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「働き方改革」の実際(4)

「働き方改革」の実際(4)

 

 解決すべき課題が明らかになったら、次は解決策を考えて、実現可能性なども含めていくつかの案を検討することになります。「働き方改革」をめぐるプロジェクトも基本的には同様で、いくつかの課題解決策を考え出し、それぞれについて、資金や人材など経営資源も考慮して実現可能性を評価したり、得られると想定される効果や業績への影響などを予測したりして、個々の制度設計案やプログラム案を比較考量します。

 

1.問題となる事実を認識する(問題認識)

2.事実から解決すべき課題を抽出する(課題抽出)

3.    課題を解決する代替案を考え出す(解決案立案)

4.課題解決案を実行する(解決案実施)

5.結果を測定し必要な措置をとる(結果測定)

6.課題解決案を体系化しさらに活用する(経営ノウハウ化)

 

 

ここでも、『1.問題となる事実を認識する(問題認識)』で往々にして見られる困ったケースを通じて、課題を解決する代替案を考え出す際のポイントを見てみましょう。

 

ケースA:問題は個人

 

一見、個人に問題があるように見える場合であっても、その背景や真の原因を探っていくと、解決策が人事政策の確立という、根本的なところから着手するケースもありうることを前回ご説明しました。

こうした際に特に注意したいのは、着眼大局着手小局という視点です。根本的な課題を真正面から解決しようとするあまり、プロジェクトを拡大しすぎて収拾がつかなくなっては元も子もありません。手を打ちやすいところから打つ、というと、いささか場当たり的で姑息な感じがするかもしれませんが、具体的な成果をすぐに出して見せるということも、「働き方改革」のようなプロジェクトでは忘れてはならないポイントです。

たとえば、子会社独自の人事政策を打ち出す第一歩として、象徴的な人事を個別に行うという方法があります。ケースAでいえば、問題視されていた管理職について、親会社の給与等級などは変えず、月例給与額も変更せずに、職務を大幅に変更して、ある事業の責任者のポジションから、社長室付部長とします。その際に、オフィス内の席も変更し、他の社員の目には直接触れることがない場所に移動し、社長(または担当役員)とだけコミュニケーションをとるようにします。

こうすると、一般の社員(特に同じ部署にいた部下たち)にとっては、仕事の弊害となっていた者と直接接触する場面が減り姿も見えなくなりストレスも軽減されます。一方、問題の管理職本人も、できないマネジメントから解放されて、上長(社長または担当役員)の指示だけを聞いていればよい状況に置かれて、実はストレスが軽減しました。

また、親会社から出向・転籍していた他の社員たちは、期待された役割を全うできないときにどのように処遇されるのか、はっきりと理解できる見本が目の前に存在しますから、やる気のある人は本気で仕事に取り組むでしょうし、そうでない人は「次は自分の番か」と覚悟をするでしょう。

こうしておいてから、子会社独自の人事政策を検討・立案していけばいいのです。

 

ケースB:「働き方改革」よりも人材不足が問題

 

多くの企業で、人手不足や採用こそが問題で、働き方改革は二の次という状況に陥っているようです。こうした場合、多くは、人材不足の原因がそもそも事業や組織の運営に問題があるのではないかと前回も指摘しました。

人材不足が人材と業務量のバランスに起因するのであれば、解決すべき課題にマーケティング政策、特に価格政策を含む受注(販売)政策の抜本的な見直しが必要となるケースもあります

また、事業運営の仕組みや体制に不備があれば、人材と仕事が質的にも量的にもバランスが取れないため、営業の仕組みや体制の改革、生産や開発の体制の強化、といった課題にこそ取り組まなければならないケースもあります。

さらに、一定期間ごとに業務の棚卸を実施して、特に重要な仕事(=利益を生み出す仕事)と法令上やらなければならい仕事とそれ以外のものに分類・整理し、止めるべきものを洗い出すなど、業務の棚卸・整理・統廃合を定期的に行うことも必要です。

これらは、人材不足という目に見える問題を、仕事の仕組みや事業のありかたから抜本的に見直すことを要求しています。

 ところが、こうした見直しをすべて行ったにも関わらず、相変わらず、人材不足というのであれば、原因ははっきりしています。それは、処遇水準が低すぎるのです。仮に労働条件における競争力のなさが人材不足の原因であったとすると、解決策は実にシンプルです。

