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転職を阻む壁(4)

転職を阻む壁(4

 

第三の壁にして最も高くて強力な壁が「スキルの壁」ではないでしょうか。

転職しようとする意思がはっきりとしていない人でも、転職を志すのであれば、何らかの公的資格や技術・技能がないと無理なのではないかと思いがちです。また、外資系企業に転職するには、英語やその外資系企業の本国の言語についてビジネス上必要とされる程度の語学力がないとダメと頭から判断して、外資系の組織を転職候補の選択肢から外してしまうかもしれません。

転職者を受け入れる組織の方でも、IT系のビジネスでエンジニアを求めているのであればIT系の資格を必須要件としたり、外資系であれば英検やTOIECなどで求める水準を募集要項に明記したり、入社試験を英語で出題したりすることで、所定の水準以上のスキルを求めることが一般的に見られます。

管理職またはその候補者を募集するに際して、管理職の経験の有無だけでなく、MBAホルダーであることや中小企業診断士等の公的資格を保有していることを必須とする会社もあるでしょう。

そこで、転職する前に何らかの公的資格を取得しておいたほうが、いざ転職活動をしようとした時に何らかの有利なことがあるはずと思う人も出てきます。ましてリスキリングが注目される今、資格取得でなくてもプログラミングやChatGPTを学んでおこうと真面目な人ほど考えて、リモート学習を始めたり自学自習に励んだりするかもしれません。

 

例えば、人事で採用を中心に仕事をしてきた人が、他社の人事に転職して人事の中での仕事の幅を広げて、将来は人事マネージャーからCHRO(チーフ・ヒューマン・リソース・オフィサー、最高人事責任者)として経営幹部になりたいとキャリアアップを目指しているとしましょう。

この人が最初の転職時に、人事の仕事の中で経験のない給与管理や労務管理の知識を得るために社会保険労務士の資格取得を目指して勉強を始めたところ、あるエージェントから管理職候補として中堅の人事担当の職を紹介されたとします。ここで、社会保険労務士の資格取得を優先して、今回の話は見送るというのも一つのキャリアプランですし、資格取得の勉強は他社に移ってからでも自分次第でできることなので転職のチャンスを活かそうと、転職の採用面接を受けるというのも一つのキャリア選択です。

どちらが正しいというわけではありませんが、転職者を採用しようとしている会社の側から見れば、現実に管理職候補として中堅の人事担当の職を募集しているわけですから、社会保険労務士の資格があろうとなかろうと、本人の経歴・能力・実績や入社後に会社として期待していることと本人の希望がどの程度合致しているかどうかのほうが重要視されるはずです。

仮に採用面接で、現在勉強中で入社後も社会保険労務士の資格取得を目指したいと希望を述べたとします。その時に、既に同じ資格を保有していても本人の経歴・能力・実績が見劣りする人や、社会保険労務士として活動していても本人の希望と会社の期待がずれている人よりは、この人が採用される可能性は高いでしょう。

有体に言えば、公的資格を持っているがチームワークやコミュニケーションなどの面で難のある人よりは、資格はなくても組織だって仕事ができる(と十分に思われる)人の方が、転職に有利と言えます。まして、今の自分に足りない部分を補い伸ばすように自ら学習しているのであれば、成長志向のマインドセットや実践的な行動が見て取れるので、通常の企業であれば採用したい人材と判断するでしょう。

 

転職しようとする職種や業界におけるスキル不足は、現在の仕事(キャリア)の延長線上にあるスキルであれば、さほど問題ではないかもしれません。いかに高度なスキルであっても、転職しようとする職種や業界と全く関係がないと思われる場合は、正反対の「スキルの壁」に挑戦しなければなりません。

例えば、IT関連のスキルが豊富でさまざまな開発経験があり、分野によってはインストラクターレベルの認定を受けているような人が、飛び込み営業一本で成り立っているような会社に転職しようとして、可能なものでしょうか。

転職先が求めるのは、当然、足で稼ぐ営業パーソンです。体力と気合と根性があれば、年齢も性別も構わない、そんな組織です。

この会社にITプロフェッショナルが転職しようとすれば、ひとつ明らかにしなければならないことがあります。それは、ITプロフェッショナルである人が、なぜこの会社に転職しようと思ったのか、その理由や経緯を転職先の経営者や人事担当者に説明し理解し納得してもらうことです。

