AIが仕事を奪う?(2)

 

AIが仕事を奪う?(2)

 

(1)より続く

 

 AIと仕事の関係といえば、今年は囲碁や将棋といった伝統的なゲームにおいて、さまざまな話題が提供されています。たとえば、3月にはディープマインド社のAlphaGoが世界のトップクラスの棋士に勝利しました(注5)し、今月には日本でもDeepZenGO(注6)が囲碁界のレジェンドと呼ぶにふさわしい棋士から1勝を挙げました。将棋の世界では、スマホの将棋ソフトの使用疑惑を巡って、タイトル戦そのものが大きな影響を受けています。

 そうしたなか、プロ棋士として将棋の世界で長年、第一人者として活躍を続けている羽生善治氏(現在、七冠のうち、王位・王座・棋聖の三冠の保持者)は、NHKの番組取材でディープマインド社を訪問して関係者に話を聞いたり、日本国内のAI研究者との対談などを行ったりするなど、プロ棋士としての自らの仕事で直接活用する以上にAIとの関わりをもっています。

今回は、その羽生氏が、あるセミナーのゲストスピーカーとして招かれて行った特別講演およびパネルディスカッションにおいて語っている言葉(注7)のなかから、AIと仕事の関係について考察するヒントを探っていきたいと思います。

 

将棋の場合は、一つの局面で平均して80通り手があります。その中から直観で2つか3つの手に絞る。残りの7877の可能性は捨てているのですね。(中略)10手先を直観と読みだけで考えたとしても、310乗、6万弱の可能性を考えなければなりまません。9割以上の選択肢を捨てているのに、数が大きくなりすぎて適切な判断ができないようになります。(「プロ棋士・羽生善治が語る、AI時代を生き抜くために『身につけるべきスキル』とは」“CodeIQ Magazine20161124日付記事より引用。以下の引用はすべてこの記事からの引用です。)

 

 将棋について詳しくない方々は、たとえば「大人になった今だからこそ、将棋を始めるべき3つの理由。普段なかなかできない思考トレーニングに◎」(注8)などを読んでいただくと、ざっとしたイメージは掴んでいただけるでしょう。毎週日曜日の午前中にEテレにて放送されている「NHK杯テレビ将棋トーナメント」では、実際のプロ棋士の対局を解説付きで観ることができます。こちらも一度ご覧いただければ、どういうものかご理解いただけるでしょう。

 将棋は、囲碁やチェスも同様ですが、盤面にすべての情報が公開されています。もちろん、ルールも事前にすべて公開されていますし、対局者2名以外の第三者が対局にいきなり介入・乱入するといったこともありません。

 将棋のもつゲームとしてのこうした特性は、サイコロを振って進む数を決める双六のように、偶然の要素が入りこむ性質をもつゲームとはまったく別のものといえます。

 この点は、ビジネスの現実とは大きく異なるでしょう。ビジネスでは、サイコロを振るとまでは言わなくても、天候のようにある程度は予測できても不確定な要素を拭いきれないものや、大地震のように確率的には発生する可能性が低くてもビジネスに致命的な影響を及ぼす事象も発生しますし、それに対処することが求められます。

そうした不確定な変化に対応していくのも、ビジネスを進めていく上では不可欠ではありますが、ここでは、ライバル会社に勤める2人の営業担当が顧客から注文をとろうと、互いに合理的合法的な手段を検討し実行する場面をビジネスの例として考えてみましょう。ここでも、限られた時間のなかで、打ち手の選択肢を考えうるだけ考えて、そこから何らかの基準でいくつかに絞り込むことをしなければならない点は、将棋と同じかもしれません。そこにAIを活用するヒントを見い出すことができるのかもしれません。

 

ある程度経験を積むと、それよりも感覚的な判断、つまり直観や大局観を中心に考えていくようになります。これはどちらが優れているということではありません。広く浅く見極める、判断していくというときは大局観が便利ですが、最善の一手にたどり着くには読みと直観が重要になります。(引用、同上)

 

 ビジネスもそうですが、経験値が高い人ほど、すべてを一から論理的に組み立てて考えるまでもなく、正しい選択肢(最善の一手)を選ぶ場合が多くなります。考えるまでもなく、この顧客には○○をアピールする提案書でいこう、と確信をもつようなケースです。

反対に経験値がないとか、低い人は、しっかりと組み立てて考えた上で、何らかの評価基準に基づいて、選択肢を絞り込み、最終的に実行する選択肢をひとつ選ぶことになります。その結果、成功することもあれば失敗することもあり、特に失敗した時に、その失敗の原因をはっきりさせて、同じ失敗をしないようにしていくことが望まれます。

 それでは、AIには、こうした大局観とか経験値の高さのようなものはあるのでしょうか。

 

続いて将棋とAIについて。将棋の難しいところは、評価の部分です。将棋ソフトの場合は評価関数をどれだけ正確にしていくかが重要なポイントです。プログラムによっては300ぐらいの評価項目を作って、実態に近い判断にしています。(中略)一度、解説側にまわって気付いたのは、接戦や熱戦と呼ばれるいい将棋は1手ごとに評価関数が揺れ動くこと。若い世代は将棋ソフトを使って研究・分析することに抵抗がなくなってきています。(引用、同上)

 

 現時点の将棋ソフトでは、評価関数(これが大局観を代表する変数といってよいでしょう)が1手指すごとに揺れ動く、つまり、人間(特にプロ棋士)が見ても接戦や熱戦と思うような対局については、AIでも評価が困難であり、そこでの最善手を見つけることは容易でないことが想像されます。

