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福利厚生を戦略的に考える(7)

福利厚生を戦略的に考える(7)

 

前回まで述べてきたように、福利厚生プログラムを従業員のニーズと事業戦略上の要請を満たすためによりきめ細かく運用していこうとすればするほど、コストばかりかかる状況に陥りかねません。といって、コストばかりに気を取られていると人材を引き付けたり組織を維持・発展させたりすることが難しくなります。文字通り、得べかりしベネフィット(便益)と掛けるコストとのバランスを分析して重点を絞って施策を打ち出す必要があります。

言い換えれば、自社の特徴、特に人員構成(現状と今後のあるべき姿)やスキルギャップ(現状と将来像)を踏まえた上で、現金給与のニーズや労働市場での競争力と福利厚生のニーズや他社との比較優位性を、一定のコストや投資の範囲内で実現しなければなりません。

 

このバランスは、現金給与を優先すべきか、福利厚生を充実させるべきか、というような二者択一の問題ではありません。むしろ、財務や法制度などの一定の制限の下で、何を優先的に実現したいのか、という経営の意思の問題です。

例えば、従業員に自律性を求めるなら、トータル・コンペンセーションの視点が必要です。従業員個々のニーズに全て合わせるというのは原理的に不可能なので、税法や社会保険制度との整合性を担保した範囲内でカフェテリアプランを新規に導入もしくは再度導入することで、自分に合ったプログラムを一定の予算のなかで組み立てることで個々の従業員のニーズを最大限満たすことができるでしょう。従業員の多くが選択するものがあれば、結果としてスケールメリットを得られるように一括して法人契約をすることで、多少なりともいくつかのプログラムはより安く運営することもできます。

反対に、同質的な従業員が多数を占めており、当面の事業・組織の計画で現状のまま進むことが要請されるのであれば、会社が用意したプログラムを全員一律に適用することで福利厚生を制度化して運用するという選択肢も有力です。この場合、金銭的な報酬制度も全社的に統一されたものでしょうから、従順で言われたとおりに動く従業員で組織を構成することになるでしょう。むしろ、現金給与は多少低くても、福利厚生制度を充実させて会社が全て面倒を見るスタイルを徹底することも、組織・人材戦略として一つのありかたと言えるかもしれません。

採用すべき人材市場の動向にもよりますが、一度採用した社員を退職金・年金制度や社宅・住宅ローン・教育・介護などの福利厚生プログラムで長期に亘って囲い込む人事政策を実現することが事業の成功に必須であるならば、JTCと呼ばれるような会社が旧来採ってきたような福利厚生プログラムにも一定の効果が期待できます。

一方、福利厚生の施策をすべて金銭で代替するなら、結局は社員の幸福を支えるのは給与・賃金が相場を超えるものを実現するのが、経営上要請される最低限の条件です。金は安い、福利厚生はない、というのでは誰も採用できません。

雇用主は、金を出すか、福利厚生を手厚くするか、あまり手厚くはなくても福利厚生で際立った特徴を出すか、いずれにしても経営上の創意工夫が求められます。この創意工夫が人事戦略なのです。

創意工夫というのは、従業員個人に対して福利厚生プログラムを充実させる以外の方法でも実現できます。一般には福利厚生プログラムと認識されるものではありませんが、海外ではToxic Handler(注9)、日本では愚痴ボックス(注10)のように、従業員の不平不満を吐き出してもらい、そこにある真のニーズを汲み取って必要に応じて仕事や職場の改善につなげるものも、広義には福利厚生プログラムと見做してよいものです。

別の表現で言えば、法定福利費で処理するものや健康管理など法的に雇用主の責任で実施することが求められるものが狭義の福利厚生プログラムです。それに対して、法的には要請されていなくても組織の経営方針や事業戦略に則って要請される福利厚生プログラムは広義のものです。ここにそれぞれの組織の独自性が現れることになり、組織として創意工夫が求められます。そこから戦略的な福利厚生が実現していくことになります。

 

前回も触れたキャリアに関するプログラムは、全ての組織に共通する福利厚生と言えるかもしれません。というのも、いかなる組織も本当に終身雇用(亡くなるまで雇用し続ける可能性がある)というわけではないため、従業員は人生の途中で解雇・辞職の別なく仕事を辞める可能性が高い上に、キャリアブレイクや介護休職など長期に亘る休職や転職時の一時的な無職状態など意図せざるキャリアの中断も起こることを十分に想定して、自分のキャリアについて考えなければなりません。

その際、仕事に直結する職歴やスキルなどのキャリア資産とともに、金融資産や固定資産などの財務的な資産及びいわゆる人脈や蓄積してきた能力などの目に見えない資産も含めて、資産の形成と活用について幅広い知見が求められます。少なくとも、今の仕事を辞めた後の身の振り方やその後の職や生活について、事前にシミュレーションをしておくことは必要です。そういう機会を在職中に組織が作って従業員にサービスとして提供することこそ、福利厚生のプログラムのひとつとして不可欠です。

こうしたプログラムは、現役の時間が短いプロスポーツの世界で試みられています。NPBの球団やサッカーのJリーグなどでは選手に引退後のキャリアについてのセミナーなどを行っているようですし、プロ野球選手を対象に野村証券が資産管理を中心にサービスを提供していくプロジェクト(注11)が公表されたりもしています。

企業においても同様に、資産形成や資産管理に関するサービスを始めとして、リスキリングや学び直し、退職・転職の支援サービス、アルムナイなどを通じた退職後のネットワークなど、キャリアを再構築するのに資するサービスを広く提供することが期待されます。

 

(付記)に続く

 

【注9

言葉としては、毒物を取り扱う係。ここでは、経営トップと第一線の従業員の間に入ってそれぞれの不平不満や愚痴を処理する機能をいいます。この担当者に求められるのは、何かのアドバイスや意見・提案をするのではなく、不平不満や愚痴を抱える従業員に全てを吐き出してもらうことです。ただただ聞き役に徹します。

 

【注10

周囲から音が遮断されたボックスのなかで、何らかの問題や不平不満を抱えた従業員が聞き役のマネージャーに問題や不平不満をぶちまけるもの。メディア企業で運営されている例があるように、コーチングやカウンセリングとも異なり、聞き役は聴くことに徹することが求められます。聞き役は決してアドバイスや意見を言ってはいけません。

 

【注11

ニュースリリース 野村證券 一般財団法人球心会とのビジョンパートナー契約締結について (PDF)

BEYOND OH! PROJECT

 

 

  作成・編集:人事戦略チーム+経営支援チーム(20251211日)