そのためには、ITプロフェッショナルとしての知識・経験・能力などがいかに転職先にとって役に立つものであるか、できれば他社での経験や営業改革プロジェクトの実例などを含めて説明することは不可欠です。言い換えれば、(私を雇えば)ITのスキルを使って営業の効率を飛躍的に高めることができる、と転職先の相手を納得させられるかが鍵となります。

このように、スキル、特に資格や認定などの目に見えるスキルについては、職業上必要と法的に定められている場合(注3)に該当しない限り、それをこう活用してこれだけの成果が期待できると説明することが転職を成功させる上で不可欠です。そうでなければ、どんなに取得が難しく社会的に高く評価されるものであっても、履歴書を埋める材料に過ぎません。

ちなみに、一般の事業会社において経理部長(候補)を求める際に、税理士や公認会計士といった資格はどのように扱うかというと、ほとんど関係がないと言えます。人材を募集する企業は、あくまでも経理部長(候補)を求めているであって、通常は経理の実務経験や管理職としてのマネジメント経験は必須と思われますが、税理士や公認会計士などの公的資格は不要です。

応募者の中に時々見られる人に、税理士や公認会計士の資格を持っているのだから優先的に採用されるはずだと思い込んでいたり、そうした資格を保有しているので給与面などで優遇されるべきだと誤解したりしている人が時々います。

上述のように、会社が経理部長に求めるのは顧問税理士や監査法人の仕事ではありません。経理で入社したとしても、後々それ以外の部署に異動になる可能性もあります。要は、経理の管理職(候補)として組織が要請する仕事を担当して、それなりの結果をだしてくれるかどうかが問われているのです。

まして、入社時に税理士や公認会計士の資格があれば、その分野の知識が深く、実務も巧みに処理してくれるはずと、組織の期待値が高くなりますから、その分、仕事への要求は厳しくなることも覚悟しなければなりません。

同様のことは、いわゆる資格コレクター(複数の資格を保有するだけでなく資格取得が自己目的化して次々と資格を取得する人)の人が転職しようとする場合にも起こり得ます。これだけ資格を取得しているのだから、相当なレベルの成果を出してくれるはず、と組織が期待するのは無理からぬところです。

資格コレクターが悪いというわけではありません。自分のキャリアを振り返った時にこれといって主張し他者から評価されるであろう成果や実績を挙げてきたという自信や自負があまりないのであれば、ひとつ自信をつける上で何らかの資格取得に挑戦し、見事やり遂げる(合格する)ことはキャリアを展開させる契機ともなるでしょう。

転職に当たって公的資格のコレクターになる必要は全くありません。誤解してはいけないのは、資格がたくさんあるからといって希望通りの転職が可能となるわけではない点です。

 

一方、企業として特定のスキルを持つ人を一定期間に数多く確保したいという場合があります。その際、どうしても外部からスキルのある人を転職させることができなかったり、派遣社員から自社雇用へ切り替えること(いわゆるテンプ・トゥー・パーム)で人材を確保することが難しい場合は、スキルのない人を一定数雇用して、自社または外部機関によるトレーニング(注4)を通じてスキルを速成でもいいから身につけるように図っていくことが肝要です。組織的にリスキリングを行うようなものです。

ここで、リスキリングについて転職との関連で懸念されることがあります。それは、何らかのリスキリングを行ってから転職が可能となるかのような印象を持たれているのが、企業にも個人にもある程度存在するのではないかと思われることです。

個人にとって(また組織にとっても)、実際にリスキリングが必要となるのは、転職の前に現職で仕事上の課題を解決しなければならない時です。

従来は紙やエクセルをベースに何度もデータの入力・確認をしながら処理していた業務を、RPAなどを活用して自動的に処理できるようにするには、ITについてある程度の知識や実務スキルが必要です。それらが社内にないのであれば、外部機関などを通じて習得しなければなりませんし、スキルを習得しつつ現実の課題を解決する作業に同時に並行して当たることになります。

