福利厚生を戦略的に考える(3)
今回は、帝国データバンクの「福利厚生に関する企業の実態調査」(注1)で現在実施しているもののうち実施率が高い上位10項目(通勤手当、慶弔休暇、慶弔見舞金、退職金、傷病休暇、その他特別休暇、家族手当、資格取得支援、永年勤続表彰、住宅手当・家賃補助)について考えてみます。
通勤手当
通常は、経済的に合理的な経路で自宅から勤務場所まで通勤する場合にかかる交通費の実費を支給するものです。法律的に支給しなければならないものではありませんが、大多数の法人で支給しており、徒歩圏内のアルバイトなどではない限り、通勤手当を支給するのが一般的でしょう。
前提として、居住する場所は従業員個人に決定する自由があり、どこに居住してもよいのですが、現実的な問題として通勤時間が長いことは通勤に要する費用が高いことを意味しますし、長い通勤時間が仕事に良い影響を及ぼすと考えることも困難です。強制はしないまでも、できるだけ通勤に要する時間や労力は少ないほうが望ましいでしょう。
社宅(寮や借上社宅を含む)に居住する場合は、あまり選択肢は多くないと思われますが、通勤時間はあまり長くないところに整備するはずです。この場合も、社宅などの住宅に関する福利厚生とは別に通勤手当も支給するのが大多数でしょう。
リモートワークが定常的に運用されているとか、直行直帰が日常的に運用されていて規定上の勤務地であるオフィスなどにはほとんど出勤する必要がない場合、また在宅勤務が主でオフィスへの出勤が少ないという場合には、業務上必要な交通費と同様に、通勤手当とはいっても出勤回数に応じた実費を精算することになるでしょう。こうなると福利厚生ではなく、実質的には業務上の必要経費に他なりません。
なお、役員や極めて高度な能力や稀な実務経験を買われて採用された特別な社員などについては、費用を会社が負担することによる送迎車での通勤が認められることがあります。これは福利厚生というよりも、役員という地位や特別な社員という位置付けに対する特権と考えるべきものです。こうした扱いもその法人の人事についての考え方やポリシーを明示するものです。
慶弔休暇
本人の結婚、子女の誕生、配偶者・子女・親族の死去など、慶弔に伴う休暇ですが、法定ではないため、法人の意思で決定します。通常、就業規則などに事由別に対象者・休暇日数・有給無給の区別・申請方法などが明示されているでしょう。
結婚と一口に言っても、挙式や転居を伴う場合と届け出を行うだけの場合では本人の現実的な忙しさは異なりますし、事実婚や同性婚などの場合の取り扱いなど、事由毎に様々な事情を考慮して実態に即した運用細則を定める必要性があるかもしれません。
特定の社員グループだけにしか適用できないようなルールでは公平性を損なうかもしれないので、必要最小限の事由に留めるほうがよいでしょう。小規模な法人では発生するたびに前例を踏まえて付与してもよいかもしれません。
慶弔見舞金
慶弔休暇と同様に、本人の結婚、子女の誕生、配偶者・子女・親族の死去など、慶弔が発生した際に支給される見舞金です。法定ではないため、法人の意思で決します。通常、就業規則に事由別に対象者・支給額・支給方法・申請方法などが明示されているでしょう。
これも運用上の細則や実務上の取り扱いについては、慶弔休暇と同様の留意が求められます。
退職金
退職金は福利厚生というよりも、直接人件費の賃金・給与など現金支給の報奨制度のひとつとして経営上は捉えるべきものです。特に、退職手当や退職時一時金として退職する時に一括して支給されるものは、後払いの報酬として報奨制度のひとつの構成要素です。
後払いとして支給するメリットは、従業員にとっては所得税法上の給与所得と退職所得の控除額や税率の違いから生じる税効率にあります。社会保険料も同様の効果がありえます。法人としては、従業員にとってのメリットを享受できることとともに、「懲戒解雇時には退職金は支給されない」といった一項を就業規則に設けることで、懲戒解雇に実質的な重みをもたせることも期待できます。
なお、退職金は法的にはなくても構わないものです。従って、退職金はないが、その分毎月の給与や賞与で手厚く報いるのを会社の方針として、採用時賃金を高く表示することも人事政策上はあり得ます。
傷病休暇
ここでいう傷病休暇というのは、業務に起因する公的な怪我や病気または業務外に起因する私的な怪我や病気が発生して、そのために仕事ができない状態にある場合に付与される休暇のことです。
法定されているのは、業務上の原因により病気や怪我で働けなくなる公傷病で賃金が得られなくなった際に支払われる休業補償給付と休業特別支給金です。これらは合算すると平均賃金の8割を労災保険より補償するものです。私傷病の場合は傷病手当金で3分の2を労災保険より補償します。補償される期間は1年6ヶ月を限度とします。
もし業務に起因して傷病が発生するのであれば、本来は、法人にとって職場環境を安全かつ衛生的なものにしておく義務があるので、まずは職場環境の改善に取り組むのが当然のことです。リスクマネジメントの観点から言えば、公傷病が発生しそうな事象や場所があれば、公傷病が発生する前に必要な改善措置をとるのが経営に他なりません。私傷病と言っても、新型コロナ感染症のように、重度の感染症が発生した場合などは、事業所の閉鎖や業務停止など傷病休暇とは別の安全衛生上の措置が必要となります。
なお、会社が認めていたり積極的に推奨していたりする副業・複業に係わる中で起きた傷病についても、組織として認める公傷病休暇として取り扱うのであれば、就業規則の改定などを通じて明確にしておくほうがよいでしょう。
