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早期退職優遇制度の狙いと現実(1)
人材不足が重大な経営課題となって久しい一方、早期退職制度や希望退職制度などにより退職を促進するプログラムを常設化している企業も増えていると実感できます。昨年度は上場会社に限っても、46社で2万人以上が早期退職や希望退職を選んだと報じられています(注1)。実施した企業数は減少したものの、対象者数は増加しています。また、実施した企業のほぼ7割を黒字企業が占めていることから、業績不振により人員削減を行う一環としてのプログラムから、通常の人事管理プログラムのひとつとして定着する方向に移ってきていることが理解できます。
こうした現象は、マクロ的には労働力が確かに不足しており個々の企業でも人材不足で倒産に至るケースも少なくない(注2)としても、別のところでは人材の余剰があったり事業構造を変えるのに人材の入れ替えが必要となっているのが現実でしょう。
今回のコラムでは、早期退職制度や希望退職制度もしくはセカンドキャリアプログラムとかキャリア転身制度など名称はさまざまですが、定年退職や個人的な事由による自己都合退職ではなく、退職金の割増及びその他に付加的な支援施策があって定年年齢に満たない社員が対象となる退職優遇制度について考えてみます。なお、そうした制度やプログラムについて、ここでは一括して早期退職優遇制度と呼ぶことにします。
さて、日本では労働基準法などにおいて早期退職優遇制度の明確な定義はありません。あくまでも実務的な取り組みであり、時限的なスキームであることも多々あります。一般的には、「定年年齢に達していない社員に対し、通常の退職金に割増退職金を加算するなどの優遇措置(インセンティブ)を提示することで、本人が希望し退職を自ら申し出ることによる自発的な早期退職の仕組み」を言います。
ちなみに、経営学や人事管理論では、早期退職優遇制度は人材の退出管理や雇用調整の手法として認識されています。そこでは、早期退職優遇制度を目的や運用の違いから、常設型と随時型の2つに分けて議論することが多いようです。
常設型というのは、選択定年制などとも呼ばれるもので、常に(または毎年定期的に)制度として存在するものです。その狙いは、組織の早め早めの若返りとか、シニア層の社員のセカンドキャリア支援などです。対象となるのは、主に50歳以上など特定の高年齢層の社員であることが通例です。組織として短期的な業績変動には左右されず、黒字の企業でも運用していることも珍しくはありません。
随時型というのは、希望退職の募集期間を限定して、その時限りで臨時に募集するものです。業績の急激な悪化に対応する緊急の人件費削減、中長期的な構造改革などが求められる状況で行われるでしょう。従って、40歳以上勤続5年以上とか所属部門や職種・地域を限定しておくなど柔軟に条件を設定するケースが多いようです。業績が現に悪化している時だけでなく、業績の見通しが明るくない場合や事業の発展が望み薄な場合などは、黒字であってもリストラの一環として実施されることもあります。時にはM&A実施後に部門の閉鎖がある時など、余剰人員対策として実施されることもあります。
さて、どのような形にせよ早期退職優遇制度を導入し運用するとなると、実務的にも経営学的にも次の3点に留意しなければなりません。
まず、インセンティブと逆選択の問題です。退職金の加算というインセンティブを提示すると、他社でも通用するであろう優秀な人材(=市場価値の高い社員)から辞めてしまい、残ってほしくない人材が残りがちになるという現象(=逆選択)が起きる可能性があります。だからと言って、インセンティブを小さくし過ぎると、誰も退職を申し出ないことも起こり得ます。組織の本音として辞めてほしい人にだけ声を掛けたりするのは、明らかに退職の強要になりますから、公平にコミュニケーションを取ることが求められます。
人事管理上はいかに優秀な人材の流出を防ぎつつ、そうでない人材を放出していくのかという命題に対して、適切な制度設計を慎重に行わなければなりません。例えば、引き留め交渉の権利を企業側が持つといった工夫もあり得ますが、そうしたことが却って社員からは経営への不信感を招くかもしれず、制度のメッセージをどのように伝えるのかが重要な課題となります。
次に、キャリア自律の促進という問題です。定年や再雇用まで会社に依存するのではなく、社員自らがキャリアを切り開くキャリア自律が社会人一人ひとりにとって重要であることは論を俟ちません。常設型の早期退職優遇制度は、シニアの社員に対して、定年年齢までこのまま会社に残るか、加算金や支援プログラムを活用して独立・転職するか、という選択を自ら下すことを迫ります。このように、早期退職優遇制度を一種のキャリア開発支援制度として位置づけることもできます。
そして、いわゆるメンバーシップ型雇用における雇用の調整弁としての機能もあります。日本の伝統的な年功序列・終身雇用の影響がまだまだ色濃く残っている組織も多い状況で、高くなった中高年層の固定的な人件費を、法的な解雇というハードランディングな手法を回避してソフトに削減するための調整弁としても機能してきたのは事実です。社員から見れば、いかにキャリアチェンジとかキャリア自律とか言ったところで、経営の本音は人員削減でしょう、ということがわかってしまうのです。
このような点を考慮すると、早期退職優遇制度はメンバーシップ型雇用からキャリア自律を果たす方向に人材のあり方を切り替えるツールのひとつではありますが、自律的に自らのキャリアを切り拓くことができる程度に優秀な人材ほど、社員にとってのメリットを享受できる可能性が高まり、キャリア自律が難しい社員ほど制度の活用を避けると経営上は危惧されるものなのです。
早期退職優遇制度ほど、経営課題や人事課題から見た狙いと対象となる社員や周囲の社員の受け止め方や現実に採る行動との間に大きなギャップが生じる虞があるものは、あまり見られないかもしれません。
【注1】
東京商工リサーチの調べでは、昨年度は2万人以上が早期退職・希望退職を選んで退職したそうです。
2025年度の「早期・希望退職」 は2万781人 約7割が「黒字リストラ」、2009年度以降で4番目の高水準 | TSRデータインサイト | 東京商工リサーチ
【注2】
東京商工リサーチの調べでは、人手不足による倒産はここ1年ほど毎月40件前後と高い水準で推移しており、増加傾向は見えないものの減少する傾向にあるとも言えません。
2026年5月の「人手不足」倒産 5月最多の37件 「人件費高騰」が2.4倍増、「従業員退職」も増加 | TSRデータインサイト | 東京商工リサーチ
作成・編集:経営支援チーム&人事戦略チーム(2026年6月18日更新)
早期退職優遇制度の狙いと現実(2)
