリストと経営コンサルタントが異なる職種であることも理解せずに、就職したわけです。そこから、後々、仕事に役立つ知識やスキルを実務経験とともに習得することで、ビジネスキャリアを開発していったことになります。

例えば、入社1年目に2週間ほど、有価証券報告書のなかから損益計算書と貸借対照表の数字を財務分析用のデータベースに入力する書式に転記する仕事を経験しました。今なら、RAPで一気に処理するような作業ですが、実際に自分でやってみて初めて有価証券報告書の見方とか読み方が多少なりとも把握できました。

この経験は企業を見る際に財務面から分析したり管理職研修で財務諸表の見方を説明したりするのに役立っただけでなく、仕事にせよ個人的な投資にせよ、必要不可欠なスキルをただで(正確には言うなら「給料をもらいながら」)実践的に習得する機会を与えられたようなものでした。

こうした個別の知識やスキルだけでなく、物の見方や考え方とか発想の着眼点のようなものを身につけるのに有用な経験を積むことができたのも、最初に入社した会社でした。

この会社は法人として設立2年目で、親会社から出向や転籍で在籍している役職員もいれば、1年目に他社(他業界)から転職してきた中途採用者もいれば、新卒定期採用者もいるという状況でした。ですから、カルチャーがないのが企業カルチャーでした。最も困ったのが言葉の統一性がないことでした。顧客にプロジェクトを提案するために作成・提示する書類ひとつをとっても、「御提案書」「提案書」「企画書」「プロポーザル」と異なる名称のものがありました。書式のスタイルもバラバラで、契約書や見積書とは別ものかどうかも不明なものもありました。

そういう組織で、自由にやれて気が楽と感じるのか、ルールがなくては何をするにも不安と思うのか、人によって異なると思います。筆者は自由にやれて楽と感じていたほうなので、好き勝手にやっていたところもありました。

実際、毎年100万円程度の経費枠をもって勝手に仕事を進めるところもありました。といっても話の通りやすい上司や先輩を通じて提案して、部長の決裁を通しておいた上で進めるのです。労働人口の長期的な予測を取りまとめる調査プロジェクトを社外の専門機関に発注したり、人事制度の事例見学ということで海外視察ツアーに参加を申し込んだり、自社の顧客向けに海外視察ツアーを企画し旅行代理店とともに催行したりというように、本来担当すべき経営コンサルティングのプロジェクト以外のことも担当することが珍しくはありませんでした。

また、仕事とはいいがたいことも行っていました。別の部門の責任者から個人的に頼まれて海外の書籍の翻訳作業を3人で分担して引き受けたり、後輩と企業文化について海外の文献を調査したりするなど、業務時間や残業代の対象にしないようにしながらも、会社の資産を使いながら独自の活動を進めることもありました。改めて考えてみると、一種のスカンクワークを行っていたことになります。ちなみに、この時の翻訳が最初の転職につながっていきます。

新卒で最初に入社する組織を慎重に選ぶほうがよいということは強く同意しますが、「慎重に選ぶ」という意味は一人ひとり大きく異なるはずです。筆者が最初に入社した会社を選んだ最大の理由は、親会社から別法人として分離されて最初の新卒採用だったことです。出来上がった組織で与えられた仕事をするよりも、不安定でも自由度が高いほうが面白く仕事ができるのではないかと、漠然と考えていたからです。

就職活動をしている学生の頃から、就職して1年目・3年目・5年目・7年目・10年目のいずれかで転職することになるのではないだろうかという確信がどこかにありました。多分、自分の飽きやすい性格や入社する会社との相性があうかどうか入社してみなければわからないことなどが理由です。結果的に7年目に転職することになったわけですが、当初イメージしていたことは確実に実現していくという点では、社会人になる前に抱いていたキャリアビジョンは想像以上に重要なのかもしれません。

 

 

作成・編集:QMS代表 井田修(202441日)

エンタテインメント業界は他山の石か

 

昨年来、エンタテインメント業界では様々な問題が生じ続けています。以前から長年にわたって問題の指摘はあったものの目立って採り上げられていなかったのが、旧ジャニーズ事務所や宝塚です。歌舞伎を擁する松竹では、一見、個人的な問題と思える有名俳優の自殺幇助事件がありました。今年に入り東宝では新作ミュージカルが公演初日予定日から中止となり(その後公演初日を迎えることはできたが)、お笑いの世界では吉本興業で性的行為を強制したかどうかを巡って所属するエース級の芸人とメディアとの訴訟が始まり、日本テレビや小学館は昨年に制作・放送した連ドラについて原作者や原著作権に関して騒動となりその後も調査が続いています。いずれのケースも現段階では、最終的な解決に至ったとは到底言えない状況です。

 このように、ジャンルも違えば問題やトラブルの内容も異なりますが、同じ業界でこれだけ立て続けにトラブルや不祥事が発生するというのは、世間の注目を集めるのも仕事のうちとはいえ、さすがに大きな問題を抱えていると言わざるを得ません。

 では、なぜ、こうした問題が発生し公になることが続くのでしょうか。単なる偶然では片づけることができない必然的な要因とか構造的な原因といったものがあるのでしょうか。ちょっと考えてみましょう。

