「人材版伊藤レポート2.0」を読んで(3)

「人材版伊藤レポート2.0」を読んで(3)

 

次に、人的資本経営を実現する人材戦略には5つの共通要素が存在するとしています。「人材版伊藤レポート」(第33545ページ)によると、それらは『動的な人材ポートフォリオ』『知・経験のダイバーシティ&インクルージョン』『リスキル・学び直し』『従業員エンゲージメント』『時間や場所にとらわれない働き方』です。

 これらの共通要素についても、今回は次のように取り組みの概要や実際に進める上での有効な工夫などを紹介しています。以下の説明には、「人材版伊藤レポート2.0」の記述をベースに当コラム作成者の実務的な解釈を加味しています。

 

1の共通要素:『動的な人材ポートフォリオ』

・将来を見据えた経営戦略の実現からバックキャストして、現時点の人材やスキルを前提とせずに将来の必要性から人材要件について質量ともにギャップ分析を行う

・ギャップを踏まえて日常的に人材の再配置や外部からの人材獲得についてCHROを中心に計画的に行う

(ここでいう人材ポートフォリオが経営の中核的な存在となる人材を指すのは言うまでもないことでしょう。一方、自社を退職した元社員の親睦団体=アルムナイ=との持続的な関係構築や学生の採用・博士人材の登用など、いわば事業部人事で扱うようなテーマについても言及しているところを見ると、結局は「できる人材が欲しい」というのに等しいように思われます。本当に「動的」というのであれば、人材獲得手段としてのM&Aとかグローバルな人材獲得競争に勝つための処遇・人材評価の体系・水準の整備などが必要なはずですが、それらについての突っ込んだ言及はありません。)

 

2の共通要素:『知・経験のダイバーシティ&インクルージョン』

・非連続的なイノベーションを生み出すために多様な人材から構成されるチームが必要という問題意識の下、女性や外国人などを数値目標をもって計画的に採用する

(グローバルでの競争環境で見れば、正に周回遅れの議論です。セクハラやパワハラが未だに横行している現状では、同じDIといってもマイクロアグレッションやアシミレーション(注4)が課題となっている欧米企業との差は歴然としています。特にアシミレーションについては、日本の企業で働いたことのある女性や外国人どころか、日本人の男性正社員であっても世代が若い人ほど、コロナ禍においても出社を前提とする勤務体制や育児休業の取得などを契機として、自社の暗黙の(=明文化されたミッションやカルチャーとは異なる)企業文化への同化を実質的に強制されたと感じているのではないでしょうか。また、通常DEIと言われるにもかかわらず、E(エクイティ、公平性)についての言及がないのは、正社員=日本人男性新卒入社者=優遇が否定しがたい事実であることを言外に認めているからでしょう。)

・経営陣は元より現場のマネージャーレベルまで、ダイバーシティ・マネジメントの目標を共有し勉強会を実施するなどして、CEOCHRO・人事部門が各レベルで協力していく

(日本の企業社会全体において、もし、本気でこの要素を推進していこうとするなら、「○○年までにすべての上場企業において取締役会や執行役員の過半数は日本人男性でないことを要請し、実現できなかった企業は上場廃止とする」という目標を設定することが最も効果的でわかりやすいのではないでしょうか。)

 

3の共通要素:『リスキル・学び直し』

・組織として不足しているスキルや専門性を特定し、そのスキルや専門性を有する人材を採用・登用して社内に展開するとともに、リスキル・学び直しを実現した社員には処遇面でも報いる

・サバティカル休暇や留学などの社外での学習機会を戦略的に提供するとともに、社内起業や出向起業など自ら手を挙げる機会を設ける

(この要素が人的資本経営を実現している企業に共通して見られる要素であることは当然でしょう。むしろ、企業内の制度としてこれらの取り組みを公式化しなければならないようでは、まだまだ「制度がないからできない」という学習に受け身の社員が数多く存在することを推測させます。第1の共通要素:『動的な人材ポートフォリオ』でも言及しましたが、リスキルや学び直しを組織的に行う必要があるのであれば、習得すべきスキルを持っている企業と提携したり買収したりするという選択肢も有力です。)

 

4の共通要素:『従業員エンゲージメント』

・社員エンゲージメントの現状レベルを把握した上で、ストレッチアサインメント、できるだけ多くのポジションの社内公募、副業・兼業等の多様な働き方の推進、健康経営への投資とWell-beingの視点の取り込みといった施策を推進する

(この共通要素は、市場や投資家とのコミュニケーションとして現状や効果を把握して、その結果として業績の向上との間で中長期的な相関性があることを示すことにつながります。それが、取りも直さず、人的資本経営が機能していることの証左となります。)

 

5の共通要素:『時間や場所にとらわれない働き方』

・リモートワークを円滑に行うために業務のデジタル化が必須であり、同時にリアルワークの意義を再定義し、リモートワークと組み合わせる

(リモートワークの有無に関わらず、業務のデジタル化は効率面でも仕事の質的向上を目指す上でも不可欠であることは論を俟ちません。コロナ禍においてリモートワークのニーズが急激に高まったのは事実ですが、事業展開がグローバルである限り、働き方を改革していこうとするいかなる組織においても、リモートワークをよりうまく行うことが強く要請されます。従って、これは人的資本経営の共通要素というよりも、人的資本経営を忌避する企業も含めて現在の組織全てが取り組むべき日常的な課題と言えます。)

 

(4)に続く

 

【注4

マイクロアグレッションについては、ダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー『「マイクロアグレッション」という言葉は使い続けるべきではない』(dhbr.net 202244日)を参照してください。

また、アシミレーションについても同じく、ダイヤモンド・ハーバードビジネスレビュー『組織の多様性を高めるはずの施策が従業員に「同化」を促していないか』(dhbr.net 202244日)を参照してください。

 

 

作成・編集:経営支援チーム・人事戦略チーム 共同編集(2022615日)