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人材不足で倒産することがないように(4)

人材不足で倒産することがないように(4)

 

人材不足で倒産するというと一般的には、人手不足であるにも関わらず採用ができない状態がさらに悪化した場合と思われるかもしれません。確かに、既存の事業を取り組む上で従業員が退職してしまい、その穴埋めとなる人手が欲しいという状況もよくあります。ただ、このような場合、退職自体を防ぐ手立てを講じることで、求人難という問題が明らかになる前に、人材不足という課題を解決することができるでしょう。

従業員退職が倒産にまで至るのは、単に従業員の退職で事業運営に支障が出るほどの欠員状態を招くだけではありません。その状態を早急にまたは計画的に解消することができないからです。言い換えれば、仮に突然大量の欠員が生じたとしても、その欠員を即座に埋める求人能力が責任者個人または組織にあったり、他部門からの人事異動や臨時の応援体制があったりすれば、倒産には至らないはずです。そうできないほど大量の退職か全く予想していない退職があったからこそ、人員の補充ができずに事業継続が困難となるのです。問題は、退職を予想できないマネジメントにあります。

 

最も計画的な退職の例として定年退職を考えてみましょう。定年退職は、対象者も発生するタイミングも、就業規則や従業員情報などから明らかです。3年も5年も前からいつ何名、どの部門のどの職位で発生するのか、事前にわからないはずがありません。数年前から、退職者が発生した後どのように組織運営を行うのか、退職者の補充を行うとしてもどのタイミングで誰を充てるのか、いわゆる後継者計画を立てて着実に実行すればよいのです。時には、退職する前から業務の引継ぎや仕事のノウハウの伝承を行うことも可能です。

定年退職ほど計画的には実行できなくても、ある程度の規模の組織では退職者の発生数や発生要因などを予め見通して、人員の配置や採用などを行うのが通例です。もちろん、想定外の事態は起きるものですが、それに対するコンティンジェンシー・プランを含んで中長期の人員計画や人材育成プログラムを用意することになります。人材の幅とか若干の余剰をもって組織を構成しておくのです。

中小企業や個人事業では、そういった意味での計画的な人員配置は無理でしょう。とは言え、今いる人材の1030%が明日いなくなったらどうするのか、経営者の頭の中で絶えず検討し続けることできます。それならば、退職者が現実に出ても慌てずに対応することが可能となります。但し、パートやアルバイトという非正規の従業員と正規の従業員(いわゆる正社員)とを区別することなく、「〇〇の仕事を担当している××さんがいなくなったら誰に継いでもらうか」という質問に全従業員の中から最も適任と判断する人を充てておくことが強く望まれます。

 

従業員の退職が倒産につながるのは、多くの場合、既存の従業員が一定以上の規模で予定外に退職してしまったために仕事に穴が開く状態に陥り、現場が回らなくなるとか店を開けられなくなってしまったりするケースです。また、事業を支えるプロダクトを職人技で作るように特定の従業員のスキルに依存していたり、特定の従業員が持っている顧客に売上の多くを依存していたりするような場合には、少数の退職が事業全体に影響を及ぼすこともあります。もちろん、ラストワンマイルの配送や自動販売機オペレーターのように、ビジネスモデルそのものが人手に依存するものであれば、従業員の退職は事業運営そのものを左右します。

そうであるならば、もし一定規模以上の従業員が一斉に辞めたり、事業を支える従業員の退職が予定外だったりすることのないように、先手先手を打って従業員が退職を考えるような要因を事前に潰していくことが、事業運営上強く要請される人材マネジメントの肝なのです。経営者自らが直接、仕事の現場に赴いて日常的に従業員、特に事業運営の鍵となる従業員とコミュニケーションを取ったり、オフサイト・ミーティングや社外研修及び社内イベントなどを通じて仕事の現場を離れても、様々な従業員の困りごとや要望などを聞き出してりたりすることが求められます。そして、コストに限りはあっても、何らかの対策を講じることです。

 

さて、同じ従業員の退職と言っても、量的な面と質的な面があります。量的な面というのは、正に人手が足りない状況のことです。これは、短期的に人員を補充することができれば、なんとか凌ぐことができます。そのための資金は必要です。

一方、質的な面というのは、人手ではなく人材が足りない状況です。この場合、誰でもいいから人員を増やせばいいわけではありません。人材の要件(必要な公的資格、持つべき知識・実務経験・スキル、担当する仕事への適性、顧客や取引先との関係性、組織のもつカルチャーへの適合性など)を満たす人が見つからない限りは、採用も異動も見送るしかありません。下手に人材要件を妥協して採用したり他部門から異動させたりしても、結局はその人では仕事が回らず、本人だけでなく周囲も困る状況を生み出すでしょう。最悪の場合、その人も辞めてしまうとともに他の人の労働生産性も低下したりして、更に人材不足に拍車がかかることも十分にあり得ます。

この二つの面を経営者や人員補充が必要な組織の責任者が明確に自覚しておかないと、退職・募集・妥協しての採用・無理な配属・職務不適合・退職という悪循環を断ち切ることができません。実際、目の前の人員不足に捉われて、やみくもに人を採用してしまい、その人が仕事に合わないどころか、そもそも向いているとは到底考えられないケースをよく見かけます。そういうところに限って、人材が定着しないとか、労働条件が悪いからすぐに辞めるといった愚痴や不満が出てくるようです。

従業員の退職が倒産につながらないようにするには、結局のところ、自社の人材マネジメントの問題点を地道に潰していくほかありません。例えば、ある程度以前に退職した元従業員から本当の退職原因を明らかにしようと試みるとか、新たに採用した人材であっても配属先の職場での360度評価などを確かめた上で、採用ミスがあればそれを認めて不適切な採用者を退職させるといった方策も採るべきでしょう。

日常的な労務管理の失敗もあれば、労働条件が低い(悪い)ことに従業員が気づいてしまい退職につながることもあります。もちろん、直属の上長や経営者レベルでの人材・組織マネジメントのミスが最大の問題であるならば、その上長を入れ替えるとか経営者自身の経営スタイルを変革していくことが不可避なのです。従業員の退職が倒産につながるというのは、やはり経営そのものに重大な問題があるからなのです。

 

(5)に続く

 

作成・編集:人事戦略チーム(2025825日更新)