1兆ドルコーチ 

 

(1)伝説のビジネスコーチ:ビル・キャンベル

 

 今回ご紹介するのは、アメリカのIT業界の発展を陰で支えた伝説の男 ビル・キャンベルについて、彼のコーチを直接受けてきたグーグル元CEOのエリック・シュミットなどが、彼の死によってそのコーチングが忘れ去られる前に、そのストーリーを残すべく書かれた本です。

 

1兆ドルコーチ シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの教え 

(エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグル著、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社より201911月発行) 

 

この3名が共同で書いた本としては、「How Google Works 私たちの働き方とマネジメント」(注1)がありますが、今回の著作はグーグルの形成に多大な影響を与えた1人のビジネスコーチについて記述したものです。

  

筆者の周囲にもエグゼクティブ・コーチングを業としている人たちがおり、その果たすべき役割や期待される成果、確立された方法論やその限界、求められるスキルやマインドセット、ビジネスコーチ業界の歴史や動向など、多少なりとも見聞きしています。 

そこでエグゼクティブ・コーチングを行っている人たちの中には、コーチングとかビジネスコーチというものの価値や役割に多少なりとも疑問を持っている人たちも存在するようです。もちろん、ビジネスにおけるコーチングの効果やエグゼクティブ・コーチの意義といったものを十分に理解した上での疑問ではありますが、本当に役に立つコーチであるのかどうか自問する人もまた多いようです。 

そういう状況も知りつつ、ビル・キャンベルについては名前程度しか知らなかった筆者は、大きな興味をもって本書を読むこととなりました。

  

そもそもコーチングとはどういうものか、あまりご存じない方もいらっしゃるかもしれません。そこで、最初に、本書の著者たちが実際にビル・キャンベルのコーチングを受けていたところを回想するシーンから、本書のご紹介を始めたいと思います。

  

ビルと私たち(引用者注、著者のシュミットらグーグルの経営者や上級幹部たち)の1on1ミーティングは、いつも彼の地味なオフィスで行われた。にぎやかなユニバーシティ・アベニューから南へ1キロ半ほど離れた、パロアルト商業地区の落ち着いた側、カリフォルニア・アベニューの外れという場所だ。 

最初、そこまで行くのは時間のムダのような気がした――なぜ、彼がグーグルまできてくれないのか? でもこれがふさわしい場所なのだと、すぐ気がついた。カウンセリングを受けるときは、あえてセラピストのところまで足を運ぶ。それと同じことだ。 

(中略) 

エリックとのミーティングでは、いつもホワイトボードにその日の議題を示す5つの言葉が書いてあった。それは誰かの名前のこともあれば、プロダクトや業務上の問題、近々行われるミーティングのこともあった。二人はそうやって話し合いに備えた……。 

本書を執筆するために、エリックがビルとのミーティングをそんなふうに説明していると、ジョナサンが割って入った。 

ビルはそうやって1on1を始めたんじゃない、とジョナサンは言った。たしかにビルは話し合うべき議題のトップ5リストをつくってはいたが、ホワイトボードにでかでかと書いたりはしなかったぞ。ポーカーのプレーヤーが胸の前で手札を持つような感じで、あくまで伏せていた。 

ビルは家族など仕事以外の話をしてから、「君のトップ5はなんだ」とジョナサンに聞いた。 

(「10兆ドルコーチ8283ページより)

  

コーチングとは、コーチとコーチングを受ける人の対話(ミーティング)と言ってよいでしょう。時には雑談から始まり、時にはビジネス・ミーティングさながらに始まる言葉のやりとりです。 

ビル・キャンベルがグーグルの社内セミナーで語ったところによれば、1on1ミーティングを行う際には、エリック・シュミットの回想にあるように、議題を絞って書き出すのが基本です。 

ただ、相手によってはそうせずに、家族の近況などの話題から入いることもあります。 

このように方法論の基本はあっても、相手に応じて、またその場の状況に応じて、ミーティングのやりかたも柔軟に変わるのが、ビル・キャンベルのコーチングです。スティーブ・ジョブズとはオフィスでホワイトボードを前にするどころか、往々にして散歩をしながらミーティングを行っていました。 

彼が行っていたコーチングは、方法論よりもコーチであるビル・キャンベル自身にこそ、最大の持ち味というか特徴が表れています。 

プロフェッショナルなコーチとはいいながら、コーチングそのものは無償・無給で行います。 

直接会って話をするのが原則です。スカイプなどを通じて行うことはなかったようです。 

ときには、コーチを受けている相手の会社の社内会議や取締役会に出席して、その模様をつぶさに観察して、その結果を相手にフィードバックすることもありました。 

コーチングの対象は、ビジネスでは経営者や上級幹部ですが、ビル・キャンベルがコーチングをする価値があると認めた人に限られます。 

ビジネス以外では、もともと本業であったアメリカンフットボールのコーチとして、青少年を相手にボランティアでコーチを引き受けていましたが、その姿勢やスタイルはビジネスでのコーチングと変わらないものでした。 

