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中小企業における人への投資(6)~採用こそ投資~

中小企業における人への投資(6)~採用こそ投資~

 

教育研修、仕事やワークフローと人への投資について考えてきましたが、ひとつ忘れてはならないことがあります。それは、採用こそ最大の人への投資であるということです。

ここで言う投資というのは、一人を採用するのに要する費用がかかるとか、従業員一人を雇うと1年でも百万円単位、人によっては1千万円単位のキャッシュが出ていくといった財務面の問題だけではありません。個々の人事・人選という、投資の対象の選択が肝なのです。

 

中小企業こそ、「バスに誰を乗せるか」(注13)を熟慮し慎重に決定しなければならないはずです。一人でもバスに乗せてはいけない人がいれば、たちまち、仕事が立ち行かなくなります。特に人手が足りないときは、たまたまあった応募に飛びつく経営者も多いでしょうから、不適切な人を採用してしまうリスクが高まります。

しかし、採用で目先の人手に捉われていたり人材面で妥協したりしてはダメなのです。大企業と中小企業の本質的な違いというと、やはり規模の差に尽きます。一人の従業員が組織に及ぼす影響は、中小企業の方が大きいのは自明のことです。故に、中小企業の方が採用により慎重になるべきなのです。

 そのようなことはわかっているが、人手不足には勝てないというのも中小企業あるあるです。但し、こういう言い訳は、本当にわかっているわけではないからこそ口にできる抗弁です。

ちなみに、人手不足だから誰でも良いから採用するとすれば、その人の能力やマインドセットは不問に付すのでしょうか。もしそうなら、採用した人に能力面で問題があるとすれば、組織の側に教育研修の仕組みや習慣がないから人手不足に陥っていたのか、あるいは役員や先輩による指導などの能力がないせいか、いずれにしても能力不足が解消される道は閉ざされているかもしれません。本人のマインドセットの面で問題があるすれば、マインドセットが変わるような影響力の強い企業文化や組織風土であるかどうかが問われるはずです。

これでは、本人の意思で辞めるか組織の方が退職させるかはともかく、結局は退職する・させることになり、また採用しなければならなりません。そこで、またも採用を焦って、誰でも良いから採用する愚を犯すことになります。このループを断ち切ることができない中小企業がいかに多いことでしょうか。

このループを断ち切るには、自社のワークフローやカルチャーやシステムを変えていくことが要請されます。それには時間も労力もかかります。そこで、まずは、学習する習慣のある人を採用することで、組織的な問題はひとまず棚上げして、後に変革していくのが効果的です。

 

そこで、経営者自らが採用に責任を持つことから始めなければなりません。人材を採用するには、職種や業種、テクノロジーやサービスのテーマや分野に応じたコミュニティに経営者が自らアクセスして、自社にはこういう仕事がある、〇〇というビジョンを目指していっしょに挑戦してみないか、といったメッセージを発信し続けていれば、一定期間で何らかの反応があるはずです。

そこで、応募してきた人を経営者が即決するのは考えものです。特に中小企業では社長(オーナー)が昔から採用を決めている場合が大半かもしれませんが、実はそこに致命的な問題があるのです。

中小企業、特にオーナー企業の特徴をもつ中小企業では、採用も社長(オーナー)の一存で決定しがちです。決める社長(オーナー)に採用に必要なスキルがあればいいのですが、圧倒的に多くの場合、経営者は大企業の人事部門や独立した人事専門家のような採用のプロではありませんから、採用に不可欠な最低限の知識(労働法や雇用契約についてなど)やスキル(特に面接において人を見るスキル)を持ち合わせていません。

そういう経営者が採用面接などを行うと、ひどいケースでは採用面接の場で法的に間違ったことを口にしてしまったりすることすらあります。よくあるのは、採用候補者の話を聞く前に社長(オーナー)が自社のビジョンやらパーパスやらを一方的に話したりして、肝心の応募してきた人を採用すべきかどうかを判断するのに必要な情報(口頭でのやりとり、非言語的なメッセージ、その人の持つ印象など)を収集できていないことです。

また、こうした経営者には応募書類を読むスキルや書いてある内容の裏を取る視点が欠けているために、キャリアビジョンや前職で挙げた実績などに明らかに問題がありそうなケースでも、面接の前から採用決定の心証を形成していたり、面接で応募者がうまく話を盛り上げて経営者のほうが丸め込まれてしまったりするでしょう。

稀に、大企業の在籍者や出身者が応募してくると、経営者が舞い上がってしまい、即採用と決めつけてしまうことすら起こります。ちょっと考えてみればわかりますが、今まで大企業在籍・出身者の応募がほとんどなかったのは、自社の知名度や処遇の魅力などが欠けていたからで、それが急に良くなった何らかの理由があればよいのですが、そうでないとしたら、応募してくる方に何か事情があると考えるのが自然な考え方であり道理に適った見方です。

全てとは言いませんが、こうした応募者によく見られるのは、下手に関わり合いになると拙いと感じるべきタイプなのです。従って、応募時に提出すべき書類は応募者本人の主張する事情に関わらず全て提出してもらう、学歴・職歴や資格取得歴などは当該組織や資格認定団体などに確認する、リファレンス・チェックと自社指定の医療機関における健康診断は必ず行う、などの採用のデュープロセスを定石どおりに進めることが最善の方法です。特に職務経歴書の内容や学歴については、記述されている内容に矛盾や疑問など何かひっかかるところがないか慎重に(できれば複数の目で)検討することが望まれます。

