「人材版伊藤レポート2.0」を読んで(2)

「人材版伊藤レポート2.0」を読んで(2)

 

 「人材版伊藤レポート2.0」は、2年ほど前に「人材版伊藤レポート」で提示した「3つの視点・5つの共通要素」という枠組みを、人的資本経営のなかで具体化していく上でのポイントや工夫を紹介しようと企図されています。

 まず「3つの視点」とは、「人材版伊藤レポート」(第33334ページ)によると、『経営戦略と人材戦略の連動』『AS is – To be ギャップの定量把握』『企業文化の定着』を言います。これらの視点から、個々の企業で異なるはずのビジネスモデル・経営戦略・人材戦略・企業文化などについて、人材戦略を俯瞰することが可能となります。

 「人材版伊藤レポート2.0」はこれらの視点から次のように具体的な取り組みを紹介しています。更に、それぞれの取り組みについて、検討会に参加した企業の事例が参照されています(注3)から、実際にどのような取り組みが行われているのか理解しやすいものとなっています。

なお、以下の概要説明は、「人材版伊藤レポート2.0」の記述をベースに当コラム作成者の実務的な解釈を加味していることにご留意ください。

 

1の視点:『経営戦略と人材戦略の連動』

・チーフヒューマンリソースオフィサー(CHRO)の設置

(人事部長ではなくCEO直下の上級執行役員のなかにCOOCTOCSOCMOなどと同じレベルでの人材戦略責任者を置きます。)

・人材戦略は取締役会の討議事項とし、その立案・執行はCHROの責任とする(人事部レベルの課題ではありません。)

CHROについても(他のCXOと同様に)一種のジョブ・ディスクリプションを整備し、そのなかに幅広く内容も深い経営全般の知見と経験を明記する

(最低でも、複数の事業部門や職能部門の実務経験と挙げた成果、MBA相当以上の経営に関する知識、専門分野(事業または職能)における高度な知見と成果といった事項は必要と思われます。)

CEOCHROは全社的な経営課題の抽出・人材課題の抽出・解決策およびそのKPIの策定を行い、その内容を取締役会や投資家などとの対話を通じて説明する

・人材戦略の実現度合いをKPI達成率などを通じて役員報酬に反映させる

(その具体的な数字や指標の例に言及していないのは残念と言わざるを得ません。)

・人事部門と事業部門の役割を見直し、特に人事部門の能力向上を図る

・経営人材(候補)レベルのサクセッションプラン(後継者計画)を具体化するとともに取締役会の指名委員会委員長を社外取締役とし、市場や投資家から要請される経営戦略の実現に資する人材を登用する

CEOを社内登用する際の限界を克服することが求められます。)

 

2の視点:『AS is – To be ギャップの定量把握』

・いわゆるギャップ分析を定性的に捉えるだけでなく、むしろ定量的に把握することに主眼を置く

・ここでの現実的な課題はTo be のレベルをどこに設定するかである

(単に、現在問題になっている事象から、業界平均や同業他社の実績値、ベンチマークとする企業の姿、市場や投資家が要求するレベル、自社のビジョンなどから導かれるはずのレベルなど、あるべき姿を設定しようとすると様々なものがあります。具体的に経営人材としてのあるべきレベルと言っても、現在の役員が不祥事を起こして会社の評判を落としているのであれば、まずはその問題を解決するための役員トレーニングや取締役会と個々の役員との契約内容の見直しから行わなければならないレベルもあれば、役員の人材ポートフォリオは既にできている企業で後継者候補を社内外から募ろうとするケースではポートフォリオの要件を次の10年の経営のありかたから再設定するといったレベルもあります。)

To beで求める人材を経営戦略を実現するのに必要な人材と定義するとしても、その経営戦略そのものが急激な事業環境の変化にあって変わるのが必定であるとするならば、「人材戦略を不断に見直すことが重要」(「人材版伊藤レポート2.015ページ)であることは理解できても、実務的には実行しきれない

(例えば、ウクライナ戦争が始まった途端に、ロシア市場における戦略は市場浸透・拡大から撤退に急変した事業は少なくないでしょう。このような急変は、特定の市場だけで起こるものではなく、企業のありかたそのものにも急変を迫ることが十分にありえます。)

 

3の視点:『企業文化の定着』

・企業理念、企業の存在意義(パーパス)、企業文化などを定義する

・社員の具体的な行動や姿勢への紐付け

(個々の社員の具体的な行動や姿勢を人事評価・昇進昇格・昇給賞与などの処遇に反映させることを意味します。)

CEOCHROと社員との直接対話の場を設定する

(いずれも実施すべきものではありますが、この視点から人的資本経営が実行されているかどうかを問われると、形は行っていても中身が伴わないケースが圧倒的に多いでしょう。むしろ、人的資本経営が一定のレベルで機能している企業があるとすれば、企業文化の定着を促す施策を意図的に行うのではなく、これらの施策を行うのが組織の慣習であったり不文律であったりするのではないでしょうか。そうしてある種のカルチャーが定着している状態というのは、無意識に行われていることや当たり前のことと役員も社員も思っていることのなかにあります。)

 

(3)に続く

 

【注3

以下のサイトにおける「関連資料」所収の「実践事例集」に紹介されています。

「人材版伊藤レポート2.0」を取りまとめました METI/経済産業省)

 

 

作成・編集:経営支援チーム・人事戦略チーム 共同編集(202268日)