福利厚生を戦略的に考える(4)
次に、帝国データバンクの「福利厚生に関する企業の実態調査」(注1)で現在実施しているもののうち実施率が高い上位11~20の項目(人間ドック、労災補償給付の付加給付、時差出勤、在宅勤務、社員旅行の実施・補助、メンタルヘルス相談、財形貯蓄制度、社宅・寮、レクリエーション)について考えてみます。
人間ドック
法律上雇用主の義務である健康診断を実施するのは当然ですが、それ以上の健康状況のチェックや生活習慣病などを未然に防ぐために生活習慣を見直す契機として人間ドックなどを行う法人は多いでしょう。
特定のポジションや年齢層に健康上の問題が生じているのではないかと危惧しながら人間ドックを実施しているのであれば、従業員の健康に関するデータに基づいて対策を取る必要があります。特定の事業が職務特性や職場環境などの面で、特定の疾病を引き起こしたり明らかにメンタル面や身体面で不調者が多くなる傾向にあったりするのであれば、人間ドックよりも原因究明と対策を講じることが雇用主としての安全衛生義務を果たすことになります。
特別有給休暇を付与して人間ドックを行ったり、人間ドックに要する経費を一部補助したりしているのは、福利厚生のひとつの施策と言えますが、特定の人材層に健康問題が見出されるとなると、リスクマネジメント上の経営課題として取締役会の議題として扱うべきでしょう。
ちなみに、人間ドックの検査結果は従業員の個人情報なので、法定の検査項目以外を法人として保管する際にはその旨を事前に本人と同意しておくことが必要です。
労災補償給付の付加給付
法定の労災補償給付だけでは通常の給与よりも下がってしまう上に、治療費や治療に付随する費用などもかかるため、通常受け取っているはずの給与(平均賃金)と同等程度まで何らかの付加的な給付を行う会社もあります。
これも人間ドックへの補助などと同様に、従業員にとってみれば好ましいプログラムですが、これで人材の採用がうまくいくとか事業戦略の実効性が上がるとかいうものではありません。
なお、特定の事業分野や職場で明らかに労災が多く発生する状況が確認できたのであれば、こうした福利厚生プログラムを充実させることも大事ではありますが、それ以上に労災が発生する原因を追究し必要な対策を講じることが強く求められます。
時差出勤
時差出勤を制度化するかどうかは、仕事の内容や通勤事情などによる勤務時間制度で検討すべき課題です。福利厚生ではなく勤務体系そのもので考えます。もし介護や育児などで短時間勤務が必要な従業員について限定的に認めるというのであれば、時差出勤かどうかではなく、短時間勤務を制度化するかどうかの問題です。
いずれにしても、時差出勤が必要な人材ばかりが求められるビジネスというのが考えられないのであれば、事業戦略との関連性はないに等しいでしょう。
在宅勤務
時差出勤同様に、これも福利厚生というよりも勤務体系の問題です。
在宅勤務を制度化する事由として、コロナ禍のような疾病対策もあれば、業務効率の向上を目的としたリモートワークの導入・運用もあれば、子女教育や介護をサポートするために在宅時間を増やしながらも仕事ができる体制を整備する場合もあります。いずれにしても、福利厚生というよりも、勤務体系そのものをどのように整備するのか、事業を効率的に運営するのに適しているかどうかが問われます。
なお、在宅勤務固有の問題として、自宅で業務処理を問題なく行うためには、情報系の設備機器やシステムの整備が欠かせません。特にセキュリティの問題は慎重に扱わなければなりません。また、水光熱費や事務用品費など従業員の自宅で負担することになる業務経費の取り扱いもルール化しておかないと、個人負担ばかりが増える虞があります。
特定のビジネスでは在宅勤務がベストな勤務形態であるということがあるかもしれません。そうでない一般のビジネスにおいては、育児や介護などの事情を有する従業員など、ある程度限定された対象者に適用される勤務体系かもしれません。そうであるなら、短時間勤務などと同様に従業員の就労環境を整備する制度のひとつとして対応すべきでしょう。
社員旅行の実施・補助
前提として、従業員に支給している給与や賃金が平均以上で、法定福利費を法人が適切に負担しており、健康管理や職場環境の安全性などに必要な経費を支出していることが、社員旅行などの社内イベントを会社負担で行う際に満たしていなければなりません。そうでなければ、社内イベントに充てる費用をより優先順位の高い人件費の費用項目に充てるべきでしょう。
