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マネジメント課題としての事業承継(3)

マネジメント課題としての事業承継(3)

 

 承継すべき事業の見通しとともに検討すべき課題は、誰に承継させるのか、そして、その承継すべき人は承継後、どのように事業を運営していこうと考えているのか、といった極めて属人的な事項になります。

 

まず、誰に承継させるのかという問いですが、いわゆる同族会社であれば、親族、特に長男や婿養子といった立場の人が最有力でしょう。本人も自覚し、従業員や取引先などの関係者もこの人が後継者であると衆目が一致していることも多いものと思われます。

ただし、その後継者候補が本当に承継して事業を発展させることができるか、現在の経営者に確信が持てないのであれば、他に候補者を探し求めたり、事業または法人を他社に売却することも検討しなければなりません。

また、親族の中に後継者としてやる気がある人が他にいたりすると問題が生じやすいものです。よくあるのは、継がせようとしている長男は事業を継ぐことに乗り気でなく、次男(時には長女や次女)のほうが自分こそふさわしいという意識を強く持っているがゆえに、兄弟姉妹間で諍いが絶えないようになってしまう状況です。

実際、経営者であった父親が急逝したある会社では、後継者の座を巡ってオフィスの一角で兄弟が殴り合いの喧嘩をしていたところに従業員が遭遇してしまったケースもあります。これでは、どちらが後継者になっても、従業員は困惑してしまいますし、事業運営にも支障が出るでしょう。

いっそのこと、長男であれば長男一人しか親族がいないなど、他に選択肢がない状況のほうが後継者となる本人も覚悟ができますし、周囲の関係者もよほど問題のある人物でなければ、後継者として認めるしかありません。

仮に親族がいるとしても、現経営者兼オーナーの目から見ると適任者はいないとか、いても本人に引き受ける意思があるようには見えない場合もよくあります。そこで、従業員に会社を買い取ってもらい、買い取った従業員のなかから次の経営者を選ぶという方法もあります。従来の経営幹部を中心とするチームが買収するのであれば、マネジメント・バイアウト(MBO)ということになりますし、より広く一般の従業員も買収チームに参画するのであれば、エンプロイーズ・バイアウト(EBO)となります。MBOにせよEBOにせよ、通常は、単独で買収を行う器を用意するわけにはいかず、M&A経験が豊富なファンドや取引先の金融機関などと協調して買収を行うための資金を調達した上で事業を承継することになります。

 こうした財務上のスキームを用意するにしても、親族から後継者を選ぶにせよ、経営者が事前に何の準備もなく急逝してしまった場合は、極めて限られた時間のなかで後継者を決定しなければなりません。そこで、緊急避難的な手段として、亡くなった経営者の配偶者が後継者となるケースも往々にして目にします。その後、改めて別の人に事業を承継しようとするわけですが、こうなると関係者のさまざまな思惑が先行して、所有権(株式)を巡って一般の投資家までも巻き込んでバトルが展開するケースもあります。こうしたケースでは、最終的には次に述べるようなM&Aや他社による買収という形で、事業承継のプロセスが終わりを迎えることにもなりかねません。

親族にも従業員にも経営を引き継ぐのに適した人が見つからないとなると、取引先や顧客などの他社またはまったく関係のない第三者に承継してもらうことも検討すべきです。エグゼクティブ・サーチ会社などの人材サービス会社を通じて社外に人を求める方法もありますし、成功例となると具体的に挙げるのは難しいですが社外公募という方法もありえます。また、M&Aや営業譲渡などを通じて法人という器はなくなるとしても事業の実態は第三者の会社に承継させる手法もあります。

 

このように、誰に承継させるのかというテーマは、身近な親族へ引き継ぐものから全く関係のない第三者への経営委任や他の法人への事業譲渡まで多様な手段があります。共通して現経営者兼オーナーが考えなければならないものとして、承継後にどのように事業を進めていってほしいのか、事業を承継する人にどこまで事業を改革する(または現状のまま維持する)意志があるのかという、事業の見通しとも関連する課題が指摘できます。

現実には、一度は引退した経営者が、後継者の事業運営・経営方針・業績動向などに満足できず、再度、経営者に復帰する例は、広く世間に知られているものも多いですし、個人的に見聞きすることも少なくありません。個々には相応の事情があるにしても、事前に事業をどのように運営していく見通しなのか、まったく話し合った形跡が見られないまま、事業承継が行われたのではないかと訝しいものが多いでしょう。

言い換えれば、事業を承継した人は、前経営者がどこまで本気で引退するのか見極めてからでないと、自らの経営手腕をあまり急いで発揮しないほうがいいのかもしれません。急いで実績を挙げようとすると、前経営者を否定するようにも見えてしまい、事業をどのように発展させるのかという課題以前のところで、事業を承継した人とさせた人との間で無用な衝突が起きるでしょう。

もちろん、引退した経営者のなかには、引退後には主要株主として存在するものの、事業には一切、口を挟まず、取締役の地位からも降りてしまう人も例外的には存在します。そうした希少な例であった父親から経営者の地位を引き継いで2代目の社長となったある方から以前伺った話のなかで今も強く記憶しているのが次のような言葉です。

 

「父親は完全に引退して経営に口を出すことは一度もなかったし、家でも会社の話は一切しなかった。でも、(父親に仕えていた役員やベテランの従業員がまだまだ発言力を持っていたので)いきなり会社の運営のしかたを変えるわけにもいかなくて、古参の幹部たちが定年退職するまでは自分のカラーは出さず、次の世代の幹部を自分で登用するようになってから、事業の改革に取り組み始めた。それがいい結果につながったと思う。」(創業者である父親から2代目社長の地位を継いだ現社長が、社長就任後10年ほどを経てから事業を承継した当時を振り返って述べた言葉)

 

事業を承継させる側にも事業に口を出さないという忍耐が必要であると同時に、承継した側にも事業や組織の運営を時代の変化に合ったものに切り替えていく意思をもって適切なタイミングを計ることも求められます。そこまでの信頼感をもてる人物に事業を承継させるべき、とは言えますが、急にそのような人物に巡り合うというのは、そうそうある話ではありません。成功の確率を上げるには、ある程度、事業運営をやらせてみて、次の経営者としてどのような事業に変えていくのか、またどこは変えずに強化していくつもりのか、折に触れて本音を引き出すように話し合うことが不可欠であるのかもしれません。

 

(4)に続く

 

  作成・編集:経営支援チーム(20201119日)