 

さて、このように際立った特徴をもつコーチングを行っていた彼はなぜ、本書の題名にある通り、「1兆ドルコーチ」と呼ばれるようになったのでしょうか。その経緯を次回まとめてみましょう。

  

【注1

How Google Works 私たちの働き方とマネジメント 」

(エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ +アラン・イーグル著、ラリー・ペイジ序文、土方奈美訳、日本経済新聞出版社より201410月発行)

この本については、4年前に当HPでもご紹介しています。ご興味のある方はこちらへ

 

  

(2)スポーツでもコーチ、ビジネスでもコーチ

 

 本書の2339ページの記述に基づいて、ビル・キャンベルのキャリアを振り返ってみましょう。

  

195558 ホムステッド高校(ペンシルベニア州)アメリカフットボール部で活躍

195864 コロンビア大学に在学し、61年にアメリカンフットボール部のキャプテンに就任、62年に経済学士号、64年に教育学修士号を取得

(ボストンカレッジのアメリカンフットボール部のアシスタントコーチを経て)

1974 コロンビア大学アメリカンフットボール部のヘッドコーチに就任

1976 コロンビア大学職員だったロバータ・スパニョーラと結婚

1979 コロンビア大学アメリカンフットボール部のヘッドコーチを辞任、広告会社のジェイ・ウォルター・トンプソンに就職

その後、担当顧客だったコダックに引き抜かれる

1983 当時CEOだったジョン・スカリーのオファーを受けてアップルに入社(西海岸へ転居)

9か月後、セールス・マーケティング担当副社長に昇格し、マッキントッシュ(新製品のパソコン)の販売戦略の指揮を執る

1985 スティーブ・ジョブズがアップルを追放された際には、そのことに抵抗した数少ない経営幹部のひとりとなる

1987 アップルの1部門だったクラリスをスピンオフする計画が持ち上がり、クラリス社のCEOに就任

1990 クラリスのスピンオフの計画はアップルによって撤回され、他の経営幹部とともに退任

その後、GOコーポレーションのCEOに就任

1994 GOコーポレーションの廃業に伴いCEOを退任、インテュイット社CEOに就任

1997 スティーブ・ジョブズのアップル復帰とCEO就任により、アップル社の取締役に就任(2014年まで)

2000 インテュイットCEOを退任(会長は2016年まで務めた)、ベンチャーキャピタルのクライナー・パーキンスのジョン・ドーアに投資先企業のコーチを務めるように請われてビジネスコーチへ転身

2001 グーグルCEOエリック・シュミットのコーチを開始

以降15年間、グーグルの経営者や上級幹部へのコーチングが続く

また、グーグルやアップルだけでなく、他のIT企業や教育機関などの経営幹部のビジネスコーチ及びアマチュアのフットボールチームのコーチも並行して務める

2016 死去

 

 こうしてみると、アマチュアとはいえ、アメリカンフットボールの選手としての実績があった上で、教育学を修めてスポーツ(アメリカンフットボール)のコーチとして社会人のキャリアをスタートさせたことがわかります。ただ、コロンビア大学アメリカンフットボール部のヘッドコーチとしては、思ったような成果を挙げられず、任期途中で辞職を決意したそうです。 

その後、ビジネスの世界に転身して、こちらでは相当な実績を挙げて複数の会社でCEO職を務めるに至ります。しかし、ここでも、すべてが成功というわけではなく、時代の先を行き過ぎたGOコーポレーションでは廃業の憂き目に遭いました。 

ここで注目したいのは、次の3点です。 

第一に、ビジネスと教育についてしっかりとしたバックボーンがあるということです。経営者やビジネスコーチがビジネスについての理論や体系、ノウハウをなどを学習するのは当たり前のことと思われるかもしれませんが、必ずしも多くの経営者やビジネスコーチがそうであるとは言えません。 

特に日本では、経済学や経営学、教育学や心理学や行動科学といった、経営者やビジネスコーチに不可欠と思われる学問分野について、教育を受けたり自ら学習・研究した経験をもつ人ばかりというわけではありません。 

第二に、スポーツのコーチ経験が大きくあることです。それも、個人戦ではなく、チームで戦うスポーツの経験があることです。 

チームで勝利に向かって戦うには、チームマネジメントが不可欠です。個人ではなくチームのコーチとしてチームメンバーを勝利に導くというのは、正にビジネスで企業というチームを導いていくのと同様の難しさがありそうです。さらに、スポーツもビジネスも負けがつきものです。負けた時にどうチームを立て直すのか、コーチの力量が問われます。 

日本のビジネスコーチの中にも、スポーツでのコーチ経験がある人はいるとは思いますが、圧倒的に少ないでしょう。筆者自身は、相当なレベルでスポーツのコーチ経験を有する人がビジネスコーチで実績を挙げている方を直接、存じ上げてはいません。 

