ブラック化を招きかねない10のポイント(5)
8.経営トップが専制的なマネジメント・スタイルをとっている
自ら好き好んで専制的なマネジメント・スタイルをとる経営者は、まずいないと思います。少なくとも、真っ当に事業を興し、会社を運営していこうとする経営者でありながら、独裁的とか専制的と呼ばれるようなマネジメントを志向している方にお目にかかったことはありません。
ところが実際には、創業オーナーとして事業をゼロから作り上げたり、一度は存亡の危機を迎えた会社を立て直された(本当の意味でのリストラクチャリング=事業の再構築=を実現できた)りすると、その経営者の個人的な資質や能力などとはあまり関係なく、成功が大きければ大きいほど、また、成功から時間が経つほど、多くの場合、専制君主がCEOという名の衣を纏って、本社の社長室という王宮に君臨するようになってしまいがちです。
こうした状況では、創業メンバーやリストラの同志だった古参の役員が単なる取り巻きになってしまい、王様(経営トップ)と貴族(役員や管理職)が王国(会社)を牛耳るようになっています。
創業時や会社が危機の時には、経営者も現場の社員も密にコミュニケーションを取っていたはずです。そうでなければ創業とかリストラが成功するとは、とても思えません。そこでは、経営層も管理者層も現場の社員も同じ情報に接して、同じように危機感をもっていたのではないでしょうか。
成功した後は、得てしてその反対の現実が待っています。経営トップは現場のことよりも社外活動に忙しく、役員や管理職は経営者の顔色を窺い、悪い報告を避けるばかり、現場には実態を無視したような指示命令がくるばかり、ということが少なくありません。
社内外の情報が階層間で分断され、情報が入ってこない裸の王様(経営トップ)、情報を抑え込む冷笑的な貴族(役員や管理職)、抑圧される平民(一般の社員)、声を聞き届けてもらえない関係国(顧客や取引先)、というような構図がよく見られるものです。
専制的といっても、トップダウンで経営者が他社の買収から消耗品の発注まですべてを決める独裁者、ということを必ずしも意味するわけではありません。もちろん、そうした場合もあるでしょうが、むしろ多いのは、トップが徒にリーダーシップを振りかざして、現場の実態を知らずに、威勢のいいことや耳触りのいいことをいうだけではないでしょうか。
現場を無視した指示や命令は、結局、実行できません。しかし、できなかったことを現場のせいにされたのでは、社員はたまったものではありません。
なかには、経営幹部と一般の社員との間で、一切、コミュニケーションを図る場がないとか、そうした場はあっても、経営幹部が正面からの議論を避けるような会社もあります。そこでは、真剣に事業や会社のことを考えている社員ほど、反体制派(会社のいうことをきかない不満分子)の烙印を押されて不遇を託ったり、フラストレーションが溜まってしまい自ら退職していったりすることになりがちです。
「自分の能力を棚に上げて、まったく文句ばかり並べて」とか「理屈ばかりで手を動かさない奴はいらない」などと、退職した社員をあしざまに言うのも、こうしたケースの特徴として指摘できるのかもしれません。
9.一種の身分制の下で仕事を個人に押し付ける
例えば、「バイトのくせに、イチイチうるさい」とか「これは社員の問題(だから派遣は口出しするな)」といった言葉を耳にしたことはありませんか。
また、工場や店舗など現金や商品在庫を直接扱っている職場で、お金や商品などをチェックした時に、帳簿と現物が合わないと非正規社員から疑ってかかるような職場について聞いたことはありませんか。
こうした状況にある場合、役員、管理職、一般の正社員、嘱託社員、派遣社員、アルバイト・パートタイマーというのが、果たすべき役割や会社との契約関係の違いではなく、身分として意識されている可能性が極めて高いでしょう。身分ということは、相互の異動(立場が入れ替わること)はあまりありません。非正規社員から正社員や役員になっていく実例も、まず見られません。
もし、身分として強く意識されているとすれば、同一身分の内部でのコミュニケーションはそれなりに図られるでしょうが、身分間のコミュニケーションは円滑になっていないのが通例です。
特にベンチャー系の企業で典型的に見られるのが、創業メンバーが特権階級化してしまい、有能と判断して採用した人材をなかなか登用しないケースです。
仕事はいろいろとやらせて、その結果がちゃんと出ていても、「(役員にするには)まだ早い」とか「うちの経営理念がわかっていない」などといって登用しないうちに、次第に本人のモチベーションが下がってパフォーマンスも平凡になったり、いつの間にか退職してしまったりすることがよく見られます。
また、大企業の関連会社などで見られるのは、親会社から出向・転籍してきた社員とプロパー(その会社と直接の雇用契約を結んでいる)社員との違いです。現実に担当している仕事が同じで、仕事の成果も同じなのに、処遇は明らかに出向・転籍してきたほうが高水準であるとか、そもそもプロパー社員は経営幹部(上級管理職や役員)にはなれないという実態や不文律が見受けられるのではないでしょうか。
身分制かと思うようなことを実施している企業に限って、経営方針に「挑戦」とか「自己(夢の)実現」を標榜したり、人事方針に「従業員満足度の向上」とか「公平な処遇」などと掲げていたりする気がします。
そうした企業において業績が芳しくなくなってくると、経営トップから下へ下へとその責任を押し付けてくるようになります。どうしていいのかわからないからでしょうか、具体的な業務改革のアイデアや指示はなく、役員など経営幹部が達成不能な数字を上から下へただ単に流してくるだけ、といった話をよく聞きます。
「できないのは、お前が悪い(個人の人格否定)」とか「自爆しろ(売上目標の未達分は自腹で買え)」といった言葉が出てくるようでは、役員や管理職のマネジメント能力の低さを表しているともいえます。
ただ、押し付けられたほうも、さらに下の身分(と思われる層)に同じように押し付けていきがちです。正社員の担当者は、パートタイマーやアルバイトに無理難題を押し付け、押し付けられた非正規社員は顧客や取引先へと問題を先送りしてしまうようです。
結局、きちんとした製品やサービスを提供するのに必要な人員や設備が確保できていなかったり、業務体制やシステムが実態に合わなくなっているのに必要な見直しや投資が行われなかったり、クレーム・不祥事・メンタルヘルスなどの問題が頻発したりして、最終的には顧客や取引先が逃げ出すまでに至ってしまいかねません。こうなると悪循環に陥ってしまいます。
こういった企業では、細かいことで言えば、文房具など仕事をするのに必要なものを購入するのも、すべて社員の個人負担であったり、制服のクリーニング代も給与から天引きしたりするなど、コストも下に負担させる傾向が見受けられる気がします。
その一方で、経営者や役員の私的費用(マンション賃貸料、自家用車の費用、遊興娯楽費など)は会社負担であるなど、経費の使い方の基準がダブルスタンダードどころかトリプルスタンダードという場合もあります。こうなると本当にブラック化しているといえそうです。
仕事も責任も結果も、大名行列さながらに「下に~、下に~」と押し付けていく企業は、かなりの程度までブラック化が進んでいると見て間違いないでしょう。
作成・編集:調査研究チーム(2015年3月20日更新)