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知のスパーリング・パートナー(4)

知のスパーリング・パートナー(4

 

経営トップが「対話」を通じて知のスパーリングを行うものとして、話を進めてきましたが、経営トップが「対話」を行うのは知のスパーリングに限りません。たとえば、エグゼクティブコーチやCEO補佐(エグゼクティブ・セクレタリー)とのコミュニケーションにも、知のスパーリングの一面があるかもしれません。

エグゼクティブコーチといえば、当HPでも『1兆ドルコーチ』(注6)をご紹介したように、経営トップに解決すべき課題に気づかせて、それに正面から向き合うように促すのが、本来果たすべき役割です。そのために、時には、取締役会やベンチャーキャピタルなどを説得することもあるでしょう。

経営トップとの「対話」を通じて物事を動かしていくという点では知のスパーリング・パートナーと同様と言えますが、課題に気づきその解決に当たるのが経営トップ自身であるのがエグゼクティブコーチであるのに対して、知のスパーリング・パートナーは経営トップとのやりとりを通じて課題を共有しその解決策を生み出すという点で、大きく異なるものです。

経営トップの影の分身という点では、CEO補佐(エグゼクティブ・セクレタリー)も似たような役割と思われるかもしれません。経営課題を共有している(はず)という点では知のスパーリング・パートナーと同様ですが、CEO補佐(エグゼクティブ・セクレタリー)というプログラムは通常、若手の有望なマネージャーに経営者のものの考え方や捉え方を身につける機会を提供することで、組織全体の後継者育成計画の一端を担うところに目的があります。

CEO補佐(エグゼクティブ・セクレタリー)に近いものに、ジュニアボードがあります。これも若手や中堅の社員のなかから次世代の経営を担う人材を育成・選抜するために、組織全体や事業全体を俯瞰して経営課題を特定し解決案を提案するものです。場合によっては、解決策の実行と検証まで担わせたうえで、経営とはどういうものか体感させるケースもあります。そこまで行って初めて、単なるトレーニングではない、人材の発掘・育成・登用の仕組みとして機能するのですが、ジュニアボードはあくまでも次世代経営者の候補を人材プールとして特定するまでのプログラムです。知のスパーリング・パートナーのように、直接、経営トップと毎日、経営課題について次々に議論しその解決策を生み出していくわけではありません。むしろ、知のスパーリング・パートナーとなりうる人材を発掘するプログラムとすべきでしょう。

次世代の経営者は一般の企業でも最も重要な経営課題のひとつと言えますが、特にファミリービジネスでは経営課題はこの一点に尽きるといっても過言ではないほど重要です。後継者(候補)が知のスパーリング・パートナーとなって現CEOとの共同作業を通じて、ファミリーの価値観やビジネスの歴史を学ぶことができるのが理想的ですが、もともと親子であることが多く世代対立を生みがちです。そもそも現CEOである親世代が「対話」を可能とするコミュニケーションを次世代のCEOとなるはずの子供たちととってきたかが問われます。相互に興味や関心をもって共通利益を追求する、そういう「対話」が昔(子供世代が生まれた頃)から私的な場面でも行われてきたものでないと、どうしても無理が生じ解消しようのない対立に発展する例に枚挙の暇がありません。

ちなみに、知のスパーリング・パートナーは必ずしも社内から見つけなければならないわけではありません。テーマによっては社外スタッフや顧客でもよいでしょう。その際には、守秘義務による情報の縛りが必要ですから、現実には社外から知のスパーリング・パートナーを導入するのは、顧問弁護士やコンサルティングファームなどから見つけるにしても、容易なことではないでしょう。

知のスパーリング・パートナーを社外取締役が担ってもかまいませんが、次世代経営チームの要件とか不祥事やM&Aへの対応などテーマがある程度限られるでしょう。社外取締役は一般に自社のビジネスを知悉しているわけではありませんから、実際のビジネスに直結する課題については、知のスパーリング・パートナーに適しているとはいえないでしょう。

 余談ですが、知のスパーリング・パートナーは経営トップにとってのいわゆる腹心とは違います。もちろん、経営トップに阿るだけの茶坊主的な社内官僚でもありません。経営トップの意を受けて裏工作をしたり、経営トップが喜ぶ情報だけを上げて意に沿わない情報は遮断するわけではありません。反対に、経営トップにとって耳が痛い情報や頭痛の種になる事象をいち早く知らせるとともに、問題の核心が何か共通認識をもってその対処方法を冷静に提案・協議するのが知のスパーリング・パートナーの役割です。

 

(5)に続く

 

【注6】

1兆ドルコーチ』については以下を参照してください。

1兆ドルコーチ - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)

 

作成・編集:経営支援チーム(20211028日)