日本における早期退職優遇制度の歴史を大きく分けると、1970年代前半のオイルショックの際に随時型・希望退職が本格的に開始された時期と、1980年代前半の定年延長を契機として常設型・選択定年制が導入された時期という2つの画期があります。そして、1990年代のバブル崩壊以降のリストラ全盛期における随時型・希望退職の拡大があり、並行して従業員の高年齢化に対応して常設型・選択定年制やセカンドキャリアプログラムの発展が見られるようになります。
現在では、随時型・希望退職と常設型・選択定年制が混在化して人材の流動性を高める一方で、勤続年数が長く年齢が高い従業員だけでなく相対的に若い従業員でも早期退職優遇制度の対象となり、事業展開のスピードや組織のカルチャーに馴染めない人材は囲い込まずに外に出しつつ、また別の人材を確保しようとする企業が多いように思われます。
早期退職優遇制度の歴史的な動向をもう少し詳しく述べてみます。
まず、1973年の第一次オイルショックを契機に戦後の高度経済成長が終焉し低成長期に入ります。繊維、造船、鉄鋼など、この当時、構造不況業種と呼ばれた産業を中心に、業績悪化に伴う臨時の人件費削減策として、退職金を上乗せして自主退職を募る希望退職(随時型)がより広く多くの企業で使われるようになりました。
もちろん、早期退職優遇制度を実施した企業は単に人員整理・固定費(人件費)削減だけを行っていたわけではありません。より低コストを実現するために既存の事業における技術開発を進めたり、全く畑違いの業界に進出しようとして新規事業で結果がなかなか出なかった例もありました。実際、鉄鋼メーカーがウナギの養殖にチャレンジした話もあれば、セメントメーカーが電子機器の素材開発に進出したりもしました。
この時期、多くの業種業界で早期退職優遇制度を導入しましたが、特に製造業が多かった印象があります。
次に、55歳定年制から60歳定年制へ定年延長が法制化された1980年代に常設型の早期退職優遇制度である選択定年制が導入されました。この選択定年制というのは、定年年齢を延長する代わりに、50歳代の一定年齢で会社に残るか割増金をもらって早期退職するかを社員に選ばせる仕組みです。同時に、役職定年制(特定の役職は一定の年齢に達すると役職から降りる制度)の運用を始めるなどして、高年齢の従業員のポストや処遇水準を低減させる仕組みも一部では始まりました。
主にメーカーや業歴の長い(=年齢の高い従業員の比率が高い)企業で、選択定年制とセットで早期退職優遇制度が運用されていった印象があります。流通業、外食業、サービス業など非製造業でも、随時型・希望退職と併用して選択定年制が行われる例も増えていきました。
こうした流れの中で、一時的にバブル経済による好景気もあって、特に若年層の大量採用を続ける企業も多かったのですが、間もなくバブル崩壊となり、長期の不況となります。これまでは50歳代が主な対象だった早期退職優遇制度ですが、1990年以降は40歳代も対象となり早ければ30歳代後半でも対象となるなど、早期退職優遇制度の対象者の年齢が引き下げられるようになり、一般的な雇用調整の手法として定着していきました。
なかには、公式に早期退職優遇制度を導入するのではなく、いわゆる追い出し部屋や再就職先を探すのが仕事という形で他社に出向・転籍するアウトプレイスメントサービスなどで、早期退職を無理にでも実現することで雇用調整を図る例も見られました。
電機・精密機器・機械・医薬品などの製造業はもとより、金融業やサービス業などでも広く早期退職優遇制度が運用されるようになりました。
21世紀に入ってからの早期退職優遇制度は、その目的が会社の生き残りをかけた人員削減から、未来に向けた事業や組織の構造改革へと次第に変化しています。ITバブルの崩壊やリーマンショック、その後の円高などによって業績不振に陥った電機・電子部品などの製造業を中心に、巨額の赤字を解消するための緊急の経営危機回避策として早期退職を募ることになりました。
そして、現在では、経営危機による人員削減ではなく、DX(デジタルトランスフォーメーション)対応やAI活用に向けたリスキリング及び事業構造や組織の継続的な見直しの一環として、業績が好調な企業でも黒字リストラを進めるため、人材の再活用や入れ替えの方策として早期退職優遇制度を運用することが珍しくはないようになりました。経営危機に陥っていない、あるいは最高益を記録しているような企業が、未来の事業を見据えて先手を打って早期退職優遇制度を実施するケースが目立っています。
前回紹介した東京商工リサーチの調査(注1)でも、早期退職優遇制度を実施した企業の約7割が直近の決算で黒字を確保しています。業績不振だから人員を削減するのではなく、財務的に余裕があるうちに人材の入れ替えを図って次の事業変革に備えるという戦略的な運用が定着してきたと言えそうです。
日本全体が深刻な労働力不足に直面している一方で、大企業では早期(定年年齢に達するよりも前)に退職する人が増えているという一見矛盾した現象が起きています。これは単に人数を減らしたいのではなく、企業がこれから必要とするスキルやマインドセット(AI・ITなどのデジタルスキル、新規事業開発や社外とのオープンイノベーションにチャレンジするマインドなど)と既存の社員が持つスキルやマインドセットとのミスマッチを早め早めに解消したいという動きでもあります。
従って、かつての早期退職優遇制度は50歳代が主な対象者でしたが、近年は40歳代に引き下げるケースが通例化しています。企業によっては、30歳代や勤続年数が数年程度の若い世代まで対象を広げて、本人にキャリア転換を早めに促す事例も見られます。また、ベンチャーやスタートアップでも早期退職優遇制度を導入することもあり、業種業界や業歴による違いはあまり目立たなくなってきているようです。
こうして見てみると、早期退職優遇制度は必ずしも就業規則に規定されていないとしても、人事制度のひとつとしてありふれた仕組みのひとつとして広く普及しつつあるものでしょう。少なくとも、大企業や中堅企業ではそう言えそうです。
作成・編集:経営支援チーム&人事戦略チーム(2026年6月23日更新)
早期退職優遇制度の狙いと現実(3)
企業にとって早期退職優遇制度は、随時型・希望退職と常設型・選択定年制で果たすべき機能が異なります。随時型・希望退職は、業績不振や倒産の危険性が明らかな状況で、企業としてサバイバルしていくために必要な手段のひとつとして実施されるものです。一方、常設型・選択定年制は、業績動向から見た緊急性や危険性から導入・運用されるのではなく、事業の再構築(リストラクチャリング)及び組織の変革や人材の入れ替えを促進する方策のひとつとして活用されます。
早期退職制度を常設化するということは、企業にとってはリストラクチャリングや組織変革の重要なツールを整備することであり、従業員にとってはキャリアの選択肢(セーフティネット付き)が増えるようになると期待されるため、双方にメリットがあるから定着してきているのでしょう。ただ、企業経営の視点では、この制度は一歩間違えると組織の競争力や人材活性化を低下させかねないと危惧されるところもあります。
