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キャンセルカルチャー時代のマネジメント(5)

キャンセルカルチャー時代のマネジメント(5

 

キャンセルカルチャーの対象となる問題が発覚した直後の対応(第3回に挙げた課題の①~⑤)をについて相応の対処が行われたとして、次に⑥と⑦の課題について解決に向けたアプローチを考えてみます。

 

⑥  直接の加害者を止めることができなかった組織や社会について責任を負うこと(特に利得者の扱いについて)

 

この課題はふたつの面から考える必要があります。ひとつは組織内で利得を得た者の取り扱いについて、もうひとつは組織外、すなわち広く社会全体のなかで利得を得たはずの者の取り扱いについてです。

組織内で利得を得た者というと、キャンセルカルチャーで問題となっている事象を実行することで、社内で昇進したり昇給・賞与を継続的に得ていたりした者(積極的利得者)を想定できます。また、自らキャンセルカルチャーで問題となっている事象に直接関与することはなくても、それを止めようとした者が左遷・降職・相対的に少ない昇給などの人事上の不利益を被った際に代わりに昇進してその職についたりした者(間接的利得者)も広く存在することが推定されます。こうした社員や役員などの社内の利得者について、その職位や給与・賞与などの得た利得をどう取り扱うべきかが問われます。

 

このうち、現在も職にある積極的利得者については、解任・解職なり報酬や給与の削減などの処分が必要でしょう。問題となる事象によっては社内処分に止まらず、組織として刑事告発を行うこともあり得ます。

積極的利得者であっても既に退職している者については、社内処分の対象として何らかの処分を直接行うことは難しいでしょう。だからと言って何のペナルティも課せられないのでは逃げ得となってしまい、在職者との衡平性を欠きます。そもそもキャンセルカルチャーで問われる問題事象が発生した時の在職者こそ処分対象となるべきです。

実効性がどこまであるかわかりませんが、被害者への補償を行う機関に対して、寄付などの行為を通じて在職中に得た利得に見合う分の金銭的な貢献を求めるべきでしょう。少なくとも、元役員や元経営幹部などと個別に交渉して寄付を募り、その結果を公表することで社会的なインパクトを及ぼす程度のことは、被害者への補償を行う機関が最低限行う必要があります。もちろん、こうした寄付に応じたからといって、問題となる事象が刑事告発に当たるものであれば、別途、刑事責任を逃れるわけではありませんが、起訴や量刑に当たって情状酌量を検討する余地は出てくるかもしれません。

 

次に間接的利得者については、確かに本人は直接キャンセルカルチャーで問題となっている事象に関わっていないのですが、積極的に異論・反論を唱えることもなくそれを黙認したり、キャンセルカルチャーで問題となっている事象を積極的主体的に止めようとした者の言動について見て見ぬふりをして黙殺したりするというのは、キャンセルカルチャーで問題となっている事象を助長した要因として無視できません。

従って、こうした組織内の間接的利得者に何らかの処分を行うのは正論です。とはいえ、誰がどの程度の責任を負うべきか、また誰がどの程度の利得を得たのか、容易に特定しがたいものです。キャンセルカルチャーで問題となってから、在籍者同士で相互に内部告発をしたり責任のなすりつけ合いになったりするのでは、課題解決になりません。

まして、前任の経営者の言動がキャンセルカルチャーで問題となっている事象である場合、そうした利得者の中から現経営陣が選ばれていることすら珍しくはないでしょう。間接的にせよ、CEO就任という形で最も利得を得た者が相変わらずCEOで居続けるのであれば、笑えないコメディです。

間接的利得者の取り扱いには、一律に適用するルールや基準を設けるよりも、実態に即してケース・バイ・ケースで取り扱うことが求められます。その際の考え方としては「上ほど厳しく」です。

新たに社外取締役を増やし、少なくとも指名委員会にはキャンセルカルチャーで問題となる事象に関わる利害関係者がいないようにした上で、改めて経営者(CEO)を選びなおし、その経営者と取締役会の責任の下、執行役員や上級管理職などを選任しなおす程度のことは必須でしょう。ここで、経営者を社外から招聘するのも原則と言ってよいかもしれません。社内からの登用では、その登用すべき人物が間接的利得者ですらないことが明らかな場合であればよいのですが、この仮定は現実的ではありません。