まずは、賃金を引き上げることです。時給1000円で採用ができないのであれば、2000円を提示します。これくらい明確に賃金水準を引き上げれば、求人側が求職者のなかから適切な人を選ぶことも可能となりうるでしょう。

次に、賃金以外の報酬条件(いわゆる残業代、賞与、退職金、株式連動型報酬など)を引き上げることです。もし、これまでは賞与や退職金の支給対象でないのであれば、対象に組み入れるだけでも効果はあるでしょう。

そして、実質的な労働時間及び休日休暇などもより良い条件に変更すべきでしょう。名目上の労働時間は短くても、実態として残業が長いとか通勤時間が長いのでは、多少は報酬が良くても辞めてしまう人もいます。

これらの条件の面で人材獲得における競争力がある=人材が採用できる=レベルにまで、労働条件を引き上げることが、人材確保には不可欠です。

実際、役員報酬については、個別にはここまで引き上げる必要があるのか疑問をもたざるをえないケースも多々ありますが、全般的に相当に高額化してきていることは調査結果(注4)からも明らかです。

役員以外の人材についても、真にビジネスにおける競争力の源泉となるのであれば、早晩、報酬の高額化は避けられません。ちなみに、新卒の給与水準も一律でない会社もメルカリなどの例もあり、ソニーのように高い金額をオファーするケース(注5)も現れています。

仕事の仕組みや事業のありかたから抜本的に見直したにも関わらず、人材が不足しているのであれば、その解決策は、第一に報酬水準を相応に上げることです。同時に、福利厚生プログラムの充実や労働環境整備などにも、優先順位はあるにせよ、少なくとも人材獲得競争が可能なレベルに達するまで、必要な資金を投じることです。

こうした資金がないというのであれば、事業継続を諦めるべきでしょう。仕事の仕組みや事業のありかたから抜本的に見直したのに、人材に回す資金がないということは、その事業を継続する意味がないと言わざるを得ません。その程度の覚悟が経営者には求められている、それが現実です。

 ときには、仕事の内容を魅力的なものにしたり、会社自体のブランディングを行ったりするなどして、労働条件以外の要素で人材を引き付けようとするケースもありますが、人材が不足していると主張する企業の99%は、そういった解決策を検討する必要がないと思われます。まずは、人材獲得の競争力があるといえる程度に、直接的に労働条件を向上させる必要があります。それが「働き方改革」の前提といえるでしょう。

 

ケースC:すでに「働き方改革」は完了

 

ときどき遭遇するケースに、有給休暇の消化率も高く、テレワークやフレキシブルな勤務体制も柔軟に運用していて、残業の上限規制どころか定時退社が当たり前となっており、オフィス環境やIT環境も申し分なく整備されているのに、企業業績が向上しないとか、なかには業績不振に陥ったまま事業が低迷しているというものがあります。

このようなケースでは「働き方改革」の制度的なメニューを検討する前に、解決すべき課題が浮かび上がってくるような仕組みが必要です。

さまざまな制度やプログラムを立案し実行しているのはいいのですが、単なる接ぎ木となってしまい、自社の価値観や労働慣行、人材や職務の特性、ビジネスモデルや業務システムなどと整合性が取れないまま、さらに別の制度やプログラムを導入しようとしている場合も、時々見受けられます。

たとえば、オーナー会社で上意下達のコミュニケーションが支配する組織であるが故に、経営者が「働き方改革」を主唱するやいなや、女性活用策・残業規制策・健康経営プログラム・オフィス改革など、自社の実態を何ら把握することもなく、できあいの「働き方改革」パッケージを導入し尽くすことになりかねません。もしかすると、セクハラや闇残業が横行しているブラック企業であることを、何よりも先に改善すべきであるかもしれません。

また、健康経営を標榜し、ITツールを通じて日常のストレスチェックをリアルタイムで把握して、何かあればすぐに経営者や人事部門がフォローしている企業でありながら、ここ数年、社員の突然死が増えているといった事例も見聞きします。

残業時間を厳格に規制し、ワーケーションや半日単位での有給休暇取得を認めるなど柔軟な就業管理を実施して、ほぼ毎日、定時帰宅を実現している職場であるが故に、実は早朝出勤による闇残業が横行しているといって社員が労働基準監督署に訴えてくる会社もあるようです。

