知のスパーリング・パートナー(2)

知のスパーリング・パートナー(2

 

さて、知のスパーリングとは何をするものか改めて考えてみましょう。

前回述べたように、マネジメントにおける知のスパーリングというのは、CEO(起業家、企業経営者、公的団体の経営責任者など)がさまざまなアイデア(プラン、スピーチなど)を検討するのに、誰かが相手となって中身を詰めることです。この作業は日常的なものですから、あまり意識されないことが多いかもしれません。しかし、個々の意思決定以上に、その結果は重要で影響が広く長く及ぶものです。

知のスパーリングをより具体的にイメージするために、映画やドラムなどの脚本を作るプロセスと比べてみると、実際に何をするものなのか理解しやすいでしょう。

脚本を作る作業は、基本的に一人で行うことが可能ですし、実際に一人で行うことのほうが多いかもしれません。しかし、複数の人(監督や脚本家に加えてプロデューサーや外部協力者など)が共同作業として参画することで、脚本家一人では及びにくい複数の視点で多面的に作品世界を描くことが可能となり、より面白い作品が生み出されるはずです。

たとえば、黒澤明監督の伝説的な脚本作りでは、監督一人が脚本を書いていた初期作品以外は、基本的に監督と脚本家がチームとなって脚本作りに当たっています。

映画「七人の侍」のシナリオ作りでは、監督兼共同脚本の黒澤明と共同脚本の橋本忍が同一シーンを書いて、別の脚本家である小国英雄が判定役となって、よりよいほうを採るということを熱海の旅館に籠って続けていたと言われています。

その結果出来上がった脚本から、徹底してリアルな時代劇を生み出しただけでなく、活劇としての娯楽性やスピード感あふれる展開などはハリウッドにも多大な影響を与えたことは、“スター・ウォーズ”シリーズやスピルバーグ監督の諸作品を見れば明らかです。この作品で監督がメモした登場人物の細かい設定や、製作に入る前に橋本忍が調べ上げた武士の日常生活のディテール(どこに住み何を食べていたのか、1日何食だったのか、収入源は?など)、今でも映画やドラマを作る上でのひとつの基準となっているように思われます。

また、映画「隠し砦の三悪人」では黒沢監督が提示する困難な状況を突破するために、菊島隆三・小国英雄・橋本忍の脚本家3人がさまざまなアイデアを出して追う側と追われる側の動きをシミュレーションしたり、攻防戦を演習のように行ったりした上で脚本を作っていったそうです。

こうした作業は現在では、映画やドラムだけでなくコミックやアニメにおいても、同様に共同作業で行われているようです。作家だけでなく編集者・原作者・外部協力者なども含めて一種の知のスパーリングが行われて、ストーリーやネーム(台詞)が生み出されていきます。

企業経営において知のスパーリングで生み出すべき成果物は、脚本ではなく事業プランや記者会見でのプレゼンの資料やスピーチ原稿などです。そして、自社サイトに掲載するCEOの言葉(挨拶)や企業のミッション・ステートメントやパーパス、株主総会におけるスピーチや株主への手紙といったものもあれば、新年度の経営幹部向け事業方針説明や早期退職制度の募集要項といった社内向けの発表資料もあるでしょう。

こうしたものは、社長室や経営企画部、所管する部門(早期退職制度であれば人事部門など)の責任者や主要スタッフなどから、CEOが事前にレクチャーを受けて発表に臨むのが通例でしょう。ただ、それでは、渡された原稿を通り一篇に読みあげるだけで、伝えるべき内容がまともに伝わることは滅多にありません。下手に質疑応答などすれば、経営トップの理解不足が明らかになってしまうケースもあります。

だからといって、いくら重要な事項とはいえ、ゼロから経営トップがすべてを作るわけにもいきません。時間的にも無理でしょう。そこで、知のスパーリングのパートナーというべき役割を果たす人といっしょに動いていることが望ましいのです。

実際に資料や原稿を作成するのは、知のスパーリング・パートナー自身やそのチームが担当するとしても、経営トップが内容の検討に直接関わっていることのメリットは大きいでしょう。記者会見で同じ原稿を読むにしても、一度でも内容を議論したものであれば、説得力が違ってくるはずです。まして、質疑応答ともなれば、事前に経営トップと知のスパーリング・パートナーとの間で多角的に議論しておくだけで、相応の予行演習を行っておいた程度の効果は得られるに違いありません。

知のスパーリング・パートナー自身は経営者ではないので、経営トップとは別の視点でものを見ることに必ずなります。同時に、経営トップと同等の情報に接しながら、また経営トップの課題認識や戦略上の意図などを共有しながら内容を詰めていくことになります。まさに、CEOの影か分身、もしくは経営チームの一員にして経営トップの問いかけを受けとめる役が、マネジメントにおける知のスパーリング・パートナーなのです。

 

(3)に続く

  

作成・編集:経営支援チーム(2021928日)