早期退職優遇制度を常設化すると、組織・人材のマネジメント上は、空席となるポストに若手や中堅社員を充てることで組織の若返りを実現できたり、若手や中堅社員に活躍の場をもたらすことでモチベーションを高めたり、人材の新陳代謝による組織の活性化を図ったりするなどのメリットを想定できます。
しかし、当然ながらデメリットが現実化してしまうかもしれません。優秀な人材が流出するという逆選択の問題が顕在化したり、業務の引き継ぎがうまくいかずに仕事上必要なスキルやノウハウが組織に残らなかったり、その結果、顧客離れや技術の継承が途切れてしまったり、残された社員の不安感(サバイバーズ・ギルト)が危機的な水準にまで高まってしまったりするかもしれません。
また、財務的な観点から言えば、人件費(固定費)の適正化及び新規事業やDX/AIへの投資余力を確保できたり、整理解雇ではないためレピュテーションリスクに晒されるリスクが低かったりするメリットはあるでしょう。もちろん、割増退職金や再就職支援サービスへの支出などの費用はかかりますし、業務の中核を担っていた社員が退職するわけですから競合他社へ技術や顧客情報が流出する危険性があることは否定できません。
そこで、常設型の早期退職優遇制度を狙い通りに運用していくには、特に重視すべきっポイントがあります。それは、(募集要項の不備による)退職の自動的な成立、引き留め(リテンション)のマネジメント、残された社員のケア、以上の3点です。
① (募集要項の不備による)退職の自動的な成立
優秀な人から辞めていくという逆選択をある程度防ぐには、「応募があった場合でも、会社が業務上著しい支障があると認めた場合は、適用を除外(拒否)できる」という条項を早期退職優遇制度に関する社内規定や労使協定に盛り込むことが必要です。但し、誰彼構わず拒否すると名ばかりの早期退職優遇制度となり従業員の不信感を生みますし、引き留め(リテンション)面談などで個別に要請し交渉するようでは制度とは呼べません。募集要項を公開する段階から運用基準の透明性が求められる以上、規定や協定に会社が拒否する場合もあることを明示すべきです。
早期退職制度において、会社が残ってほしい優秀な社員からの応募を拒否する(承認しない)という行為は、法的には原則として会社の裁量は認められるとしても、事前のルール作りと運用の仕方を間違えると、訴訟に敗れて損害賠償を負うことになるなど、禍根を残す問題となりうるものです(注3)。
そこで、会社として残ってほしい人材に早期退職優遇制度に応募せずに残ってもらうためには、ルール上の拒否権を定めるとしてもそれを振りかざすのはあまり奨められません。
退職の自動的な成立を実際上防ぐには、応募する前に、会社に残った方が得だとか面白い仕事が待っていると思ってもらうように経営幹部やマネージャーとの対話ができるかどうかが、成否を分けます。また、適用する事業や部門を予め限定しておくとか、どうしても残ってほしい社員だけを別の子会社に異動させるなどして、応募開始前に募集の対象から外しておくことなども検討されるべきものです。
② 引き留め(リテンション)のマネジメント
制度を常設化すると、優秀な社員がこの制度を使って割増金をもらい、ライバル企業に転職しようと水面下で準備してしまうリスクがあります。そのため、応募の意思表示があった段階(または事前のキャリア面談)で、経営陣や人事が「あなたには残ってほしいので次はこういうポスト(仕事)を用意している」と真摯に引き留めるプロセス(リテンションマネジメント)を組み込んでおく必要があります。
ただ、早期退職を選んだ人が自主的に選んだキャリアが結果的に競合他社への転職となったとしても、それを引き留めることは原理的に不可能です。まして、早期退職優遇制度とは別に単なる自己都合退職を選んで、退職届を提出して辞めてしまうのは引き留めようがありません。
言い換えれば、リテンションを本当に実現しようとすれば、引き留めの面談でなんとかしようとするのではなく、その前に仕事・処遇・キャリアプランなどについて上長との定期的な面談や人事とのキャリアカウンセリングなどで、本人の意思や悩みを聞き出しておくことが望まれます。また、退職となったとしても、アルムナイのような緩やかなつながりをもって新たな事業機会を創出できればよいと組織的に割り切ることも肝要です。
③ 残された社員のケア
同僚が去った後に残された社員がもつネガティブな心理をサバイバーズ・ギルトといいます。残された者のもつ罪悪感です。「明日は我が身か」とか「いつかは会社に見捨てられるのではないか」という不安もあれば、辞めた人の分の業務負荷が増えることで疲弊するなどして、組織全体のエンゲージメントが低下することもよくあります。
そこで、早期退職優遇制度の導入と同時に、残っている社員にどのような成長機会やキャリアビジョンがもてるのか、経営陣が発信し続けることが最低限必要なことです(注4)。
随時型・希望退職の早期退職優遇制度は、譬えて言えば、嵐を乗り切るために船の荷物を軽くするようなものですから、積み荷を放棄した後、乗組員に必要なのは軽くなったから何とか助かるかもしれないという希望を持てるかもしれません。大切なのは、嵐がいつまで続くのか、嵐が過ぎ去った後にどこに向かおうとしているのか、そのために自分の役割は何なのか、といったことを明確に伝えて一人ひとりが行動に移せるように仕向けることです。
一方、常設型・選択定年制度の早期退職優遇制度では、譬えるならば、登山の途中の分岐点で、右に行けば急勾配できついが早く山頂につけるかもしれない登り道、左はなだらかだが長時間歩くので今日中には山頂につけずに山小屋に泊まって明日また登り続けるルートのいずれかを選ぶか、山頂に辿り着くのを諦めて来た道を戻っていくのか、個々の選択を迫るようなものです。
ここでは経営者やマネージャーが正しい選択を決めつけることができません。来た道を戻ったりその場に留まり続けるのもひとつの選択であり、キャリアチェンジを選んで早期退職するだけがキャリアではありません。そのまま仕事を続けることの意義を伝えることが組織的にできるかどうかが鍵なのです。
現実的には、特にマネージャークラスの人材層にしわ寄せが行きがちです。一般の社員にせよ経営層にせよ、早期退職者が出たら何かしらの対応を取るでしょう。今後のビジョンを伝えたり、引き継ぎを処理したりして前向きに対応できるにせよ、不平不満を並べるだけに終わるにせよ、時間が解決するところもあるでしょう。管理職クラスは双方とコミュニケーションを取らざるを得ないため、板挟みになったり不平不満の捌け口にされたりしがちなため、最もケアが必要になるかもしれません。
会社が早期退職優遇制度を常設化するということは、辞めやすい窓口を作ることでもなければ、やめるように圧力をかけることでもありません。会社に残ってほしくない人材には社外にキャリアを求める機会を求める契機となりますし、会社に残ってほしい人材には、辞めるメリットを上回るような魅力的なキャリアパスや処遇を提示できるかどうかが組織に問われることになります。