そこまでひどくなくても、実態と制度がうまくあっていない例などざらにあります。各種の制度やプログラムは、正に「働き方改革」を目指しているのに、制度の適用対象者が少ない(女性社員を対象とする妊活・出産・育児などの支援プログラムが充実していても社員の大半が男性であるとか)、対象者はいても実際に制度適用の希望者が少ない(女性社員を対象とする妊活・出産・育児などの支援プログラムが充実していて女性社員を積極的に登用する計画もありながら、現実には多くの女性社員が妊娠・出産準備で退職してしまったり、育児休職後に職場復帰する例がほとんどないなど)といったケースはよくあります。

詳細は次回以降(「4.課題解決案を実行する(解決案実施)」及び「5.結果を測定し必要な措置をとる(結果測定)」)で述べますが、さまざまな制度やプログラムを実施しているだけで、経営者や人事部門の自己満足で終わってしまわないように、個々の制度やプログラムの導入を目的としないように十分に留意すべきでしょう。

「働き方改革」は特定の制度やプログラムを導入することではありません。仕事のやりかたを大きく変えていかないと、企業にとっては業績向上が見込めませんし、社員にとっては働いても働いても報酬などの労働条件の向上が実現しません。そうした状況を打破することが「働き方改革」の狙いのはずです。

ケースCでは、制度やプログラムを導入することが課題解決という致命的な誤解があるように思えてなりません。

 

ケースD:「働き方改革」?

 

このケースでよく陥りがちなものに、他社事例ばかりを研究したり、個々の解決案(制度やプログラム)を列挙するところから「働き方改革」のプロジェクトがスタートしてしまったりするものがあります。「働き方改革」の方法論にばかり目が行ってしまい、何のために行うのか、どういう効果を狙って改革をするのか、といった視点が欠けてしまうのです。

たとえば、本社の移転や改装で何が解決するのでしょうか。

コミュニケーションのインフラを整えるために、ITを一新しオフィスレイアウトを改革するのでしょうか。そうではなくて、会議ばかりの無駄な時間を削減するとか、ペーパー上の稟議・決裁の時間を短縮するとか、具体的に解決したい事項があるはずです。

有給休暇を増やし取得計画を年度当初に立てておく、ワーケーションを導入し休暇と仕事の垣根を低くする、男性社員の育児休業も奨励する、保育サービスを受けやすいようにハード面の整備を行う、介護休業を支援するプログラムを専門のサービス事業者と契約して利用しやすくする、いずれも制度を導入することが大事なのではなく、実際にプログラムを実施して、社員が積極的に働き、業績を向上させていくことができる点が重要であることは論を俟ちません。

どういう制度を導入するかが問題なのではなく、実際に利用しやすいのはどういうプログラムなのかが問われます。特にベンチャーや中小企業では、個々の制度を議論するよりも、社員のニーズに合わせて、柔軟にプログラムを実行するほうが大事です。その際に、ある事情(育児、介護、LGBTQ及びその他の個人的な事情)を抱えているが故に、他の社員と同じ勤務体系では仕事ができない社員が、経営者や他の社員に気軽に相談できることがポイントです。

言い換えると、人事制度をルールで縛るのではなく、実情を社員全体で理解していることが不可欠です。この理解がないと、「Aさんばかりが育児休業を取って、そのしわ寄せが独身のBさんにばかり掛かっている」といった不平不満を招きやすいのも事実でしょう。

こうした留意点は、いかに他社事例や先行モデルを研究しても出てきません。事例やモデルから自社に導入する制度やプログラムを考えるのではなく、しっかりとした課題認識から必要なものを検討していけばよいのです。

 

以上、いずれのケースであっても、解決策としていくつかの代替案を検討する際には、それぞれの案のメリット・デメリットなどを評価するだけでなく、実施する順序や時系列も検討しなければなりません。対象者の順序なども、社員の納得感を得るには、慎重に検討すべきでしょう。

敢えて理想をいえば、改めて制度やプログラムを設計・導入するのではなく、個々の事情に応じた柔軟な労働環境整備を適宜、行えるのがベストかもしれません。制度や規則がないから〇〇はダメという、硬直的な規範ではなく、法令や就業規則で明確に禁止しているもの以外は、まずは、個々の事情に応じて労働環境を少しでも仕事がやりやすいように変えていこう、という発想が「働き方改革」を実行していくうえで大事なのではないでしょうか。

 

(5)に続く

 

【注4

東京商工リサーチの集計結果は、以下のサイトに公表されています。

http://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20190624_02.html

 

【注5

ソニーについては以下のサイトの記事によります。

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1906/20/news054.html

 

 

作成・編集:経営支援チーム(2019626日)