福利厚生を戦略的に考える(6)
前回まで具体的に言及していませんが、福利厚生プログラムとして一部の法人で既に運営されていて、今後より広く普及していく可能性の高いものもあります。また、近年の気候変動や社会情勢の変化などに応じて福利厚生制度の一環として検討されるべきものもあります。今回はそうしたものをいくつか紹介します。
① 高齢者向けのもの
定年延長や再雇用はもとより高齢者をスポットワークに活かすなど、高齢者が仕事をする場面は今後より一層拡大していくでしょう。そこで、特殊な作業環境でなくても、転倒防止やスリップ予防などの機能に優れた作業靴、立ち仕事を座ってできる作業レーン、重量物でも持ち運びできるロボットスーツなどを貸与する制度は必須です。特に現場での作業を行うには、安全で着脱容易な制服が求められます。
また、運転免許の返納が進むほど、通勤手段の提供も不可欠となります。保育園や幼稚園の登下校バスのような通勤バスなど、高齢者の自宅付近まで迎えに行く通勤手段を運用することで労働力を確保できます。
なお、医療サービスや介護サービス及び宿泊施設などを提供するビジネスでは、自社施設内に高齢の従業員が居住すること(社宅扱い)で通勤不要とする方法もあります。特に医療や介護では従業員と顧客が同一人物ということもありえますから、通勤不要という福利厚生は事業戦略でもあります。④で言及するビアジェやリバースモーゲージも現・元従業員向けの福利厚生プログラムのひとつと言えます。
② 気候変動や自然災害に対応
直接には、冷却ファンについた作業服や塩分・水分を補給する飲食物など熱中症対策グッズの支給や貸与があります。福利厚生というよりも安全衛生上の必要性から既に実施している企業も多いでしょう。身につけるのを通じて体温や脈拍などのバイタルサインを把握し休憩や飲食物摂取などを指示するなど、特に熱中症対策に連動したプログラムを運用している組織も多いでしょう。
一方、暴雨暴風などの自然災害に罹災した時の支援を、金銭・住宅・健康管理などの面で法人が行うケースもあります。自社の従業員でなくても社屋や店舗などを利用できたり、法定以上の休業補償を罹災した従業員に認めたりするなど、例外的な対応で福利厚生を手厚くすることもあります。自社の立地条件などを勘案して、できれば平時から災害対応を幅広く検討しておくことが望まれます。
③ キャリアに関わるもの
キャリアカウンセリング、退職代行サービス、転職支援サービスなども会社指定のものは安く使えるようにすることで、事業戦略上あるべき水準で人材流動化を実現するのに必要です。リストラとは無関係に早期退職に対して割増退職金やキャリアサポートサービスを提供するといったプログラムが、キャリア開発を後押しする福利厚生制度のひとつと言えます。
キャリアの再設計という点では、福利厚生と人材開発を兼ねるものとして、採用に直結するリスキリング・サービス(注6)があります。退職後の資産形成とキャリアサポートを兼ねるものとして、従業員が別の会社を買収してその経営に当たることを支援することがあってもよいでしょう。そのために、会社が提携するM&Aサービス(注7)なども検討すべきでしょう。
最も重要な福利厚生はキャリア支援なのかもしれません。リスキリングをサポートするだけでなく、キャリアブレイクという形で一時的に組織を離れて年単位で休職するといったプログラムも、それぞれの状況に応じたキャリア開発を実現するのに整備しておくべきものでしょう。
④ 退職後の生活や活動に関わるもの
従業員が会社を退職した後でも、会社の資産を使えたり、福利厚生施設を利用できたりすることも福利厚生制度のひとつです。近年注目されることが多いアルムナイ(社員同窓会)は、退職後も従業員や役員の相互のつながりを維持し、会社を離れた後でもビジネス上の関係を発展させたり互いにキャリアを発展させたりするのに有用なプラットフォームと言えます。
退職後の財産や住居に関する維持・管理を支援することも、今後ますます重要になるでしょう。例えば、フランスのビアジェ(注8)という不動産契約形態がひとつの参考となります。ビアジェというのは、高齢者が所有する不動産を売却した後もそのまま住み続け、かつ売却代金を一括で受け取らずに生きている間毎月定額で受け取る仕組みです。買い手にとっては、不動産が相場よりも安く手に入る可能性がある半面、売り手で住んでいる高齢者が想定よりも長く生存し続けるとその生存期間の間ずっと毎月の支払いを続けなければならないというリスクがあります。