スポーツでのコーチの経験がビジネスコーチに必須とは思いませんが、共通のスキルやマインドセットがあるでしょうから、両方で高い成果を挙げるような人材が出現してもおかしくはないと思われます。起業の確率を上げる上で、スポーツ界の中から日本のビル・キャンベルを探し求める必要があるのかもしれません。 

第三に、一見、対立したり利害関係が衝突しているであろう関係者の間でも、確かな信頼関係を確立していることです。たとえば、アップルの取締役でありスティーブ・ジョブズのコーチとして活動する姿を知らないはずがないグーグルでも、エグゼクティブコーチを長年に亘って務めたり、その間にマイクロソフトのビル・ゲイツとも交渉を通じて信頼関係を構築することもあったそうです。 

こうした情況はどう考えても、コーチングを受けるそれぞれの当事者がビル・キャンベルのことを個人として信頼していなければ成立しない関係です。そういった意味での信頼を他人から得るには、どのようなことが必要なのでしょうか。個人的なキャラクターにも大きく依存するところがありそうですが、体系的に学習して、少しずつ実践していくことで構築できるものもありそうです。 

 

こういったキャリアを歩んできたビル・キャンベルですが、コーチ一筋のキャリアではなかったことがわかります。そこで、次は経営者としてのビル・キャンベルについて見ていきます。

  

 

(3)経営者としてのこだわり

 

本書によれば、経営者としてのビル・キャンベルの特徴は、「人がすべて」という一言に尽きるのではないでしょうか。 

一般に経営者、特にCEOに就任する人は、自ら起業した会社のCEOになる場合を除くと、財務やマーケティング・営業といった職域や事業部門の責任者を経ることが多く、ビル・キャンベルもその例外ではありません。しかし、通常は数字(売上の利益の絶対額や伸び率、コストカットの削減率、資産・資本などの活用効率など)にフォーカスしてマネジメントに当たるのに対して、ビル・キャンベルはそこで働いている人にフォーカスしてマネジメントを担いました。 

 

(引用者注、ビル・キャンベルのこと)は経営者としても、並外れた才能を持っていた。彼はカレッジフットボールのコーチから、5年も経ずにフォーチュン500社企業の上級幹部になった男なのだ。 

(中略)その成功のカギとなったのが、(中略)オペレーショナル・エクセレンス(現場の業務遂行力の卓越性)、ピープル・ファースト、決断力、すぐれたコミュニケーション、最も厄介な人材から最大限の力を引き出す、優れたプロダクトへのこだわり、解雇する人を手厚く扱うという原則である。 

(「10兆ドルコーチ124ページより)

 

「人がすべて」ということをもう少し分解して表現しているのが、引用した部分です。ここで指摘されている7項目について、もう少し見ていきましょう。

 

はじめの「オペレーショナル・エクセレンス」とは、日本語の説明にあるように、現場の業務遂行力の卓越性ということです。 

実際に仕事をするのは経営者ではありません。小規模なスタートアップですら、すべてを経営者が取り仕切ることはできません。まして、一般の企業ともなれば、経営者にできることは極めて限られます。 

言い換えれば、現場の問題は現場の社員に任せるしかありません。従って、「ピープル・ファースト」で、仕事をする社員を尊重し、その信頼を得て、個々の力を発揮してもらうのが、経営者の仕事にほかなりません。 

ビル・キャンベルはそうした姿勢を経営者や上級幹部はもとより、取締役会のメンバーにも求めました。特に社外取締役として参画する人々に対して、事業運営の実務に精通していることを求めました。反対に悪い取締役としては、「ただふらっと来て、自分がいちばん賢いと見せようとして喋りすぎるやつ」(本書124ページ)と語っています。つまり、取締役といえども、事業運営の実際を経験し、どうすれば会社の運営がうまくいくようになるのか、的確にアドバイスできる人材を求めていたのです。 

 

次に「ピープル・ファースト」ですが、これは反対の言葉を考えてみるといいでしょう。すなわち、“マネー・ファースト”です。 

資本主義なのだから、“マネー・ファースト”が当然と考える人もいるでしょう。まして、企業経営でマネーを最優先に考えないのはおかしいとも思えます。 

ビル・キャンベルはもともとアメリカン・フットボールのコーチでした。アメフトのようなスポーツであれば、チームの勝利が何物にも優先されるはずです。その勝利を得るには、プレーヤー・ファーストで選手がもてる能力を最大限活用するのが不可欠であることは誰も異論はないでしょう。そのために、監督やコーチが練習やミーティングなどを通じて選手をサポートするはずです。 

ビジネスも同様で、“マネー・ファースト”というのはチームの勝利のためにと言っているのと同様に、当たり前のことを表現しているにすぎません。それよりも質が悪いのが、“自分ファースト”という経営者です。経営者自身のプライドや見栄のために、羽振りのいい会社が必要なのです。 

