「働き方改革」の実際(6)
解決案として立案した制度案やプログラム案を導入・運用してプロジェクトは終わるわけではありません。実際に導入・運用してみて、その結果をタイムリーに把握して、当初想定していた結果が得られたのかどうか確認したり、何らかの影響があればその評価と対策を講じるなど、次の手を打つことが必要になります。
1.問題となる事実を認識する(問題認識)
2.事実から解決すべき課題を抽出する(課題抽出)
3.課題を解決する代替案を考え出す(解決案立案)
4.課題解決案を実行する(解決案実施)
5. 結果を測定し必要な措置をとる(結果測定)
6. 課題解決案を体系化しさらに活用する(経営ノウハウ化)
「働き方改革」をめぐるプロジェクトを進めて、いろいろな制度やプログラムを導入した前と後で、企業業績にどのような変化があったのか、また、各種の人事指標(従業員満足度、人件費関連の財務指標、退職率・採用充足率や残業時間・有休消化率などの労務指標など)にもどのような変化があったのか、いつでも再検証する体制を作っておきましょう。
ここで注意したいのは、結果を測定するといっても、そこには短期的な結果と中長期的な結果のふたつがあることです。よくあるのは、短期的な結果にばかり目がいってしまい、「働き方改革」で本来求められる目標や結果が失われることです。
ケースA:問題は個人
このケースでは着眼大局着手小局というアプローチが有効で、根本的な課題を真正面から解決しようとする前に、個別の問題、特に緊急性が高く、組織全体への影響力の大きい問題について、最初の着手をしておいて、具体的な成果をすぐに出して見せることが肝要と指摘しました。
したがって、その結果は、まずは緊急性が高い個別の問題事象、つまり、問題となっている個人を対象とした人事を先に行っておくといった事情に対処した結果が求められます。実際に人事異動などを行って、問題のある特定の個人の行動変容を強く求めるとか、ときには人事上の処分を行うなどして、問題を解決するという結果を出すことになります。この結果が出ているかどうかは、測定するまでもありません。
ただし、問題のある社員以外の一般の社員から見て、組織(会社)としての問題処理が妥当なものであったかどうかは、慎重に評価する必要があります。そこで、従業員へのアンケート調査(モラールサーベイ)や組織活性度診断などを第三者に委託して、問題処理の前後で数値面から確認できる程度に改善があったかどうかは、調べておきたいものです。経営陣や人事部門としてはかなり厳しい処分をしたつもりであっても、一般の社員(非正規雇用者を含む)や外部スタッフ(派遣社員や業務委託者など)から見れば、“寛大な”処分とか単なる人事異動程度にしか受け止められていないことも往々にしてあります。
パワハラやセクハラなどが起こった際に、問題のある特定の役員や管理職などを処分して、他は全社的に研修を実施して終わりといった対応をよく見聞きしますが、単に研修プログラムを実施すればよいというわけでないことは自明でしょう。この場合に求める短期的な結果とは、研修をやることではありません。研修の内容を受講者が理解すればそれで終わりということでもありません。
短期的に求める結果とは、少なくとも一般の社員(非正規雇用者を含む)や外部スタッフ(派遣社員や業務委託者など)から見て、問題のあった個人以外の社員(特に役員や管理職)の言動が多少なりとも望ましい方向に変わってきたと実感できることです。そうでなければ、経営に対する信頼感を少しでも回復して、次のステップに進むことはできません。この狙いどおりに短期的な結果が想定するレベルに満たないのであれば、次の一手を早急に繰り出す必要があります。
さて、当面の問題は解消したとして、次により大きな課題に取り組むことになります。つまり、問題のあった個人が生じた背景やより根本的な原因にメスを入れていくことになります。
特定の個人の問題といっても、それを見て見ぬふりを決め込む周囲の人々、そもそも問題が起こった時にそれを感知できない経営幹部の不感症ぶり、また問題を処理する仕組みやルールがあっても機能しない組織の体制やカルチャーなど、真に変えていくべきところは、課題解決策を実施するプロセスにどこまで自分の問題として実感させて巻き込むことができるかにかかっています。
これらは、数か月程度では目立った変化は測定できないかもしれません。しかし、年単位で見てみると、経営幹部の入れ替えや登用される人材像の変化などから次第に結果が目に見える形で現れていきます。中長期的な結果は、各種の調査を通じて測定されるであろう組織風土の改善とともに、幹部人材の質的変化(能力向上というよりも資質や体現する価値観の変化)の形で測定されるべきものです。