 これが現実のビジネスとなると、将棋の手よりも自由度が数段高い(そもそもビジネスでは競争相手が誰かということですら不明なこともあります)ので、評価関数を作ってビジネスプランを評価するとか、戦略代替案を的確に評価して、より精度の高い実行計画を作り上げるということは、そうそう実現できそうにありません。

もちろん、ある種の限定された局面においては、評価関数以外の要素もついつい考えに入れてしまう人間が考える選択肢よりも、評価関数に関係のない要素に見向きもしないAIのほうが、正しい判断を下す場合はあるでしょう。特に社内の人間関係など、本来、ビジネスに持ち込んではいけないような要素で戦略代替案の評価を行ってしまう状況があるとすれば、人間よりもAIの判断を優先するほうが結果が確実についてくるはずの組織というのも現存するでしょう。しかし、これは、AIの問題ではなく、人間の問題です。

 

最初にお話したように、将棋の手を80個あるうちから3つに絞るという基準がなんなのかを突き詰めていくと、美的センスと密接に関わってきます。(中略)「こういう形は嫌だ」「こういう形はおかしい」と、きめ細かなこだわりを洗練さえていくことで取捨選択をしていきます。ですが、AIが入ってくると美的センスは関係なくなるため、形が悪かったり、いびつだったりするものの中に、いい手が隠れていることもあるでしょう。(中略)つまり今まで見つからなかった発想、アイデアが隠れていることがあるかもしれません。しかし根本的なことを覆すようなイノベーションは人間にしか起こせないと思っています。(引用、同上)

 

ここでは、これからのイノベーションのひとつの方向性が示唆されているかもしれません。それは、AIが人間のもつ先入観や経験値を無視して選択した戦略代替案のなかに、これまでの競争状況を根本的に破壊するようなものが含まれている可能性です。言うまでもないことですが、あくまでも可能性であって、そのような戦略代替案を実行すると決めて、本当に破壊的な結果を生み出すのは人間です。AIが勝手に実行するわけではありません。

こうしたゲームチェンジャーとなりうる戦略代替案は、もしかするといけそうだと頭ではわかっていても、実行に移すのは容易ではないと思う人が多いでしょう。将棋の世界でも、若手ほど将棋ソフトで研究し発見した手を実践で指すことができる傾向にあるようですが、若手ほど失敗しても失うものはないということも原因のひとつにあるかもしれません。

それでは、若手でもない、普通の人々はどうすれば生き残っていけるのでしょうか。若手同様にAIで研究して、新たな手を探究しても、それを実践で使う勇気をもつには、どうすればいいのでしょうか。

この点、パネルディスカッションで羽生氏は次のように語っています。

 

私が日常で心がけているのは、できるだけ初見の場所、自分の経験値が生きないところに行くことです。例えばどこかに行くときもスマホで調べず行く。スマホは便利だけどそれに頼ってしまうと、初見の場面で、自力でなんとかする力が弱まってしまうと思うからです。(引用、同上)

 

 このコメントには耳が痛い方も少なくないでしょう。日常的に使っていると、スマホやタブレットの画面が世界のすべてと錯覚してしまいがちです。それでは自らの能力を制限してしまうのかもしれません。初見の場面、初見の場所に何ももたずに立ち向かうことが、人間の能力を引き出す、絶好の機会であるのかもしれません。少なくとも、自分でなんとか対処する力は、AI以前に人間に備わっている力です。

 羽生氏ほどの実績(注9)を挙げている人でも、直接は仕事に関係のないときにも自らの能力をさらに引き上げるように意識していることには注目すべきでしょう。

ビジネスにおいても、絶えず未知のテーマや新たな取り組みにチャレンジしていくことが、仕事をし続けていくのに不可欠です。言い換えると、同じ仕事を同じようにやっているのでは、AIが進化するしないに関わらず、まずはライバルに出し抜かれるのが必然です。出し抜かれれば、仕事は失われます。

ここでも結論として、AIが仕事を奪うというよりも、仕事を通じてチャレンジすることがなければ、その仕事はいつか失われるのではないか、という普遍的な原理を再確認するだけではないでしょうか。少なくとも、営業担当が顧客への営業施策を行う際に、戦略代替案を考え出し評価・検討し絞り込んで実行するというプロセスにおいては、そのプロセスを効率的に回すのにAIがあるほうがいいかもしれませんが、そのプロセスをAIが人間から奪うというのは、極めて考えにくいでしょう。営業という行為自体は人間が行うとしても、戦略代替案を作成したり、その評価を行ったりする時に、それらの作業効率を上げたり、人間が気づかない代替案を提示したりするところに、AIの効果が発揮されるのではないでしょうか。

 

(3)に続く

 

【注5

AlphaGoについては、当HPでも以前に採り上げたことがあります。以下のコラムを参照してください。

http://www.qms-imo.com/2016/03/24/alphago%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E7%9B%AE%E6%A8%99%E8%A8%AD%E5%AE%9A/

 

【注6

詳しくは、IT mediaニュース1123日付の記事(以下のサイト)を参照してください。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161123-00000031-zdn_n-sci

 

【注7

羽生善治氏の講演および羽生氏を交えてのパネルディスカッションの詳細については、以下のCodeIQ Magazine 20161124日のレポートを参照してください。

https://codeiq.jp/magazine/2016/11/47092/

 

【注8

「大人になった今だからこそ、将棋を始めるべき3つの理由。普段なかなかできない思考トレーニングに◎」は、日本将棋連盟HPの将棋コラムに収録されている佐藤友康氏のコラムです。以下のサイトをご覧ください。

http://www.shogi.or.jp/column/2016/11/post_50.html

 

【注9

興味のある方は日本将棋連盟HPの棋士データベースで検索してみてください。その際に、他の棋士の履歴情報と比較すると実績の違いに驚かれるかもしれません。

 

作成・編集:経営支援チーム(20161127日)