「図説 北欧神話大全」に見る“語り継がれるストーリー”(3)

「図説 北欧神話大全」に見る“語り継がれるストーリー”(3

 

 さて、北欧神話で主人公というべきか、全体にわたってその存在がストーリーを展開させるものがオーディンです。神話における主神であり最高神なのですが、その外見や登場のしかたは、とてもそのような神々の中の神という感じではありません。

 

 ある村にひとりの老人がやってきた。つばの広い帽子をかぶり、薄汚れたマントをまとい、槍にもたれかかって。……オーディンを雨宿りの場所を探しているただの訪問者と見分けることはまずできない。しかし、オーディンが本当に求めているのは知識だ。だからこそ、オーディンは世界の秘境まで足をのばし、先見の明ある者のあばら家を訪れ、最高に賢い王たちの館に赴く。……オーディンはこれから何が起きるか、どうすれば最高の備えができるのかということを気にしてばかりいる。……ラグナロクが迫ると、オーディンはミミール(巨人の国ヨトゥンヘイムにある泉の水を毎朝飲む賢者のこと)の首に最後の助言を仰ぎに行くが、これからどうなるかということを知ったところで、オーディンや神々の運命から逃れることはできない。(中略)

 オーディンは片目で歩き回る。もう一方の目は、知恵と交換に、ミミールの泉に投げ入れたからだ。オーディンが払った犠牲はそれだけではない。ルーン文字を知るため、ユグドラジルの枝にわが身をつるし、9夜のあいだ槍で突き刺されながら風雨にさらされた。……知りたいという強い欲望から、オーディンはあらゆるタブーを破るようになった。……平気で人をだましたり、たびたび気が変わったり、勝利の約束を守らなかったりする。愛人に対しても優しい扱いをするとは限らない。

(「図説 北欧神話大全」4851ページ)

 

 主神として子孫が数多くいるのは当然かもしれません。その子孫の多くが神々であったり、神と人間の中間的な存在として怪物退治などヒーローにふさわしい事績を挙げたりするのですが、主神オーディン自身は大きく異なる存在です。

 妻である女神フリッグのほかに、多くの愛人もいます。その愛人たちにも子供を産ませるなど、現代であればヒーローどころか不倫会見で叩かれる、時代の変化が読めない中高年男性でしょう。いや、愛人を口説くにも、レイプや魔法による関係も珍しくはなく、刑事事件化しないほうがおかしいと断言できます。

 また、オーディンの隻眼には、伊達政宗や柳生十兵衛のように人を惹きつける魅力が感じられないのは筆者だけではないでしょう。そもそも、見た目だけでなく言動も異性も含めて人々を惹きつけるものとは思えません。一般にヒーローと言えば、人々が称賛するようなことを成し遂げるだけでなく、その外見や言動も広く世間の人々を惹きつけるでしょう。少なくとも、忌み嫌われそうな外見や言動は慎むのが普通でしょう。

オーディンはそうではありません。自らヒーローであることを意図的に拒んでいるかのような外見や言動を帯びています。そこには、他者による称賛など眼中になく、目的のためなら手段を選ばない姿があります。他者に理解されるかどうかよりも、今やるべきことをやりたいように行うことで、少しでもラグナロク(世界の終末)の到来を遅らせようとするオーディンの姿は求道者のようでもあります。

一方で、他の神々との闘争に明け暮れる最中に、正々堂々と力勝負で価値あるものを奪取するのではなく、さまざまな策略を用いて他の神々の所有物を掠め取る逸話も多く語られます。この点からもオーディンはヒーローとは呼びにくい存在ですが、それらの行為の副産物として芸術(詩)が生まれたりするので、やはり神々の中の神であることは認めざるを得ません。

戦士を集め、知識を求め、来るべきラグナロクに備える、といえば神々のリーダーとしてあるべき姿のように思われるかもしれませんが、何のためにラグナロクに備えるのか、実はよくわかりません。神々のリーダーが単に生き延びるためだけのために、ヒーローとして戦死した者たちをヴァルハラ(オーディンの居館)に集めているとは思えません。

オーディンは神々のリーダーというよりも、滅ぶべき世界について全てを知りたいという知識欲に突き動かされている一人の年老いた男に見えます。すでに物理的肉体的な力を誇示する年齢にはなく、知識の力で困難や試練を乗り越えようとするところに、実に人間的な姿を見るのではないでしょうか。

そして、全てを知りたいという欲求に忠実なあまり、目を失うことも厭わず、他を騙し欺くことも当然の手段として何の躊躇いもなく実行する姿は、追求するものこそ幸せや金や力や芸などと違っていても、今も遍く目にすることができる人間の姿です。神話の主人公といえども、きれいごとでは済まないところに、真の姿を描いているのではないかと思わせるものがあります。きれいごとだけのストーリーでは、昔の人々も今の私たちも満足できないのです。

 

(4)に続く

 

 

作成・編集:QMS 代表 井田修(2021128日更新)