ライアン・オニール氏の訃報に接して
先週8日、アメリカの俳優であったライアン・オニール氏が死去したことを息子のパトリック・オニール氏がインスタグラムで伝えました(注1)。82歳でした。
息子のパトリック・オニールはMLBの実況中継、娘のテイタム・オニールは子役として主演映画もヒットしたことがあるなど、本人も家族も日本でも知られているハリウッドスターの一人です。私生活で結婚や離婚を繰り返してきた上に、個人として様々な問題を引き起こし刑事事件に至ったこともありました。ここ20年ほどは自らの健康にも問題を抱えていたようです(注2)。
さて、ライアン・オニール氏が主演した映画として筆者が観たものは以下の作品です(注3、注4)。偶然にも70年代の作品に集中していますが、氏の俳優としての活躍がこの時代にピークを迎えていたからかもしれません。
「ある愛の詩」(“Love Story”1970年)
「おかしなおかしな大追跡」(“What’s Up, Doc?”1972年)
「おかしなおかしな大泥棒」(“The Thief Came to Dinner”1973年)
「ペーパー・ムーン」(“Paper Moon”1973年)
「バリー・リンドン」(“Barry Lyndon”1975年)
「ニッケルオデオン」(“Nickelodeon”1976年)
「遠すぎた橋」(“A Bridge Too Far”1977年)
「ザ・ドライバー」(“The Driver”1978年)
「続・ある愛の詩」(“Oliver’s Story”1978年)
「メーン・イベント」(“The Main Event”1979年)
高年齢の人ほど、ライアン・オニールといえば「ある愛の詩」を思い出すのではないでしょうか。特に主題曲(予告編の冒頭に流れます)は、映画公開当時に日本語訳詞でもヒットし、愛をテーマにした曲といえばこれを想起する人もいるでしょう。ただ、50年以上も前の曲なので、今は“Love Story”という曲といえばテーラー・スイフトを想起する人の方が多いかもしれません。
この作品では、上流階級でアイビー・リーグの大学生オリバーが不治の病に侵された恋人と過ごす時間を描きます。氏はその大学生を演じました。
主演俳優とは何らかのヒーローを演じるのが当たり前の映画の世界にあって、ラストで一人取り残された姿は、恋愛映画とはいえ正に敗者であると言わざるを得ません。1970年という制作時期を考えると、いわゆるアメリカンニューシネマが興隆してきたタイミングであり、主人公=大活躍するヒーローという構図が成立しない作品が多くなってきた時代を体現する俳優であったのかもしれません。
次の「おかしなおかしな大追跡」ではバーブラ・ストライザンドと共演し、ピーター・ボグダノヴィッチ監督のコメディに挑戦します。悲劇から喜劇への転換を果たし、「ペーパー・ムーン」まで3本続けてコメディが公開されます。これらの作品は、当時も今もコメディとして評価されており、氏の俳優としてのキャリアも単なる二枚目からコメディもできる役者へと発展しているように感じられます。
そして、スタンリー・キューブリック監督が実証的なアプローチで18世紀当時を再現して製作した「バリー・リンドン」でタイトル・ロールを演じます。同じキューブリック監督の「シャイニング」において、主人公をジャック・ニコルソン以外の人が演じていたならば、きっと大きく違った作品になっていたのではないかと思わずにはいられないのに対して、「バリー・リンドン」はもしかすると別の俳優を起用していたとしても同程度の作品に仕上がったのではないかと思わざるを得ません。多分、俳優よりも作品中のキャラクターの力が強く出るのが「2001年 宇宙の旅」や「時計仕掛けのオレンジ」に代表されるキューブリック監督作品の特徴なのかもしれません。
