人材不足の原因は?(5)
最後に、人材不足の主たる原因と思われる労働力のミスマッチを解消する方策について考えてみましょう。これも、大きくは組織が取り組むことが可能なこと、働く人それぞれが行えること、労働市場そのものや労働市場を監督する公的な機関が実施できること、という3点から述べます。
仕事をする場である組織にとっての理想的な対策は、仕事と労働力のミスマッチが顕在化する前にミスマッチの存在を認識して、具体的な対応を取ることです。要は、自社で働く人の抱える問題や不平不満を前倒しで解消していくのです。
賃金水準や労働時間などであれば他社比較や労働市場のデータから課題を見つけることはたやすいでしょう。課題が見つかれば、退職者が増えるとか採用が思うようにできないといった形で問題が顕在化する前に、賃金や労働時間といったハードデータで把握される労働条件を引き上げることで対応できます。同時に、そうした労働条件の向上を実現しても収益力が損なわれないだけの生産性向上の取り組みが求められます。
言い換えれば、絶えず生産性を高める行動を仕事の一環として組織の基本的なメカニズムのなかに埋め込んでおり、労働条件の改善を進めることが可能な財務的な基盤を事業構造や競争環境の面から維持・強化していくことが経営上要請されます。それができないのであれば、事業を止める方向に経営の舵を切り替えて、解雇・退職の手当を厚くして自社で働いている人々を労働市場に放出していくしか選択の余地はありません。
組織として取り組みがより難しいのは、ハードデータでは把握できない問題に対応することです。例えば、働く人たちが自社のカルチャーや仕事の進め方にフィットしているかどうかという問題です。また、上司や担当役員などとの相性とか職場の雰囲気に馴染めるかどうかといった問題もあります。フィットしている対象として、会社のヴィジョンやフィロソフィーやポリシーなど明文化されているものもあれば、職場の慣習や仕事上の言葉遣いなど目に見えないものもあります。
これらは、最終的には実際に仕事をしてみないと本人も組織も判断できないとは思われますが、採用前に関係する上司や同僚たちと面談の機会をもつことで明らかに合わないケースは回避できます。少なくとも、人事部門と社長だけで新たに採用しようとする人の採否を決定してしまうなどの採用プロセスは変えるべきでしょう。
仕事と労働力のミスマッチが生じている組織では、労働条件の未整備に気がつかない経営陣、スキルを教える組織的な能力不足、面白い仕事を提示できるほどのフロンティアの欠如、仕事の仕組み自体が自律的に効率化していくようになっていないこと、業務システムと人事制度の不整合、その組織に固有の企業文化の問題(パワハラやセクハラへの組織的感度の鈍さなど)などなど、実に多種多様な問題が人材不足を引き起こしていることを、もう一度想起しなければなりません。これらに対応するには、時には組織全体の作り替えや経営陣の総入れ替えが不可欠ということもあるのです。
結局のところ、組織全体が人材不足に対応するには、小手先の人事テクニックで対処しようとする発想を切り替えることからスタートすべきかもしれません。こうした全体的なアプローチとともに、人事に限定した問題も解決していくべきものがあります。例えば、いわゆる正社員と非正規社員との待遇格差です。
原則としては同一労働同一賃金ですが、現実的には同じ仕事を担当していても、いわゆる正社員と定年後に再雇用となった社員では、同じ人が同じ仕事をしたまま年齢を理由に賃金が低下した雇用契約を受け入れざるを得ないケースをよく耳にします。年齢や性別、雇用契約の違いはあっても、同じ仕事をしていて同じ成果が出ているのであれば、同じ処遇水準でなければ公平な処遇とは言えません。こうした点を改善するだけでも、人事や処遇をめぐる問題の核心部分を解決に向けていくことができます。
ここで注意したいのは、同じ処遇水準というのは支払う賃金の月額が同じということを必ずしも意味しない点です。労働者の立場に立てば容易に理解されるように、月額が同じであっても一方は賞与や退職金があり、もう一方は賞与や退職金がゼロとか明らかに少ないというのであれば、公平な処遇を実現しているとは言えません。
