リモートワークにおけるリーダーシップ(6)
それでは、ミーティング以外の場面でリモートワークにおけるリーダーシップのありかたを考えてみましょう。例えば、日常的にデスクワークをしている最中に、新入社員とかまだ経験の浅い若手社員が上司や先輩から明日の定例会議のための資料作りを指示されたが、どこから何に手を付けたらよいのかわからず、すぐに行き詰ってしまった状況を想定してみます。
資料作りを指示されている社員は、リモートワークであれば余計に、わからないところをその場で誰かに尋ねるといった、ちょっとしたコミュニケーションがとりにくいのは事実です。チャットツールを活用するにしても、同じ部署に所属する同僚にはそれぞれに自分の仕事がありますし、仕事をするペースや時間配分なども異なります。こちらにとって都合のよいタイミングで答えてくれるとは限りませんし、答えが返ってこないからといって誰かを非難するわけにもいきません。
そうなると、同じ質問ばかりするわけにもいかず、他にも仕事はあるでしょうから、この資料作りは後回しになるかもしれません。別の仕事に取り掛かれば、それなりに時間もかかります。そうこうするうち夕方になり、指示していた上司や先輩から「できあがった資料を見せて」とチャットが入ったり、資料を画面で共有して確認するミーティングの時間になってしまうかもしれません。
このタイミングで、実はまだできていないことが明らかになってしまうと、上司や先輩から叱責されたり、「わからないなら、なぜその場で訊かなかったんだ」と詰問されたりするでしょう。もしかすると、二度とまともな仕事は任されないことになるかもしれません。
本人からすると、資料作りの際にわからなかった点を誰も教えてくれなかったとか、仕事を指示する上で具体的な助言(自分は以前こうやって作成したとか参考とすべき他の資料がどのファイルにあるか教えること)がひとつもなかったといった不平不満がでることが予想されます。しかし、上司や先輩からすれば、そんなことはリモートワークであってもなくても、いつでも訊いてくれれば教えたのに、ということになるでしょう。
同じ空間にいて仕事をしているのであれば、ちょっとした質問をしたり、わからないことや不明な点を周囲の同僚などに尋ねたりすることは、タイミングを見て行いやすいものです。ときには、昼休みや休憩の時などに雑談がてら訊いてみることもできます。
実は、リモートワークにおけるリーダーシップの問題の核となるのが、自分で自分の仕事にリーダーシップをもつことです。この例で言えば、リモートワークだからといって遠慮せずに、と同時に他の人の仕事を邪魔しないように十分に気をつけて、資料作りに必要なアドバイスをもらうことです。そして、どのタイミングで何をすればそれぞれの仕事の納期を守ることができるのか、逆算して今日一日の仕事のスケジュールをしっかりと作っておくことが、自分で自分の仕事にリーダーシップをもつことの第一歩です。
もちろん、理想論を言えば、助けてほしいときに同僚たちが我先に助言してくるように促したり、リーダー自ら「困っている」「助けて」と発信・発言することで困った時に質問をしやすい雰囲気を意識的に醸成したりすることが組織上のリーダー(経営者、管理職など)に望まれます。
しかし、上司だから、先輩だからといって、後輩や新人が期待するリーダーであるわけではありません。これはリモートワークとは関係なく、普遍的に言えることです。まして、技術動向や社会情勢などが激変するのが当たり前の時代にあっては、年齢が高くビジネスの経験年数が長い人の方が事業環境の変化や仕事のやり方の変化についていけないのが、必然ですらあります。
組織上の立場から見て理想的なリーダーなどそうそう存在しません。現場の立場で実務に当たっている人たちが、上司や経営者が自分たちの日々の仕事のリーダーであるということは、そもそもあり得ません。
