「働き方改革」の実際(5)
解決案立案の次は、立案した制度案やプログラム案を実際に導入・運用することになります。社員一人ひとりの仕事に関わる課題を解決しようとするのが「働き方改革」であるため、組織全体や社外関係者まで関わるようなポイントが『4.課題解決案を実行する(解決案実施)』において往々にして見られます。
1.問題となる事実を認識する(問題認識)
2.事実から解決すべき課題を抽出する(課題抽出)
3.課題を解決する代替案を考え出す(解決案立案)
4.課題解決案を実行する(解決案実施)
5.結果を測定し必要な措置をとる(結果測定)
6.課題解決案を体系化しさらに活用する(経営ノウハウ化)
ケースA:問題は個人
前回ご説明したように、このケースでは着眼大局着手小局というアプローチが有効です。根本的な課題を真正面から解決しようとする前に、個別の問題、特に緊急性が高く、組織全体への影響力の大きい問題について、最初の着手をしておいて、具体的な成果をすぐに出して見せると、その後のより大きな課題に取り組みやすくなります。
一例として、問題となっている個人を対象とした人事を先に行っておいてから、子会社独自の人事政策を検討・立案していくという方法をご紹介しましたが、同様のやりかたは、セクハラやパワハラといった職場の問題にも応用できます。まず、問題のある特定の個人に対応して、次に組織全体、会社や企業グループ全体の問題として取り組んでいくことになります。
より大きな課題に取り組むに際しては、たとえば、子会社独自の人事政策を検討し、個別の人事制度やプログラムとして打ち出すのであれば、その検討プロセスに子会社の社員全員の意見を表明する機会(少なくとも従業員意識調査を一度は行うなど)を設けて、検討する委員会メンバーも過半数は子会社プロパーの社員とするなど、「(これは特定個人の問題ではなく)組織全体の問題であり、あなた(社員個々)の問題でもある」ということを強く意識しながら、解決案を実施していくことが肝要です。
そうして検討し導入することになった制度やプログラムを運用する責任者(通常は人事部門の担当役員)が、子会社プロパーの役員や社員であることが望ましいことは言うまでもありません。しかし、子会社の設立契約などでそのポストは親会社からの出向者または転籍者であることが決まっているなど、子会社プロパーではあることが不可能であるならば、少なくとも実務を担当する人は子会社プロパーであることが必須です。実務担当者まで親会社からの出向者や転籍者となると、親会社から出向してきた人の問題なのに子会社側は新たなルールを一方的に押し付けられたと受け止めるのが必然です。
パワハラやセクハラなどが起こった際に、問題のある特定の役員や管理職などを処分して、他は全社的に研修を実施して終わりといった対応をよく見聞きしますが、単に研修プログラムを実施すればよいというわけでないことは自明でしょう。
特定の個人の問題といっても、それを見て見ぬふりを決め込む周囲の人々、そもそも問題が起こった時にそれを感知できない経営幹部の不感症ぶり、また問題を処理する仕組みやルールがあっても機能しない組織の体制やカルチャーなど、真に変えていくべきところは、課題解決策を実施するプロセスにどこまで自分の問題として実感させて巻き込むことができるかにかかっています。
つまり、特定個人の問題が表面化したとしても、その根底にある一人ひとりの働き方・行動原理・メンタルセットといったものにまでメスをいれないと、真の課題解決にはなりません。このケースは、解決案を実施してそこまで行けるかどうかにプロジェクトの成否がかかっています。
ケースB:「働き方改革」よりも人材不足が問題
多くの企業で、人手不足や採用こそが問題で、働き方改革は二の次という状況に陥っているようです。その原因が人材と業務量のバランスによるものであれば、解決すべき課題にマーケティング政策、特に価格政策を含む受注(販売)政策の抜本的な見直しが必要となるケースもあります。また、事業運営の仕組みや体制に不備があれば、人材と仕事が質的にも量的にもバランスが取れないため、営業の仕組みや体制の改革、生産や開発の体制の強化、といった課題にこそ取り組まなければならないケースもあります。
これらは、人材不足という目に見える問題を、仕事の仕組みや事業のありかたから抜本的に見直すことを要求しています。したがって、このケースで課題解決策を実施するプロセスとは、仕事のやりかたや事業のありかたを全面的に見直すことにほかなりません。その実例としては、著名なところでは、株式会社星野リゾート、HILLTOP株式会社、石坂産業株式会社、株式会社船橋屋(注6)などがあります。