第二次大戦を舞台にオールスター・キャストである軍事作戦の顛末を描く「遠すぎた橋」では欧米のスター俳優に混ざって主要なキャストを演じます。このような大作の戦争映画となると、とにかくキャストが多くなり、相当にインパクトがある役者でないと誰が出演していたのか、何の役を演じていたのか分からなくなりがちです。ルキノ・ヴィスコンティ監督の常連俳優だったダーク・ボガート、007シリーズのショーン・コネリー、アメリカからは「ゴッドファーザー」のジェームズ・カーン、「ロング・グッドバイ」のエリオット・グールド、「フレンチ・コネクション」のジーン・ハックマン、「明日に向かって撃て」「追憶」「スティング」のロバート・レッドフォード、イギリスの演技派であるアンソニー・ホプキンス、マイケル・ケイン、エドワード・フォックス、そして名優中の名優のローレンス・オリビエ、といったメンバーのなかに混ざると、出番やセリフはあっても氏の印象は残りにくくなっています。
「ニッケルオデオン」で再び(3作目)ボグダノヴィッチ監督と組んで、テイタム・オニールとの親子主演を再度行います。この頃までが、結果的に俳優としてコメディ主体のキャリアとなっています。バーブラ・ストライザンドやジャックリーン・ビゼットはまだしも、離婚した元妻のもとにいたテイタム・オニールとの共演とその人気ぶりには、本人は納得しがたいものがあったのかもしれません。それも、俳優としての自分のポジションが確立したとは言い難い状況にあったからこそ感じたかもしれないものでしょう。
次に取り組んだ作品が「ザ・ドライバー」でした。誰かを問わず、依頼された人を乗せて運ぶ、逃し屋=ザ・ドライバーに扮します。車を盗んで調達し、警察や犯罪組織を出し抜きながら夜の街を疾走して仕事をする、寡黙な男を演じたわけですが、人物像が優柔不断であったり(気持ちが強い)女性に振り回されたりする主人公とは、明らかに異なるイメージを体現しました。主人公ではあってもセリフは少なく、ハンドルを切ったりシフトをチェンジしたりといった車を操作するシーンが目立ちます。
この作品は、後に「ウォリアーズ」や「48時間」を監督し“エイリアン”シリーズ(製作・脚本)を生み出すウォルター・ヒルが、正義のためではなく社会の裏側で戦う主人公を描く初期の傑作と目されるものです。
「ザ・ドライバー」はカーアクションの映画という面でも、アクション映画の歴史のターニングポイントとなる作品でしょう。カーアクションは見せ場ではあっても、映画全体の一部というそれまでの作品とは一線を画し、車を運転する人(ドライバー)が運転することをテーマとする映画となっています。
この点は他の作品と比較してみると理解しやすいでしょう。
カーアクション自体は007シリーズやジャッキー・チェンのコミカルなアクションでもお馴染みです。カーチェイスでは、例えばスティーブ・マックイーン主演の「ブリット」ではサンフランシスコの街を刑事と犯罪組織が追いつ追われつのシーンを展開します。ただ、これらの多くは昼間のシーンでアクションを明確に見せますが、「ザ・ドライバー」の夜のアクションのようにフィルム・ノワール調の映像ではありません。
自動車レースの映画というと、ポール・ニューマン主演の「レーサー」、スティーブ・マックイーン主演の「栄光のル・マン」などもあれば、モナコ・グランプリを舞台としたり、ほぼ同じ時期に稼いでいたスターのバート・レイノルズなどが出ている「キャノンボール」シリーズのように広大な土地でのレースを舞台としたりするなどもあります。また、カーレーサーが主人公の「男と女」はレースのシーンはあっても恋愛映画です。
ロバート・デ・ニーロ主演の「タクシー・ドライバー」は確かにタクシーを運転しているシーンは出てきますし、バーナード・ハーマンの音楽(ジャズと不協和音のミックス)と相俟って夜に市街を走行する映像は、「ザ・ドライバー」につながりそうですが、運転することにどこまで主軸を置くかで決定的に異なる作品です。
「イージーライダー」がバイク旅のロードムービーであるのに対して、「バニシングポイント」はカーアクション付きのロードムービーで、いずれも70年前後に公開された映画です。後に類似した作品も現れました。ただ、明確なストーリーをもち市街地でのカーアクションを見せる「ザ・ドライバー」とは別のジャンルと言ってもよいでしょう。
「ザ・ドライバー」と同じ年に公開されたのが「コンボイ」です。トラックの列(=コンボイ)が主人公ともいうべき作品です。ちなみに、トラック集団のリーダーが主演のクリス・クリストファーソンで、その恋人役が「ある愛の詩」でヒロインを演じたアリ・マッグローです。荒れ地を疾走する大型トラックの群れ、引き立て役の警察、住民の歓迎、キャラクターもストーリーも明るいなど、「ザ・ドライバー」とは著しく対照的な特徴をもつ作品です。