 

例えば、エンタテインメントという自分たちの世界は一般の社会とは違い、独特の世界であるという言い訳が通用してきたのでしょうか。

刑事事件レベルの不祥事では元々そんな言い訳は通用しません。そしてハラスメントに相当する事象については、法的な枠組みができたり、MeToo運動などを通じてグローバルに価値観が一新されてきたりしています。そうした環境変化に適応できないとすれば、問題が起きるのは必然であり、環境変化への感受性がないのではステージやお笑いをやる資格はないと指弾されても仕方がないでしょう。メディアに叩かれたりファンからのクレームにさらされたりしてから、何らかの対応を取るというのではあまりに遅すぎます。

 また、業界の慣行として口約束ばかりで文書化したものによるやりとりがないというのが常態化しているのでしょうか。しかし、それではビジネスの基本に契約とか著作権というものがあるはずの業界として、少しはおかしいと思う人がいなかったのでしょうか。それとも、仕事と引き換えに〇〇という構図があったため、仕事に関する契約を文書化できなかったとでも主張するのでしょうか。

もしかすると問題はわかっていても、エンタテインメント業界に強い弁護士や法務関係者が不足していたのでしょうか。もしそうなら、法務ニーズのある業界を新規開拓しようとしない法曹界のほうに経営課題があるのでしょうか。

業界の外にいる者から見ると、エンタテインメント業界では旧態依然のやりかたを踏襲しているだけで、悪弊とわかっていても誰も諫言したり告発したりすることがないまま(あってももみ消したので)、規模は成長してきただけに思えます。加害者が死去したり被害者が亡くなったりして当事者がいなくなって初めて被害者の声をまともに取り扱うというのでは、もともと臭いものに蓋をしてきただけで、トラブルを抑えきる大物の不在が問題の根源のようにすら見えてしまいます。

 更に言えば、表面的な問題指摘とその対策ばかりで、本質的な問題究明や課題解決への真剣さを感じ取れない点も座視できません。何かあるとすぐに第三者委員会に調査や真相究明を丸投げするかのようなアプローチでは、いつになっても問題を未然に感知し、大きな騒ぎになる前に問題を解決するといった組織的なスキルが習得されません。そうしたスキルを獲得する機会を自ら逸しているのではないかとすら思えます。

一般の民間企業や公的機関でも同じことで、不祥事や問題事象は絶えず発生するものです。重要なのはそれらにいかに対応するか、という点に尽きます。その場での即時的な対応は危機管理の教科書にありますから、まだ対応のしようがあります。根源的な問題解決に当たるには、そもそも問題を直視することが第一歩ですが、エンタテインメント業界の事例を見る限り、その第一歩が踏み出されてはいないように思われるのは筆者だけではないでしょう。

もちろん、問題を直視しただけでは不十分です。次に、問題の構造を理解しなければなりません。世間の価値観が変わったなどと外部環境が変わったせいにしてはダメです。変わったのなら、それに対応していくのがマネジメントです。組織として外部環境を感知するセンサーの機能があるのか、その変化に対応する施策を講じる現場での機能は十分か、対応した結果を次の予測に活用する仕組みや行動はあるのか等々、マネジメントの機能について検討しなければなりません。

この機能の動きはPDCAではVUCAの現代には間に合わず、組織の構成メンバーとともに外部パートナーや元社員などの声も採り入れて、絶えず情報のブラッシュアップに努めなければなりません。情報そのものはSNSでのやりとりをAI活用などで解析するなどして、ほぼリアルタイムで把握することも可能ですが、同じ情報に接してもその意味や重要性がピンとくるかどうかの情報感度の方が重要です。そして、情報感度があっても、そこから得られる情報の意味をしっかりと受け止めることができるかどうかが問われます。この際、耳の痛い意見やクレーム、時には警告や告発もあるでしょう。聞いて心地よい情報は意識的に退けて、苦言やネガティブな言質を反射的に頭ごなしに否定せずにしっかりと受け止めることが肝要です。ただ、エンタテインメント業界では(他の業界でも)、そうした心理的安全性を担保できているコミュニケーションを実際に取ることは極めて難しいでしょう。

 

一昨日、JAXAH32号機を打ち上げました。昨年のH3ロケット1号機の打ち上げ失敗から1年で、失敗を克服したことになります。JAXA及びそのパートナー企業との間に、プロジェクトマネジメントの共通の基盤があったり、失敗要因を分析する体系が共有できていたりするのかもしれません。ロケット打ち上げ事業を商業ベースに載せていくためのモノ造りというミッションの共有、約100万点にも上る部品を作り上げていく中小企業群の存在など、エンタテインメント業界が商業ベースにのせる制作活動を行う際に必要なものと共通していると感じるのは筆者だけではないはずです。

 多くの組織にとって、エンタテインメント業界を他山の石として、自らの業界や自社のありかたを振り返ってみる契機となるでしょう。そして、参照すべき実例を提供してくれる業界として、その動向を今後も注視しておいて損はないと思われます。

 

 

作成・編集 経営支援チーム(2024219日更新)

 

 

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