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知のスパーリング・パートナー(3)

知のスパーリング・パートナー(3

 

マネジメントにおける知のスパーリング・パートナーはCEOの影か分身、もしくは経営チームの一員にして経営トップの問いかけを受けとめる役であるとすれば、どのような人材がふさわしいのでしょうか。

 形式的な条件としては、同じ組織でCXOに相当するレベル役職に就いているか、執行役でないとしても取締役や上級管理職(経営幹部)などでCEOとほぼ同等の情報へのアクセス権をもつ役職に就いていることが挙げられます。そういった役職で求められる職務要件(いわゆるジョブ・ディスクリプション)を満たしていることは、いうまでもありません。

実質的なことを言えば、知的レベルはCEOと同等以上(といってもあまりにかけ離れて高いレベルでは却ってうまくいかないでしょう)、テーマによっては相当な専門性も必要です。ただ、専門性は社内外の専門家に尋ねたり事後的に学習することでも十分に対応可能です。身につけている知識レベルは、極端に違うと話が進まない虞がありますが、相当程度知識レベルを向上させる学習能力が高く、実践することが要求されます。そもそもスパーリングから得るものが多いほうがCEOでない限り、スパーリング・パートナーとして存在する意味がありません。

知的レベルや知識レベルなどよりも重視すべきポイントは、CEOとの関係です。スパーリング・パートナーにとって、リラックスしてCEOにモノが言える関係でなければ、情報を意図的に隠したり、思いついたアイデアがあっても口にせず、しっかりとした内容のあるコンテンツを生み出すことが難しくなります。いわゆる心理的安全性をスパーリング・パートナー自身が確かに感じていることが不可欠です。少なくとも、CEOとスパーリング・パートナーが、プライベートな事項も含めて日常的に会話を交わす関係であったり、仕事上のちょっとした打ち合わせが立ち話でもリモートでもできる関係であることが必要です。

もちろん、実際に知のスパーリングを行う際には、いわば真剣勝負で相互にさまざまな情報・アイデア・知見などを開陳し合うことが必須です。その真剣なやりとりのなかから、新たな知見や問題解決へのアプローチ、具体的な解決策やより伝わりやすい表現などが生み出されていきます。

 言い換えれば、知のスパーリングを行う前提として、CEOとの間で「対話」(注4)が成立していることが前提条件となります。ここで言う「対話」とは、対話を行う双方にとって何らかの新しい発見があるものです。質疑、論戦、交渉、合意などの通常のビジネス上のコミュニケーションにおいては、当事者が既知(少なくとも一方にとっては既知)の事項について情報のやりとりが行われ、その結果、双方にとっての共通利益の最大化が図られます。「対話」は、当事者双方が相互に相手への関心から問うことを通じて、問いへの答えそのものや答えたり新たな問いを発したりする相手の態度などへの自らの心理的感情的な反応も含めて、新たな発見(新たな共通利益)に気づくプロセスなのです。

 こうした意味での「対話」がマネジメントにおける知のスパーリングに不可欠であることは、「対話」から新たな発見が生み出されるというその機能から自明です。この新たな発見こそ、いかなる組織におけるマネジメントでも求められるものですが、CEO一人で生み出すことは至難の業でしょう。知のスパーリング・パートナーが求められる所以です。

 ただ、ある特定の状況においては知のスパーリング・パートナーは必ずしも人間である必要はないのかもしれません。

たとえば、将棋という競技において新たな手(戦法)を発見するための探求プロセスについては、既にAIの活用が日常化しているようです。藤井聡太三冠のように(注5)複数のタイプの異なるAIツールを活用して、具体的な戦術を検討したり、ある局面における最善手と候補手を比較検討したりするのが、プロ棋士の間で主流となりつつあるようです。以前であれば、研究会などで人間(プロ棋士)同士が行っていた「対話」を通じての研究では、どうしてもできないこともあったそうです。そもそも検討すべき候補手の範囲が偏っていたり、対局相手となりうる棋士同士が本当に検討すべき手を包み隠さずに検討できるわけではないでしょう。

また、今年のノーベル物理学賞を受賞した真鍋叔郎氏は、シミュレーションという時間や空間に縛られない研究手法を気象に導入し、数十年も前から地球温暖化のメカニズムを研究してきたそうです。実は、このシミュレーションという手法が研究者(人間)と自然(気象)との「対話」そのものです。なぜなら、「対話」は相手に対する好奇心に突き動かされて仮説を相手にぶつけていく行為にほかならず、相手(自然、そのうちの気象)との「対話」の手段がシミュレーションにほかならないからです。

マネジメントにおいてCEOが「対話」を行うべき相手がAIになる日もいつかは来るでしょうし、今でもテーマを絞ればAIとの「対話」を通じて知のスパーリングを行うことが可能かもしれません。しかし、当面は人間のスパーリング・パートナーのほうが「対話」を通じて新たな発見(経営課題に対する適切な解決策)を生み出すのに適しているでしょう。

 

(4)に続く

 

【注4】

本稿における「対話」の考え方や捉え方については、以下の論考をベースに論じています。

真の対話を可能にする好意的解釈の原則とは何か|森本紀行はこう見る|機関投資家・資産運用業界向け資産運用総合情報サイト【fromHC

なお、この論考は金融機関と監督官庁(金融庁)との対話についての論考ですが、広く一般のビジネスにおいても同様に考えることができると判断し、ここで採り上げてみました。

 

【注5】

たとえば、以下の王将戦挑戦者決定リーグ戦前のインタビュー(ライブドアニュース・王将リーグ『将棋研究2.0』)でAIの活用について言及しています。

https://news.livedoor.com/article/detail/20882230/

 

作成・編集:経営支援チーム(20211017日)