「図説 北欧神話大全」に見る“語り継がれるストーリー”(6)

「図説 北欧神話大全」に見る“語り継がれるストーリー”(6

 

 神々の中で主人公であるオーディンとともに戦う神にトールがいます。

 

 オーディンの息子、赤いあごひげをたくわえたトールは、神々を守り、人類の住まいを守る神だ。彼がハンマーを振り下ろすと、その音が雷のように天空に鳴り響く。トールは巨人との戦いにつねに備えている神の一員だが、実は母親のヨルドは、当の巨人族の女性だとうわさされていた。……彼は巨人族の人口が増えるのを食い止めねばならなかったのだ。戦うときにはハンマーのミョルニールを振るう。これはトールだけが使うことのできる武器で、山をたたいて平らにすることも、巨人の頭骸骨の一番厚い部分を打ち砕くこともできる。(中略)

トールはいつも対話より行動を選ぶ。言わば鍛冶屋のとびきり上出来の道具というわけでもない。父親のオーディンは息子の短気ぶりをおもしろがることもある。……トールが怒りに駆られて巨人の一家全員――妻も娘も、嫁もおばさんも――の頭を割った、という話はよく聞く。しかしトールは、交渉術や狡猾さがあるわけではないにしても、その力ずくのやり方が平和を保つこともままある。(「図説 北欧神話大全」6163ページ)

 

 主人公がチームとなって敵と戦うというのは、ロボットものや戦隊もので定番と言える設定です。そのなかに、トールのような力が強くて単純というキャラクターもよく出てくるもので、なじみのあるキャラクターです。トールは巨人族や怪物たちとの戦いで活躍するのですが、良くも悪くも力任せであり、言葉や戦略・戦術で勝負するタイプではありません。

 こうしたキャラクターは企業のなかでもよくあります。営業にせよ開発にせよ、とにかく頑張って結果を出すタイプの人材は、多くの企業で見られるでしょう。決して悪い人ではないのですが、このタイプの人はその活躍や成果を挙げるプロセスを描こうとすると、ひとつのエピソードを描くだけで他のものも描き切ってしまいがちです。

 また、その活躍や成果を挙げるプロセスにおいて、試行錯誤やうまくいかない状況へのいらだちとか悩み、いくつかの選択肢のなかでの迷いや懼れ、周囲を何とか巻き込んで予想外の結果を出すといったサプライズ、新たに得られた知見や副産物、自身のなかの未知の部分の発見など、次の展開をもたらすきっかけがあまり出てこないように思われます。一口で言えば、話が自然と転がっていかないのです。

 これは人に限ったことではありません。単に成功したプロダクトやサービスのサクセスストーリーを描くだけでは、その企業やブランドへの好意や信頼は得られません。むしろ、プロジェクトがうまく行かず窮地に陥った時や急な資金不足やトラブルが発生した時など、そこからどう立ち直ったのかを外部の人々は問いたいのではないでしょうか。

そこで、単に力任せにハンマーを振り回したら、巨人族という困難が具象化した存在を滅ぼしました、というのでは納得できないのが当然です。ハンマーを振るうまでの心理的な描写やハンマーを振るった後の影響評価などに対して、多少なりとも何らかの言及が必要でしょう。

主人公オーディンの息子にして力自慢のトールは登場するシーンこそ多いのですが、神話全体に及ぼす影響力とか存在自体のインパクトという点では力不足というか、脇役の一人に甘んじるしかないように思われます。どこの組織にもこういうタイプの人はいそうですが、その組織の物語においても、やはり脇役でいるのでしょう。

ちなみに、「トールが怒りに駆られて巨人の一家全員の頭を割った」と神話では述べることはできても、社史やブランドストーリーでは一方的に相手をやりこめたと記すわけにはいかないこともあるでしょう。しかし、だからといって本当の物語を記述せずにそうした不都合な事実を隠蔽するよりも、不都合な事実を敢えて明らかにした上でそれを乗り越える努力を見せることで、ようやく他者を納得させるに足る物語が生まれてくるのではないでしょうか。

 

(7)に続く

 

 

作成・編集:QMS 代表 井田修(202216日更新)