いずれにしても、一定期間勤務してきた人材と働く場を提供してきた組織の間で、今後の事業展開の見通しを再確認した上で改めて仕事・キャリア・処遇といった人事の根幹を見つめ直すタイミングを制度的にもつことが、常設型の早期退職優遇制度の果たすべき役割でしょう。
【注3】
退職の自動的な成立を防止するために注意すべきポイントやトラブルになりがちなリスクについて、このコラムの補論(1)として後日解説します。そちらも参照してください。
【注4】
残された従業員へのケアについて一般的に重要と思われる事項について、このコラムの補論(2)として後日解説します。そちらも参照してください。
作成・編集:経営支援チーム&人事戦略チーム(2026年6月26日更新)
早期退職優遇制度の狙いと現実(4)
常設型の早期退職優遇制度は、従業員にとってみればキャリアの選択肢を広げるチャンスになり得る一方で、キャリアの迷子になるリスクを顕在化させてしまう虞もはらんでいます。大げさかもしれませんが、目の前に数千万円から億に届く現金が手に入るチャンスとなると、人生を狂わせる人がでてきても不思議はないでしょう。
実際、早期退職優遇制度を選んだ人たちにとってのプラス面とマイナス面は次のようにまとめられます。
プラスの面としては、まとまった資金(割増退職金)を比較的若いタイミングで手に入れられるので、次のキャリアに挑戦する体力や気力がある内に本当に挑戦できることです。
資金ついてですが、仮に会社都合で退職する場合としても通常の退職で得られる退職金に比べて、月収の数ヶ月〜数年分が上乗せされるのが通例です。これを元手に起業したり収益を生むであろう資産に投資したり、数年間は働くことをせずに資格取得やリスキリングに時間を費やしても何とか生活していくことができるでしょう。
次のキャリアに挑戦するという点では、転職市場で比較的優位な立場で次のキャリアを探すことができる可能性があります。定年まで勤めてから次のキャリアにチャレンジしてり、勤務先が倒産して急に退職し転職せざるを得なくなったりするのと違い、他社でも評価されうる実績を挙げていたり仕事上通用するスキルを有しているなど市場価値がまだまだ認められるタイミングでもあり、柔軟にキャリアを考える余地があったりするうちに主導権をもって転職活動に転じることができます。多くの企業が転職エージェントの費用を会社が負担する形で再就職支援サービスを提供するため、自力で転職活動をするよりも有利に進められるというメリットもあります。
また、会社とのミスマッチを無理なく解消できる点もプラス面でしょう。DXやAIなどのデジタル化についていけないとか、事業転換で自分の得意な仕事がなくなったなどと実感した際に、早期退職優遇制度を活用することで金銭面では優遇されたり時に周囲からこれまでの仕事ぶりを感謝されたりしながら、会社を去ることができます。
とは言え、マイナスの面があることも忘れてはなりません。
頭では分かったつもりでいても、大企業の看板を失った後の厳しい現実を予想できていないと、次のキャリアを実現できません。例えば、大企業の管理職だった人が他社でも十分に通用するはずと思って退職したものの、なかなか希望する条件での転職先が見つからないまま時間ばかりが過ぎ去るケースです。なんとか条件を下げて転職先が見つかったとしても、聞いたこともない中小企業であったりこれまでのキャリアとは全く関係のない仕事であったりします。
それでも仕事があるならばまだよいほうで、大企業の管理職であったというプライドが邪魔をして転職先に馴染めないとか、仕事のやり方が違い過ぎて転職先からも退職せざるを得ないといった現実に直面することも珍しいものではありません。
また、経済的な見通しの甘さから貧困状態に陥るケースもよく見られます。割増退職金だけでも3,000万円あるから当面の生活は大丈夫と想定していたものの、再就職先が数年見つからなかったり見つかっても処遇水準が大きく低下したりして、退職後5年ももたずに預貯金がなくなるかもしれません。
まして、慣れない事業や投資に退職金を全て賭けてしまい、事業や投資に失敗して生活資金すら失う例も見られます。そこまでではなくても、本来は老後資金に充てるつもりだった退職金を大きく減らしてしまうと、キャリアや仕事を選ぶ余裕がなくなり何でも良いから働くしかない状況に陥るケースも少なくありません。
もうひとつのマイナス面は、実質的な退職勧奨により精神的なダメージを受けてしまうと、人によってはなかなか回復できない点にあります。早期退職優遇制度は、制度としてはあくまで個人の自由な意思決定によるキャリア選択であったとしても、マネージャーや人事から選択定年に関する面談で「この制度を使うなら君の場合、今がベストだ」などと事実上の退職勧奨(戦力外通告)を受けてしまうと、予想していなかった人ほど深い喪失感やショックを受けてしまいます。そういった感情を抱えたまま社外に放り出されるケースも実際にあります。
では、早期退職優遇制度をうまく活用できる人とうまく活用できずに早期退職を後悔する人との間には何か違いがあるのでしょうか。
うまく活用できる人は、会社を辞める前から自分の市場価値(社外で通用するもの)を客観的に把握しているのでしょう。会社への不満から早期退職を選んだり、割り増しされる金額に惹かれるのではなく、次にやりたいこと(起業・転職・留学・移住など)が明確にあり、そのために気力や体力があるうちにキャリアチェンジを図る計画性や戦略性があります。また、これまでのプライドを捨てて、自分で起業したりフリーランスとして独立したり他社に転職したりするなど、新しい環境に適応する覚悟もあります。
うまく活用できずに後悔する人には、割増退職金の金額だけに目を奪われてしまい退職後の具体的なプランを考えていないとか、今の仕事や職場が辛いからとか周囲の人たちも辞めるからというように、逃げの姿勢や誤った同調性から応募してしまうのでしょう。また、前職では部下が10人いる部長だったとか、前の会社ではプロジェクトをこのように仕切ってきたと何かあれば口にしてしまうように、過去に拘って新しい環境に足を踏み出そうとしない人も難しいでしょう。
やはり、常設型の早期退職優遇を利用しようとするのであれば、これまでの仕事の中から自分の実績やスキルなどを一度は棚卸しして、制度に応募する前に転職先や起業プランの見通しをつけてから、制度を利用して次のキャリアを切り拓くというスタンスで応募することが望まれます。
特に転職の場合、転職したいと思う具体的な業界・業種や職種・ポジションなどがあるならば、人材募集の動向や実際に自分と同様のプロフィールの人が採用されているのかどうか、転職エージェントなどに事前に打診してみてもよいでしょう。その結果、実例が見られないのであれば、早期退職を踏みとどまり、新たなスキルを習得する機会を現在の会社の中で求めたり、内部でキャリアチェンジの機会を待って事業間・職種間の異動などを図ることで、自分のスキルアップやキャリアの間口を広げることを狙うことも必要です。