その他特別休暇
これは、様々なものがあります。例えば、裁判員休暇、ボランティア休暇、誕生日休暇、サバティカル・リーブ(研究休暇)、年次特別休暇(勤続5年毎に1ヶ月の連続休暇を付与するなど)などが想起されます。
これらの特別休暇を制度化する際は、対象となる事由の定義・対象者・日数及び回数・有給無給の区別・当該特別休暇に付随する手当の金額・申請方法などを就業規則または当該特別休暇に関する規定に定めておきます。
特に長期に亘るものは、業務代行者の指定や業務フローの変更など仕事を円滑に進めるための手立てが必要となる点は、対象者本人が所属する職場だけでなく、法人全体で日常的に対応していることが要請されます。
なお、休暇と休職は明確に区別しておきます。介護や留学及び公職就任やボランティア活動などにより年単位で一定期間休職するのは、就業規則に休職について定めておかなければなりません。
家族手当
主に同居の親族及び配偶者を対象に現金で支給されます。就業規則、特に給与や賃金に関する事項で定めます。言い換えれば、報酬制度の一部を成すもので、退職金同様に福利厚生の制度やプログラムとは言えません。
専業主夫・専業主婦の配偶者が税法上の扶養家族に当たるとしても、法人として家族手当の支給対象とすべきかどうかはその法人の経営や人事の方針によります。また、従業員の立場に立っても、未成年の子女や年金生活の親や祖父母に対する扶養義務に応じて支給するから、従業員に優しい会社なのかどうか、個人個人で見解は分かれるところでしょう。非正規従業員には家族手当を支給しないとすれば、単に非正規従業員に差別的な待遇を甘受させる制度となってしまう点も、家族手当を支給することの是非を論じる際に無視できません。
現金で支給する限り、報酬制度の設計に無理が生じてくると思われます。同じ仕事をして同じ成果を出しているのに、家族状況の違いで毎月の報酬額が異なるのであれば、同一労働同一賃金とはとても言えません。金額が小さいから実質的には同一労働同一賃金であるならば、そもそも支給する意味があるのでしょうか。コストや手間をかけてまで続けていくべきか、家族手当は再考を要するものです。
家族、特に未成年の子女がいる従業員に対して育児や子女の教育に要する勤務の場所や時間に柔軟性が必要であるならば、有給休暇の半休制度や短時間勤務及びフレックス勤務など労働時間に柔軟性をもたせるか、在宅勤務や家事サービスとの提携など家族に関わることや家事について対応可能な仕組みを実現する方が適切ではないでしょうか。現金支給のみでは、従業員のニーズに合った福利厚生を実現することにはならないでしょう。
資格取得支援
業務に直結する公的資格やスキル認定などは、仕事として行うものであればそのために必要な費用は業務経費です。それ以外に、直接業務に関わりがなくても、公的な資格を取得しようとする従業員を後押ししようというのであれば、福利厚生の一環として位置づけることも可能です。
広く学習する行動を支援し促進するということであれば、従業員に限らず役員にも対象を広げるとともに、学習支援プログラムの活用状況を役員や管理職については公開することで、組織全体に学習する風土を醸成することも重要です。この面から見ても、教育訓練費とかシステム開発費などで見るべき経費であって、資格取得支援は福利厚生の範疇には入らないはずです。
永年勤続表彰
勤続年数が一定の年数に達した際にこれまでの功労を賞するプログラムです。勤続20年・25年・30年などを表彰するタイミングとするものが多いでしょう。感謝状と賞品を授与したり、特別休暇を合わせて付与して2人分の旅行券を賞品としたりするところもあるでしょう。
一方で、一定の年齢や勤続年数を基準に早期退職優遇制度とかセカンドキャリアのプログラムを設けて、人材の流動化を促す施策を打ち出しているとすると、従業員に発するメッセージが混乱してしまう虞もあります。人事の基本的な方針と齟齬を来さないか、経営として改めて確認しておきたいものです。
なお、従業員が短期間に辞めすぎており、人材の引き留めが課題となっている組織では、勤務期間に応じて短期的に昇給する可能性のある報酬制度を導入するとともに、法人として最低限勤務してほしい期間を超えたら何らかの報奨や表彰を行うこともあり得ます。こういうケースでは「永年」というほどの期間ではありませんが、事業を円滑に進めていく上で一定期間の勤続を表彰することがあってもよいでしょう。
住宅手当・家賃補助
通勤手当と同じくどの地域に居住するのかは従業員の個人的な事情によって自由に決めるべきものとすれば、住宅手当や家賃補助は本来必要なのかどうか議論が分かれます。そもそも、基本給でまともな住環境を整備できない程度の金額であるとすれば、そのほうが問題であるはずです。
また、家族手当と同様に、現金で支給する限り、報酬制度の設計に課題がある点も見逃せません。
一方で、持ち家取得者に対して住宅ローンの利子補給などを行っているのであれば、社宅ではない一般の賃貸住宅に居住している従業員に対して家賃補助を行うことで公平性を保つという見方も成り立ちます。
住宅手当や家賃補助は、社宅や寮など住宅に関する現物支給のプログラムとの整合性がとれているかどうか、持ち家取得を促進する方針であるのかどうか、在宅勤務のための体制整備なども含めて従業員の住環境プログラムの一環として見直すことが必要です。前回のコラムでも述べたように、単に住宅手当・家賃補助の問題と捉えるのではなく、人事異動やキャリアプランなど人材マネジメント全体から見直すことが求められます。
作成・編集:人事戦略チーム+経営支援チーム(2025年11月10日)