もちろん、同時に財務的な指標による業績という結果も測定されますが、これは改めて言うまでもないでしょう。
ケースB:「働き方改革」よりも人材不足が問題
人材不足が優先課題で「働き方改革」が進まないというのは、事業の進め方やビジネスモデルそのものを変革していく必要に迫られているのであって、そこに取り組むことが要請されていると前回、述べました。
本当にそうした取り組みに挑戦するとしたら、一般的には短期の業績は悪化するでしょう。もちろん、悪化したままでは話になりませんが、事業の進め方やビジネスモデルを見直せば、社員の入れ替えに迫られる状況になるのが普通ですし、売上も社員数も減少する時期があります。
このケースで求められる結果というのは、会社全体の改革と同じです。すなわち、新しいビジネスモデルの構築、それに伴う仕事のやり方や業務プロセスのゼロからの見直し、そして、必要な人材像の再定義と個々の人材の入れ替え、業績の回復と新たな発展、こうしたことが求められます。
言い換えれば、測定すべき結果というのは、たとえば次のような問いに答えることで、定義されるものです。
・新しいビジネスモデルとは何か、
・それは具体的にどのようなものであるべきか
・現状どこまで実現できているのか
・今後実現すべき課題は何か、それらはいつまでに実現すべきか
・仕事のやりかた、業務プロセスは、どのようであるべきか
・それらはどこまで実現できているか
・必要な人材(スキルや資質など)はどのようであるべきか
・現有の人材と必要な人材とのギャップはあるか
・そのギャップを解消する方法をどこまで実施しているか
(入れ替えるべき人材は退職させて新たに採用すべき人材は確保しているか)
・事前に想定していた業績低下の範囲で実際の業績低下は収まったか
・今後の業績向上の見通しは、実現可能なものか
改めて注意したいのは、人材不足が問題だからといって結果を測定する指標が人材の充足率とか採用計画に対する採用実績値といったものではないということです。もちろん、採用や定着のために労働条件を引き上げるというのも、筋違いな話ですから、労働条件をどこまで向上できたかが結果として問われるものでもありません。
表面的な人材不足という問題ではなく、取り組むべきは仕事の仕組みや事業のありかたから抜本的に見直すことです。その点こそがこのケースで求められる以上、結果も上に例示したようなものになります。人材の充足率とか採用計画に対する採用実績値といったものではないということです。出すべき結果について思い違いしているようでは、いつまでたっても人材不足も解消されません。
ケースC:すでに「働き方改革」は完了
典型的にみられるのは、有給休暇の消化率も高く、テレワークやフレキシブルな勤務体制も柔軟に運用していて、残業の上限規制どころか定時退社が当たり前となっており、オフィス環境やIT環境も申し分なく整備されているのに、企業業績が向上しないとか、なかには業績不振に陥ったまま事業が低迷しているというようなケースです。
もちろん、各々の施策は必要でしょうし、それなりの効果をあげているはすです。とはいえ、いかにも対症療法といいますか、会社の人事施策としては時代に先行しているつもりかもしれませんが、経営陣や人事部門の自己満足に終始していないか、改めて問題点の洗い出しと再整理が求められるケースです。
つまるところ、いろいろな制度やプログラムを導入した前と後で、企業業績にどのような変化があったのか、また、各種の人事指標(従業員満足度、人件費関連の財務指標、退職率・採用充足率や残業時間・有休消化率などの労務指標など)にもどのような変化があったのか、適切なタイミングで検証する必要があります。
そもそも、そうした検証体制が欠如しているおそれもあります。なかには、こうした検証をまったく実施していないとか、個々の制度やプログラムの検証は行ってはいても、人事施策と企業業績の関連性を顧みないといった企業もあります。
さまざまな施策を打ち出しているのであれば、それに対する批判や疑問が生じるのが当然です。かつてはIT業界の人事政策で高く評価されていたグーグルでさえ、今では、さまざまな批判を浴びて新たな課題の解決に迫られているのが現実(注7)です。
一度導入した制度やプログラムであっても、それが狙いどおりの効果を発揮しているかどうか、その制度やプログラムが対象とする社員の反応(利用率、活用したあとの満足度など)を測定するのは最低限行うべきことです。そのうえで、企業業績の動向や現に認識されている経営課題について、どの程度の影響(相関性)があるのか確認することが求められます。
ケースD:「働き方改革」?