作成・編集:経営支援チーム&人事戦略チーム(2026年6月29日更新)
早期退職優遇制度の狙いと現実(5)
さて、ここまで述べてきたことは、財務的にも人材面でもある程度以上の余裕がある大企業でなければ成立しないものであり、一般の中小企業における現実とは大きく乖離して話として受け止められるものでしょう。中小企業においては制度の前提となるものがないため、特に常設型・選択定年制の早期退職優遇制度は一般的に導入されているとは思えません。
その理由としてまず指摘できるのは、人材不足です。そもそも人手不足で倒産する企業が後を絶たないのが中小企業です。人材を採用したくても、応募者が集まるような処遇を募集要項に提示できないため、応募者がほとんどいない会社も多いでしょう。まして、新卒初任給を大企業に伍するレベルで提示できたり、他社から高給で幹部社員を引き抜いたりできる中小企業は、あっても極めて限られています。
また、人材面では質量ともに余力に欠ける点も見逃せません。大企業であれば特定の部門から数人抜けても組織全体でカバーできますが、中小企業では仕事に慣れ親しんだベテランが1人抜けるだけで現場が回らなくなるという状況に陥りがちです。習熟度の低い従業員であっても1人が辞めると店や工場を運営できなくなるかもしれません。そういう状況で早期退職優遇制度を常設化して、いつ誰が退職に手を挙げるか分からない状態にしておくということは、経営上あり得ないとしか表現しようがありません。
中小企業で常設型・選択定年制の早期退職優遇制度が導入されないもうひとつの理由は、財務上不可能であるということです。大企業のように、対象者1人につき数百万円〜数千万円の割増退職金を毎年定常的に支払うには、いつでも現金を支払う余力が必要です。中小企業の多くは中小企業退職金共済(中退共)などを利用して通常の退職金を外部に積み立てるか、単に社内に退職金引き当てを行うのが精一杯であり、対象者が1人であっても割増退職金を支払うことは実質的に不可能という会社も多いでしょう。まして、現実には今いる従業員の賃金を引き上げることもままならないとすれば、退職金を割り増しして支払うなどということはあり得ません。
そもそも、企業規模が小さいほど退職金制度がない割合が多くなる傾向にあります。従業員が1000人以上の企業では退職金がない企業は2.2%ですが、100~499人では9.4%、50~99人では13.1%となっています(注5)。50人未満の企業は調査対象ではないため確認できませんが、退職金制度がない企業の比率はもっと高くなることが十分に予想されます。もともと退職金制度がない(実感として小規模企業では退職金が制度化されていないほうが一般的と言えるかもしれません)のであれば、割増退職金があるはずもありません。
仮に中小企業でも何らかの理由で早期退職優遇制度を導入するとすれば、それは、随時型・希望退職のタイプです。今すぐコストを大きく削減しないと会社が潰れるという文字通りの緊急事態の場合です。このような状況では、割増退職金といってもわずかな金額でしょうし、最悪の場合は通常の退職金すら満額支給されないケースもあるかもしれません。
中小企業では退職金制度があってもなくても、早期退職でキャリアチェンジの可能性がある人はゼロでないとしても極めて限られた人たちでしょう。まして、割増退職金をもらってゆとりをもってセカンドキャリアを開拓しようというのは、実質的に大企業及び中堅企業の一部に勤める従業員だけに許された、いわば特権と言えます。
中小企業に勤める人にとって、定年制度があっても替わりの人がいないからいつまでも辞めさせてもらえないことすら珍しいものではありません。早期退職を募るどころか、65歳でも70歳でも残って働いてほしいと引き留められるケースも見られます。
そうした中小企業では、役職定年とそれに伴う給与の見直しを行って処遇水準を下げるとか、定年前の賃金水準を大きく下回ることで定年後に再雇用の機会を提供するといった方法が採られるようです。こうした手法は中小企業に限られるものではありませんし、大企業や中堅企業でも見られるものですが、早期退職優遇制度と併用できる中小企業というのは極めて難しいでしょう。
はっきり言ってしまえば、常設型の早期退職優遇制度は大企業の論理と事情で動いています。中小企業においては、制度を常設化する人材マネジメント上のメリットや必要性もなければ、財務上の可能性も皆無に等しいでしょう。
むしろ中小企業の経営において重要なのは、早期退職を促すことではなく、限られた人員の中で中高年やシニア層の従業員に、いかに給与に見合った成果を出してもらい続けるかという、中高年やシニア層の戦力化のマネジメントになります。もちろん、決して恵まれているとは言えない処遇水準を前提に、どこまで我慢して働いてもらえるのかが経営者の力量にかかってくるのです。
第三者から見れば、常設型の早期退職優遇制度を導入・運用している会社は、それだけ人材面でも財務的にも余裕があり、その余裕を人材の入れ替えに活用することで、入れ替え対象となる社員にキャリアチェンジの機会と資金を提供しているわけです。それだけの余裕のない会社(圧倒的に多くの場合、中小企業を意味します)に勤めている社員の立場では、早期退職優遇制度という恵まれたプログラムがあるのなら、それを活用するのが当然と思うでしょう。
しかし、当事者にとっては、なぜ、自分が早期退職の対象なのか、十分に納得できるものがないのかもしれません。同期入社した人は役員に登用されたり子会社の社長になったりするのに対して、自分は役職定年になったり早期退職の対象でセカンドキャリアのカウンセリングを受けたりしているとすれば、誰もが前向きに取り組むとは思えません。
従って今後は例えば勤続年数が10年以上の従業員は5年毎に全員を対象に次のキャリアを考えるプログラムの対象にするなど、かなり若いうちから早期退職も選択肢に含めて自分のキャリアを本当に考えるようにはしていく機会を、早めに多く持つことが求められるでしょう。
中小企業にとって、もし常設型・選択定年制の早期退職優遇制度を導入することがあるとすれば、こうした発想で人材を入れ替えていくことを前提に、まずは仕事のやり方を標準化・マニュアル化しておくとか、DX/AIなどを活用して個人に依存しない方法で業務処理を進める仕組みを作っておくことから、組織や業務を整備しなければなりません。
【注5】
これらの数字は、内閣官房内閣人事局が株式会社工業市場研究所に委託して調査を行った「民間企業における退職給付制度に関する調査」(2024年実施)についての報告書「令和6年度 民間企業における退職給付制度の状況等に関する調査研究報告書」の11ページによります。詳しくは以下の調査報告書を参照してください。
minkan_taisyokukyufu_r06_all.pdf
作成・編集:経営支援チーム&人事戦略チーム(2026年7月2日更新)
早期退職優遇制度の狙いと現実(6)
