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中小企業における人への投資(5)~仕事そのものが投資~

中小企業における人への投資(5)~仕事そのものが投資~

 

70:20:10の法則を強く意識して、ワークフローの中で学習することを仕組みや習慣として定着させるということは、取りも直さず、職場において学習する環境を作ることに他なりません。一般的に言えば、学習する習慣や環境があるほうが、他の条件がさほど変わらないのであれば、従業員の定着率も向上し(注12)仕事の成果を得ることが期待できます。そして、学習する習慣や学習を促す環境が人材育成を実現すること(注13)につながります。

 ワークフローの中で学習することを仕組みや習慣として定着させるということをもう少し具体的にいえば、日常の仕事の中で何かチャレンジしてみるとか、現在担当している仕事とは別の仕事やプロジェクトにチャレンジする機会を作り出してみることです。

 よく行われているのは、インターナル・タレント・マーケットプレイス(ITM=社内人材市場)を活性化して、社員に挑戦の機会を与えようとするものです。多くの企業では、異動や昇進こそ仕事へのチャレンジの機会としたり、社内公募制を制度化してITMの潜在的な価値を現実のものへと転換しようとしたりしています。

そうした試みは、狙いはよいのでしょうが、結果はあまり出ていないように思われます。というのも、ITMをうまく機能させる条件が満たされていない組織があまりにも多いからです。現有人材のデータと募集するポジション(のジョブ・ディスクリプション)とのマッチングがデータの不備などにより困難であること、仮にその個人のキャリアの希望がその時点その時点で把握できているとしても、本人も気づいていない可能性は活かすことができないこと、キャリア・カウンセリングやキャリア・アドバイザーの機能を果たすべき役割がはっきりしないこと(上長か人事部門か社外専門家か)、などが問題点となっています。

こうした現実の下では、人事部門や社外専門家が唐突にキャリアに関する面談を行うと、下手をすると退職勧奨と受け止められかねないケースも出てくるでしょう。と言って直属の上長に面談責任をすべて押し付けると、通常の目標設定面接や評価面談などと混同されてしまい、うまくいかないことが十分に予想できます。

現実のキャリア・カウンセリングは、もしかするとブルシット・ジョブの典型と言わざるを得ないのかもしれません。本来、キャリアは自分で好きなように選んでいけばよいわけですし、好きなものがなければ自ら作ればよいのです。他人や組織がとやかく言うのは筋違いというものです。

 

社内公募や人事異動を通じてITMを活性化するというのは、そもそもタレント(人材)が存在するという前提条件が満たされていなければなりません。いないものは発掘のしようがありません。それに対して、個々の人材の能力や資質のなかで未だ開花していないものを活性化して伸長させるというアプローチもあります。まさに仕事を通じて人に投資するのです。

例えば、社外のチームを丸抱えして自社に取り込んで新規のプロジェクトを任せてみるとか、社内のスタッフでも自ら手を挙げた者に失敗を前提として新規事業や技術開発をやらせてみるといったものです。ストレッチした目標(仕事)をやらせてみたり、失敗を許容するどころか積極的に失敗させたりすることが重要なのです。

そこから、挑戦するカルチャーが生まれます。ユニクロ(ファーストリテイリング)から野菜事業のスキップの失敗を経てGUが生まれた(注14)ように、やらせてみて、失敗したらそこから学んだことを活かして再度挑戦させる度量が、経営者やオーナーには求められます。

とはいえ、本来、東証プライム上場クラスの企業であれば、1人に付き億円単位の投資を行う余力はあるはずです。失敗を前提とした挑戦を財務的に許容できないはずはありません。このようなアプローチは、残念ながら中小企業では実行するわけにはいかないでしょう。