このように選んだ新経営者の体制から漏れてポストが得られない役員や管理職が相当数出て退職に至るかもしれませんが、もともと在職する役員や管理職の多くが間接的利得者である可能性が高い以上、当然と言えます。こうした人材の入れ替えもなしに、キャンセルカルチャーで問題となった組織が再生するとはとても思えません。

経営体制が刷新されるのに伴って新たに役員や管理職になった人たちには、キャンセルカルチャーで問題となっている事象に加担していなかったことを誓約書として提出してもらうべきでしょう。形式的な話かもしれませんが、元より在籍していた役員や社員にとっては「これまでとは違う」と実感できる契機となります。

そして、内部告発を行っても問題がない体制を作ることも要請されます。これはキャンセルカルチャーで問題となるかどうかに関係なく全ての組織で実現されていなければならないことです。まして、キャンセルカルチャーにつながりかねない問題が何かあると社員や関係者が感じたならば、すぐに内部告発などの必要な措置を取ることができるようにしておき、もし内部告発があった場合は、その問題に厳格に対処することは言うまでもありません。

 

直接の加害者を止めることができなかった組織や社会について責任を負うこと(特に利得者の扱いについて)のもうひとつの面は、組織外の利得者、すなわち広く社会全体のなかで利得を得たはずの者についての取り扱いです。

例えば、20%の上顧客が80%の売上をもたらすという場合、特にハイファッション・ハイブランドであったり、高度な技術力を要する特殊な製品やサービスである場合、キャンセルカルチャーで問題となっている事象を引き起こした加害者が経営している企業がこうした上顧客に提供しているものが、人々が広く憧れるものであったり技術的な競争優位を築くのに不可欠なものであったりするならば、もたらされていた利得は経済的な利益だけでなく社会的または競争構造的な優越性をもたらしていたはずです。

特にファンというコアな顧客に依存するビジネスモデルでは、キャンセルカルチャーで問題となっている事象についての評価が、ファンとそれ以外の人々、特にアンチ的な人々との差が大きく異なるかもしれません。もし、同じ業界で複数のキャンセルカルチャーで問題となる事象が発生したとすれば、双方にロイヤルカスタマーやファンとアンチが存在してしまい、互いに相手の会社やブランドを中傷し合う虞があります。

自分がロイヤルカスタマーやファンであったり、ましてや利得者であったりする場合は、「そこまで言わなくても」「それでは責任がきつ過ぎる」「現経営陣ばかりが叩かれてかわいそう」などの声を上げがちです。しかし、自分が被害者であったり、第三者であったりする場合にはどう感じるのでしょうか。被害者や第三者の場合、「もっと補償すべきだ」「被害者救済を優先せよ」とは言えるとしても、自分がロイヤルカスタマーやファンであっても同じことを要請しうるのでしょうか。立場の違いを超えて、同じ基準を適用して利得者の取り扱いを考えるべきです。

利得者が多いほど、アンチやスキャンダルを叩くだけでの人間が増えるでしょう。利得者の人数と影響力(次第にもつようになった権力や広報力)の積で決まる利得力が大きいほど、直接の被害者だけでなく、間接的な被害者やアンチを増やします。噴火する前の火山のように、キャンセルカルチャーの潜在的な爆発力が大きくなります。そうした目に見えないパワーを認識していないと、長期的に対応を誤ってしまい、何年経ってもキャンセルカルチャーへの対応が収まらない可能性すら生じてしまいます。

この課題を解決するには、外部の利得者にキャンセルカルチャーを引き起こした問題を自覚してもらうことから始めなければなりません。被害者が自ら動くことは精神的にも経済的にも困難ですから、被害者への補償を行う機関が、補償を行う資金への寄付を呼び掛けるといった形で、社会的に広く存在する組織外の利得者から各自が認識しうる利得に見合う分の金銭的な貢献を求めるべきでしょう。

いわゆる奉加帳をもって著名人とかセレブといった社会的に影響力のある人々のところを回って寄付を募り、その結果を公表することで社会的なインパクトをもって被害者への補償の原資の一部に充てるなど、補償を行う機関が主導権をもって実行することが望まれます。こうした行動が、次の課題を解決するひとつのアプローチともなります。

 

  今後もキャンセルカルチャーが起こりうることを組織的社会的に自覚すること

 