「ピープル・ファースト」は、こうしたものとは正反対に、ビジネスがうまくいくように社員の力を最大限発揮してもらう状況を作り出すのが経営者の仕事であるという考え方です。なお、注意したいのは、個人ではなくチームの勝利を第一に考える点です。チームの勝利に向けて、ひとりひとりのプレーヤー(社員)の力をいかに発揮してもらうかが問われます。 

 

「決断力」とは、物事を決めてチームを動かすことです。ビル・キャンベルは、第一原理(ファースト・プリンシプル)に基づいて、物事を決めるのがマネージャー(経営者)の仕事と考えていました。 

第一原理とは、「誰もが納得する普遍の真理」であって、「意見には反論できても、通常、原理には反論できない。なぜならすでに全員がそれを受け入れているからだ」(本書98ページ)とされています。 

困難な状況に直面した時に改めて第一原理を見い出すこともあるでしょう。その状況において、会社やプロダクトを支えているものを明らかにすること、そしてその原理に基づいて決断を下すことが経営者の仕事である、というのがビル・キャンベルのいう決断力です。 

決断力を発揮するには、適切な意思決定プロセスを経ることが要請されます。安心して自由に意見を言える状況を作り、関係する社員の意見はすべて吸い上げて、それぞれの見解を検討します。「しっかり議論すれば、10回のうち8回は、部下が自力で最適解にたどりつくだろう。だが残り2回は君が苦渋の決断を下し、全員が従ってくれることを期待するしかない」(本書97ページ)が故に、経営者は第一原理に基づいて誠実に決定を下すことが求められます。 

そして、行動を起こすことがチームにとって重要なのです。一度チームとして決めたことを後日、ひっくり返して行動に移さない人に対しては、厳しい態度をとることも辞さないのがビル・キャンベルでした。個人的な意見や立場の相違にしろ、感情的な蟠りにせよ、決めたことを実行しないというのでは、スポーツでもビジネスでも、うまくいくはずがありません。 

 

「すぐれたコミュニケーション」というと、スティーブ・ジョブズのようなプレゼンテーションの達人を思い浮かべるかもしれませんが、ここではそういう意味ではありません。 

ビル・キャンベルはハグの達人でした。自らボディ・ランゲージも活用する一方で、関係する人々を会議中にもしっかりと観察し、問題があれば、その場でも事後にでもアドバイスをするなど、ちょっとした心遣いができる点が、正にコミュニケーションの要諦といえるでしょう。 

また、結論がわかっていると経営者やマネージャー自身が思っている時ほど、最後に発言するように奨励していたことも、自らの経験に裏打ちされたコミュニケーションのコツだったのでしょう。そうすることで、まず、関係する人々全員の意見を出すことができますし、それらを踏まえた上での意思決定が可能となります。 

つまり、コミュニケーションといっても、何らかのコンセンサスを形成することを目指すのではなく、関係する人々が次々に主役を演じていくアンサンブルのようなものをコミュニケーションの理想としていたものと思われます。 

 

「最も厄介な人材から最大限の力を引き出す」というのは、いわゆる天才的な人材(本書では“ディーバ”とも“傲慢なスター”とも“規格外の天才”とも呼ばれている)で、グーグルでいうところの“スマート・クリエイティブ”(注2)に通じる人材のことでしょう。 

重要なのは、挙げた実績がいかに会社にとっても顧客にとっても多大な貢献であったとしても、自己アピールや自己宣伝が過ぎたり、昇進や昇給などで過大な要求をしたり、ナルシストでいつも自分に注目が集まっていないと気が済まないような、そういう人材は功罪を冷静に分析して対処することです。 

いかに天才的な人材であったとしても、そのマイナス面がいつになっても改善されないのであれば、マネージャーや経営者として必要な措置をとることも躊躇してはなりません。要するに、経営陣や同僚や部下に及ぼしているダメージを大きく上回る価値をもたらさない限り、寛容になったり守っていくことは不要という考え方であり、マネジメントの原則でもあります。 

これこそ、アメリカンフットボールを通して絶えず実感していた教訓だったのではないでしょうか。チームスポーツで、特定個人にばかり注目が集まり、勝利を支えた他のプレーヤーやチームスタッフの存在が蔑ろにされたのでは、チームが成立しないのです。 

 

「優れたプロダクトへのこだわり」も、経営者としてのビル・キャンベルの特徴の一つです。会社が何のためにあるかというと、プロダクトのビジョンを実現するためにあり、それを担うのは人、特にエンジニアであることを、コダックやインテュイットでの経験から知っていたのでしょう。 

技術オタクであるエンジニアたちと直接話ができることが、ビル・キャンベルの強みでもあります。自らは技術やプロダクトを開発することはできなくても、それを実現する可能性のある人材(エンジニア)をやる気にさせて、もてる力を最大限発揮させるのに、CEOや役員が自らが直接語り合うというのは、またとない機会です。ここにも、「すぐれたコミュニケーション」がマネジメントにとっていかに重要であるのかが示されています。 

 