まして、リモートワークを行っている状況下では、部下や社員ひとりひとりに目が届くほうがおかしいのです。組織上のリーダーが仕組みやルールで対応できることといえば、就業時間以外は電話・メール・Zoomなどから完全にフリーにして仕事から切り離すことや、一人ひとりが孤立化して燃え尽きるのを防ぐためにアンケート調査やウェアラブル・ディバイスなどを活用して定期的に心身の就業状態をチェックすることといったところでしょう。
これでは上司や先輩はリーダーらしいことを何もやってくれないと思われるかもしれません。特に、リーダーシップをリーダーが何らかのメッセージを発して、そのメッセージに沿って人々を動かすことと理解しているのであれば、何も指示・指導せず、自分がわからないと部下に訊くような人がリーダーであるはずはありません。
仮にリーダーの果たすべき役割がメッセージの発信とフォロワーの誘導であるとすれば、リーダーはスピーチやプレゼンテーションを行うのが主な仕事となってしまいます。
ただし、リモートワークの下では、ライブで直接、スピーチやプレゼンテーションを見聞きするわけではありません。むしろ、リモートの特性を活かして、事前に収録した(またはライブ配信を録音・録画した)スピーチやプレゼンテーションを、フォロワーが各自の都合に合わせてファイルにアクセスして再生すればいいはずです。
こうしたことを行うには、リーダーは優れた役者であることが求められます。少なくとも、シェイクスピアの作品(注5)程度の面白さを体現できなければ、人々は数十秒も映像と音声を見聞きしてはくれないでしょう。
現実を振り返れば、企業経営者や経営幹部の圧倒的大多数は、ここで求められるレベルのスピーチやプレゼンテーションを行うに足るスキルを有しているとはとても思えません。通常の記者会見ですら、大半はつまらないものか、不祥事対応として不十分で却って炎上してしまいます。結局、リーダーシップに不可欠なスキルがないことを自ら証明してしまうことになるのが、組織上のリーダーの大半を占めるものと危惧されます。
スピーチやプレゼンテーションを行うスキルが不足している以上に、語るべきものがないことを問題として指摘すべきかもしれません。よくあるのは、形だけは事業戦略とかミッションやバリューを掲げていて、その説明会もやってはいるものの、その内容が実際の行動につながっていない企業です。
そもそも、リモートワークでない時に、それらの事業戦略とかミッションやバリューが社員の心に響き、日々の行動に落とし込まれていたのでしょうか。リモートワークとなっても、特にミッションやバリューを現実の行動につなげる新たな工夫や仕掛けを行っていないのであれば、それらは完全に名目に過ぎないことが明らかです。
立場上のリーダーについては、スピーチやプレゼンテーションを行う上でのスキルの欠如に加えて、そもそも何らかのメッセージを部下や広く社員一般に伝える必要性を感じていないことが、現実なのです。故に、その現実に立ち向かうには、自分が自分の仕事のリーダーとなって、上も下も関係なく周囲の人々を巻き込むことが求められます。
そのためのツールとしてITを用いて、自らのスケジュール、仕事の進捗状況、達成したこと、身につけたスキル、チャレンジしたいことなどを社内に公開しておき、やりたい仕事があれば仕事の方から声が掛かるように仕掛けておくことが肝要です。時には、転職サイトやスカウトメールへの登録など、社外にも情報を発信しておくくらいのことはやっておきたいものです。
作成・編集:経営支援チーム(2021年5月24日更新)
【注5】
たとえば、「ジュリウス・シーザー(カエサル)」第3幕第2場のシーザー暗殺に至った理由を述べるブルータスの演説とそれに引き続くアントニーのシーザー追悼演説や、「リチャード3世」第1幕第2場のグロスター公リチャード(後のリチャード3世)がヘンリー6世の妻でリチャードが殺した皇子エドワードの母でもあるアン王妃を口説く台詞のように、文字で読んだだけでも魅せられるレトリックをもったテキストを生み出す上に、優れたシェイクスピア役者さながらに語り演じることができて初めて、部下や社員の多くが見て聞いて理解して行動につなげてくれる可能性が出てきます。