問われるべきは、狭い意味でのトータル・コンペンセーション(現金給与・賞与+各種の報奨+株式連動型報酬+退職金・年金の会社負担分+法定福利費、注8)で捉える報酬から導き出される賃率(残業や休日出勤に対する報酬の除いた年間の報酬総額を所定内労働時間数で除した金額)が勤務形態の違いに関係なく同じと言えるかという点です。即ち、その人にかかっている直接的な人件費(金銭的な報酬)の時間単価=賃率=の違いです。この違いが雇用区分によって存在するのであれば、手始めに是正することが求められます。
そして、賃率以外の要素、特に法定外の福利厚生制度については、どこまで同じ取り扱いとするのか、それぞれの組織のカルチャーや人材についての考え方が表れてくるところです。
次に、働く人が自ら行うことができることの第一は、やはり今必要とするものを自覚しようと努めることです。それが労働条件なのか、キャリアステップのひとつとしての実務経験なのか、将来の起業に向けてのスキルアップなのか、何でもよいのですが、今自分が仕事や組織に求めているのは何なのか、自ら認識することです。
できれば、その内容を具体的にリストアップしましょう。一口に労働条件と言っても、賃金なのか、賞与や退職金なのか、労働時間なのか、休日休暇の日数なのか、通勤時間や在宅勤務なのか、転勤や社宅なのか、できるだけ詳しく明確に書き出してみることです。すると、求める労働条件は同じようでも、その優先順位は違っているかもしれません。
まして、キャリアステップやスキルアップとなると、必ずしも現在の組織で実現するわけでもなく、別の方策で実現する途があることに気づくかもしれません。
もちろん、現状では特に必要なものはなく、現状維持で満足という人も多いでしょう。もしそうであるなら、会社が倒産するとか自分が病気で働けなくなるとか、何らかの窮状に直面したと仮定して、今とは別の働き方を迫られたならば、どのような働き方があるのかシミュレーションを行ってみるのも一つの方法です。
第二に、今必要とするものを明確に意識しているとしても、それらは時とともに変化していくものですから、絶えず更新しておくことが肝要です。キャリアプランや仕事観の変遷、健康状態や家族状況などの変化などのより、やりたい仕事も求める労働条件も絶えず変わるものです。
第三に、前回触れた転職力を身につけることです。自らのキャリア形成を促進するために適切なタイミングで退職を実現することから始まり、次の仕事を見つけて就職し、その職場で仕事を通じて次のキャリアにつながる機会を見つけ出して、また次の仕事へとキャリアを切り開いていく、そういう転職を可能とするのに必要なスキルや知識のことを、意識的に身につけていくのです。
これは、当面求める労働条件とその優先順位を自覚しておくことなど、「働く人が自ら行うことができること」の第一や第二が実行できて初めて行うことができるものです。事業環境や個人の事情なども含めてタイミングが大きなウエイトを占めますから、実際に転職するかどうかは別の問題ではありますが、いつでもチャンスがあれば転職へ踏み出す覚悟をもっているかどうかは、今の仕事に流されたり縛られたりしないために必要不可欠なポイントです。
そして第四に、転職時や退職時になくてはならない交渉力を忘れてはなりません。組織に雇用されて仕事をするということは、表現の適切さを問わなければ、まさに労働力を売るということです。現に勤務している組織に対しても、新たに仕事を求めようとしている組織に対しても、相手(雇用する側)にとってどのようなメリットがあるのか自ら説明し、その対価(金銭に限りません)を具体的に提案できなければなりません。
これは、単なる売込みではありません。双方にとって何らかの得るものがあるかどうか確認する作業です。担当する仕事を通じて組織や業績にどのような貢献ができそうなのか、組織はその人にどのような機会や報奨を与えることができるのかということを話し合うのが、ここで言う交渉なのです。