最後に「解雇する人を手厚く扱う」という原則は、経営には失敗や見込み違いは付きものであり、特にスタートアップやテック系の会社ではよくあることとはいいながら、本当は避けたいものです。 

失敗から経営者自身が学ぶ前に、事後処理をしなければなりません。つまり、できるだけ早期にリストラを行うのですが、リストラをする際にも「ピープル・ファースト」ということを忘れてはなりません。むしろ、リストラのような苦境にあってこそ、「ピープル・ファースト」の真価が問われるのです。 

リストラをする際に、支払うべき退職(解雇)手当の金額や他の退職パッケージを財務的に可能な範囲で手厚くすれば、それでよいわけではありません。最も重要なのは、解雇対象となる社員へのリスペクトを忘れてはならないことです。それは、単に言葉だけの問題ではなく、支払う退職(解雇)手当が労働市場において競争力のある水準を保障したり、次の就職先を斡旋するなど非金銭的支援においても充実させるといった施策に現れてくるものです。 

このように辞める人を手厚く扱うことは、会社に残る人々の士気を保ち、精神的安定をもたらすうえでも重要であることは、今ではテック企業を中心に広く知られています。そういう常識をもたらしたのも、ビル・キャンベルが自らの経営経験から生み出したアドバイスのひとつと言えます。

  

以上の7原則(オペレーショナル・エクセレンス、ピープル・ファースト、決断力、すぐれたコミュニケーション、最も厄介な人材から最大限の力を引き出す、優れたプロダクトへのこだわり、解雇する人を手厚く扱う)は、ビル・キャンベルが企業経営とアメフト・コーチの経験を通じて得た経験と学びのエッセンスとも言えます。

  

【注2

スマート・クリエイティブについて詳しくはこちらを参照してください。

 

 

(4)コーチとしての仕事

 

ビジネス・コーチに転身したビル・キャンベルは、依頼があれば誰に対してもコーチとしてサービスを提供したわけではありません。相手がどのような企業の経営者や上級幹部であろうとも、自分がコーチをすることで相手が成長し、経営する企業も大きく発展する可能性が大きいものだけをコーチしました。 

その彼がコーチを受ける人に求めたのは、次の4種類の資質です。 

 

ビルが求めたコーチャブルな資質とは、「正直さ」と「謙虚さ」、「あきらめずに努力を厭わぬ姿勢」、「つねに学ぼうとする意欲」である。(「10兆ドルコーチ137ページより)

  

  コーチと相手との関係を成立させる上で、通常求められると予想されるよりも遥かに赤裸々に自分の弱さや問題をさらけ出してもらわないと、結局、コーチングもうまくいかないし、ビジネスも成長・発展しない、そうビル・キャンベルは確信していたようです。 

そもそも自己認識がいい加減では、コーチをしようにもやりようがありません。これは、スポーツでもビジネスでも同じことです。フォームに問題があるのか、基礎的な筋力が不足しているのか、肉体的技術的なことには問題がなくて精神的な面で脆さがあるのか、しっかりと自分の課題と正面から向き合っていないと、コーチもサポートの方法がありません。 

ビジネスでも同様です。故に、自分の課題が何か表現できる「正直さ」と、自分に弱点や短所があることを認める「謙虚さ」が必要なのです。コーチは、本人が気づいていないところも含めて、強みと弱み、長所と短所を自己認識できるように、ミーティングなどを通じてコミュニケーションを深めていくのです。 

そして、問題やトラブル、弱点や短所を認めるだけでなく、それを乗り越えるために「あきらめずに努力を厭わぬ姿勢」が求められます。もちろん、具体的にどうしたらよいのかは、コーチが助言することもあるでしょう。同時にコーチや同僚など周囲の人々の意見に耳を貸して、自分の課題を常に見つけて解決していくことも不可欠です。これが「つねに学ぼうとする意欲」となって現れるものです。 

ビル・キャンベルが最も嫌ったのが「学ぼうとする姿勢や意欲のない人」、すなわち、「質問よりも答えが多い人」というのも、コーチや同僚などチームのメンバーが相互に学び合うことがチームの成長を促進することを、アメリカンフットボールやビジネスを通じて誰よりも身に染みて知っていたからでしょう。

  

コーチャブルな人とは、自分よりも大きなものの一部になれる人だ。巨大なエゴの持ち主であっても、重要な大義のために貢献することはできる。これこそ、ビルがグーグルでコーチングに打ち込んだ理由の一つだ。(「10兆ドルコーチ138ページより)

 

誰にでもエゴはあります。CEOや起業家、上級幹部やビジネスエリートといった人たちは、エゴの塊というタイプの人ばかりでしょう。優秀であり実績がある人ほど、エゴの虜になりがちです。その人たちが、自分の打ち込むべき大義(ミッションと呼んでもいいでしょう)に気づき、エゴを克服して大義の実現に取り組むことを手助けすること、それがコーチの仕事、とビル・キャンベルは信じていたのです。そのひとつの実例が、本書の執筆者たちが経営に携わっていたグーグルです。 

 