こうした実例でもよく見られることですが、実際に仕事のやりかたや事業のありかたを根本的に見直して、その結果として働き方も大きく見直すとなればこれまでの働き方を当然と思ってきた社員ほど、課題解決案が明らかになり実施されるにつれて、その動きについていくことが難しくなります。
たとえば、従来は職種が細分化されていて、ほかの人の仕事には口を挟まないのが不文律であった組織に、多能工化・マルチスキル化を導入して相互に仕事をカバーしあって一人ひとりの労働効率を高める(=勤務時間中の手待ち時間を削減するなど)ように職務編成を変えるとしましょう。そのほうが、単に労働効率を高めるだけでなく、顧客へのサービスレベルも上がる(たとえば顧客に何か尋ねられた時に、ほかの社員に改めて尋ねなくても、その場で一通りのことは回答できる)のであれば、職務編成を変えるのが当然です。
ここでよく見られる反応が、自分は○○で採用されたのであってプライドにかけても××の仕事なんかやらない、すでに昇進しているのに未経験の仕事のことを訊くのが恥ずかしい、新しく仕事を覚えるのが面倒くさい、といったものです。
このケースではときには、課題解決のプロセスが社員の総入れ替えを伴う場合もあります。これまでの経験や立場に拘って、いつまでも仕事の仕組みや事業のありかたから抜本的に見直すことができないのであれば、最終的には退職してもらうことも必要ですし、その前に自ら辞める社員も少なからず出てくるはずです。
つまり、人手不足を根本的に解消しようと思えば、一時的に社員が減少する覚悟を経営者がしなければならないこともあります。そこで、賃金水準を上げて、新たな仕組みやありかたに前向きに取り組む人材を確保することが必要となります。
ちなみに、多能工化・マルチスキル化することで労働効率が高まれば、賃金水準も高くなることが十分に予想されます。というのも、たとえば、従来は3人(3職種)で分業してこなしていた仕事を、その3種類を一人でこなせる人が交代で対応するようにすれば、3人の仕事を2人でこなすことができるため、担当する社員一人の賃金は以前の1.5人分を支払うことが可能となるからです。
実は、人材不足が目の前の問題で「働き方改革」には手が回らないというのは、仕事の仕組みや事業のありかたから抜本的に見直すことを経営者が避けていることと同義かもしれません。実際、「働き方改革」の総論には賛成していくつかのプログラムには取り組もうとしても、「うちは人手不足で余裕がない」と実施段階で腰が引けるケースの大半は、つまるところ、経営者にいまの仕事のやりかたや事業のありかたを否定する覚悟がないからです。
ケースC:すでに「働き方改革」は完了
ときどき遭遇するケースに、有給休暇の消化率も高く、テレワークやフレキシブルな勤務体制も柔軟に運用していて、残業の上限規制どころか定時退社が当たり前となっており、オフィス環境やIT環境も申し分なく整備されているのに、企業業績が向上しないとか、なかには業績不振に陥ったまま事業が低迷しているというものがあります。
さまざまな制度やプログラムを立案し実行しているのはいいのですが、単なる接ぎ木になってしまい、自社の価値観や労働慣行、人材や職務の特性、ビジネスモデルや業務システムなどと整合性が取れないまま、さらに別の制度やプログラムを導入しようとしている場合も、時々見受けられます。
もちろん、各々の施策は必要でしょうし、それなりの効果をあげるはすですが、いかにも対症療法といいますか、会社の人事施策としては時代に先行しているつもりかもしれませんが、経営陣や人事部門の自己満足に終始していないか、改めて問題点の洗い出しと再整理が求められるケースです。
なまじ、やるべきことをやっているとの自負がある分、解決すべき課題が見えなくなっている恐れもあります。こうした場合、従業員満足度調査などもさほど問題がある結果でないとしても、諸施策を実施しているほどには高くもないでしょう。また、人材採用においても、それなりに採用はできるのですが、内定者が実際に入社してくる比率が低いとか、入社直後に退職する新規採用者がよく出現するなど、どこかに問題状況が見られることが多いように思われます。
もしそうであれば、その理由や原因を一度、徹底的に洗い出してみる必要があります。
こうしたケースでは、「働き方改革」を主唱して何か制度やプログラムを導入するプロセスに、経営者と人事部門だけ、時には人事部門だけが関わっているだけで、一般の社員どころか、役員や管理職の大半も制度やプログラムを学ぶことが期待されるのみで、それを使って何をするのか、それが企業の業績向上にどのように寄与するのか、まったく意識されていないことも珍しくありません。