20世紀までの組織運営においては、録音や録画は容易に用いることができるツールではありませんでした。しかし今では、録音も録画も事実上、自由に無制限に可能であると言っても過言ではありません。そのことを前提としてマネジメントのありかたも変えていくことが要請されます。

一例を挙げれば、一方的に部下を叱責したり、高圧的な態度で相手を追い込んだりするようなコミュニケーション・スタイルを脱却し、もめても冷静に話し合う文化を醸成したり、文書化して誤解のないように取り決めたりするスタイルに変えていくことが切望されます。

また、何か問題があると気が付いた社員や取引先などの関係者が申告する相手として社外の第三者(法律事務所など)を内部通報機関の受託者として契約しておくことは少なくともすぐに実施すべきでしょう。理想を言えば、経営者や社内の監査組織などに直接申告することで、問題を隠蔽するのではなく早期に発見して解決に導いたりすることこそ、キャンセルカルチャーへの対処法としてマネジメントにおいて本来要請されるべきものです。

 このように、組織内部の課題解決の方向性から、キャンセルカルチャーに適応する組織運営のありかたとか、キャンセルカルチャーを前提としたマネジメントのありかたを志向することが求められます。

 

 キャンセルカルチャーに耐えうるマネジメントのありかたを考える上で、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ・アンド・インクルージョン、注1)の視点は欠かせません。というのも、ダイバーシティ(多様な価値観を認めるカルチャー)に反する同質的な人員構成とモノカルチャーの企業文化(典型的にはトップダウンの強い同族会社)であったり、エクイティに反してえこひいきというべき不公平な処遇が行われていたり、インクルージョンとは反対に仲間外れが行われたり疎外感や孤独感をもったまま仕事をする社員が少なくなかったりするような組織で、キャンセルカルチャーで起こる「昨日まで大丈夫だったことが今日はダメになる」事象が発生すると十分に予想されるからです。

一方、逆転人事が当たり前のこととして社員に広く受け入れられていたり、(アルムナイとして公式化されているかどうかを問わず)辞めた人とも自由に交流していたり、一度退職した社員が再度入社してくる「出戻り人事」がよくあったりする組織では、一般にDE&Iを形成するカルチャーが醸成されやすいでしょう。特に、育児や介護を理由に休職(3年程度など)したり一度は退職したりすることがあっても、数年後に戻ってきて活躍するのが当然という状況にある組織では、そうした傾向にあると思われます。

そして、DE&IからDEI&B(ビロンギング)へと組織文化の見直しが進むにつれて、心理的安全性やメンバーとしての認知=所属(ビロンギング)の欲求=が満たされるかどうかが問われるようになってきています。特に、「これはおかしい」と声を上げることがどこまでできるか、そして声を上げた人を一人で放り出さず、経営陣以下関連する社員が広く「これはおかしい」と指摘された事象に取り組むかどうかが問われることになります。

この際、第三者の運営する社外通報窓口はないよりあったほうがよいにしても、それだけではキャンセルカルチャーに適応するマネジメントとして十分とは言えません。必要なのは、社員にせよ顧客にせよ取引先にせよ、声を上げた人を守り抜くことです。そして、声を上げた人を「炭鉱のカナリア」(注2)としてその存在価値に経営陣が感謝を示すことです。経営者に全ての情報が遅滞なく漏れなく上がってくることがない以上、先行指標や前触れを感知するには「炭鉱のカナリア」の存在が不可欠なのです。

 

 次に組織の外、社会全体でキャンセルカルチャーへの対処法について考えてみます。これには大きく3種類の対処法が必要と思われます。つまり、責任追及、組織変革に向けての人材投入、発生した問題を忘れない仕組み作りです。

 

 まず、責任追及ですが、これはキャンセルカルチャーを引き起こした問題事象が発生した当時の取締役の責任を事後的に追及する上で、組織内部の仕組みだけでは不十分である故に必要となるものです。

取締役や執行役員、管理職や一般の従業員について刑事罰及び独占禁止法や会社法上の責任が追及できるのであれば、それはキャンセルカルチャーの課題ではなく、それぞれの法律に基づき法執行機関などが追及すべき法律上の事案です。

法律上の対応には、善管注意義務違反や不作為により問題となる犯罪行為に暗黙裡に加担したケースなど含まれるはずですが、現実的には立証が難しく時効の壁もあります。そこで、損害賠償など民事的に追及できる仕組みを使って責任を追及するとか、キャンセルカルチャーの特別法を今後制定するといった方策が必要となるでしょう。