リバースモーゲージでは、所有する不動産を担保に資金を一括で貸し付けて、その返済を高齢者が行わなければならないので、想定よりも長く生存した場合の金銭的なリスクは高齢者側が負うことになる点がビアジェと異なります。更に、リバースモーゲージを契約した高齢者本人が亡くなった後に契約者本人ではないため配偶者は同じ住居に住み続けることができなくなるケースが多く見られる点にも注意が必要です。
不動産管理などのビジネスを運営している会社や不動産に関する金融サービスを提供している企業であれば、このような仕組みを従業員の親族や退職した元従業員に活用を促進することがあってもよいでしょう。また、介護や金融などの事業者であれば、所有する不動産を梃にして介護サービスを活用する仕組みなども運営できるでしょう。
⑤ 従来の福利厚生を更に充実させるもの
育児・子女教育・介護などのサービスについては、休業日数や金銭的な補助だけでは問題状況を改善する道筋をつけることすら難しい場合があります。そもそも利活用したいサービスを適切に提供できる事業者がいるのかどうかが問題であるならば、法人自身が組織力を活かして望まれる事業者を探し出したり、場合によっては社内ベンチャーとして事業化したりすることがあってもよいでしょう。
従業員全てに関わるものでは、職場内で自由に食べることができるお菓子や軽食の提供であったり、ランチのメニューで健康管理を促したりするものもあります。これらは、職場内コミュニケーションの活性化や健康経営の実現を図るものでもあります。但し、具体的な品目やメニューの中身を会社が一方的に指定するのではなく、従業員自身で選ぶようにすることで自律的な組織運営を実現する第一歩とすべきです。
こうした福利厚生プログラムを検討し実現する上で、在宅勤務者や外勤が常態化している従業員とオフィス勤務者など、当該プロフラムの適用者と非適用者との衡平性は無視できません。どうしても当該プログラムの適用者ばかりがいい目を見ることがないように、金銭的な補償などの代替的な措置が非適用者向けに求められます。
⑥ より柔軟な勤務体系の実現に向けて
福利厚生というよりも勤務体系そのものの見直しや改革も、より多様に従業員のニーズを満たしていく方向で進められていくはずです。例えば、週休3日(以上)体制の導入です。実際には、週間の労働時間が変わらないなかで1日の労働時間を延ばして休日日数を増やすのか、単純に労働時間を減らすのか、基本的な方向を決めなければなりません。そして、仕事のやり方を組み替えるとともに、労働生産性がより高くなる方法を試行錯誤して生み出していくことが要請されます。単にDXやAIを導入するということではなく、現状の組織形態や仕事の進め方などを廃止したり一気に削減したりすることで、労働自体を質量ともに見直すことです。
同様に、副業・複業の取り扱いも勤務体系の見直しにおいて不可避なテーマです。特に福利厚生という面で言えば、副業・複業時に発生した労働災害についてその労災認定をサポートするとか損害保険への加入を補助するといったことも制度化・ルール化すべきでしょう。また、副業が複数に亘るような場合、トータルでの勤務時間が長大化してしまうおそれがありますから、健康管理や労災防止の観点からどのような形で防ぐのか仕組みを作ることも必要です。
⑦ 報酬制度・報奨制度と連動するプログラム
福利厚生プログラムと報酬・報奨制度は密接な関係があります。例えば、営業成績が優秀な社員や技術開発コンテストの入賞者などに金銭的なインセンティブを与えると同時に、副賞として長期休暇や研修旅行を付与し休暇奨励金や旅行費用を支給することもあります。これらは一部の従業員を対象とするものではありますが、一定の条件を満たした者に限定して付与する福利厚生プログラムがあってもよいでしょう。具体的なプランはそれぞれの組織の価値観や工夫が見られます。
現在注目を集めているもののひとつに転勤手当があります。よくあるのは、転勤を受け入れる従業員に、住居費や引っ越し費用に加えて、別途付加的に手当を支給したり、単身赴任を選んだ場合は自宅への旅費交通費や特別休日を認めたりして、転勤における従業員の負荷・負担を軽減したり補償したりするものです。ただ、本来は、転勤を事由とするのではなく、あくまで職務定義として勤務地や転勤を含めて仕事としてオファーすることが社内に労働市場を設けて活性化していくことが、組織・人事の運用上のポイントです。
【注6】
リスクリングにつながるサービスの例として、次のものがあります。
【注7】
小規模のM&Aを紹介・仲介するサービスの一例として、TRANBIを挙げておきます。
【注8】
ビアジェとは|不動産用語集|三井住友トラスト不動産:三井住友トラストグループ
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作成・編集:人事戦略チーム+経営支援チーム(2025年12月5日)