· 

マネジメント課題としての事業承継(5)

マネジメント課題としての事業承継(5

 

 具体的に事業承継のプロセスに入る時は、いわゆるオーナー会社とサラリーマン会社では大きく異なります。前者ではオーナーの死去または引退が事業承継の契機となることが圧倒的に多いでしょう。後者では不文律も含めて在任期間が満了した時とか、経営不振などにより株主たちから経営者交替の圧力が高まり経営者が責任を取らざるを得ない時などに、事業承継が開始されます。

 

 株式公開会社など一般にオーナーシップが広く分散されている企業では、事業承継とは代表者の交替という意味と、経営不振などにより事業を他社に売却したり会社全体が吸収合併されたりする場合に事業を他社に引き継いでもらうという意味があります。後者の意味では、一般にM&Aのプロセスが事業承継にほかなりませんから、ここでは前者の意味での事業承継=トップマネジメントの引き継ぎ=のプロセスに限定して考えます。

 このトップマネジメントの引き継ぎについては、大手企業を中心に取締役会に指名委員会を設置して後継CEOを指名するケースも多くなりました。一般の企業では、現社長が後任の社長を指名して、自分は会長などに就任するといった例もまだまだ数多く見受けられます。

 候補者を選ぶプロセスは、正に前回説明した後継者育成プロセスそのものなので改めて言及することは避けますが、いきなり後継者を探すという事態にできるだけ直面しないように、常日頃から後継者を意図的に発掘・育成・評価することについて、経営者や取締役会(指名委員会)の仕事として取り組む以外にありません。

 

 次にオーナー会社における事業承継について、そのプロセスを考えます。

 誰にいつ事業を承継するのかということはある程度(少なくとも現オーナー兼代表者の頭の中では)決まっており、それを実現するためにある程度は計画的に親族や従業員のなかの後継者候補の育成に取り組んでいるとしても、問題となるのはどのような資産をどのような形で引き継ぐのかという点です。

財務的な資産といえば、承継すべきものの資産(株主資本・有形資産・無形資産など)の価値が問われるとともに、負債についても問題が生じることがあります。特に経営者による個人保証が付いている負債があると、その負債を個人保証ごと負うことに後継者が躊躇してしまうことは、これまでも度々問題点として指摘されてきました。

しかし、近年は経営者の個人保証を会社から切り離すこと(注6)が一般化してきており、後継者が個人的に経営者の遺産を相続することと、会社の事業を承継することとは別のこととして扱うようになりつつあります。

とはいえ、事業承継者以外の親族との間で遺産を巡る争いが生じるおそれはどのオーナー会社でもありえますから、正式な遺言書の作成や遺言執行サービスの手配など、生前に取ることができる手段はオーナー経営者の仕事の一部として執り行っておくことが望まれます。その際に、事業を承継する人に相続させるべきものとして、会社の株式とともに相続税を支払うことが可能な現預金も相続するようにしておくことも忘れてはなりません。

承継すべき資産のうち、非財務的な資産についても「資産」と「負債」があります。非財務的な資産というのは、たとえば、従業員や顧客です。企業文化や組織風土といったものもあれば、事業のもつブランドやレピュテーションというようなものもあります。これらは、事業を承継する以上、これまでの経緯や事業の歴史を含めて、そして今後の事業動向や戦略も含めて受け継いでいかざるを得ないものです。

スタートアップにはこうした一種のしがらみはありませんから、起業家が好きなように自らのビジョンに従って事業の構図や組織のありようを描くことができます。事業承継が問題となる企業には、そうした自由度はありません。むしろ、徹底的に不自由な情況で経営の舵取りを引き受けるしかありません。

同時に、既に確立した経営基盤を受け継ぐというメリットもあります。つまり、非財務的資産とは、このメリットにほかなりません。ちなみに、経営における不自由さやしがらみというのは、非財務的負債と呼ぶことが可能です。

これらの非財務的資産・負債は、もちろん、サラリーマン会社にもあります。ただ、サラリーマン会社の場合、内部昇格で次の経営者に就任するケースが大半であるため、経営者自身が非財務的な資産・負債の一部を構成します。そのため、事業を承継した際に、改めてその資産性や負債性を実感することは少ないかもしれません。事業承継がオーナー会社に比べてより頻繁に実現して事業環境の変化に対応する契機に恵まれているはずなのに、それ故に、事業環境の変化に対応しきれず、事業の構造改革が遅れるなどのマイナス面が生じやすいのかもしれません。

 

(6)に続く

 

【注6

「経営者保証に関するガイドライン」については、以下のHPに詳細な説明があります。

https://hosho.go.jp/guideline/

「経営者保証に関するガイドライン」そのものは以下に公表されています。

https://hosho.go.jp/pdf/guideline.pdf

 

 

  作成・編集:経営支援チーム(2020124日)