ビル・キャンベルはチームのコーチだった。チームを築き、育て、メンバーの適材適所を図り(不適材を不適所から外し)、励まし、望ましい成果が上がらないときは全員の尻を叩いた。彼はつねに言っていたように、「チームがなければ何も成し遂げられない」ことを知っていた。これはスポーツ界の常識だが、ビジネスの世界では十分には理解されえていないことが多い。(「10兆ドルコーチ168ページより)

  

コーチングというと、個人を対象に提供されるサービスというイメージをもたれる方が少なくないと思われます。 

ビル・キャンベルはチームを対象にコーチングを行います。ときには、取締役会に出席して経営者が取締役会をどのように仕切るのか観察したり、MBWA(マネジメント・バイ・ウォーキング・アラウンド、または、マネジメント・バイ・ワンダリング・アラウンド)よろしく社内を歩き回ってビジネスの現状や問題状況を把握したり、自ら現場を知って必要な助言を与えました。「小さな声かけ」によって、チーム内のすきまを埋めることまでしていました。いわば、チーム運営に関するマイクロマネジメントをそこかしこでやって見せるのが、ビル・キャンベル流のコーチングです。 

それでは、こうしたチームにはどのようなメンバーが求められるのでしょうか。

  

ビルは4つの資質を人に求めた。まずは「知性」。これは勉強ができるということではない。さまざまな分野の話をすばやく取り入れ、それらをつなげる能力を持っていることだ。ビルはこれを「遠い類推」と呼んだ。そして、「勤勉」であること。「誠実」であること。そして最後に、あの定義のむずかしい資質、「グリット」を持っていること。打ちのめされても立ち上がり、再びトライする情熱と根気強さだ。(「10兆ドルコーチ177178ページより)

  

ここで明示されている4種類の資質、すなわち、「知性」(または「遠い類推」)・「勤勉」・「誠実」・「グリット」については、引用で説明されている通りです。敢えて補足すれば、「グリット」はコーチングを受ける人に求めた資質のひとつである「あきらめずに努力を厭わぬ姿勢」と言い換えることもできそうです。 

こうした資質を求めて、採用面接での質問事項までも具体的にアドバイスするなど、チーム・ファーストをきめ細かく徹底するのが、彼のやりかたなのです。 

 

 

(5)コーチだからこそできること・取り組むべきこと

 

ビル・キャンベルはビジネスコーチとして、特定の経営者や上級幹部に個別のミーティングを通じて必要なアドバイスを送っていただけではありません。彼のコーチングの真骨頂は、個別のコミュニケーション以上にチーム全体を対象として根本的な問題の解決に前向きに取り組むように、チーム全体を動かすところにあります。 

そうした根本的な問題として「部屋のなかのゾウ」があります。 

 

経営上の問題を理詰めで解決しようとするアプローチには限界があり、グーグルでも重大な問題になったことがある。(中略)クオンツ(数理分析専門家)やテッキー(ハイテク技術者)は、人間のチームにつきものの、本質的に厄介で感情的になりやすい緊張を、面倒で理不尽なものと見なし、データ主導型の意思決定プロセスで解決されるものと考える。(中略)何かが起こり、緊張が生じ、それは自然には解決しない。こうした状況は気まずいから、誰もがなるべく話題に出さないようにする。そのせいで、状況はさらに悪化する。 

これがいわゆる「部屋のなかのゾウ」、すなわちあらゆることに影を落としているのに、誰もが見て見ぬふりをする大問題だ。((「10兆ドルコーチ199ページより)

  

この「部屋のなかのゾウ」は、身近にいます。というよりも、すべてのチーム、法人、グループ、とにかく複数の人間の集まりには、どこかのタイミングで必ず出現するものです。 

たとえば、仲の良い友人たち45人が集まるとします。その際に、どこに何時に集まるのか、集まって何をするのか、どこに行くのか、そういったことを相談して取りまとめるにしても、全員の意見が一度にすべて一致することはありません。誰かが強めに意見を言って、誰かが控えめに反論を引っ込めるか、最初から自分の意見を言わないのが普通です。 

しかし、そうしたことが続くと、いずれかのタイミングで問題が表出します。それは、誰かがいつの間にかいっしょに遊ぶことがなくなるということかもしれませんし、特定の一人を他の数名がいじめるという形かもしれません。もしかすると、いくつかの小グループに分裂したり、気がつくとまったく集まらなくなってしまったりするでしょう。 

グーグルとは異なり、ビジネスモデルに高度な技術やグローバルな事業展開といったものがなく、根が単純で感情で動く人々から構成されている組織であれば、「部屋のなかのゾウ」への対処は、経営者が真正面からぶつかっていけば最後には全員が涙を流して感動するか、ちょっとした金銭的な心遣いで丸く収まるか、組合潰し的な役割を担う第三者を雇って不満分子を追い出すか、いずれかの方法で対処するのが基本です。 

