人材不足で倒産することがないように(3)
求人難で会社が倒産するというのは、原理的に言えば、事業拡大を見込んで投資や費用を拡大してしまった一方で、事業規模の拡大に対応した人材を質量両面で確保しなければならない状況にあるにもかかわらず、そうした人材調達ができず、思惑ほどには売上を伸ばすことができなくなり、資金回収がままならない状況に至ったために起こります。
ビジネスモデルで見れば、人材の確保が売上に直結するもの、例えば、人材派遣業、運輸・物流業(ラストワンマイルの配送業、運転手の存在を前提とするトラックやタクシーなど)、サロンや医療・教育などの個人向けの対人サービス業で店舗などの物理的拠点を有するもの、コンサルティング業や士業事務所、小売業・飲食業(特に接客が不可欠な業態)などが、特に求人難が倒産に直結しかねないものです。
これらの事業で求人を行うということは、事業が拡大していて現有の人材では処理しきれない、大量の新規出店などで新たに採用すべき人材が計画通りに確保できない、というような場合に求人難で倒産する虞が出てきます。
それでは、求人活動を行っても人材を確保できないのはなぜでしょうか。求人難に陥るほど求人面で課題があるとすれば、どのような点が考えられるのかというと、以下の4点が典型的でしょう。
l そもそも想定する求職者がいない(ほとんどいない)労働市場で求人活動を行っている
l 求人の方法や要件が想定する求職者に合っていない
l 想定する求職者が希望するような労働条件を提示していない
l 想定する求職者に仕事の意味ややりがいを説明できない
第一に挙げた求職者がいない労働市場で求人活動を行うというのは、地域やタイミングによって生じることがあります。簡単な仕事で学生アルバイトを頼みたい、と思っていても、当該地域には若い人や学生はほとんどいないとか、学生はいてもアルバイトの時間が平日昼間では応募できないといった場合です。
IT関連のエンジニアを募集したいのであれば、実際にITエンジニアがいるはずの人材マーケットにアプローチしなければなりません。リアル社会での労働市場だけでなく、ネット上のコミュニティなど地域を超えたマーケットにアプローチしなければならない人材もいます。
いずれにしても、求めている人材が確かに存在する労働市場にアプローチしていることが求人活動の大前提となります。この前提が崩れてしまうと、何もやっても人材採用という結果は出ません。
次に、求人の手法が採用したい人材がいるはずの人材市場に合わない場合があります。これでは、求人難の解消どころか、そもそも採用自体が難しいでしょう。
新卒採用と中途採用で、当然求人メディアの選択も変われば、求人方法も違います。公募するのか、特定のルートで個別に声をかけるのか、採用したい人数や職種・職位などによっても大きく異なりますから、求人しようとしている人材市場に合った求人方法を選ばなければなりません。
この段階で既に間違った選択をしている会社が相当あるのが実感です。特に中小企業では経営者自身が昔形成された先入観に縛られたまま、今の労働市場でも昔ながらの方法に固執しているケースが目立ちます。同じ求人の手法を継続しても結果が出ないのであれば、採用方法の見直しは不可避です。
また、同じ求人とは言っても、数的不足を満たそうとしているのか質的不足に対応しようとしているのかによっても、採用の手法や求人方法も異なります。
求人において数が欲しいのなら、採用すべき人々との接点をより多く持つべきです。そこで他社の力を借りて自社と接点ができた人材を従業員化するのも一案です。人材派遣会社から派遣されてきた人、スポットワークでたまたま仕事をすることになった人、協業先や外注先の担当者など、新たに募集を掛ける手間を省くことができる人材にアプローチすることも重要です。場合によっては、他社からチームごと引き抜くとか、M&Aにより人材を抱えている会社を買収するなどして、人材を確保するという手段もありうることを、経営者なら採用手段としていつでも検討すべきでしょう。
人材の質的不足に対応して求人活動をする際は、なかなかスペックに合った人材に巡り合えない状況に陥ることが間々あります。そうした際には一度、人材要件の縛りを全て取り払ってみることが有効かもしれません。
