AIが仕事を奪う?(3)
いわゆる専門職(プロフェッション)と呼ばれる仕事があります。医師や看護師など医療系の職種、弁護士や公認会計士・税理士などの士業などが代表的です。また、教師や講師など人に何かを教える仕事なども専門職でしょう。もちろん、建設・建築・設計なども専門職です。
これらの仕事の特徴として、専門的な知見を日々更新し続け、その専門分野における実務経験を積み重ねることにより、その専門家の判断が顧客(患者だったり依頼人だったり受講者だったり、その呼び方はさまざまですが)の抱えている問題を解決するところに価値があるという点が指摘できます。
その一方、現実的なことをいえば、ペーパーワークなどの事務作業の多さが問題とされる仕事でもあります。また、専門家と一口に言っても、そのレベルにはかなりのバラつきがあります。ひどい場合には、その分野のことをほとんど知らない人がネットで調べた情報にも及ばない程度の専門知識(その程度のものでも「専門知識」と呼ぶとすればの話ですが)しか持ち合わせておらず、まったく役に立たないのに、請求金額はそれなりのレベルということも珍しくはありません。
専門職のひとつである医療の現場では、専門性の高い判断を経験の浅い人でも下せるように、AIやICTを活用する手法が開発され普及しつつあるようです。
実際に消化器科における内視鏡による画像診断では、既に実用化のレベル(注10)に達しているそうです。また、肛門科における問診診断システムは1年前にできている(注11)そうです。
これらのおかげで、画像を読む経験が浅かったり、問診があまり上手ではなかったりするような医師でも、必要なレベルの実務上の専門性を発揮できるとすれば、患者にとって大きなメリットでしょう。ときには、患者自身がそうしたシステムを使うことで、自分の症状をより適切に理解し、病名や治療法の判断をより的確にできる可能性が高まります。
同じような専門職といっても、いわゆる士業(弁護士、公認会計士、税理士、司法書士、行政書士など)においては、実用的なレベルでのAIの活用例はまだまだ限定的です。
とはいえ、ある絞り込んだ課題については、弁護士が行っていた仕事を代行できるレベルにまで作り込まれたシステムも出現しています(注12)。このように、顧客が事前に課題を明確に絞り込んでいるのであれば、医師における自動問診システムのように、当該テーマ(たとえば、債務の返済、相続税の納税手続き、遺言状の作成などなど)に関する自動応答システムのようなものが、次々に実用化されていくかもしれません。
士業の場合、特にペーパーワークで仕事が処理できるケースでは、医師とは異なり、現実に顧客を物理的に見ることは必ずしも必要ではないケースもあります。そうした際には、情報のやりとりと加工で仕事は終わることも少なくありません。もちろん、集めるべき情報、集めた情報の加工(情報の解釈や定められた帳票類への記入方法など)などについて、専門知識や実務経験などは必要ですが、こういうものほど、たくさんの事例を集めてデータベースとして整理・検索できることが強く要請されるもので、まさしくAIが得意とするところでしょう。
専門的な知見(文書化可能な知識、法律や取り扱い要領などで明文化された基準やプロセス、判断と結果の蓄積など)が必要な仕事であっても、そこに新たな創造というプロセスの占める割合が少ないほど、専門職的な仕事こそAIで処理するのに適しているのではないでしょうか。
顧客から見れば、専門家と呼ばれる人々の個人差(能力・経験などの差、顧客と専門家との相性の良さ・悪さなど)を解消してサービスの質が担保される確度が高まるというメリットも大きいものです。まして、それがサービスを提供する際の価格にまで反映されるとなれば、無視できません。
いまでも、たとえば、顧客がチャットなどを通じてあるテーマに対応可能なシステムにアクセスして、自分で必要な情報を入力し、後は提出すべき書類が印刷されたり指示された手続きを取ったりするのであれば、料金は1万円ですが、同様のことを専門家と面談をして顧客の悩みを整理して、必要な書式を用意するのであれば、10万円かかります、というようなサービスはあります。
こうしたサービスにAIを導入することで、24時間いつでも受け付けることができ、より数を多く処理し、より安くサービスを提供する方向に、さまざまな分野で実用化されていくことでしょう。
そこで、今こそ、専門職を人間が仕事として行う価値がどこにあるのか、改めて考えるべき時期に差し掛かっていることは間違いありません。
医師を例にとってみましょう。
新たな病気(症例)の発見であるとか、新たな治療法の開発というのは、AIを道具として使うことはあっても、基本的に人間の医師がやることでしょう。
それ以上に重要なことは、目の前にいる患者に対応することです。診察室に入ってきた患者が、待合室でどう過ごしていたか、診察室に入ってくる際の歩き方や表情など、細かいところまで十分に注意して見ているからこそ、総合診療医として病気を判断するのに必要な情報を事実として把握することができるのです。そうであるとすれば、患者の具合を見て事実を察する能力こそが、いつでも重要なのではないでしょうか。
もちろん、将来的には、患者自身の情報といっても、さまざまなバイタル・データを自動的に収集・分析して病気の予知情報を発すようになるかもしれません。
それでも、患者本人が自覚していない事象を専門家として発見・確認することは求められるでしょう。その上で、患者に治療方針や具体的な治療計画を説明し、治療法によって異なるであろうリスクやコストなども納得した上で、いっしょに病気に対処していく関係を構築することが、医師に求められる仕事でしょう。
専門職一般に敷衍していえば、顧客が自ら気がついているかどうかに関わりなく、広く事実を集めて問題を察知するという点が、まず人間が仕事として取り組むべきものでしょう。そして、その問題にどのように向き合うのか、問題への対処法の選択肢を提示して、それぞれのリスクとリターンおよび必要なコストや時間などを説明した上で、顧客本人が納得して問題に対処できるようにしていくことが、専門職の仕事でしょう。
弁護士の仕事のうち、AIを活用するなどして、ある程度、定型化されて手続き的に処理されるような分野ができ上がってくれば、それは弁護士の仕事ではなくなるかもしれません。より低価格で供給可能なサービスとなるからです。
もしかすると、専門分野の切り分けや再編成といったことが起きるかもしれませんが、専門分野における知見と経験を活かして顧客の問題に向き合うという部分は、まだまだ人間が担う仕事であるでしょう。
経営をプロフェッションと捉えるならば、企業経営者や起業家という仕事もまた、同様のものと考えられます。その仕事もまた、AIを必要不可欠な道具として使いながら、事業や組織の問題に向き合っていく仕事です。AIという道具を使いこなせるかどうかは問われるとしても、経営という仕事を合理的に担うのが経営者の役割である以上、当面は誰かがやらなければならない仕事です。
【注10】
実際に消化器科における内視鏡による画像診断では、既に実用化のレベルにあるそうです。以下の記事にその紹介があります。
【注11】
肛門科における問診診断システムは1年前にできているそうです。詳しくは、以下の記事を参照ください。
【注12】
実用化されつつあるAIによる弁護士業務代行のひとつの例について、以下の記事をご覧ください。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161216-00010000-biz_lifeh-sci
【注13】
現時点では、チャットを通じて弁護士業務の一部(判例検索や情報分析など)をサポートするものが実用化されています。その一例は、以下の記事に紹介されています。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161208-00010002-wedge-sci
作成・編集:経営支援チーム(2016年12月20日)