こうしたことは、いかなる組織にも起こることですが、それがグーグルに代表されるように、知性と論理と自由がその組織や構成するメンバーを特徴づける会社ともなれば、より一層、問題への対処が難しそうです。 

 

ある問題が長くくすぶりつづけているかどうか、すなわち部屋のなかのゾウかどうかを調べるリトマス試験紙は、チームがその問題を率直に話し合えるかどうかだ。ここでコーチ、またの名を「緊張見つけ人」の出番となる。 

もちろん、緊張は「政治」と言い換えることができる。何かが「政治的」になってきたとは、データやプロセスによって最適解を導くことができなかったために、問題が生じているという意味だ。この時点で駆け引きが始まる。(中略) 

当初これは技術的な問題と見なされ、データと論理によって取るべき道がおのずと見えてくるだろうと考えられていた。だがそうはならず、問題はこじれ、緊張が高まった。チームのなかだけではなく、社外の提携先にも悪影響が及び始めた。誰が事態を収拾するのか? 

ビルが介入したのはこのときだ。一方の幹部の勝利ともう一方の幹部の敗北を決める、困難なミーティングを行わなくてはならない。ビルはそれを敢行した。解決されていない根源的な対立を探し当て、対処を迫った。 

ビルは問題をどう解決すべきかという明確な意見を持っていたわけではないが、どちらにするかをいま決める必要があることを知っていた。このミーティングはグーグル史上最も白熱したものの一つとなったが、遅かれ早かれ行わなくてはならないものだった。((「10兆ドルコーチ200202ページより)

 

コーチとして対処すべきことは、やはり経営上の大きな問題、解決に取り組むべきこととわかっていても経営者や経営幹部といった直接の関係者では、そうやすやすとは手を突っ込むわけにはいかない問題です。 

大問題となる前には、見過ごされがちな些細なことが発端であることが往々にしてもあるものです。とはいえ、見過ごしたり、いまはまだ対処すべき時ではないなどと言って、忌避し続けていると、本当に組織全体を揺るがす大問題となってしまうこともあります。 

こうした問題=部屋のなかのゾウ=にチームが前向きに取り組むようにするのが、コーチの仕事です。そのためには、常日頃から組織全体にいま何が生じているのか、目を配ることも必要でしょう。また、複数の経営幹部から個別のミーティングを通じて問題状況を把握し、取締役会をはじめとするさまざまな公式・非公式の会合を直接見聞するなどして、問題を感じ取ることも忘れてはなりません。 

ひとつ注意したいのは、問題の所在を明らかにし、その問題を解決する場に関係者を関与させて、問題解決に取り組ませるのがコーチの役割だということです。決して、自らが具体的な解決案を提示したり、解決に向けてチームを指揮したり会社全体に命令を発したりするわけではないのです。解決策を検討し、それを実施するのは、チーム、すなわち会社(経営者や幹部たち)なのです。 

また、「前向き(ポジティブ)」ということも極めて重要で、問題に後ろ向きに取り組むと愚痴や文句しか出てきません。 

後ろ向き(ネガティブ)に問題に取り組むというのは、誰しも経験のあることでしょう。むしろ、大概は後ろ向きです。できなかったことの責任を追及されたり、うまくいっていない原因を明らかにするだけで終わってしまったりしたのでは、チームの成長・発展はありません。ときには、パワハラを誘発することもあるでしょう。 

コーチがすべきことは、問題を解決するように、チーム(会社)を前向きにして問題に取り組ませることなのです。それが、スポーツでいえば次の勝利、ビジネスでいえば会社や事業の聖著・発展につながるのです。 

 

 

(6)コーチを超える役割

 

 既に紹介したように、ビル・キャンベルはアップルの社外取締役を長く勤め、スティーブ・ジョブズのコーチとして彼を支えました。その信頼は、ジョブズを追放したジョン・スカリーの引きでアップルに入社しながらも、ジョブズがアップルを追放された際には、そのことに抵抗した数少ない経営幹部のひとりとなった頃からのものでしょう。 

 誤解を招くおそれがあるので敢えて指摘するとすれば、ジョブズは自分を支持してくれたという個人的な感情だけで信頼したのではなく、アップルに必要なものは何かという点で自分の存在が必要であると認めていたビル・キャンベルの姿勢を評価してのものだったのでしょう。 

 というのも、グーグルや他の会社についても同様の事例が見て取れるからです。ビル・キャンベルの一貫した姿勢がそこにはあるはずです。たとえば、グーグルでは、2004年のIPO(株式公開)の際に、当時、会長兼CEOだったエリック・シュミットの地位が大きく揺らぐ事態が発生しました。 

 

数十億ドル規模のIPOを間近に控え、投資家と創業者、上級幹部が、困難な問題を議論していた。(中略)一人ひとりのエゴの先にあるものを見通し、全員が力を合わせればどれほどの価値を生み出せるかを理解できる人物が必要なのだ。(「10兆ドルコーチ171ページより) 