ただ、改めて考えてみると、ワークフローの中にこそチャレンジのテーマがあり、失敗経験や学習機会があるはずで、必ずしも部門や職種を跨いだ人事異動や未経験の新規プロジェクトなどが必要不可欠であるわけではありません。人によっては、またタイミングによっては、変化や挑戦を忌避するタイプの人もいれば、同じことを同じように行うことに喜びや満足を得るタイプの人もいることを忘れずにおきたいものです。どのような制度にしても、人に関することは杓子定規に同じことを強制するのは、必ずいずれかに無理があります。

現に担当している仕事であっても、その仕事を一定期間やり続けたからこそ理解できることもあります。それから、そのやりかたを大幅に変えて効率を飛躍的に高めたり、仕事の意味付けを見直して仕事の成果の定義を一変させたりすることで、ワークフローの中でのチャレンジが実現することもあります。

ちなみに、ジョブ型雇用というと、仕事=ジョブとはジョブディスクリプションで明示的に規定されたもので、仕事そのものを変えていくこととは相容れないと思われるかもしれませんが、決してそうではありません(注15)。まして、ジョブ型雇用とはいえない雇用契約形態であるならば、仕事の見直しは日々の作業レベルから仕事の内容の定義に至るまで、様々なレベルで行われるべきものです。

前回述べたように、人への投資とは一般的なスキルをアップさせるための学習や資格取得の勉強に要する費用を負担することではなく、仕事を通じて知見やスキルを習得したり開発したりすることです。人への投資が結果に結び付くには、一つ一つの知見やスキルは個人々々が習得し開発するものであったとしても、そもそも組織が個人に学ぶことや失敗することを奨励したり、仕事を日々見直す習慣をつけておいたりすることがなければ、組織として結実することはあり得ません。

中小企業こそ、経営者個人がスタンスを変えれば、すぐに学習する組織にカルチャーやシステムを変えることができるのです。外部から採用した人材であっても、固定的に仕事を割り当てるのではなく、その人の個性や持ち味を加味して、仕事のやり方を変える自由を与えてみたり、別の人と担当を入れ替えてみたりすることは可能です。まして、もともといる社員であれば、非正規雇用で現場の作業レベルの仕事しか任せてこなかったとしても、経営者が日常的に仕事の意味やより良いやりかたを問い続ければ、自然とその社員の能力や資質が変わっていく可能性が高いでしょう。つまり、投資とは言っても、人への投資は資金よりも時間やコミュニケーションを投資することが有効なのです。

 

(6)に続く

 

【注12

ダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー 2022511日「従業員の能力開発を通じて定着率を高める3つの方法」では、①早期(入社直後)から頻繁に学習する、②学習をリチュアルとする(儀式化・習慣化する)、③経営幹部以外にも幅広く従業員へコーチングを提供する、という3種の方法を提唱しています。

 

【注13

ダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー 2022216日「リーダーシップ開発の対象をハイパフォーマーに限定すべきではない」では、①成功は個人の努力の結果である、②過去のパフォーマンスが将来のパフォーマンスを予測する、③やる気のある従業員が能力開発の恩恵を最も受ける、という3種の思い込みを脱却することの重要性を説いています。これに倣って言えば、①成功は組織的な努力の結果である、②過去のパフォーマンスに囚われていては将来のパフォーマンスが逃げてしまう、③従業員のやる気よりも学習する習慣(学習というリチュアル)が重要、となるでしょう。

 

【注14

この経緯については、以下のコラムに説明されています。

「ユニクロの野菜販売」はなぜ失敗したのか? 『世界「失敗」製品図鑑』が解き明かす「顧客起点」の不在|好書好日 (asahi.com)

 

【注15

ダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー 20231129日「グーグルも導入した、新しい職務記述書のつくり方」では、従来の採用時に提示されて固定的な職務分担を示す職務記述書のありかたを現代の変化の激しい状況に応じたものにしていくために、①成果重視、②スキル重視、③チームベース、という3つのアプローチを提示し推奨しています。

 

 

作成・編集 人事戦略チーム(2024327日)