働く人は、交渉の前提として譲歩できる範囲を明確にした上で、労働条件に優先順位をつけておくことが肝要です。交渉は転職の際に不可欠なだけでなく、現在勤務している組織においても必要です。個人的な事情で勤務地や勤務体系を柔軟に考えてほしいこともあれば、キャリアプランやスキル習得のために新たな仕事にチャレンジしたいこともあるでしょう。そういう時は、上司や人事と交渉することが必要ですし、自分のために新たなプログラムや人事施策を始めさせるくらいでないと、転職や起業などが実行できるとはとても思えません。
最後に、労働市場そのものや労働市場を監督する公的な機関が実施できることを考えてみます。
労働市場では賃金といった集約された価格情報以外にも、勤務地・通勤時間・出社日・出退勤時刻・勤務場所の物理的環境などのハードデータで提示可能な情報はある程度まで提供することができます。しかし、組織全体のカルチャー・勤務先固有の慣習や価値観・職場の人間関係など実地に体験しないとわからない定性的な情報については、従業員のコメントや満足度などの指数化された情報はあっても、その解釈に幅があるため、必ずしも有意義なものとは言えません。これは、働く人が提示する履歴書や職務経歴書などの情報についても同様です。
つまり、労働市場そのものの機能を充実されることは必要であっても、その限界を認識した上で、情報の不均衡によるミスマッチやトラブルはある程度は生じるものでしょう。従って、試用期間の合理的な活用を促すルールや退職や解雇に関する情報提供を、働く人にも雇用する組織にも提供していくことが公的機関には求められます。
但し、労働者を雇用する組織に対しては、公的機関は取り締まるべき問題は取り締まり、労務管理上必要な情報やコストはしっかりと負担させたりすることが必要です。
例えば、労働基準監督官などは法令で定めている基準すら順守できない組織は存続すべきではないことを具体的なケースでもって示すべきでしょう。また、社会保険料の未納があった状態で倒産した企業の未納分、本来支払うべき未払い賃金や退職金などは、労働者が馬鹿を見ないように公的機関が代替して支払うことがあってもよいでしょう。もちろん、税金や社会保険料の未払いがあって倒産した企業の経営者には公的機関が立て替えて支払った分を事後的に回収するルールや、そうした状態を招いた経営者個人に法的なペナルティも課すといったルールも整備しなければなりません。
先述したトータル・コンペンセーションに基づく賃率についても、雇用者が積極的に採用できるように、所得税や社会保険料の取り扱いに不利にならないルール(退職金や株式連動型報酬の比率が高いほうが税金や社会保険料が低くなるのが現状)が必要です。同一労働同一賃金であることを証明する賃率の公平性についても、雇用する側に立証責任を持たせて公平性を実現していることを数字で示すこと法令上求めた上で、著しく不公平な実態がある場合やそもそも賃率を算出していないなど公平性を実現しようとする姿勢が見られない場合などは、懲罰的な罰金を科した上で社名を公表するといった厳格な姿勢を見せることも今後は強く望まれます。
すぐに着手できそうなものとしては、在宅勤務者が給与所得者である場合、自営業者が自宅を事務所兼用である場合と同様に税務上損金処理が可能となるように、給与所得者でも自営業者でも同じ取り扱いにするといった、きめ細かいルールの整備があります。
また、定年退職後に再雇用された人が業務委託契約という形式でありながら、従前と変わらず社員の業務指示の下に仕事をし続けるといった場合、雇用する側を強く指導するとともに、働く人自身に不利益がないように必要な理論武装を行うことも公的機関の果たすべき使命ではないでしょうか。
【注8】
トータル・コンペンセーションは本来であれば、間接的な人件費(採用費、教育訓練費、キャリアカウンセリング費、社員旅行・社宅・通勤手当などの法定外福利厚生費など)も含めて同じ賃率と言えるかどうかが問われるべきではありますが、現実的には個々の事情によって異なる取り扱いをしているケースも多々あるため、本文中で述べたように狭い意味で認識するに留めます。
作成・編集:人事戦略チーム(2026年3月19日更新)