知のスパーリング・パートナー(1)

知のスパーリング・パートナー(1

 

 世界的にワクチン接種が進み、行動制限が緩和されつつあるコロナ禍ですが、仕事の場では依然としてリモートワークをせざるを得ない状況が続いています。日本の場合、当初予想されたほどにはリモートワークが進展し定着するには至っていないようですが、これからの数年の間、一定の時間をかけて徐々に進んでいくでしょう。

リモートワークが定着したとは言えない状況であって、コロナ禍におけるマネジメントで最も問題化している事象のひとつが、経営トップレベルで知のスパーリングを行うことが極めて困難になっていることです。

 

知のスパーリングというのは、ボクシングのスパーリングと同様に実践的な(本番さながらの)練習を行うものです。ボクシングのスパーリングが来るべき試合に備えて対戦相手について、ボクサーとしてのタイプ、試合運びの特徴、長所や弱点などを研究し、対戦相手役のボクサーと真剣にリングで戦う練習です。一方、マネジメントにおける知のスパーリングは、CEO(起業家、企業経営者、公的団体の経営責任者など)がさまざまなアイデア(プラン、スピーチなど)を検討するのに、誰かが相手となって中身を詰めることです。

実際には、企業経営や組織運営についてCEOなど経営幹部が事業の構想を練ったり経営課題の解決策を検討したりする際に、意思決定者本人と同じ情報をもって、事業プランや解決案の策定に必要な情報の検討やディスカッションなどを意思決定者とその相手(スパーリング・パートナー、最低1名)が、CEOの執務室や役員会議室などで行います。このスパーリング・パートナーの役割は、一緒に議論したりアイデアを提案したりすること以上に、議論から抜け落ちているポイントや見逃している関係者の視点などを投げ掛けていくが重要です。時には、外部専門家(弁護士、公認会計士、経営コンサルタントなど)やスピーチライター、経営企画スタッフなどが参画することもあるでしょう。

こうした知のスパーリングを行うには、CEOなどの経営トップと同じレベルで議論を行うことができるスパーリング・パートナーの存在が不可欠です。その代表例と思われるのが、今年7月にAmazonで創業者のジェフ・ベゾスからCEO職を引き継いだアンディ・ジャシーです(注1)。

フィナンシャル・タイムズ紙が2016年に起業家部門の“Person of The Year”に選出した時の表現によれば、アンディ・ジャシーは「ジェフ・ベゾスの影」(注2)として、テクニカル・アシスタントとCEO直属のスタッフ・チームのチーフ(CEOが大統領であるとすれば首席補佐官に相当する役職)を兼任して、日常的にジェフ・ベゾスの手厳しい問い掛けや質問に応えていたようです。そうした状況のなかから生み出されたのがAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)です。

後にジャシーはAWS部門の責任者(CEO)として、このクラウド事業を世界最大級に成長させていきますが、本人にはIT技術についてのバックグラウンドはありません。

ジェシーの貢献はきっと、AWSを生み出し事業化しAmazon全体の中でも抜きんでて収益性の高い事業に育て上げたことだけではないでしょう。AWS以外のAmazonのさまざまな事業やサービスがもっている競争優位性を築く上でジェフ・ベゾスが下した判断のすべてとはいわないまでも相当程度について、知のスパーリングを通じて行われた貢献のほうがむしろ大きいのではないでしょうか。そう思われるからこそ、ジェフ・ベゾスの後継者としてAmazon全体を率いることになったのでしょう。

 

創造的な仕事や機密性の高い仕事ほど、直接会って同じ場と時を共有して新たな価値を生み出すことが求められます。Amazonの例を持ち出すまでもなく、経営トップに求められる本来の仕事、すなわち新たな事業を創造したり、既存の事業を全面的にリニューアルして顧客に新たな価値を提供していく、そうした仕事には、本来、知のスパーリングを行うことが不可欠です。

一般に、リモートワークではオフィスワークほどはしっかりとしたコミュニケーションを実現することが難しくなっています。まして経営トップに必要な知のスパーリングの前提となるコミュニケーションは、音楽でいうジャムセッションのように、参加するメンバーがそれぞれの専門性や経験をさらけ出し相互に持ち味を発揮しなければ上手くいくはずがありません。そうした活動がなかなか再開できず、また対面型の知のスパーリングに取って代わる手段がいまのところ見出せない状況にあるため、これまでにないものを生み出すことが極めて困難になっているのではないでしょうか。

 

【注1

たとえば、次のように報じられています。

アマゾンのベゾス氏が退任、新CEOAWSトップのアンディ・ジャシーが就任 | TechCrunch Japan

 

【注2

a “shadow” to Bezos, a role somewhere between technical assistant and chief of staff.

Person of the Year: Amazon Web Services’ Andy Jassy | Financial Times

 

 

作成・編集:経営支援チーム(2021914日)