人材不足で倒産することがないように(6)
人材不足で倒産する原因を突き詰めていけば、前回述べたように、人件費と業績のバランスを欠いてしまう経営能力そのものにあります。十分に人材を確保できない状況を招いたとして、その直接のきっかけが採用できない事情や従業員の予定していない退職にあるとしても、採用や退職への対策を適切に打ち出せていない経営判断の積み重ねにあることは自明でしょう。
実際、人材不足といいながら、経営者自らがどこまで人材課題に時間や資金を投入しているのか疑問符がつくケースが大半です。経営者自身が人材課題に多くの時間を投入しているのは事実である場合でも、それは採用面接や退職希望者の引き留めに手間暇をかけているだけで、根本的な人材課題の解決には至っていないために、同じ退職・採用のサイクルを繰り返すのです。
また、組織として稼ぐ力を喪失していたり、経営者が労働生産性をまったく考えていなかったりするために、人件費と業績とのバランスが大きく失われていることも珍しくはありません。そうなれば、倒産は時間の問題なのです。
近年見られる典型的な例は、新たに採用しようとする学生や未経験者及び若手従業員の給与・賃金だけ上げてしまい、現に業績を支えている中堅やベテランの従業員の給与・賃金を上げずに済まそうとして、結果的に仕事ができる従業員の退職を助長し、仕事はできないのに給与・賃金は高いだけの従業員ばかりでは、当然、事業が成り立ちません。
だからといって、既にいる従業員の給与・賃金を全体的に引き上げるのでは人件費倒産しかねません。仕事のやりかたが十年一日で何も変わっていないままでは、人件費が少しでも上がれば自動的に労働生産性は落ちます。
労働コストの上昇に見合う以上に生産性が上昇しなければ、経営が成り立たないのは必定です。同じ仕事を同じようにやり続けるのでは、仮に給与・賃金を引き上げないとしても、生産性は上がらないどころか、人もシステムも経年劣化していくものです。
また、社外に目を転じれば、どのような業種や職種であっても、何らかの形で業務効率をアップさせているはずです。仕事のやり方を何も変えないということは、徐々に生産性が低下していくことを意味します。故に、毎年仕事の見直しが不可避なのです。
さて、労働生産性を向上させていくには、少なくとも仕事のやり方を変える必要があります。それで全てが一度にうまくいくわけではありません。確かなことは、試行錯誤を始めなければ、労働生産性は早晩低下していくということです。
業界や職種にもよりますが、特に個人事業や中小企業では、いまだに連絡手段が電話やFAXというところもあります。それらをメールやラインに変えるだけでも生産性向上の効果があります。帳簿や顧客台帳なども紙で保存・使用しているのであれば、せめてExcelなどで管理するだけでも、情報を探す手間といった無駄な労働時間を減らすことができるでしょう。
飛躍的に新しいことにいきなり挑戦する必要はありません。毎日当たり前と思って行っている作業や習慣をちょっと切り替えるだけでいいのです。
できれば、こうした変化を経営者が言い出すだけでなく、従業員のなかからアイデアとして出てくることが望ましいでしょう。経営者は出てきたアイデアを少しずつ実行に移していって、うまくいきそうであれば、全社に導入すればいいのです。
こうして業務効率を引き上げていくことを習慣化することができれば、多少は人件費が上がったからと言って、慌てて無理なコストカットに走ることはありません。
もちろん、業務効率を引き上げるには補助金など(注4)を活用するのもひとつの手です。これらの中には、業務効率を向上させるだけでなく、従業員の給与・賃金をアップさせることに対して補助金を増額するものもありますから、タイミングが合えばチャレンジしてみる価値はあります。
同時に、事業そのものを改革し拡大しようと試行する場合の補助金(注5)を活用して、自社のありかたを変えていくことも経営者に望まれます。こちらは従業員からのアイデアを求めるというよりも、経営者が主導して進めるものでしょう。実際に事業を改革し拡大するには、従業員のアイデアや試行を積極化させていくことも不可欠ですが、言い出すのは経営者の仕事です。
経営者の仕事という点では、人手不足なのか人材不足なのか、まずは峻別することも経営者の仕事のひとつです。人手が足りないのなら、打ち手は採用だけではありません。業務の仕組みを変えて人手がより少なくて済むように、従業員一人ひとりのレベルアップを図るといった方策もあります。人材が足りないのなら、自社にはいない人材を他社から採用するとともに、従業員を他社で学ばせる機会を作るとか、経営者自らや経営幹部とともに頭を下げて他社に学びに行くことも重要です。
結局のところ、従業員が主体的に学ぶとか学習する組織の風土を醸成するというのは、まずは経営者や経営幹部が学ぶ姿勢や学習体験を見せることから始まります。そのための経費など、慌てて従業員を採用しようとして誰も採れないとか採用してもすぐに辞めてしまうといった失敗や辞めてほしくない従業員が退職した場合の損失に比べれば、微々たるものです。
このように考えてくると、後継者難・求人難・従業員退職・人件費高騰といった要因から生じる人材不足倒産ですが、常日頃から経営者や従業員が主体的に学ぶなかから労働生産性の向上につながる試行錯誤を実践していないことが、その根本的な原因にあるのかもしれません。
【注4】
一例として以下を参照してください。
中小企業デジタルツール導入促進支援事業 | 事業 | 東京都中小企業振興公社
緊急デジタル技術活用推進助成金 | 支援メニュー | デジタル化推進ポータル(東京公社)
DX推進助成金 | 支援メニュー | デジタル化推進ポータル(東京公社)
【注5】
一例として以下を参照してください。
持続化補助金r6_koubover3_ip18.pdf
事業環境変化に対応した経営基盤強化事業(一般コース) | 事業環境変化に対応した経営基盤強化事業(一般コース)ーkankyo-ippanー | 東京都中小企業振興公社
令和7年度 展示会出展助成プラス | 事業 | 東京都中小企業振興公社
作成・編集:人事戦略チーム(2025年9月8日更新)