キャンセルカルチャー時代のマネジメント(6)
前回まで論じてきたキャンセルカルチャーに直面した組織が取り組むべき課題について、今年起きている実例に当て嵌めて検討してみましょう。予めお断りしておきますが、今回と次回で採り上げる実例についての情報は、一般のメディアで報じられている数多くの記事に依拠しているだけです。当チームが独自に入手した情報などは特にありません。また、極めて煩雑になるため、情報の出典を個別に記載することはありません。出典を特に知りたい際にはネット検索などから確認を試みてください。
今回は、損害保険の不正請求に端を発したビッグモーターのケースについて検討していきます。
① 問題となる事象が顕在化した時点で被害を拡大させないこと
ビッグモーターについては既に10年前、20年前から消費者庁や地域の消費者センターなどへ様々な苦情やクレームが寄せられていたそうです。
店舗を全国展開している規模の大きな会社、特にビッグモーターのような業界トップの会社ともなると、サービスの利用者や中古車の販売者・購入者などとの取引を巡るトラブルやクレームなどは、ある程度は発生するものと予想できます。問題は、それが同業他社と比べて発生率(1店舗あたりのクレーム件数とか取り扱う中古車100台あたりの苦情件数など)が高いかどうかです。
仮にビッグモーターに対するクレームや苦情が同業他社より少ないとしても、業界のリーディングカンパニーには業界として苦情やクレームを解決するように取り組むことを行政として非公式にでも要請して、その後を注視する程度のアクションを採るべきではなかったのでしょうか。
まして、昨年明らかになった損害保険会社に対する保険金の不正請求は、問題事象が表に出てきて時こそ、いよいよキャンセルカルチャーが発動すると会社自体がアラームを鳴らして、いち早く問題解決への取り組みを打ち出すべきタイミングでした。
しかし、取った対策は、損害保険会社への圧力とも受け止められかねない申し入れであり、損保ジャパンは調査の打ち切りとビッグモーターとの取引再開を法人として機関決定するものでした。その結果、被害が止まることはなく、より大きな問題となったことは明らかです。
② 声を上げにくい被害者について長期的かつ広範に特定すること
ビッグモーターのケースでは、誰が被害者か、また自分が被害者であると認識できるのか、という問題があります。
損害保険の不正請求に対して保険金を支払ってしまった(=保険金を騙し取られた)というのであれば、損害保険会社が直接の被害者です。今回のケースでは、被害者であるはずの損害保険会社がビッグモーターの不正を見逃していた、もしくは自社の人材を送り込むなどして不正に加担していた可能性が高いものと思われます。
では、被害者は誰かというと、壊れていないはずの車を事故車にされてしまった(その結果等級が下がったことで保険料がアップした)車の所有者でしょう。
ビッグモーターのケースで報じられているのは、損害保険の保険金不正請求だけではなく、そのために車に傷をつけたり虚偽の書類を作成したりしたなどというものでした。また、車の売買についても、高圧的な姿勢で契約を迫ったり売買契約書に不実記載があったり契約書を渡さなかったりするなど、問題事象の発生がたびたび言及されています。
ただ、こうした被害にあった人々が全て被害を自覚しているかというと、そうではない人々も少なくないかもしれません。というのも、車検に出した車が適切に取り扱われたかどうかは、一般人にはわからず、車検を行う工場を信頼するしかないからです。
現時点で言えるのは、被害を認識し明確に主張できる人しか被害者として救済される可能性がないということです。損害保険会社の調査で、不正請求の対象となっていたことが確認された人は、被害を認識していなくても救済されるかもしれませんが、それで全ての被害者が救済の対象となるわけではないでしょう。そもそも、被害を認識し明確に主張できる人は、真の被害者のなかの何%に相当するのか推測することができません。
店舗付近の樹木を枯らせたことなど、問題ではありますが、最も解決すべき課題とは到底、思えません。単に1企業の問題というよりも、問題を見過ごしたり、刑法犯(詐欺、器物損壊、強要、有印私文書偽造など)の疑いがある行為を問題視してこなかったりする行政や法執行機関など公的な組織が動かないことが、被害を認識していない被害者をより多く生み出しているのではないでしょうか。