こうした得られたスキルや知識こそが、実は転職時に評価されるポイントとなるのです。決して、スキルの有無ではありません。

また、リスキリングがDXに偏っているように見えるのも、転職とリスキリングの関係を考える上で懸念される点です。

DXに必要なスキルとはいっても、教材などを用意して学習することで身につくという意味で移転可能なものをリスキリングと言っているのであるとすれば、DXに限らず、そもそも移転可能な知識やスキルには転職市場においてあまり大きな価値はないと断言できます。

DXで結果を出すには、AIプログラミングなどのDX関連のスキルが必要なことは間違ってはいませんが、それよりも通常のプロジェクトマネジメントを適切に行うことのほうがよほど重要です。DXとはいっても実際、ゴールイメージの共有がそもそもできていないが故に、社内で参画するメンバーや社外から関わるメンバーまで、関係者の描く成果がバラバラというのはよくある話です。更に、同じ組織でも、実務上求められるスキルは部署の特性や配属されているメンバーの情況によって異なるため、プロジェクトで使う言葉を整理・統一するところから始めなければならないというのも、半ば常識化されています。

 

ここで転職に必要なスキルは何かと敢えて問うならば、現実の職場で結果をコンスタントに出し続けるスキルと言えるかもしれません。具体的には、コミュニケーションであったりエクセルやワードを使ってデータを取りまとめてレポートするスキルであったりします。

コミュニケーションに関するスキルを例にとってみましょう。コミュニケーションのスキルの代表というとプレゼンテーションスキルを思い浮かべるかもしれません。しかし、一方的なプレゼンテーションを行うためのスキルは必要な場合もあるものの、それだけでは仕事にはなりません。

現実に求められるのは、相手やシーンに応じた臨機応変なコミュニケーションです。これは外形的に定めることは難しいものです。それぞれの組織や職場ごとに決めるべき程度のきめ細かさが要求されるものです。転職しようとする個人にもスキルを巡る誤解はありますが、組織の方にも本当に必要なスキルが何なのか理解していないケースが少なくないのです。

更に言えば、個々のスキルを現実の場面に活かすためのスキルの活用方法を知って実際にスキルを使いこなすスキル、いわばメタスキルのようなものがなければ、どのように高度なスキルを多種多様に持ち合わせようとも、本当にスキルの持ち腐れになってしまいます。

スキルが目に見えるものであるとすれば、転職に際してより重要なのはメタスキルかもしれません。これは、スキルというよりもむしろ資質と呼ぶ方がイメージしやすいでしょう。というのも、外形的で目に見えるものをスキルと呼ぶとすれば、メタスキルはその有無や保有し活用できる程度が容易には判断しにくいものであるため、資質と捉えるほうがいいからです。例えば、弛まぬ努力をし続けるのは、スキルというよりも本人のもって生まれた資質というほうが理解しやすいでしょう。

 

転職に当たってスキルが問われるのは、スキルの有無が問題となるというよりも、身につけているスキルを使って何を成果として挙げることができたのか、ということを転職先の組織が知りたいからなのです。もちろん、いつも成果が挙がるわけではないので、期待された成果が挙がらなかったとしても、成果を挙げようとしていたプロセスや残念な結果などから、どのようなことを学んだのか、次にどのようなことをすれば結果につながると考えているのか、そういう学び続ける姿勢(マインドセット)のほうが転職では問われると覚悟しておきたいものです。

そこまで問わない組織もあり得ますし、単に公的資格の有無だけで判断する場合もあるでしょう。ただ、圧倒的多数の状況では、スキルの有無だけで転職希望者のことを判断するわけではないのです。

 

(5)に続く

 

【注3

「職業上必要と法的に定められている場合」というのは、例えば、監査法人で上場企業の監査業務に当たる人材を募集する際に公認会計士、法律事務所で訴訟代理人となる弁護士業務を行う弁護士、医療法人で実際に患者を診察する人に求める医師、調剤薬局において処方箋に基づき行う調剤を担当する薬剤師などが、よく見られるものです。

 

【注4

外部機関によるトレーニングもアクセスしやすい環境が整備されています。以下に例示するのは代表的なリスキリングのツールです。

日本リスキリングコンソーシアム (japan-reskilling-consortium.jp)

スキルアップしてあなたのキャリアを開発しましょう - Grow with Google

 

 

作成・編集:人事戦略チーム(2023327日)