「図説 北欧神話大全」に見る“語り継がれるストーリー”(2)

「図説 北欧神話大全」に見る“語り継がれるストーリー”(2

 

 一般にストーリーには、主人公がいて、その主人公を取り巻く主要な登場人物がいて、更にその周囲に特定の場面で活躍する脇役がいます。そして、それらを取り巻く環境(時間と空間)があります。

 北欧神話で言えば、主神オーディンが主人公(注3)で、フリッグ、トール、ロキなどの神々が主人公に近い主要な登場人物、黄金を作り出す小人族や運命を司る女神や巨人族などに加えて、竜やさまざまな動物たちが脇役という位置づけでしょうか。これらの登場人物たちがそれぞれの物語を紡ぎだすのが、世界樹や聖なる泉がある世界です。 

 

 世界樹ユグドラジルがなければ、9つの世界は存在できない。ユグドラジルは9つの世界の中央に立ち、すべてのものをしかるべきところにつなぎとめている。ユグドラジルはトネリコの木だが、ほかのどのトネリコよりも古く大きい。あらゆる木と同じく、ユグドラジルの枝も天に向かって伸び、根を地中深く下ろしている。(中略)

世界樹ユグドラジルは、冬になっても葉が落ちることは決してないが、たいていの樹木よりも傷めつけられている。4頭の雄鹿が青々と茂った枝葉のまわりをうろついて、みずみずしい若葉を食べているうえ、ヴァルハラの館の屋根にいるヤギのヘイドルンが、ユグドラジルの下のほうの枝から葉を食いちぎっている。(中略)

ユグドラジルを弱らせている生き物に対しては、神々はほとんど手を出せないが、3人のノルス(運命の女神)が毎日、ウルドの泉の水を汲み、その水に白い土を混ぜたものをユグドラジルの根にかけて、ユグドラジルが腐らないようにしている。(中略)3人はウルドの泉の近くに美しい館を持っており、彼女たちの仕事が終わるのは、この大きなユグドラジルが震えだし、世界が再び奈落の底へ沈む終末が到来したときである。(「図説 北欧神話大全」4042ページ)

 

 世界樹ユグドラジルは、北欧神話が語られる場の中央にあって、神話が展開する舞台すべてを繋いでいます。それはスカリツリーの心柱のように、単に中央にあって全体のバランスを取っている人工的な構造物ではなく、絶えず新陳代謝を繰り返しつつ生きている生物です。

 ウルドの泉は、ユグドラジルが生きて存在し続けるのに必須の水を供給する存在です。アスガルドという神々が住む世界にあります。

 北欧神話の舞台となる9つの世界(ミッドガルド、ヨトゥンヘイム、アスガルド、ヴァナヘイム、アルヴヘイム、スヴァルトアールヴヘイム、ニッフルヘイム、ムスペルヘイム、ヘル)を支える世界樹と聖泉というのは、ヨーロッパ、特に中部や北欧の土地によく見られる森林とそこにある泉や湖を投影しているイメージでしょう。海洋地域の神話であれば、海や岩や崖にちなんだものが考えられそうです。

これらふたつのものは、組織のストーリーにおいても不可欠です。もちろん、世界樹と聖泉として登場するのではなく、その組織が事業を展開する際に基軸となるものとその基軸となるものを絶えず活性化する要因として析出すべきものです。

たとえば、世界樹に相当するのは、事業や競争力のコアとなる組織スキルや事業横断的に活用される経営資源、もしくは組織として共有する価値観などが考えられます。同様に、聖泉に比すべきは、コアスキルや事業横断的な経営資源の調達・向上・伝承の流れそのものであり、それを担う人材やノウハウなどが考えられます。

よく知られている実例を挙げれば、ホンダにとってのエンジン(内燃機関)が世界樹であり、三現主義(現物・現場・現実、注4)が聖泉に相当するでしょう。今まさに起こっているエンジンからEVへの転換は、世界樹の交替なのか、はたまた世界樹がエンジンではなく「ものを動かす仕組み」であったのかが問われていることになります。

単なるストーリーではなく、“語り継がれるストーリー”であるためには、個々のヒーローの活躍を描く物語ではなく、ヒーローの活躍を通じて死守され発展していくものが必要なのです。それが世界樹です。

ヒーローは創世期(起業の時期)や世界樹が枯れるといった危機に登場するように思われますが、日常的に世界樹に泉の水をかけて育てている存在も忘れてはなりません。その存在を忘れてしまうと、運命が滅びに向かうという北欧神話のプロットは、企業経営にもそのまま当て嵌まるのではないでしょうか。

滅びに向かうというプロットを警鐘や教訓として経営のストーリーに採り入れるには、日常的に聖泉を汲んで世界樹に与えているのは誰(何)かを、改めて問うことからストーリー作りに着手することになります。言い換えれば、ヒーローが登場しないところで、日々の繰り返し作業を恙なく行っている者に言及することこそ、“語り継がれるストーリー”に求められるのです。

 

(3)に続く

 

【注3

北欧神話は創世記(世界の創造に関する物語)に始まり、神々の時代の話、神々の子孫である人間たちのさまざまな英雄譚、そして実在した王侯たちの物語へと受け継がれていきます。そのため、すべてに登場する単一の主人公は存在しません。

主神オーディンは、神々の時代では主人公として活動し、人間たちの英雄譚では英雄(ヒーロー)たちに助言を行い、時には武器や戦士を与えるなど、英雄となるべき存在を英雄に仕立て上げる役割を陰ながら担います。表立った主人公からヒーローメーカー的な存在へと役割は変わりますが、オーディンを抜きにして物語は進まないので、本稿では全体を通じての主人公と見做します。

 

【注4

三現主義については、以下のような解説があります。

三現主義とは?あのホンダが守る三現主義の意味を知る | 中小製造業のための経営情報マガジン『製造部』 (seizo-bu.com)

 

作成・編集:QMS 代表 井田修(20211122日更新)