③ 個々の被害者についての被害の態様や程度をスピーディーに確定させること
②の課題がそうそう解決する見通しが立たない以上、この課題については解決に向けて何らかのアクションを取ることすら不可能です。
もし、不正な車検などの結果として、人の生死が問われるような事態が発生していたならば、被害者やその遺族などを中心に弁護団などが形成され、被害者や被害の程度を全国的に一斉に調査することに至ったかもしれません。キャンセルカルチャーで問題となる事象は、人の人生を変えることはあっても、自殺に追い込むといった場合を除くと、直接生死に関わることは稀です。
故に、被害者や被害の程度の確定といった作業のスピードはあまり速くはありません。加害側からすれば、被害者や被害の程度の確定といった作業を積極的に取り組むインセンティブはありませんから、ビッグモーターのケースのように被害者に被害の認識がないことも少なくない場合は、第三者(機関)が行うことを積極的に検討すべきでしょう。
④ 被害者への謝罪と適切な救済策の策定(特に金銭的な補償、金銭以外での救済プログラム、実行までの時間をむやみに長期化させないこと)
③と同様です。被害者や被害の程度が確定しない限り、取り組みようがありません。
今後、時間の経過とともに、法人としてのビッグモーターの資産が劣化することが十分に予想されるので、仮に被害者や被害の程度が確定し、ビッグモーターに被害者救済の意志があったとしても、補償できるだけの資金や資産がないという状態に陥るでしょう。本来は、被害者救済の組織を別建てにすべきですが、ビッグモーターにはそうする法的強制力を持った必要性や経済的なインセンティブが働いていません。
結論として、被害者のなかで適切な補償を受けることができる人もいるでしょうが、泣き寝入りになる被害者や、そもそも被害認識のない被害者も、相当な数に上るものと思われます。
なお、保険金の不正請求の直接の被害者であるはずの損害保険会社とビッグモーターとの間の謝罪や補償は、当事者間で処理できるはずの問題です。それでも解決に至らなければ、損害保険会社が損害賠償請求の民事訴訟を起こすことになるでしょう。また、損害保険会社が詐欺などの容疑でビッグモーター及び担当の役員や社員を刑事告発することも可能です。いずれにせよ、最終的には法的な救済を求める道は開かれています。
⑤ 直接の加害者について責任を追及すること
ビッグモーターのケースでは、刑法犯(詐欺、器物損壊、強要、有印私文書偽造など)に相当する行為を働いたのは、管理職や現場の社員であったようです。当時の経営トップや役員などの経営幹部が直接指示してやらせたといった形での組織的な関与は認められないようですが、だからと言って全ては現場がやったことで経営陣や上級管理職に責任はないということではありません。
ここで明確に分けて判断しなければならないことは、キャンセルカルチャーで問題となる課題と刑事責任(刑法犯として追及されること)とは別物だということです。
刑事責任は、法人として追及されることもありますが、ビッグモーターの場合は個人としての追及が主になるでしょう。法人としては、業務上の行為で刑法犯に相当する行為があったかもしれないという段階で、当該行為を行った者を調査して、法に触れるところがあったのであれば社内処分(懲戒解雇から戒告・訓告まで就業規則などに定めてあるはず)を行い、刑事上の責任も追及するために法執行機関に告訴または告発を行うことになります。
このように個人の刑事責任を法人としてのビッグモーターが行わないと、刑法犯(詐欺、器物損壊、強要、有印私文書偽造など)に相当する行為を働いた社員(黒い社員)とそうではない社員(白い社員)との区別が外部からは付けられず、ビッグモーター出身の社員はすべてグレーと見做すことになります。現状では、ビッグモーターから転職しようとする社員について誰も「白い社員」と判断できないため、転職者を求める組織のほうは履歴書を見た段階で中途採用の選考を進めるわけにはいかなくなるでしょう。