もし、中小企業の経営者で採用に関する知識や経験やスキルが不足していると自覚があるなら、採用に関する投資の最初の一手は自分に投資することです。つまり、採用に関する豊富な知見・経験・スキルをもつ人に手取り足取り教えてもらうとか、採用に長けている人を採用するとか、少なくとも採用のプロに採用業務を部分的に代行してもらい、間違った採用を極力避けることができるように、応募してきた人のスクリーニングを行ってもらうのです。

もちろん、採用代行業者を全面的に活用するのもひとつの手段ですが、代行業者だからといっても全てできるわけではありません。少なくとも、採用したい人材について経営者の持っているイメージを実務に落とし込むことができたり、経営者自身が持っているかもしれない採用に関する間違った認識を修正したりしてくれることが求められますが、なかなかそういう業者はいないでしょう。なぜなら、そのような面倒な作業を行っても得られる収入は限られますし、経営者に苦言を呈したら契約を打ち切られるのがオチですから。

 

中小企業こそ、「バスに誰を乗せるか」(注16)を熟慮し慎重に決定しなければならず、一人でもバスに乗せてはいけない人がいれば、たちまち、仕事が立ち行かなくなると最初に述べましたが、それでは、どのような人を「バスに乗せる」人として選ぶべきでしょうか。

能力の高い人、(能力よりも)意欲にあふれる人、威勢のいい言葉だけの意欲よりも不都合なことや困難な情況にきちんと向き合う誠実さをもっている人、それとも、自社にない経験や知識を持っている人、自社のカルチャーや職場環境にあっている人、経営者の右腕となりうる雰囲気を持っている人……いずれにしても、一般的な意味での正解はありません。

ただ、中小企業には通常、教育研修プログラムが充実していたり人材も豊富で新たに採用した人に教えたりフォローしたりする指導者やメンターがいたりすることは滅多にないでしょう。そこまでの人的余裕はないのです。

そこで、どのようなタイプの人材を採用するにしても、少なくとも一つは必須の特性があるように思われます。それは、学習する習慣です。これが身についている人やグロースマインドセット(成長志向)をもっている人でないと、採用しても経営者が期待するように活躍できるようになるには、なかなか至らないでしょう。言い換えると、経営者や周囲の人々が一つ一つ指示したり教えたりしなければならないような人は、採用しても戦力化することは困難であると言わざるを得ません。

学習する習慣やグロースマインドセット(成長志向)をもっている人材(注17)を採用するには、例えば次のようなことを尋ねてみる必要があります。

 

・この会社に入って仕事を通じて最初に何を学びたいか

・それはどのように学ぶことを予想しているか

・今後のキャリアビジョンから考えて何を学ぶ必要があると考えるか

・その理由は何か

・最近(今現在)取り組んでいる学習テーマは何か

・自分の学習に関するシステムやルーティーンはどのようなものか

・前職や学生生活の中から何を学んできたのか

・過去の学習を振り返って自分なりの成功パターンは何か

・部下や後輩などに何か教えてきたことはないか

・もしあれば、どのように教えたのか

・教えた経験から自分が学んだことはないか

 

 面接の答えがすべてではありませんが、こうした問いに対して真っ当に答えようとしているかどうかを含めて、今まさに採用しようとしている人が学習する習慣を身につけているかどうか、ある程度は推測がつきます。

但し、ここでひとつ注意したいのは、いかに学習する習慣やグロースマインドセットをもっているといっても、同質的な人材で組織を固めるのは投資として極めてハイリスクであるという点です。特に経営者がビジョンやパーパスや社会的課題などを声高に論じる傾向があるほど、同じ傾向や価値観をもつ人たちが社員となり、結果的に同質的な組織になってしまう虞が大です。

そして、価値観やワークスタイルが同質的であるほど、環境変化を感知する力が弱まります。環境変化を感知できなければ、適切な対応を取ることは不可能となります。その最も良い例は、パワハラやセクハラに未だに対応できていない企業があることをニュースなどで見聞きするだけで実感できます。

中小企業であれば、会社全体をひとつの果物かごと見てどのような果物をバランスよく入れるのか、いわば人材のバスケットケースをイメージしてみることが効果的かもしれません。人材の属性や資質、組織として欠けている知識やスキル、ビジネスとして伸ばしていきたいテーマや分野などに応じて、どのように人材のポートフォリオを作っていくかを検討しておいて、経営者自ら頭に入れておいて、自分の労力やエネルギーの一定割合を日常的に傾注しなければなりません。

 

(7)に続く

 

【注16

詳しくは、以下のまとめを参照してください。

『ビジョナリーカンパニー2飛躍の法則』要約・感想・まとめ【起業におすすめの本】│KAIBLOG (kaiblog-fun.com)

 

【注17

詳しくは、ダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー 2021630日「学び続けられる人材を見極め、採用する方法」を参照してください

 

 

作成・編集 人事戦略チーム(202444日)