質的不足ということは、どうしても人材のスペックを高くするとともに狭く絞って募集しがちです。明らかに質的に無理な求職者は別として、人材要件はある程度広めに設定して、時には学歴や年齢などの本質的には無意味な要件を無視して人物本位で求職者を見直すことが、質的不足に対応する上で忘れてはならないアプローチです。
求人難で倒産しかねないほどの状況で次に思い浮かぶのは、労働条件面で課題がある場合です。具体的に言えば、給料が安い、福利厚生が整っていない、労働時間が長い、労働環境が厳しい(真夏に外勤)などです。
これらの場合は具体的な問題点を一気によくするのが効果的です。特に一番厳しい条件をよくするのが最も効果があるでしょう。給料が安いのであれば一度に引き上げる、福利厚生に問題があるのなら実質的に無料で社宅を供与する、労働時間が長いのであれば短時間のスポットワークで募集する、労働環境が厳しいのであれば設備面で厳しさを低減するなどの対策を取ることです。
これらを可能にする勤務体系やハード面での環境整備は必須で、ある程度はコストもかかります。そこで、1点に絞って対策を講じることで求人面での強みを打ち出すことが狙いです。決して、平均的に労働条件全体を少しずつ底上げしようとは考えないほうがよいでしょう。
ちなみに、採用時の賃金が低いために求人難になっているのであれば、これまで提示していた自社の賃金レベルの50%増し、地域の最低賃金の2倍、地域の採用時賃金相場の30%増しの、いずれか最も高いものを採用時の賃金として提示して従業員を募集するのです。いわば、事業を行う地域のプライスリーダー(賃金相場を引っ張っていく会社)になるのです。もし、これでも人材採用ができないのであれば、採用ができない要因は別にあることになります。
もちろん、こうした方法を採用すれば、自社の現従業員の賃金とのバランスを大きく崩すことも予想されます。採用の次に対処すべき課題として自社の賃金水準の引き上げは不可避ですが、求人難で倒産しては元も子もありません。ひとつずつステップを踏んで改善していけばよいのです。
第四は、想定する求職者に仕事の意味ややりがいを説明できないため、求人難に陥っている場合です。この場合、単に求人情報の見せ方や説明方法に問題があるというよりも、求職者が知りたいと思っている会社の方針や戦略、会社のもつカルチャーや組織風土、経営者のリーダーシップスタイル、社会的課題に取り組む姿勢や業績以外に意味のあるものなどについて、会社がそもそも発信できていないところに問題があります。
確かに、中小企業や個人事業者では、従業員にやりがいを実感してもらうとか仕事の意味を伝えていくといったことよりも、日々の収益を上げることや生き残っていけるだけの業績を残すことが優先するという現実があります。現従業員も多くがそうした現実が当たり前で、給料がきちんと間違いなく支払われればそれで満足というメンタリティをもっているのかもしれません。
そうであるならば、方針や戦略を新たに採用した人たちに策定を任せるのも一案です。また、経営者のリーダーシップに問題があるのであれば、まずは、代表者のリーダーシップの特徴を客観的に見て明らかにし、次にそのリーダーシップの特徴とは反対のリーダーシップのスタイルを実践してみましょう。自ら引っ張ていくのがこれまでであれば、一歩引いてみるのです。いわば、カリスマ型からサーバント型への転換です。そうすると、それなりの人材を採用してきているのであれば、従業員の中から仕事をやらされる状態から脱却し自分事として取り組むように変わっていく方向に芽が出始めるでしょう。
今回は、事業拡大を見込んで投資や費用を拡大してしまった一方で、事業規模の拡大に対応した人材を質量両面で確保しなければならない状況にあるにもかかわらず、そうした人材調達ができないために思惑ほどには売上を伸ばすことができず、資金回収がままならない状況というように、求人難というものを考えました。これとは別に、既存の事業を取り組む上で従業員が退職してしまい、その穴埋めとなる人手が欲しいという状況もよくあります。つまり、求人難以前に退職自体を防ぐ手立てを講じなければならないのです。次回は、この問題を検討してみます。
作成・編集:人事戦略チーム(2025年8月20日更新)