警察側からカーアクションを描いたのが「マッド・マックス」です。シリーズが進むにつれて、カーアクションからSFアクションへと発展していきました。オーストラリアという舞台も「マッド・マックス」に独自性を与えているように思われます。正義や復讐といった主人公が車を運転する動機のところで、まったく異なる世界を描いています。
「ザ・ドライバー」に直接つながるのは、「サブウェイ」以降の一連のリュック・ベッソン監督作品(「トランスポーター」シリーズや「TAXi」シリーズだが大半は製作・脚本作品)でしょう。ストリート・レースからアクションものに発展した「ワイルドスピード」シリーズも、更に発展した作品として後継作品のひとつに位置づけてよいかもしれません。
これらの作品では、運び屋(ドライバー)も次第にアクションを担うようになり、車を運転するスペシャリストというキャラクターに止まりません。演じる俳優もジェイソン・ステイサムのようなパワフルでタフなキャラクターが似合う人たちになっていきます。この点も、「ザ・ドライバー」とはかけ離れたキャラクターとなっています。
さて、氏の俳優としてのキャリアは、「ザ・ドライバー」で一度は新たな展開を見せたかに思えましたが、次の「続・ある愛の詩」とその次の「メーン・イベント」で演は元に戻ってしまいます。「続・ある愛の詩」は原題が示す通り“Oliver’s Story”、即ち、一人取り残されたオリバーの物語で、キャンディス・バーゲン(注5)を相手役に迎えても主人公のキャラクターが弱く、作品の評価は高いとは言えません。また、「メーン・イベント」は再度、バーブラ・ストライザンドと共演したコメディですが、どうしても二番煎じの印象を免れません。
筆者個人が氏の主演作品を観たのは、ちょうど70年代の10年間でした。その間の俳優としてのキャリアの変遷を改めて振り返ってみると、「ザ・ドライバー」で転換点を迎えたにも関わらず、元に戻ってしまい発展性に乏しくなったのではないかと思われて仕方がありません。訃報を伝える記事でも、代表作は50年以上も前の「ある愛の詩」として扱われているのは、いささか残念な印象を持ちました。
もし、単なる恋愛ドラマやコメディに戻らずに、それまで演じたことのない役に挑戦し続けていたら、と考えると私生活のトラブル以上に惜しまれます。ダスティン・ホフマンやリチャード・ドレイファスのように、マッチョなヒーローとは正反対に弱さや等身大の人間を演じることができたのではないでしょうか。また、コメディを極めるならば、監督や脚本を担当するわけではないのでウッディ・アレンと肩を並べることはないにしても、先輩のジャック・レモンや80年代でも活躍していたジーン・ワイルダーに比肩しうる活躍を見せることができたはず、と思わずにはいられません。
【注1】
たとえば、以下のように報じられています。
米俳優ライアン・オニールさんが死去 82歳 「ペーパー・ムーン」では長女テイタム・オニールと共演(スポーツ報知) - Yahoo!ニュース
『ある愛の詩』の俳優ライアン・オニールさん死去 82歳 (msn.com)
俳優のライアン・オニール死去、代表作に「ある愛の詩」「ペーパー・ムーン」「バリー・リンドン」 - 映画ナタリー (natalie.mu)
【注2】
取りまとめた記事の一例として次のようなものがあります。
娘への嫉妬、息子への射撃事件。「ダメな父親」を自認したライアン・オニールと子供たちのこじれた関係(猿渡由紀) - エキスパート - Yahoo!ニュース
【注3】
以下に予告編などの映像で作品を紹介します。
【注4】
「ザ・ドライバー」を最初に観て、「ニッケルオデオン」や「メーン・イベント」をロードショー公開時に観たはずです。他の作品は名画座やリバイバル上映などで80年代に観ていると思います。
【注5】
「パリのめぐり逢い」といった60年代の恋愛映画、「結婚ゲーム」や「ベスト・フレンズ」といった70年代に多く作られた当時の女性の生き方をテーマとした映画に出演していた女優。
作成・編集:QMS代表 井田修(2023年12月13日)