ビッグモーターに要請されるキャンセルカルチャーで問題となる課題とは、正に個人の責任を追及することです。黒を摘発して、残りは全員白であると断言できるまで、調査と処分を社内で行うことなのです。そのためには内部告発を受けて調査を行う第三者機関を設置したり、少なくとも経営陣には加害者どころか利得者もいない状態を作り出して、第三者機関と連携して一人ひとりの処分を進めていく必要があります。
こうしたキャンセルカルチャーで問題となる課題に立ち向かうには、現在の経営陣は役員を経て内部昇格したので利得者ばかりと判断せざるを得ないため、直接の加害者について責任を追及することに着手すらできないでしょう。
⑥ 直接の加害者を止めることができなかった組織や社会について責任を負うこと(特に利得者の扱いについて)
ビッグモーターという組織については、⑤で言及したように現経営陣では役員や社員の責任を追及するのは極めて困難でしょう。やはり、経営陣を社外から招聘したり、ビッグモーターを以前に退職した人を役員や上級管理職として呼び戻したりすることで、初めて人材面での血の入れ替えが実現します。それ以外には、今も社内に残っている「直接の加害者」を一掃し「利得者」の言動を改めさせて、真っ当な企業文化を醸成することは不可能です。
「直接の加害者」は告訴・告発の対象とするか、少なくとも懲戒処分の対象として組織として懲罰を与えることになります。一方、「利得者」については、その利得の程度(=職位)に応じて処分の内容や程度は異なります。上位になるほど退任を迫られ、下位ほど減給や始末書・誓約書の提出などのより軽微な処分となるはずです。ビッグモーターではこうした処分が行われたとの情報が確認できないため、適切な責任追及が行われているとは判断できません。
⑦ 今後もキャンセルカルチャーが起こりうることを組織的社会的に自覚すること
そもそも、刑事責任が追及されるような事象はキャンセルカルチャーではなく不祥事です。キャンセルカルチャーは刑事責任が追及されるのが当然の事象が起きているのに、それらを見て見ぬふりをしたり、加担して昇進・昇給・賞与アップを実現したりする、周囲の役員や社員の言動こそを問題視することから始まります。
こうして見ると、損害保険の不正請求に端を発したビッグモーターのケースは、キャンセルカルチャーで問題となっている事象にはほとんど手付かずで、未だに刑事責任すらまともに追及されていないと言わざるを得ません。ビッグモーターは事業規模こそ縮小するかもしれませんが、このままの体制で経営が行われるとすれば、問題となる事象は別種のものかもしれませんが、再度キャンセルカルチャーに見舞われることが十分に予想されます。
ちなみに、同業他社のグッドスピードでも同様の不正請求が91件ありました。同社はビッグモーターから経営者(不正請求が報じられて辞任)を招いていたそうです。もし、中古車販売業界全体にビッグモーターをモデルとした経営スタイルが広まっているとすれば、キャンセルカルチャーで問題となっている事象は業界全体に広がっているのではないかと危惧されます。業界全体として、中古車の売買や車検について信頼感を回復するために、不正請求を根絶するキャンペーンを行う程度の取り組みは求められそうです。
不正請求を行った当事者であるビッグモーターとグッドスピード及び不正請求に加担した疑念がある損保ジャパンの3社については、今後も同じ法人格で事業を営み続けるのであれば、将来編纂される社史の中で今回の事象を振り返って、社内の体制やマネジメントのありかたも含めて失敗の本質を真摯に検証して公表してほしいものです。
自動車のEV化が進む中で、メカニック中心の整備工場で電気機器や電子機器ばかりのEV車を整備できるのか、車の所有者はどこまで車のことを技術的に知るべきなのか、自動運転が普及するにつれて事故や車の整備に誰がどの程度の責任をもつのか、そしてEV化に対応した車検制度には何が求められるのか、などなど素人が考えても経営課題だらけという状況にあります。
課題への取り組みが浅いと、キャンセルカルチャーに見舞われる組織がいつどこに出現するのかわかりません。そうならないためには、自動車(モビリティというべきかもしれません)に何らかの関連性をもつ組織は、キャンセルカルチャーに耐えうるマネジメントのありかたを模索し実行していくことが要請されます。
作成・編集:経営支援チーム(2023年10月24日)