間近に迫ったIPOと会社の構造に関する議論、そして自身が会長を解任されるという考えによって、エリックが感情を逆なでされていることを、的確に察知した。彼はエリックが傷ついていることを理解したが、チームが彼の力をこれからも必要とすることも知っていた。また、これから当面のあいだ、グーグル会長としてエリック以上にふさわしい人物がいないこともわかっていた。 

ビルはそうした状況を考え、翌日エリックに電話をかけた。君は辞めるわけにはいかない、チームは君を必要としている、と彼は言った。ここはひとまず会長を辞任し、CEOに留まってはどうか? そしていつかそう遠くない先に、君が会長として復帰できるよう、私が取りはからおう。(中略) 

エリックはビルが正しいことを理解し、ビルがこの申し出を必ず実行してくれると信じたから、承諾した。それから二人は翌日に迫っていた取締役会の進め方について話し合い、エリックは準備万全で木曜当日を迎えた。彼は会長を辞し、CEOに留まった。そして2007年に会長に復帰し、20114月には経営執行役会長となり、20181月まで同職を務めた。(「10兆ドルコーチ169170ページより)

  

ビル・キャンベルは、単にエリック・シュミットの個人的なコーチをしているわけではありません。グーグルの経営チーム全体に対するコーチをしているのです。したがって、エリック・シュミットの個人的な感情や損得勘定などといったものよりも、より大きなもの=グーグルの成長・発展という大義=を説いて、今は一旦、会長職を退くように勧めたのでしょう。その一方で、エリック・シュミットの存在価値も高く評価していたからこそ、タイミングを見て取締役会会長への復帰に尽力することを約束することも忘れていません。 

こうした役割は、もはやビジネスコーチとかエグゼクティブコーチというものを超えて、本来の社外取締役(ビル・キャンベルはアップル・グーグル・インテュイットの社外取締役をこのころ長く勤めていた)の役割、特にCEOの指名委員会のメンバーである社外取締役に最も強く求められる役割ではないでしょうか。 

 

こうした姿勢は、自らが社外取締役として関わっていた企業に対してのみ示されたものではありません。ときには、他の社外取締役の代行者ともいうべき仕事を任されて、その期待に応えることもあります。その実例がアマゾンでありました。

  

2000年に、アマゾン創業者でCEOのジェフ・ベゾスは、家族と過ごすために休暇をとった。彼はCOO(最高執行責任者)にジョー・ガリを雇い、アマゾンのことをまかせていた。だがベゾスが戻ってくると、会社がひどい状態になっていた。 

ドーアとスコット・クックを含む同社の取締役会は、そもそもの社内の混乱を招いたベゾスにCEOを退かせるべきか、後任としてガリを昇格させてもよいかどうかを検討した。この方法は、ビルがインテュイットでスコットからCEOを引き継いだ際にはうまくいった。だがドーアらは決めあぐね、ビルにシアトルでしばらく様子を見てきて、報告してほしいと依頼した。 

ビルは東海岸北西部(注3)に通い、週2日はアマゾンのオフィスを訪れ、経営会議に参加するとともに、業務やカルチャーをじっくりと観察した。そして数週間後、彼はアマゾンの取締役会に対し、ジェフ・ベゾスはCEOとしてとどまる必要があると報告した。 

(中略)「ビルが出した結論は、ガリは報酬やプライベートジェットなどの特典にやたらとこだわっている、従業員はベゾスを慕っている、というものだった」 

ビルの提案は、一部の取締役には意外なものと受けとめられたが、最後には彼の評価が通った。ジェフはビルのおかげでCEOにとどまることができ、知っての通り大成功を収めている。(「10兆ドルコーチ259260ページより)

 

  こうしたエピソードを見聞きすると、社外取締役がCEOを指名するには、形式的な面接や経歴チェックなどではいかに不十分であるか思い知らされます。そもそも社外取締役の能力や実績に、ビル・キャンベルに相当するほどのものを求めるならば、候補者と検討するに値する適格者はアメリカでもそうそう見つからないでしょう。日本では、まずいないものと思われます。 

だからこそ、本書をひとつのガイドブックまたは参考書として、経営者だけでなく社外取締役となっている人やその候補となりうる人は、CEOを選ぶ立場(社外取締役の指名委員会メンバー)に要求される能力やマインドセットについて、読んで身につけることを強く求めたい本です。 

本書の紹介の最後になりましたが、1兆ドル単位でビジネスを成長・発展させるのに寄与してきたビル・キャンベルが最も嫌ったのが「学ぼうとする姿勢や意欲のない人」であったことを改めて思い出してください。 

ビル・キャンベルのような優れたコーチに出会う機会にはなかなか遭遇できないとしても、この点を自らの指針としてビジネスパーソンとしての成長を心がけていくだけでも、少なからぬ価値があります。 

 

【注3

シアトルは米国西海岸の北西部の都市。引用文中に「東海岸」とあるのは、西海岸の誤りではないかと思われます。

  

文章作成:QMS代表 井田修(20191230日更新)