このケースでは「働き方改革」の制度やプログラムを導入することが自己目的化しているせいか、他社事例ばかりを研究したり、個々の解決案(制度やプログラム)を列挙するところから「働き方改革」のプロジェクトがスタートしてしまい、何のために行うのか、どういう効果を狙って改革をするのか、といった視点が欠けてしまいがちです。
したがって、よくあるのは、制度やプログラムの導入自体が目標となってしまい、制度・プログラムを期限までに導入すればそれで結果オーライとなるものです。人事企画部門や「働き方改革」プロジェクトチームの目標設定・結果測定としては、それでいいのかもしれませんが、会社全体や社員にとっては無意味です。「働き方改革」を通じて経営課題を何かひとつでも解決できたかどうかが、本来問われるべき結果であるはずです。
少なくとも、導入した制度やプログラムの適用対象となる社員およびそれに関連する管理職や同僚などの関係者も含めて、新たな制度やプログラムの導入前後でどのようにマインドセットや行動様式が変わっていったのか、そしてそれが部門の業績や企業全体の業績にどのような改善をもたらしたのか、いくつかのKPIや観察指標を設定しておくことが要請されます。
たとえば、これまでは有給休暇の取得率が50%にも満たない部署で、今年度は90%以上を目標にしたとします。すると、1年12か月の間に着実に取得していかないと、いきなり年度末に全員が有休を取らないと目標に届かないことになります。だからといって、毎月10%程度の日数を有休取得したことにして、持ち帰り仕事を増やすのでは本末転倒です。
この場合、KPIとして毎月の有休取得について計画と実績の差を個人別に測定していくことは最低限必要です。と同時に、処理すべき業務の項目と作業量の見積もりを月別個人別に展開して、毎日、その進捗状況を測定するといった、計画的な有休取得を支える仕組みも必要です。
こうした仕組みをシステムとして運用することとともに、業務の項目や作業量の配分(仕事の割り当て)について、部署全体で話し合って調整することが可能な組織風土が不可欠です。そうした組織風土がすでに存在する部署であれば問題はない(そんな部署であればそもそも有休を計画的に取することができていたはず)のですが、大半の組織ではここで求める組織風土ではないでしょう。下手をすると、有休取得が新たなパワハラやブラック残業を生み出すおそれもあります。
つまり、有休取得の月別個人別データを把握し、計画と実績との差異が大きい人や部署に事前注意や警告を発するといったシステムやルールとともに、仕事の調整を気軽に話し合って部署全体で柔軟に対応しているかどうかを観察する仕掛けも必要なのです。口頭の会話、社内のチャットやメール、マネージャーと担当との個別ミーティング(目標設定など)、会議や朝礼などの話題など、どのようなテーマでどのようなコミュニケーションがとられているのか、そこでの社員の受け止め方はどうなのか(心理的安全性は担保されているか?自ら積極的に提案しているか?決定事項に対してポジティブか?)、こうしたことをきめ細かく観察することも結果測定の一部として行われるべきでしょう。
中小企業であれば、経営者または人事の担当者やマネージャーが日常的に社内を見ていれば、こうした観察を行うことは可能です。ただ、一定規模以上の組織では、できれば映像と音声を自動的に解析して、その結果に基づき、マネージャーや経営陣にフィードバックや注意喚起がシステム上自動的に行われることが望まれます。
もちろん、大掛かりなシステムを完璧に組むよりも、今日すぐにできるところから実施していくことが肝要です。まずはMBWA(management by walking around)から始めてみてはどうでしょうか。このケースでは、何よりも現場で何が起きているのかを経営陣や人事部門が体感をもって把握することが最も重要なポイントといえます。
【注7】
たとえば、社員の採用・雇用区分による差別的な待遇やマタニティー・ハラスメントのような問題が次のように報じられています。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190807-00000002-giz-sci
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190408-00026516-forbes-bus_all
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190806-35140906-cnetj-sci
作成・編集:経営支援チーム(2019年8月8日)