より激しく変化する事業環境に適応するには(1)
先月突然始まった急激なエネルギー価格の高騰など、地政学や政治の面で事業環境が急変しています。もとよりVUCAと呼ばれるようになった環境変化の大きさに対して、いかに柔軟に迅速に適応していくのかがマネジメント上の大きな課題となって久しいでしょう。
ちなみに、VUCAというのは Volatility(変動が大きいこと)・Uncertainty(確実なものがほとんどないこと)・Complexity(複雑に込み入っていること)・Ambiguity(曖昧でどちらとも取れること)の頭文字です(注1)。
Volatilityというのは、変化のスピードがより速くなりその変化の幅があっという間に大きくなることです。LLMに基づくAIサービスの急速な実用化など、その一例にすぎません。
Uncertaintyというのは、予測可能性の著しく低下した現実のことです。戦争の発生や政治的な言説でもよく見られますし、企業にとっては中期経営計画とか5ヶ年計画などは既に無意味になっています。
Complexity(複雑に込み入っていること)というのは、単純な因果関係が失われて、いくつもの複合的な要因が絡み合ったり、ひとつの事象の発生が同時多発的にいくつもの二次的事象を生起したり、ひとつの結果が元の事象の原因になって元の事象を反復・強化したりすることです。これを解決すればすべてうまくいく、といった特効薬のような解決策が見出せないのです。
Ambiguity(曖昧でどちらとも取れること)というのは、ある事象の解釈や価値判断が一義的に定まらない状態です。宗教、民族、歴史的背景など様々な要因・視点が絡み合っているので、ちょっとした広告宣伝活動が思わる方向からSNSなどで問題視されたり、インバウンドをめぐる観光産業の経済的な利益と観光地の住民の平穏な暮らしを脅かすオーバーツーリズムが対立したりするなど、日常的にも双方を満足させることが容易でないことは類例を俟ちません。
近年は、VUCAすら死語化しかねないほどで、新たにBANIとかRUPTといった考え方が提唱されています。
まず、BANIというのは、Brittleness(こわれやすさ)・Anxious(不安)・Non-linear(非線形)・Incomprehensible(わかりにくい)の頭文字を取ったものです。
Brittleness(こわれやすさ)というのは、セキュリティが万全であるはずのITシステムがメールに添付されていたコードを不用意に開いてしまったためにランサムウエアの被害に遭うケースのように、一見頑丈に見えるシステムがある一点の衝撃で呆気なく崩壊する現象を言います。ガラスや陶磁器が粉々に割れるイメージを想起すればいいでしょう。
Anxious(不安)というのは、詐欺メールや特流型犯罪などに巻き込まれるのではないかと怖れる気持ちはもとより、新たなSNSサービスや仲間内で流行り出したダンスやスイーツに追いついていこうとするように、常に起きる変化に対応しなければならないと人々が慢性的に不安を感じている状態を言います。一方的に情報を浴びすぎていることに起因するのかもしれません。
Non-linear(非線形)というのは、原因と結果が一致しないため予測がつかない現象です、特に小さな出来事が巨大な変化をもたらすことは予測不能と言ってもよいでしょう。これはいわゆるバタフライ・エフェクトです。感染症などが目に見えるほど大きな結果となっている時には、既に手遅れと言わざるを得ず、正しい手洗いを毎日励行するのが予防法というのでは、不安も解消されません。
Incomprehensible(わかりにくい)というのは、情報が多すぎて何が起きているのか把握できないことです。集めようと思えば、データや情報は際限なく集まりますが、そこから意味を見出すにはAIを活用して何とかすることができたとしても、そのプロセスや結果について論理的で合理的な説明がなされなければ、結局はブラックボックスであり神託のようなものであって、人が妥当な意思決定を行うことが難しくなります。
BANIは「VUCAではもはや現状を説明しきれない」という認識から生まれ、VUCAが「予測の難しさ」に焦点を当てていたのに対して、BANIは「壊れやすく心理的な不安が強い状態」を重視しているようです。従って、何かが起きた際にはそこからの回復力(レジリエンス)に着目したり、BANIの状況に陥っている人に対しては不安感への共感が鍵となるものです。
次にRUPT(ラプト)というのは、Rapid(急速)・Unpredictable(予測不能)・Paradoxical(逆説的)・Tangled(もつれ)の頭文字を取ったものです。特にスピード感と矛盾に焦点を当てています。
Rapid(急速)というのは、変化のスピードがかつてないほど速いことです。これは改めて言うまでもないでしょう。つい最近までSaaSといっていたはずのものが、今日では専門分野の業務処理にAIを特化させることでSaaSよりも速く安く確実に処理できるようになっているようです。
Unpredictable(予測不能)というのは、これまでの勝ちパターンや過去から蓄積してきたデータが通用しないことです。競争相手が全くノーマークの業界からいきなり出現したり、製品・サービスが変わった途端に従来は成功者とみられていた社員でも実績が上がらなくなったりするケースが該当します。
Paradoxical(逆説的)というのは、例えば、収益と投資、数値化と感性、効率化と創造性、グローバルとローカル、人材育成と生産性向上、一貫性と柔軟性など、相反する要素を同時に求められる状況を言います。改めて言うまでもないですが、マネジメントとは一見すると逆説的な諸要素を取捨選択し整理・統合してゆくプロセスに他なりません。
Tangled(もつれ)というのは、問題が複雑に絡み合い一つを解決しようとすると他が悪化することです。人手不足を解消しようとして未経験者や新人ばかりを採用したところ、教育訓練を行う手間ばかりがかかって実務が滞ってしまったり、管理職やベテランの担当者に余裕がなく指導・監督ができずに採用した人たちを戦力化できなくなるとともに、管理職やベテランも育成の成果が上がらず評価が下がり昇給や賞与も下がってしまい、双方に退職者が出ることで人手不足に拍車がかかる状況が一例です。
RUPTは心理的な状況というよりも、実務的に混乱している状況を受け入れるアプローチです。重視されるのは、新たな現実の受容、迅速な意思決定と実行、実行結果が想定とは異なるのであればまたすぐに次の手を打つ、といったマネジメントの現実的な姿を見直すことでしょう。
今回のコラムでは、こうした事業環境の変化を所与のものとして認めた上で(この点ではRUPT的です)、マネジメント、特に中小企業のマネジメントに当たるには、どのような点に留意すべきか考えていきます。
【注1】
VUCAとは、もとは軍事用語として30年以上前から言われていた概念です。経営用語としては21世紀に入ってから言われているものです。特に、9.11のテロ、ハリケーン・カトリーナによる災害、リーマンショックなどアメリカを襲ったものに加えて、ヨーロッパにおけるイスラム関連のテロ、日本の東日本大震災が発生したことなども影響しているでしょう。また、狂牛病、SARS、新型コロナなど疾病のグローバルな流行とその多大な影響、地球温暖化が日々の生活に及ぼす酷暑や偏った豪雨と水不足など、疾病の流行や自然環境の変動も無視できません。
もちろん、IT・DX・AI・ロボティクスなどのデジタルとネットワークのイノベーション、デジタル通貨の普及、グローバルに見られるようになった少子化、急増するインバウンド需要、(特に日本における)物価や金利の上昇など、社会経済上のトレンドの変化やその激化もVUCAを実感させるのに事欠かないものです。
作成・編集:経営支援チーム(2026年3月26日更新)