前回述べたように、常設型の早期退職優遇制度は大企業の論理と事情で動いており、中小企業では制度を常設化する人材マネジメント上のメリットや必要性もなく財務上の可能性もありません。
中小企業の経営において重要なのは、早期退職を促すことではなく、限られた人員の中でいかに給与に見合った成果を出してもらい続けるかという、中高年やシニア層の戦力化のマネジメントになります。決して恵まれているとは言えない処遇水準を前提に、どこまで我慢して働いてもらえるのか、処遇以外の要素で人材を引き付けておけるのか、こうしたポイントを踏まえて会社を経営するのが中小企業経営者の力量であると断言できます。
実は大企業にとっても、単に人材を入れ替えるのは、人材の調達や教育に要するコストを考えると、必ずしも適切なマネジメントの方法とは言えません。できることならリスキリングや組織内でのキャリアチェンジを通じて、自社のカルチャーにフィットしている人材が長く活躍できる場を提供していくのに越したことはありません。ここに現代の経営学や人事管理論の課題があり、先進的な企業の人事責任者たちでも直面しているテーマがあります。
本来であれば、企業の価値観(カルチャー)を理解し、会社へのエンゲージメント(愛着)もある既存の人材をリスキリングして活かす方が、コスト面でも組織の健全性の面でも圧倒的に望ましいはずです。それにもかかわらず、なぜ多くの大企業が早期退職で人材を排出しながら、外から新しい人材を採るという手段を選んでしまうのかというと、以下の3つの高い壁に阻まれているのではないでしょうか。
① 時間のコストと市場からのプレッシャー
リスキリングにせよキャリアチェンジにせよ、結果が出るまでにはある程度の時間はかかります。一方で、事業環境の変化は極めて速いものですし、今後も加速することはあっても、変化のスピードが遅くなることは想像できません。現代のデジタル変革(DX)やビジネスモデルの転換スピードは凄まじく、既存社員を3〜5年かけてリスキリングしている間に、競合他社どころか設立後数年しかたっていない新興の企業に、市場をすべて奪われてしまうという恐怖に経営者が憑りつかれているのかもしれません。
また、短期的な成果を求める株主からのプレッシャーも、経営陣にとって圧力となります。一定期間で結果を出さないと、経営者の交代やM&Aに迫られる以上、時間をかけてリスキリングやキャリアチェンジに取り組む余裕はないでしょう。
② アンラーニング(学習棄却)の難しさ
人事管理論においてよく指摘されているように、中高年やシニア層の社員や管理職のリスキリングやキャリアチェンジで実現困難とされるのが、新しい知識を覚えたりスキルを身につけたりすることではなく、過去の成功体験や古い仕事のやり方を捨て去ること(アンラーニング)です。
長年に亘って培かわれてきた仕事の進め方や成功パターンが染み付いている場合、意識も行動も根本的に変えるには、教育コストをかけるだけでなく、本人が変えていこうと本心から確信することが必要になります。そうした確信を対象となる社員が全員しっかりと心から持つことは無理だ、と経営者や人事責任者が諦めてしまうのが現実です。
実際、アンラーニングは解雇・早期退職や転職のようにそうすることを迫られる情況に置かれても、本人はアンラーニングから新たな学習へと進む意思もスキルも持たないケースがほとんどです。
③ スキル・ギャップの圧倒的な深さ
例えば、旧来の事務職や昔ながらの営業職だった人々を、AIエンジニアやデータサイエンティストであるとか、海外企業やスタートアップとかファンドなどとのタフな交渉ができる人材にリスキリングしようとした場合、基礎知識はまだしも、要求されるスキルセットやマインドセットとのギャップが大きすぎて、所定の教育プログラムで習得できるレベルでは実務的に使える人材に転換することが極めて困難と思われます。それならば、最初からそのスキルを持つ人を外部から調達するほうが確実、という人材確保の計算が優先されるのがビジネスの常識です。
また、アンラーニングの難しさを考慮すると、何らかのビジネス経験がある人を別の仕事に転換するよりも、ビジネスの未経験者にゼロから新しい仕事に挑戦してもらうほうが、スタートがマイナスではなくゼロからというだけでも有利な立場にあるとも考えられます。ここに新卒者を高い初任給で採用する意味があります。
結論として言えるのは、新たなスキルセットやマインドセットを身につけるには、既存の人材を転用するよりも、外部から即戦力となりうる人材を採用するか、若い未経験者を採用して教育するか、いずれか(または両方)を実行するほうが時間的にもコスト的にも有利に違いないということです。
こうした高い壁を前にして多くの企業、特に大企業では、早期退職を募るのと同時並行的に社外からこれから必要とされるスキルやマインドを持つ人材を高給で採用しようとするでしょう。その結果は必ずしも成功とは限りません。失敗に直面することも少なからずあります。
まず代表的なのは、自社のカルチャーへの不適合です。入社直後から組織に馴染めずにすぐに退職する例が多く見られます。外から採った優秀な人材かもしれませんが、自社のもつ価値観や昔からの社風に馴染めず、短期間で辞めてしまうのです。
次に見られるのは、組織の知恵の喪失です。社内外の人間関係、過去の失敗の歴史、顧客との信頼関係など、自社に長くいた人材だからこそ持っていた暗黙知と呼ぶべきものが失われてしまい、結局のところ既存の事業が回らなくなるのです。失われたものを補って余りある成果を新たに採用した人々が生み出しているのであればよいのですが、往々にして失っただけということになりがちです。
そして、残された社員のモチベーションは低下しコミットメントも失われたままでしょう。次は自分たちが入れ替え対象となるかもしれないと悟った若手や中堅の社員たちが、早めに会社を見限って転職してしまうかもしれません。そうした行動に移らない社員は、会社にしがみつくだけということも容易に想像できます。
こうした失敗を経て、自社の人材を信じ、本気でリスキリングして配置転換するという方向に経営方針を転換する企業も出てきています。最初から全員をエンジニアにするような無理なリスキリングではなく、現場の業務知識を持つベテランにITツールを使いこなすスキルを掛け合わせ、業務改善のプロフェッショナルに転換していくというように、自社の事業特性や価値観(カルチャー)をベースにして地に足のついたリスキリングを実践するようになってきました。
人材を育てたり転換していったりするのは時間もコストもかかりますが、企業のもっている組織的なコンピテンシーを強くすることは間違いありません。そのことに改めて気づいた企業は、大企業であっても中小企業であっても、企業の価値観(カルチャー)を理解し、会社へのエンゲージメント(愛着)もある既存の人材をリスキリングしたりキャリアチェンジしたりして活用していく方向に舵を切っています。
