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人材不足で倒産することがないように(5)

人材不足で倒産することがないように(5)

 

人材不足で倒産に至る要因の最後は人件費の高騰です。採用時賃金の引き上げたり現に在籍する従業員の給与・賃金や役員の報酬などをアップさせたりするなど給与や賃金といった直接人件費だけでなく、法定福利費及び採用費や教育訓練費などの間接人件費も上昇することにより、人件費全体が高騰しています。

確かに人件費が増加しているのは統計上確認できますが、それ以上に利益(営業利益ベース)の伸びが大きいことも事実です。財務省がまとめた「年次別法人企業統計調査(令和6年度)結果の概要」(91日報道発表)(注3)によると、労働分配率を付加価値に占める人件費の割合とすれば、ここ5年間で71.5%から64.2%と低下しており(第7表)、人材不足とは言いながら実はあまり人件費にお金を回していないと言わざるを得ないデータとなっています。

また、税引き後の利益及び減価償却費や新規借入金・社債発行などによるキャッシュイン・フローの使い途としては一般的には、配当や役員賞与、自己資本の充実や借入金の返済・社債の利払い、利益剰余金としての内部留保、設備投資及び在庫投資、人件費の引き上げ(業績連動型の報酬の支払い及び給与・賃金の増額など)などがあります。その中で目につく資金の使途として、自己資本の充実を指摘することができます。

特に小規模企業ほど自己資本の充実に当てている傾向を見ることができます。第17表「自己資本比率の推移」では、資本金1000万円以下の企業は、ここ5年間で116.5%から21.4%と上昇しており、資本金1000万円~1億円の企業でも40.5%から44.5%に増えています。資本金1億円以上の企業ではほぼ横這いでいるのとは、実に対照的な動きを示しています。

なお、資金調達の構成(第11表)でみると、コロナ禍に見舞われた初年度である令和2年度(2020年度)を除くと、ほぼ9割が内部調達(内部留保+減価償却)となっています。当然、内部調達の資金というのは融資など社外から調達した資金ではないので、使途の制限はありません。

こうしたデータは、儲かっている企業もあれば業績が苦しい会社も含まれています。儲かっている企業は人件費に回すお金はあっても人件費を増やす方向に資金を振り向けるよりも、自己資本の充実など財務改善に優先的に資金を充てているかもしれません。

一方、業績の悪い会社は、借入金を増やしてでもお金を振り向ける先が人件費というわけにはいかないでしょう。より効率的な仕組みを実現したり業績が好転するようにビジネスプランをひねり出したりして、最低限黒字という結果を一定期間で導くことができないのであれば、その会社や経営者はダメという烙印を押さざるを得ません。そうした会社や経営者が淘汰されていくのは必然でしょう。

言い換えると、人件費が一時的に売り上げなどから見て過大になることはあっても、その後に収益を大きく上げていくことで経営が成り立つのであって、その見通しが甘かったりいい加減であったりした結果、倒産に至るのは仕方がないし、むしろ倒産すべきものと言えます。「人件費が高騰したから倒産しました」というのでは、経営を放棄しているに等しいのです。

ちなみに、創業間もないスタートアップが当面売上が立つ計画もなく投資家から資金調達できる目途もないまま、開発やマーケティングに人を採用して次々に投入するようなことをした場合、遅かれ早かれ人件費を含むコストを賄うだけの資金がないために倒産するというのはよくあることです。こうした例も、経営放棄に等しいものと見做すことができます。

同様に、既存事業が立ち行かないまま、別の事業に新規に手を出し、それが思い通りに業績に寄与しないとなると、これも人件費を含めたコストばかりを垂れ流すことになり、早晩、倒産に追い込まれるでしょう。これも経営放棄ではないでしょうか。

こうしたケースは、人件費が問題というよりも、経営者の判断ミスまたは適確に経営判断を下すことができなかった経営無能力以外のなにものでもないでしょう。人件費の増大要因が、過剰な採用か給与・賃金の引き上げ過ぎなのかはともかく、それらに見合うだけの売上や利益を生み出すことができない経営者の経営能力にこそ問題があるのです。

人材不足が倒産という事態を招かないためには、単に採用を抑制したり人件費を削減したりするのではなく、採用増や人件費アップを前提に儲かる仕組みを作り出す経営能力が求められます。但し、この能力は経営者の個人的な手腕とかスキルというのではなく、企業として持つべき組織的な能力のことです。

もし、経営能力が経営者の個人的な能力であるならば、一時的な業績向上を見込むことはできても、結局は後継者難で倒産に瀕するに至ります。そういう意味で、決してカリスマ的な経営者が必要というわけではありません。次回は、人材不足を回避する根本的な課題として経営能力について考えてみます。

 

【注3

詳しくは以下を参照してください。

法人企業統計調査 : 財務総合政策研究所 r6.pdf

「年次別法人企業統計調査(令和6年度)結果の概要」(91日報道発表)の第7表「付加価値の構成」(9ページ)、第11表「資金調達の構成」(13ページ)、第17表「自己資本の推移」(19ページ)

 

 

作成・編集:人事戦略チーム(202594日更新)