福利厚生を戦略的に考える(5)
帝国データバンクの「福利厚生に関する企業の実態調査」(注1)では今後実施したいものについて9項目(フレックスタイム、育児・介護に関する補助(法定以上)、ノー残業デー、奨学金返還支援(代理返還)制度、サブスク型福利厚生サービス、食事手当、運動施設、保養施設、社員食堂)を挙げています。今回はこれらの項目について考えてみます。
フレックスタイム
前回の時差出勤や在宅勤務で述べたように、福利厚生というよりも勤務体系で扱う問題です。通勤時間帯をずらすことで通勤の労苦から逃れることが目的であるならば、時差出勤や在宅勤務こそ検討すべき項目です。
育児・介護に関する補助(法定以上)
育児休業や介護休職などを法定の日数を超えて認めるのは、仕事の割り当てや業務の引き継ぎが問題なく行えているのであれば、制度化しても問題ないかもしれません。ただ、どこかの段階で打ち切り日数を定めることになり、いずれかのタイミングで復職することが前提ですから、復職時の勤務体制(短時間勤務や在宅勤務など)や担当する仕事の内容などは育児休業中や介護休職中でも適宜、コミュニケーションを取ることが必要でしょう。
ノー残業デー
単なるイベントや掛け声だけでは持ち帰り残業などの弊害をむしろ助長することになりかねず、マイナスとなるかもしれません。
そもそも、残業時間を削減するのが目的であるならば、福利厚生ではなく、人員や投入労働量に比べて明らかに業務量が多いなど経営管理のミスです。また、仕事の仕組みやマネジメントの習性の問題でもあります。IT/DXの活用が遅れて相変わらず紙で管理する仕事が多いとか、管理職が役員会の資料作りを前日の夕方になってから部下にやらせるとか、誰も見ることがないような資料でも全てを網羅して用意しようとするといったようなマネジメントのスタイルや慣例などを変えれば解決する問題でしょう。
福利厚生というよりも、マネジメントそのものからアプローチすべき項目です。
奨学金返還支援(代理返還)制度
特に若手の人材を確保する上で、本人に代わって会社が奨学金(全額または一部)の返済を行う制度を導入しているケースが増えています(注5)。これは福利厚生という面があるかもしれませんが、現物やサービスを提供してサポートするというよりも、現金を支払うという点ではその従業員を雇用することへの対価は増える以上、直接的な人件費であることには変わりはありません。また、この現金は会社から奨学金を支給している組織に支払われますので、本人は税金や社会保険料の負担が増えることはありません。いわば、目に見えない給与ということになります。
こうした制度は社費留学などとも同様のメリット・デメリットが想定できます。本人はメリットを享受できますし、組織も本人の能力発揮や業績への寄与を期待します。ただ、周囲の従業員、特にこうした制度の対象となっていない従業員から見れば、事情は理解できるものの、自分には金銭的なメリットのない制度ですから、決して喜ぶことはないでしょう。まして、以前勤務していた会社において独力で奨学金を返済した人が中途入社してきて、同じ卒業年次で入社して奨学金を会社が返済している人がいることを知れば、どのように思い感じるのかは、ここで述べるまでもないでしょう。若手の社員が多い企業や職場ほど、この制度は慎重に取り扱う必要があります。
サブスク型福利厚生サービス
以前よりカフェテリアプランなどと称して福利厚生サービスを代行する企業から会社が経費を負担して、多種多様なサービスのメニュー中から従業員が個々のニーズに応じて希望するサービスを選択して利用するものがありました。現在はサブスク型福利厚生サービスとして、全従業員一律に予め定められたパッケージ・メニューを提供するサービスもあり、こうしたものをサブスク型福利厚生サービスといいます。
いずれにしても、法人は一定の金額を福利厚生サービス代行会社に支払います。この代金は基本的に法定外福利費として経費計上します。サブスク型では当然、従業員が個別に負担する費用はありません。カフェテリアプラン型では、サービスを実際に利用する従業員は法人が定める金額やポイントを超えない限りは、通常、利用費を負担することはありません。