こうした企業において、もし早期退職優遇制度を運用しているのであれば、人材の入れ替えというよりも、会社と一定のつながりを保ちながら社外で勝負(起業・転職)をするのを後押しすることが目的となっているはずです。早期退職優遇制度を使って社外に転じた元社員が、自社と事業上のつながりをもって活躍しているのであれば、その早期退職優遇制度はうまくいっていると判断してもよいでしょう。
人材を排出する企業になることは経営判断として仕方がないことかもしれませんが、人材は排出するよりも輩出する企業となることが望ましいものです。そのためには、早期退職優遇制度を常設化するよりも、自律的にキャリアを考えて行動に移す人材が出てくるように、仕事上挑戦する場を組織が用意することもあれば、社員自らそうした場を作り出したいものです。
作成・編集:経営支援チーム&人事戦略チーム(2026年7月7日更新)
早期退職優遇制度の狙いと現実(補論1)
当コラム(3)の【注3】で述べたように、特に随時型・希望退職の場合において退職の自動的な成立を防止するために注意すべきポイントやトラブルになりがちなリスクについて、ここで説明します。
早期退職優遇制度において、会社が残ってほしいと判断する社員からの応募を会社の意思で拒否する(承認しない)という行為は、一定のルールや条件の下で会社の裁量として認められるのが原則です。
多くの場合、リストラにせよ、ポストM&Aの組織統合にせよ、会社に残ってほしい社員を個人名でリストアップしておくでしょう。そのリストにある社員が早期退職優遇制度に応募して退職してしまうのは、明らかな経営の失敗ですから、そうならないように何らかの準備をしておくことがマネジメント上求められます。
実際に訴訟となって争われたケースで見ると、早期退職の募集が「契約の申し込み」なのか、それとも「申し込みの誘引(誘い)」なのか、という点が第一の争点となります。
早期退職優遇制度が公表される前に既に退職を届け出ていた場合や会社が指定する特定の事業部門や職種などに該当する場合などを除くと、早期退職優遇制度の条件を満たす従業員が制度への申し込みを正式に行った時点で、申し出た従業員に制度を適用するかどうかを個別に会社が判断することは法的には認められないと解すべきでしょう。
大和銀行や日本オラクルなどの裁判例では、「早期退職制度の適用に使用者の承認を必要とすることは不合理ではない」とされており、会社に承認権(拒否する権限)があること自体は認められています。これらのケースに見られるのは、募集要項などに「会社が承認した者に限る」とか「業務上の都合により不承認とすることがある」といった文言が明記されていても、従業員から見れば早期退職優遇制度に応募した(申し込んだ)時点で退職と割増金等の付加的支給が自動的に確定したものと思われてしまい、後から会社(上長や人事部門)が「君は優秀だからダメ」とか「先に他社への転職を決めているのは認められない」と拒否しても従業員は納得していないため、訴訟に発展することがあるのです。
第二に、早期退職優遇制度の適用範囲を募集時点で明示しているかどうかが争われることもあります。募集要項などに募集対象者を年齢・勤続年数・職種・所属部門・勤務地・事業所などで限定することを明示していないとか、「事業上の都合等により会社が制度適用を認めないことがある」といった除外条項を規定していないのであれば、会社の裁量で特定の従業員について早期退職優遇制度の適用を認めないというのは、法的に無理があります。
第三に問題となりうるのは、会社側の裁量の余地の程度です。会社に早期退職優遇制度の適用について裁量の余地があることを募集要項などに明記していたとしても、恣意的に適否を判断していいわけではありません。もし、早期退職優遇制度の適用を拒否された従業員が恣意的な判断を会社は行っていると思えば、適用を拒否されたことによる損害を賠償するように当該従業員から確実に会社が訴えられるでしょう。その際、裁判所は会社が拒否した理由に客観的な合理性や公平性があるかを厳しく見ます。
例えば、同じような職種や属性の社員がいて、一方は早期退職優遇制度の応募を認めたのに、もう一方の社員について「代わりの人が見つからない」とか「上司が仕事上困ると言っている」といったことを理由として拒否した場合、裁量権の濫用と判断される可能性が高いでしょう。もちろん、会社が裁判で負ければ、退職を認めた上で割増退職金の支払いなどを命じられることになるでしょう。
そして、最も重大で法的なリスク以上に深刻な問題は、自己都合で辞められると割増退職金の支払いはなくても人材の損失には対処できないことです。これは法律上のトラブルというより、実務上の最大のマイナスです。
言うまでもないことですが、法律上、労働者には退職の自由が保障されています。会社が早期退職優遇制度への応募を法的に正当に拒否したとしても、その社員が割増金をもらえないなら自己都合退職として退職届を提出して2週間後に辞めるのであれば、それを止める法的な強制力は会社にありません。
転職市場で価値が高い優秀な社員だからこそ、自らの市場価値を実現するチャンスとして早期退職に応募するでしょう。それを会社が拒否すると、その社員は割増金をもらえるチャンスを会社に潰されたと不平不満をもちます。結果として、タイミングは多少遅くなったとしても割増金なしの通常の自己都合で他社に転職してしまうならば、会社には優秀な人材を失い、職場や転職市場に悪評だけが残るという最悪の結果を招きます。
こうしたトラブルやマイナスを回避するため、次のような工夫を徹底している企業もあります。
ひとつは、除外規定を様々に列挙して「会社が承認した者に限る」だけでなく、「特定のプロジェクトに従事している者」「代替が著しく困難な職務にある者」「戦略上重要な事項を扱う者」など、拒否する基準(適用除外事由)を予め記載しておくことです。ただ、対象者の範囲を明確に規定していても、大企業ほどその対象者のなかに戦略上価値の高い人材が混在してしまうリスクを否定できません。
もうひとつは、書面提出などによる正式な応募の前に個別面談を必須のプロセスに組み込むことで、残ってほしい社員に必要なメッセージを伝えることです。いきなり応募用紙を提出させるのではなく、事前に上司や人事とのキャリア面談を義務化し、残ってほしい社員には事前面談の段階で「君にはこういうポスト(処遇)を用意しているから応募しないでほしい」と全力で引き留め(リテンション)を行って、合意の上で応募を見送らせるようにもっていきます。とは言え、随時型・希望退職の場合、時間的な制限も無視できないため、個別面談が形だけのものになったり、そもそも面談を行う時間を設定できなかったりすることもあります。
このように退職の自動的な成立を防止するためにいろいろと工夫を凝らしたとしても、既に触れたように、従業員が割増退職金をもらえないなら自己都合で構わないので退職しますと明言するならば、退職を止めることはできません。仮に強引に説得しても、本人のモラール(士気)は下がったり転職活動ばかりに目が行ったりするだけで、互いに良いことは期待できません。
