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「図説 北欧神話大全」に見る“語り継がれるストーリー”(5)

「図説 北欧神話大全」に見る“語り継がれるストーリー”(5

 

 通常、物語を推進するもののひとつに、強力なライバルの存在や次々と姿形を変えて現れる敵役の存在が必須と思われます。

北欧神話における主人公としてオーディンが存在するとして、そのライバルとか敵役に当たる存在は何でしょうか。たとえば、次に紹介するヘイズレク王の物語に登場するオーディンは、ストーリーのなかでどのような役割を担っているのでしょうか。

 

 ヘルヴォル(「盾の乙女」と呼ばれるヴァイキングの王女)はその後もしばらくヴァイキングとして各地を襲撃し、……よやく里親のもとへ帰った。そして、ヴァイキングとしての暮らしをやめ、グドムンド王の息子ホーフンドと結婚して息子をふたりもうけた。ひとりは父親の名を取ってアンガンチュールと名づけ、もうひとりはヘイズレクという名前にした。……この野蛮な行い(招かれてもいない酒宴に出て騒ぎを起こして退出させられ、いたずら半分に暗闇で石を投げて評判の良い兄アンガンチュールを殺してしまったこと)の罰として、ヘイズレクは王国から追放されたが、国をでるまえに、母親からティルヴィング(ドヴェルグが鍛造した光り輝く魔剣。さやからぬくと必ず誰かを傷つけて死に至らしめる。母ヘルヴォルが亡父アンガンチュールの亡霊から手に入れた)を渡され、この剣の魔力を教えられた。(中略)

(ゴート族やフン族やサクソン人やロシアとの争いや婚姻などを父親の助言とは反対のことを実行することで切り抜けて)王国へ戻ったヘイズレクは、以前よりも賢明に国を治めた。そして崇拝する神としてフレイ(オーディンのアース神族ではないヴァン神族の主神のひとりで農耕・豊穣・子孫の繁栄などの男神)を選び、フレイに肩入れし始めた。……

そのころ、ヘイズレクが気に入らないと思っていた相手に、ゲストゥムブリンディという有力な男がいた。裁判に呼ばれたとき、その男はオーディンに犠牲をささげ、オーディンの助けを願った。その夜、見知らぬ男が戸口にやって来て、ゲストゥムブリンディだと名乗った。ふたりは衣服を交換し、翌朝、この見知らぬ男はヘイズレクの宮廷に出かけ、本物のゲストゥムブリンディのふりをした。……王のまえに進み出た偽者は、みなと同じ二者択一を迫られた。王の裁きを受けるか、それとも謎問答をするかだ。王が答えられない謎を出せたら、命拾いできる。

その男は謎問答を選んだ。……初めに、ゲストゥムブリンディは単純な謎を問いかけた。歩いているときに鳥が足の下と頭の上を通っていく場所はどこか。王は、それは橋だと解いた。…(謎問答が8問続く)…「合わせて10本の脚で走るが、目が3つしかないふたつのものの名前は何だ?」ヘイズレクは答えるまえに間を取り、ゲストゥムブリンディだと名乗る男をじっと見つめた。そのときになってようやく、男の灰色の髪が片目の上に垂れているのに気づいた。「その謎の答えは、スレイプニール(オーディンが乗る8本脚の至高の馬。死者の世界と生きている者の世界を行き来することもできる)に乗った片目のオーディンだ。」見知らぬ男と王はじっと見つめ合った。「ならば、これに答えてくだされ、偉大な王よ。あなたが誰よりも賢く、神々に匹敵するほどならば。オーディンがバルドル(オーディンと女神フリッグとの間に生まれた美しい長男で、ロキが盲目の弟ホズルを騙して殺害させた)を火葬の薪の上に置くまえにバルドルの耳にささやいたことは何か?」ここでヘイズレクは、知恵を試されているのだとわかった。「その答えはあなただけが知っている、灰色のあごひげのご老人」と彼は答え、ティルヴィング(ドヴェルグが鍛造した光り輝く魔剣。さやからぬくと必ず誰かを傷つけて死に至らしめる)をさやから抜いて、目の前の男に切りつけた。だが、オーディンはすでに鷹に変身したあとだった。……

オーディンは戸口の側柱にとまると、ヘイズレクに別れの言葉を告げた。この無礼な振る舞いの代償として、王は自らの奴隷の手で死刑を宣告されるであろう、と。まもなく、……ヘイズレクは、就寝中に奴隷の一団に殺され、その血まみれの死体からティルヴィングが盗まれたのだ。

(「図説 北欧神話大全」294295298300ページ)

 

 見方によっては、オーディンは勧善懲悪を裁く主人公で、悪の存在であるヘイズレイクに裁きを与えたようでもあります。しかし、大岡越前や遠山の金さんのように、すっきりとした裁きではなく、シェイクスピアの“ヴェニスの商人”におけるコメディ要素もありません。

この物語のへイズレク王の姿は、むしろ“マクベス”のように、自らの運命を定められた王位簒奪者の姿に重なります。とすると、オーディンは予言を行う魔女たちに他なりません。

 このように、個々の物語におけるオーディンの役割は、その物語における主人公の運命を定める予言者であったり、物語の狂言回しであったりします。

ここでオーディンの行動を動機づけるものが、他の神々への信仰に対する嫉妬ではないかと疑われます。ヘイズレク王の物語でも、ゴート族に味方している際に飢饉に襲われた時、もともと予言されていた最も美しい少年(ヘイズレクの息子)を犠牲に捧げることはせず、ゴート人の王に反旗を翻して戦争となり、その戦死者をオーディンに捧げます。その後は、オーディン以外の神を敬うヘイズレクの前に、オーディンは現われるのです。そして、不吉な予言とともに飛び去ります。

この物語のなかでヘイズレク王は決して善き人として描かれてはいません。兄殺しで、父親の助言に耳を貸さず、謀略とティルヴィングの力で他者を薙ぎ倒して王位に就いた以上、その報いを受けるのは必然とも思われます。同時に、こうした姿は、程度の差はあっても、どこにでもいる人間の姿ではないか、と訝られます。

オーディンはそんな人間に予言という形で引導を渡しつつ、来るべきラグナロクに備えるべく知識と勇者を求めて諸国を彷徨います。そこには終始一貫したライバルや敵役といったものは見当たりません。敢えて言うならば、ラグナロクという運命そのものが究極の敵役です。そして、その強敵には勝てないことを、神話を読む者も知っています。ストーリーの最後はわかっていても、ついつい読んでしまうほどに、北欧神話の魅力があるのです。

企業やブランドのストーリーに、そもそも最後のオチはあるでしょうか。オチも知っていても、ついつい読みたくなるだけの魅力ある物語やキャラクターが登場しているのでしょうか。

ストーリーの骨格は変わらなくても、血肉の違いがおもしろさとなり、人々を惹きつけます。反対に、オチもなく、物語を細部まで描き切ることもせず、キャラクターも魅力に欠けているのでは、誰も惹きつけられません。数字や事実を書くよりも、何かを探求する姿を(失敗も含めて)描くほうが人々の共感を得やすいのではないでしょうか。

 

(6)に続く 

 

作成・編集:QMS 代表 井田修(20211227日更新)