実際には、カフェテリアプラン型とサブスク型だけでなく、両者の中間的な形態(一定額まではサブスク型でそれ以上はカフェテリアプラン型など)もあれば、食堂やランチ提供などの特定のサービスに特化したサブスク型福利厚生サービスの事業者もいます。住宅・社宅や寮に付随するサービス、保養施設や医療関連サービス、旅行やエンターテインメントに関連する優待サービスなど、対象となる分野もいろいろあります。
従業員数がある程度多い法人、事業場が多く散在しているビジネスを営んでいる会社、人事など管理部門をシェアードサービスなどでできるだけ合理化する方針の企業などに、より適した福利厚生のありかたを実現する手段のひとつと言えるでしょう。
食事手当
このコラムの第2回で既に言及しています。なお、単なる食事手当ではなく、休憩時のコーヒー代を補助することで、職場内での雑談を奨励することを意図する場合もあります。そうした場合は、一見、福利厚生のようでも、職場の活性化に必要な業務経費として認識すべきでしょう。
運動施設
職場内または職場に隣接したところに気軽に体を動かすことができる場所があるといいという声を従業員から聞くことが多いでしょう。ヨガやピラティスなどのスタジオ、マシントレーニングが可能な設備を有するスペース、水泳や球技などができる本格的な施設など、健康経営の一環として、また仕事への集中力を高める準備として、運動ができる施設や設備を運営することがベストです。
但し、在宅勤務や直行直帰中心の職場など、法人の拠点に付随した運動施設を気安く使うことが困難な勤務状況にある従業員が多い場合には、実際に設備や施設をもつよりも運動施設をビジネスとして展開している企業と法人契約を結ぶなどして従業員が費用面でもスケジュール面でも気軽に利用できる体制を整える方がよいでしょう。
保養施設
昔の大企業ほど、保養所とか別荘などを会社として所有していましたが、現在は自社保有・自社管理で保養施設を運営しているのは、極めて限られた業種業態でしょう。多くは、リゾートホテルなどを運営する企業と契約して保養施設として利用する権利を確保したり、福利厚生サービス代行事業者や商工会・商工会議所などが運営する保養施設を従業員に紹介・提供したりするものでしょう。
自社で事業として保養施設を展開するのはない限り、事業戦略との接点はないはずです。
社員食堂
昔は工場の食堂、今は本社のレストランが社員食堂の代表でしょう。大学の学食や官公庁・市役所などの食堂なども同様に力を入れているところをアピールすることで、学生や市民から評判を得ようとするものもあります。大学や公共施設では誰でも利用可能なものもありますが、企業の場合、セキュリティの面から従業員や顧客など直接的な関係者以外の利用は難しいかもしれません。
営業時間も企業のほうが昼食中心で限定的かもしれません。もちろん、朝食や夕食(夜食)なども幅広く対応している社員食堂もありますが、24時間体制で業務に当たるなど仕事上の必要性があってこそ社員食堂の存在意義が出てきます。
業務上の必要性以外に社員食堂を運営する目的があれば、そこに戦略的な意図を見出すことも可能です。例えば、大学や官公庁などが外部にも開かれた組織であることをアピールするため、地方自治体が地産地消の具体例を提示するためとか、企業が工場やオフィスを見学して自社の製品やサービスを体験してもらうためなどです。
仮に、これから新たに社員食堂を運営しようとするのであれば、相当な初期投資と運営コストがかかる以上、単に福利厚生の施策のひとつというのでは実現させることは困難でしょう。
とは言え、少なからぬ企業が実施しているからには、特に中小企業などでは人材採用に効果がありそうなもののひとつであるかもしれません。但し、在宅勤務や社外での常駐勤務など、業務上の理由により社員食堂を使えない従業員との衡平性は十分に検討すべきでしょう。非課税枠内の食事手当を支給されて社員食堂が使える従業員と、何も支給されず社食もない従業員では問題が発生しないほうが不思議です。
【注5】
奨学金を支給する団体の例として独立行政法人日本学生支援機構の取り組みを紹介します。
作成・編集:人事戦略チーム+経営支援チーム(2025年11月20日)