知のスパーリング・パートナー(5)

知のスパーリング・パートナー(5

 

ここまでは主にマネジメントにおいて経営トップが知のスパーリングを行うものとして話を進めてきましたが、最後に一般のビジネスパーソンにとって知のスパーリングとはどういうことなのか、また、知のスパーリング・パートナーのような存在や役割を活用すべき仕事や状況があるとすれば、それはどのようなものなのか考えてみたいと思います。

たとえば、企画書を作成し何らかのアイデアを提案するとか、スピーチというほどではないにしても、朝礼や部署内の会議などで最初に何かまとまった話をする必要があるといったことは、多くのビジネスパーソンによくあることでしょう。こういう場合、その場で思いつくままに書類を作成したり話をしたりしても、問題なく稟議が通ったり朝礼や会議に参加している人たちに伝えるべきことが伝達できればいいのですが、なかなか思うようにはいきません。

社内で誰かにちょっとしたことを依頼するにしても、すっと理解して動いてもらえることもあれば、なかなかこちらの真意が通らず、的外れな答えばかりが返ってくることもあります。プロジェクトの日常的なミーティングでも、些細な問題を解決するのにちょっとしたアイデアが欲しい時に限って、これといったヒントすら出てこないことが、間々あります。

実は、こうした場面や状況こそ、知のスパーリングを行って、組織に新たな知見をもたらす機会なのです。というのも、こちらの意図や問題意識がなかなか伝わらないのは、伝え方の問題もあるかもしれませんが、それ以上に同じ情報や知見を共有していないことに由来する、考え方やものの見方の相違があるからです。そこで、互いにもっている情報や考え方のフレームワークを出し合うことから始める必要があります。いわば、知のスパーリングを行うためのリングを設けるようなものです。

もともと経験や実務知識などが乏しいであろう新入社員や職場で最も若いとか序列が下という人であれば、上司でも先輩社員でも知のスパーリング・パートナーの役割を果たしてもらうことができます。この場合ひとつ注意したいのは、一方的に教えてもらうのでは知のスパーリングにならないどころか、相手にも失礼であり、組織全体でプラスになるものがない分、非効率的である点です。少なくとも、自分なりの課題解決の仮説であったり改善案のアイデアであったり、何らかの考えを相手に質問しながらぶつけてみることが必要です。ここに知のスパーリングの第一歩が始まります。

それに対して、教える側も従来通りの答えを述べるだけでなく、よりより方法や新たなアイデアをもって答えたり、これまでの自分のやり方を見直すきっかけともすべきです。また、経験の浅い人や部下や後輩に当たる社員が考えてきたことに対して、「そんなことより、こうすればいいんだ」「口を使うより手を動かせ」と頭ごなしに否定するのではなく、なぜそういうアイデアを考えてきたのか、その理由や経緯を訊いてみることで、若手や経験の浅い社員に自分の頭で考えて仕事に取り組む癖をつける方向に導くことができるかもしれません。

自分の方が年齢が高かったり社歴が長かったりする(まして元上司だった)場合は、知らず知らずにアイデアを求めた相手に対して否定的な言動を取ったり揶揄するような言動を取ったりしがちです。一度でもそうした不適切なリアクションを取ってしまうと、こちらはそのことを全く覚えていなくても、相手はしっかりと覚えていますから、二度とアイデアを出してくれることはないでしょう。何か尋ねようとしても、先回りして顔を合わせないようにするか、尋ねても真剣に考えて答えることはしないでしょう。知のスパーリングを妨げるのは、実は先輩や上席者の何気ない言動なのです。

3回でも述べましたが、知のスパーリングを機能させる最も重要な要因は、スパーリング・パートナーにとってリラックスして相手にモノが言える関係を築いているかどうかです。いわゆる心理的安全性をスパーリング・パートナー自身が確かに感じていることが不可欠です。できれば日頃から職場のメンバーの間でプライベートな事項も含めて日常的に会話を交わす関係であったり、仕事上のちょっとした打ち合わせが立ち話でもリモートでもできる関係であることが必要です。

もちろん、仕事の話をする以上、いわば真剣勝負で相互にさまざまな情報・アイデア・知見などを開陳し合うことが必須です。その真剣なやりとりのなかから、新たな知見や問題解決へのアプローチ、具体的な解決策やより伝わりやすい表現などが生み出されていきます。

そのプロセスを本稿では「対話」(注4)と呼びました。「対話」とは、対話を行う双方にとって何らかの新しい発見があるものです。質疑、論戦、交渉、合意などの通常のビジネス上のコミュニケーションにおいては、当事者が既知(少なくとも一方にとっては既知)の事項について情報のやりとりが行われ、その結果、双方にとっての共通利益の最大化が図られます。「対話」は、当事者双方が相互に相手への関心から問うことを通じて、問いへの答えそのものや答えたり新たな問いを発したりする相手の態度などへの自らの心理的感情的な反応も含めて、新たな発見(新たな共通利益)に気づくプロセスなのです。

このように、相互に好奇心をもってアイデアを投げ掛け合うことこそ、知のスパーリングの醍醐味と言えます。多分、トップマネジメントのレベルで求められる知のスパーリングが実地に行われている組織では、ビジネスの現場第一線においても知のスパーリングがさまざまな形で行われているのではないでしょうか。

ビジネスにダイバーシティが要請される理由のひとつは、まさにさまざまな知の生成を行うのに多様な人材のコミットメントが不可欠であるからです。なぜなら、同期入社で同じような生活環境にあって同じような社内キャリアを積んできた同性社員同士では、日常的なコミュニケーションを取ることはスムーズに行うことができるかもしれませんが、新たな知の生成はほぼ期待できないからです。

ダイバーシティは実現されればそれでよいわけではなく、インクルージョン、即ち組織のメンバーとして組織の集合知の生成に貢献することが実現されて初めて、多様な人材を活用したことになります。同じ相手とばかりスパーリングを行っていたのでは互いに相手の手の内が見えて、練習にならないかもしれません。絶えず異なる相手とスパーリングを行うからこそ、実戦的な練習が可能となるのと同様に、絶えず異なる人たちと意見や見解を交換する中から新たな知見につながるヒントや視点が得られるでしょう。

ときには、社外の人々とも知のスパーリングを行う機会をもつことができれば、更に好ましいと言えます。社会人向けのMBAコースや社外セミナーなどを通じて築かれた人間関係を活かすのに、知のスパーリングは最適なものでしょう。

つまり、知のスパーリングはマネジメントにおいて求められる機能であるとともに、広くビジネス全般で求められる機能でもあります。ふだんから職場で問題提起や解決策の提案などが活発に議論されているのであれば、自然と知のスパーリングを通じて新たな知の生成が行われているでしょう。そうでないのであれば、知のスパーリングが行われていないでしょうし、組織としての新たな知の生成が行われていないでしょう。

それは、取りも直さず、ビジネスにおける新たな知見が現場において形成されていないことを意味します。その結果、新たなビジネスモデル・事業・製品・サービスなどが誕生せず、新たな収益源を生み出すことができないことにつながるのです。

 

作成・編集:経営支援チーム(20211114日)