そこで、社員、特に役員や管理職の関与を高める仕掛けや工夫が求められます。これがケースAのような場合であれば、「もしかして自分も問題行動をとっているかも?」といった感情を呼び起こすことができれば、自分の問題として役員や管理職の問題意識や危機感を喚起することも可能かもしれません。
しかし、このケースでは、役員も管理職も(そして一般の社員も)多くは、自分には関係ないことをまた人事が勝手にやっていると腹の底で思っているようです。
課題がしっかりと確定できて、それに対する解決策が想定できたのであれば、実施プロセスにも役員や管理職が前向きに参画してくれるはずです。課題解決案の実施も、何の問題もなくスムースに進むでしょう。
もし、そうでないなら、たとえば説明会への出席率が低いとか現実の運用に移ってから手続きミスや「聞いていない」といったクレームが散見されるといった状況が出現しているのであれば、「働き方改革」の制度やプログラムを当事者として実感して運用していないことになります。
そうなってからでもかまわないので、いろいろな制度やプログラムを導入した前と後で、企業業績にどのような変化があったのか、また、各種の人事指標(従業員満足度、人件費関連の財務指標、退職率・採用充足率や残業時間・有休消化率などの労務指標など)にもどのような変化があったのか、いつでも再検証する体制を作っておきましょう。その結果、一度導入しようとした制度やプログラムであっても、導入を見送るとか再設計して改めて導入を図るとか、次善の対応をとることが望まれます。
ケースD:「働き方改革」?
このケースでは「働き方改革」の制度やプログラムを導入することが自己目的化しているせいか、他社事例ばかりを研究したり、個々の解決案(制度やプログラム)を列挙するところから「働き方改革」のプロジェクトがスタートしてしまい、何のために行うのか、どういう効果を狙って改革をするのか、といった視点が欠けてしまいがちです。
本来であれば、どういう制度を導入するかが問題なのではなく、実際に利用しやすいのはどういうプログラムなのかが問われます。特にベンチャーや中小企業では、個々の制度を議論するよりも、社員のニーズに合わせて、柔軟にプログラムを実行するほうが大事です。その際に、ある事情(育児、介護、LGBTQ及びその他の個人的な事情)を抱えているが故に、他の社員と同じ勤務体系では仕事ができない社員が、経営者や他の社員に気軽に相談できるのであれば、解決案の実施も容易でしょうし、想定される結果も現れてくるはずです。
したがって、このケースでは、解決すべき課題に直接影響を受ける社員を課題解決のプロセスに必ず関与してもらう必要があります。育児休業が問題なのであれば、育児休業中の社員はもちろん、その上司や同僚たち、現在妊娠中で次に育児休業に入る予定の社員、すでに子育てが終わっているベテラン社員でも「もし自分が子育てをしていたころに育児休業のプログラムがあったらどうしてほしかったか?」といったことをヒアリングするといったことは最低限、必要でしょう。
もし、全社的にオフィス改革をしたり、テレワークを導入したりするというのであれば、社員は言うに及ばず、顧客・取引先や社外の業務委託先なども含めて、これまでのオフィスの問題点や導入しようとしているテレワークで気がかりな点などを洗い出してみましょう。そして、当面は部分的な運用に留めておいて、事前に想定していなかった課題が出てこないか、トライアル期間を設けてみるといった慎重な扱いが求められます。
特にこうしたケースでは、人事部門などが頭で考えて制度やプログラムを設計・導入・運用するのではなく、実際に制度やプログラムの運用の影響を受けるであろう社員たちに広く意見を求める姿勢こそが、実際に課題解決案を実施する際には不可欠です。
【注6】
多くのメディアで取り上げられている企業事例なので、ご存じの方々も多いと思いますが、念のため、各社のHPをご紹介しておきます。
株式会社星野リゾートhttps://www.hoshinoresorts.com/aboutus/
HILLTOP株式会社http://hilltop21.co.jp/company/about
石坂産業株式会社https://ishizaka-group.co.jp/company/message/
株式会社船橋屋http://www.funabashiya.co.jp/
代表からのメッセージや沿革、事業内容の紹介といったところを参照すると、宿泊業・受託製造業・廃棄物処理業といった、いかにも人手不足となりそうな事業でありながら、必ずしも人手不足にならず、独自のビジネスを成長させている理由が窺い知れるかもしれません。
作成・編集:経営支援チーム(2019年7月15日)