また、コーポレート・ガバナンス・コードにキャンセルカルチャーへの対応を導入することも求められるかもしれません。特に利得者の多くが組織の外部にも存在する場合があることを前提に、外部利得者への利得の供与については、喩えそれが営業上の食事会や飲み会、盆暮れの贈答や年賀状のやり取り程度のものであったとしても、原則的に禁止するようにコーポレート・ガバナンス・コードから社会通念まで変えていくべきではないでしょうか。

 

 次は、組織変革に向けての人材投入についてです。特にキャンセルカルチャーの元凶となった経営陣がそのまま存在したり、その経営陣から指名された内部登用者から構成される経営陣が指揮を執ったりするというのでは、組織を改革すると言っても社内外の誰も信じることはありません。仮に新経営陣が改革の必要性を頭では理解していたとしても、他の組織で行われているマネジメントのスタイルや方法論を導入・定着させて、キャンセルカルチャーを生み出す社会全体における価値観の変化や行動様式の変化などに的確に対応して新たなマネジメントを打ち出すことは、原理的に不可能でしょう。

 そこで、社外から新たな経営者を招聘することが不可避となります。キャンセルカルチャーへの対応以外にも外部から経営者を招くことはありますが、いつでも問題となるのは、招くべき経営者の人材プールが確立できていないことです。その現実に対処するには、当面は日本経済団体連合会・日本商工会議所・経済同友会などの経営者の団体及び経営者を対象とする人材サーチ会社などから候補者を推奨リストにアップした上で、経営者選考委員会のような機関を設けてリストの中から適任と判断できる人を選ぶという、いわば公開の指名委員会を行うべきでしょう。この場合、株主権の行使を大幅に制限するか、そもそも株式を売却するか譲渡するかして、経営者団体などの第三者機関が一時的に株主として行動することが要請されるのは、論を俟ちません。

 

 最後に、発生した問題を忘れない仕組み作りがあります。

 大きな事故であれば、記念碑などのモニュメントを作るとか、JALの安全啓発センター(注3)や福知山線脱線事故を教訓とするJR西日本の安全教育プログラムや社員研修センター内にある鉄道安全考動館(注4)などがあります。キャンセルカルチャーを招いた問題事象についても同様です。次世代にこういう問題があったことを伝え続ける必要があるのです。

伝え続けるには、必ずしも施設やイベントがなければならないというわけではありません。

例えば、社史を編纂する際に、輝かしい業績や発展の歴史だけを記載するのではなく、いわば黒歴史を併記することで忘れないようにすべきです。「創業3年で100店舗達成」とか「中興の祖〇〇が社長に就任して5年で再上場へ」といった歴史は、そのとき(社史を編纂した当時)は喜ばしい事象であったとしても、無理な店舗拡大の裏で従業員の過労死や自殺が相次いだとか、中興の祖〇〇がパワハラやセクハラを行っていても社内では誰も止めることができずに引退後に問題が明らかになったというのであれば、そのことを明記して次世代の社員や社内外の関係者が学ぶ材料を提供するのが、その組織の果たすべき社会的な義務ですし、そういう過去があったことを知る権利が投資家や取引先にはあるはずです。

そうした忘れない仕組みのひとつとして、⑥の課題の最後に言及した被害者への補償を行う機関による補償金の財源に充てる資金の寄付活動を位置づけることもできます。

 

(6)に続く

 

【注1

詳しくは以下のサイトをご覧ください。

DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)とは?概念を解説 PASONA BIZ|パソナグループ各社のソリューション・HRお役立ちコラム (pasonagroup.biz)

 

【注2

日本語で「炭鉱のカナリア」といえば炭鉱の中で酸素濃度の低下に弱いカナリアが最初に変調を来すのを見て人間が避難することですが、英語圏では”whistle-blower”(警笛を吹く人)が内部告発者の意味となります。

 

【注3

詳しくは以下のサイトをご覧ください。

安全啓発センター|安全・安心|JAL企業サイト

 

【注4

詳しくは以下のサイトをご覧ください。

福知山線列車事故後の安全性向上に関する取り組み:JR西日本 (westjr.co.jp)

鉄道安全考動館 - Wikipedia

 

 

  作成・編集:経営支援チーム(20231019日)