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エンタテインメント業界は他山の石か

 

昨年来、エンタテインメント業界では様々な問題が生じ続けています。以前から長年にわたって問題の指摘はあったものの目立って採り上げられていなかったのが、旧ジャニーズ事務所や宝塚です。歌舞伎を擁する松竹では、一見、個人的な問題と思える有名俳優の自殺幇助事件がありました。今年に入り東宝では新作ミュージカルが公演初日予定日から中止となり(その後公演初日を迎えることはできたが)、お笑いの世界では吉本興業で性的行為を強制したかどうかを巡って所属するエース級の芸人とメディアとの訴訟が始まり、日本テレビや小学館は昨年に制作・放送した連ドラについて原作者や原著作権に関して騒動となりその後も調査が続いています。いずれのケースも現段階では、最終的な解決に至ったとは到底言えない状況です。

 このように、ジャンルも違えば問題やトラブルの内容も異なりますが、同じ業界でこれだけ立て続けにトラブルや不祥事が発生するというのは、世間の注目を集めるのも仕事のうちとはいえ、さすがに大きな問題を抱えていると言わざるを得ません。

 では、なぜ、こうした問題が発生し公になることが続くのでしょうか。単なる偶然では片づけることができない必然的な要因とか構造的な原因といったものがあるのでしょうか。ちょっと考えてみましょう。

 

例えば、エンタテインメントという自分たちの世界は一般の社会とは違い、独特の世界であるという言い訳が通用してきたのでしょうか。

刑事事件レベルの不祥事では元々そんな言い訳は通用しません。そしてハラスメントに相当する事象については、法的な枠組みができたり、MeToo運動などを通じてグローバルに価値観が一新されてきたりしています。そうした環境変化に適応できないとすれば、問題が起きるのは必然であり、環境変化への感受性がないのではステージやお笑いをやる資格はないと指弾されても仕方がないでしょう。メディアに叩かれたりファンからのクレームにさらされたりしてから、何らかの対応を取るというのではあまりに遅すぎます。

 また、業界の慣行として口約束ばかりで文書化したものによるやりとりがないというのが常態化しているのでしょうか。しかし、それではビジネスの基本に契約とか著作権というものがあるはずの業界として、少しはおかしいと思う人がいなかったのでしょうか。それとも、仕事と引き換えに〇〇という構図があったため、仕事に関する契約を文書化できなかったとでも主張するのでしょうか。

もしかすると問題はわかっていても、エンタテインメント業界に強い弁護士や法務関係者が不足していたのでしょうか。もしそうなら、法務ニーズのある業界を新規開拓しようとしない法曹界のほうに経営課題があるのでしょうか。

業界の外にいる者から見ると、エンタテインメント業界では旧態依然のやりかたを踏襲しているだけで、悪弊とわかっていても誰も諫言したり告発したりすることがないまま(あってももみ消したので)、規模は成長してきただけに思えます。加害者が死去したり被害者が亡くなったりして当事者がいなくなって初めて被害者の声をまともに取り扱うというのでは、もともと臭いものに蓋をしてきただけで、トラブルを抑えきる大物の不在が問題の根源のようにすら見えてしまいます。

 更に言えば、表面的な問題指摘とその対策ばかりで、本質的な問題究明や課題解決への真剣さを感じ取れない点も座視できません。何かあるとすぐに第三者委員会に調査や真相究明を丸投げするかのようなアプローチでは、いつになっても問題を未然に感知し、大きな騒ぎになる前に問題を解決するといった組織的なスキルが習得されません。そうしたスキルを獲得する機会を自ら逸しているのではないかとすら思えます。

一般の民間企業や公的機関でも同じことで、不祥事や問題事象は絶えず発生するものです。重要なのはそれらにいかに対応するか、という点に尽きます。その場での即時的な対応は危機管理の教科書にありますから、まだ対応のしようがあります。根源的な問題解決に当たるには、そもそも問題を直視することが第一歩ですが、エンタテインメント業界の事例を見る限り、その第一歩が踏み出されてはいないように思われるのは筆者だけではないでしょう。

もちろん、問題を直視しただけでは不十分です。次に、問題の構造を理解しなければなりません。世間の価値観が変わったなどと外部環境が変わったせいにしてはダメです。変わったのなら、それに対応していくのがマネジメントです。組織として外部環境を感知するセンサーの機能があるのか、その変化に対応する施策を講じる現場での機能は十分か、対応した結果を次の予測に活用する仕組みや行動はあるのか等々、マネジメントの機能について検討しなければなりません。

この機能の動きはPDCAではVUCAの現代には間に合わず、組織の構成メンバーとともに外部パートナーや元社員などの声も採り入れて、絶えず情報のブラッシュアップに努めなければなりません。情報そのものはSNSでのやりとりをAI活用などで解析するなどして、ほぼリアルタイムで把握することも可能ですが、同じ情報に接してもその意味や重要性がピンとくるかどうかの情報感度の方が重要です。そして、情報感度があっても、そこから得られる情報の意味をしっかりと受け止めることができるかどうかが問われます。この際、耳の痛い意見やクレーム、時には警告や告発もあるでしょう。聞いて心地よい情報は意識的に退けて、苦言やネガティブな言質を反射的に頭ごなしに否定せずにしっかりと受け止めることが肝要です。ただ、エンタテインメント業界では(他の業界でも)、そうした心理的安全性を担保できているコミュニケーションを実際に取ることは極めて難しいでしょう。

 

一昨日、JAXAH32号機を打ち上げました。昨年のH3ロケット1号機の打ち上げ失敗から1年で、失敗を克服したことになります。JAXA及びそのパートナー企業との間に、プロジェクトマネジメントの共通の基盤があったり、失敗要因を分析する体系が共有できていたりするのかもしれません。ロケット打ち上げ事業を商業ベースに載せていくためのモノ造りというミッションの共有、約100万点にも上る部品を作り上げていく中小企業群の存在など、エンタテインメント業界が商業ベースにのせる制作活動を行う際に必要なものと共通していると感じるのは筆者だけではないはずです。

 多くの組織にとって、エンタテインメント業界を他山の石として、自らの業界や自社のありかたを振り返ってみる契機となるでしょう。そして、参照すべき実例を提供してくれる業界として、その動向を今後も注視しておいて損はないと思われます。

 

 

作成・編集 経営支援チーム(2024219日更新)

 

 

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