作成・編集:経営支援チーム&人事戦略チーム(2026年7月10日更新)
早期退職優遇制度の狙いと現実(補論2)
当コラム(3)の【注4】で述べたように、特に随時型・希望退職の場合において、残された従業員へのケアはマネジメントとして次につなげる上で重要なポイントです。そこで一般に重要と思われる事項について、このコラムの補論(2)として解説します。ここでは主に、経営者から従業員への説明、管理職を中心とするミドル層へのサポート、一般の従業員のマインドを転換する仕掛け、以上の3点を中心に述べます。
まず、経営者から従業員への説明についてですが、通常よく言われるのは、将来へのビジョンを納得できるストーリーをもって語ることが肝要とされます。確かに、将来へのビジョンを語り、その第一歩として何から着手するのかは大事です。但し、狙い通り機能するには、語っている経営者が経営危機を招いた本人でないことが必要不可欠な要件です。経営に失敗し、資産売却や事業再生に迫られた本人が将来へのビジョンを語っても、従業員はもとより顧客や取引業者などの関係者は誰も聞く耳をもたないでしょう。経営者が残された従業員に次のことを語るのであれば、まずは経営責任を明らかにして経営者が交代してから行うべきでしょう
その上で、残された従業員が最も知りたいのは、リストラの大義名分と事業の未来図です。希望退職や資産売却などが必要だったことを認めた上で、適正化された(はずの)人員で投資余力が生まれ、その投資によって新規事業や買収・業務提携などによって事業転換を図り、AI・DXなどの次への投資に着手することで生産性を大きく向上させる道筋を示すことです。それらの結果、いつまでにこういう会社に生まれ変わるという攻めのメッセージを経営者が発信しなければなりません。
メッセージを伝える方法としては、双方向のやりとりが可能なタウンホールミーティング(対話を可能とする集会形式)が望まれます。ビデオメッセージや印刷物の配布、メールを送付するだけといったものは、むしろ逆効果です。時には経営者が逃げていると受け取られるかもしれません。
経営陣全員が現場に赴き、その場で直接質問に答えるとともに、匿名でも事前に質問を受け付けるなど、できる限りオープンに質疑応答を行うことができる場を設けます。不安や不満を経営陣が直接受け止めているという姿勢自体が、残された従業員のケアに繋がります。
ひとつの場所に従業員全員が集まることが難しい場合は、いくつかの事業所ごとに職種や階層などを分けてタウンホールミーティングを催し、経営陣が手分けして臨むこともあるでしょう。そこで経営陣の間で異なる見解を発してしまうと、従業員の間に不要な狼狽や心配を生じる虞もあります。そうならないように、役員の間で見解のすり合わせを事前に行うことが必要です。合宿などで詰めて語っておくこともよいでしょう。
次に、管理職を中心とするミドル層へのサポートです。現場のマネージャーは部下からの不満や不安に直面しながら、日々の業務を割り当てたり顧客や取引先からの問い合わせなどに対応したりしながら退職面談を行うこともあるので、サポートし過ぎることはあり得ません。
そこで、部下向けのQ&Aブック(対話ガイド)を編集して支給することから始めます。部下から「なぜあの人が対象になったのか」「これから私たちの仕事はどうなるのか」と聞かれた際、管理職が個人の判断で回答をすると人によって答えが違うこともあり、現場が混乱しがちです。会社としての公式な見解を示すとともに、部下を安心させるための対話のポイントをまとめておきます。リストラや事業転換についても要点をまとめて、経営者や人事部門が事前に管理職へ支給しておくことが望まれます。
一方、管理職自身のメンタルケアも忘れてはなりません。マネージャーが職場で孤立しないように組織的にバックアップしておきます。経営者や人事部門から職場の雰囲気を前向きにしようと声をかけても、現実にはプレッシャーにしかなりません。むしろ、経営者や人事部門が自ら現場に出向いて、個々のマネージャーと面談し現場の情況や直面している問題などをヒアリングするほうがよいでしょう。その際にマネージャーが個人的な事情や感情的な面についても人事に愚痴として言えるかどうかがポイントです。場合によっては、管理職同士のつながりを保つように別途タウンホールミーティングを行うことが効果的かもしれません。
そして、一般の従業員のマインドを転換する仕掛けを設計し運用していきます。これはいわば、リストラや事業再生によって生じる仕事上のシワ寄せをチャンスに変えるように、業務と処遇を再設計することに他なりません。
不安を和らげる最も確実な方法は、言葉だけでなく仕事の具体的な変化とその効果や良い点(ベネフィット)を実感できるようにすることです。例えば、新たに決めた仕事以外は全て止めるくらいに徹底的に仕事を減らしていきます。当たり前のことですが、従業員が減ったのに今まで通りのやり方で同じ質・量の仕事をこなすことは不可能です。今まで通りのやりかたを押し通そうとする傾向が少しでもあると、残された従業員のモチベーションは保てません。経営者が主導して、全廃する業務や自動化する作業をリストアップして、仕事を極限まで削減しても回る組織体制を生み出します。
同時に、空いたポストに若手や中堅から抜擢したりリスキリングの機会を与えたりして、キャリア開発を実現します。中高年齢層やベテラン層が抜けたことで、どんなに仕事を削減しても必要なポストや新たにチャレンジする仕事(プロジェクト)が出てくるはずです。そこに残された若手や中堅の従業員を登用します。役員にも空きがあるならマネージャー層から昇進させる人がいてもいいでしょう。人員が減って大変になったというのではなく、自分に大きなチャンスと裁量が回ってきたというチャンスとして捉えられるよう、キャリアアップの支援策(昇進・異動及び研修の機会)を集中させることが肝要です。
もちろん、キャリア開発とともに、給与や賞与などの処遇もしっかりとついてこなければ意味がありません。思い切った裁量(権限委譲)、抜擢人事、それに見合う報酬の実現などをセットで実現させることで、会社は大きく変わったと実感させることができるのです。
ちなみに、早期退職優遇制度といっても常設型・選択定年制ではここまで急進的に変化するわけではありません。そのため、残された従業員についてこの補論で述べたような事項は、ある程度実行すべきポイントではありますが、タウンホールミーティングのような緊急性の高いプログラムを行うよりも、どの職場も戦力となっている中堅やベテランの従業員の中から絶えず退職者が出ることを前提に、業務の標準化・システム化を進めつつ業務を棚卸しして見直すことで仕事の割り当てや配置転換などを常時行うのを習慣化していくことが必要です。
作成・編集:経営支援チーム&人事戦略チーム(2026年7月13日更新)
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