また、労働生産性が業界平均を超えており、事業戦略上優先すべき経営課題があまりない状態であるというのも、満たすべき条件であるかもしれません。他に優先して取り組むべき課題があるのなら、そちらに取り組むべきだからです。
従業員教育のひとつとしてアウティング(社外活動)でトレーニングを行ったりする機会を設けることもありますが、これは教育研修のひとつであって福利厚生ではありません。教育研修ですから、そのトレーニングの結果が事業戦略への貢献という形で問われることになります。
ちなみに、社員旅行を実施する際には、いくつかの運営上のポイントがあります。例えば、拠点単位で行うのか、全社一斉か、という実施の範囲やタイミングの問題(全社一斉となると法人全体が休業ということになる)、従業員の中で幹事を互選して旅行の計画から実施までを任せるのか、会社が全て用意して従業員は行くだけなのかによっても、従業員の参画意識に違いが出てくるでしょう。
単に、従業員だけで行く旅行に一定の補助を出すというプログラムもあり得ますが、実施(参加)率が福利厚生費として会社負担とするほどには高まらない虞もあります。こうしたポイントを考慮すると、旅行よりも手軽なイベントやレクリエーションを運営することを検討すべき組織も少なくないでしょう。
メンタルヘルス相談
人間ドックと同様の取り扱いに留意するだけでなく、相談内容も相談したこと自体も守秘義務扱いとしなければなりません。法定のストレスチェックや公的な支援窓口(注4)の紹介などは全て法人の責任で行うべきですが、特定の事業や職種でメンタルヘルスの相談が増加しているなど、統計的に問題がありそうと判断される場合は、組織的な対処が必要です。
問題の分析・特定、問題を抱える職場や従業員への支援、組織的な解決策の実施など、個々に相談を受ける窓口があれば十分ということにはならないでしょう。メンタルヘルス相談は、あくまで包括的な解決策のひとつに過ぎません。よくあるのは、セクハラやパラハラが日常的であったり無理な目標を強要したり残業や長時間労働を称賛したりするなど、マネジメントのスタイルに問題があって、その結果、メンタルヘルス相談が増えているようなケースです。これでは、福利厚生を手厚く行っても効果は期待できません。
財形貯蓄制度
財形貯蓄制度も含めて、自社で導入しているものもそうでないものも含めて資産形成やローンの活用方法・奨学金の返済方法などを包括的に学習する機会を法人として提供することが本来は求められるのではないでしょうか。財形貯蓄制度だけでなく、退職金・年金制度及び従業員持ち株会や従業員向けの融資制度など、福利厚生というよりも従業員教育の一環として財産形成に関する教育プログラムを運営することが望まれます。
社宅・寮
当コラムの第2回で例示的に言及しましたが、採用戦略の一環としての社宅・寮の整備はあり得ます。詳しくは第2回の「住宅に関する補助」に関する箇所を参照してください。また、前回の「住宅手当・家賃補助」との整合性や転勤の取り扱いとも連動して取り扱うべきものです。
レクリエーション
社内で行うレクリエーションというと具体的には、忘年会・新年会、運動会、誕生日会、新入社員歓迎会、退職者歓送会、特定の日時を定めたパーティ(金曜日会など)などが一般的です。社員旅行もレクリエーションのひとつです。
特に非正規従業員の人数が多い事業では、従業員の間に待遇格差がどうしても生じてしまうので、レクリエーションを通じて同じ仕事をする当事者同士のつながりを実感できる機会を設けるのは、事業を成功させる上で重要なポイントです。レクリエーションといった福利厚生だけでなく、教育研修の機会や報奨制度などでも公平な処遇が求められます。
なお、レクリエーションについて固有の課題としては、宗教や民族による慣習の違いや国籍・言語・性別などの属性の違いに慎重に配慮しておかなければならないことです。クリスマス・パーティーを職場で催すのに会社が経費を負担するというのは、キリスト教徒以外の人々からするとあってはならないことです。いつの間にか従業員が多様化していると、職場の慣例が抱える問題に気がつかないこともあります。
レクリエーションの考え方としては、「社員旅行」で言及したことがそのまま当てはまります。レクリエーションの場を活用して、経営トップが日頃直接コミュニケーションを取りづらい一般の従業員などと気軽に言葉を交わす機会とするのであれば、相応の効果が期待できそうですが、経営サイドが思うほどにはそうした効果は薄いのが現実です。
【注4】
例えば厚生労働省の以下のサイトがあります。
作成・編集:人事戦略チーム+経営支援チーム(2025年11月15日)