ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣~(11)
(11)立ち止まり深呼吸してデータを見る
著者はCOVID-19(新型コロナウィルス感染症)が流行する3年前に亡くなりました。本書が最終的に取りまとめられたのが2018年ですから、まだCOVID-19(新型コロナウィルス感染症)は流行っていません。にもかからず、次の記述があり、その指摘の的確さに驚かざるを得ません。
感染症の世界的な流行、金融危機、世界大戦、地球温暖化、そして極度の貧困だ。なぜこの5つを特に心配しているかと言えば、実際に起きる可能性が高いからだ。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」301ページより)
著者が感染症のことを最も心配しているのは、もともと医師であることによるとも思われますが、COVID-19(新型コロナウィルス感染症)の流行が一向に衰えを見せない現状を見るにつけ、その心配の正しさに慄かざるを得ません。
感染症の専門家のあいだではいまも、新種のインフルエンザが最大の脅威だというのは共通の認識になっている。(中略)あっという間に広がるインフルエンザのような感染症は、エボラやHIV・エイズのような病気よりもはるかに大きな脅威になる。感染力が強くどんな対策も効かないウィルスからあらゆる手で自分たちを守ることは、あたりまえだがかなり重要だ。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」302ページより)
現実を突きつけられている私たちにとって、感染症への対策は今ここにある危機にほかなりません。今すぐに動かなければ、次は自分かもしれないという焦りが生じないほうがおかしいとも思えます。そうした事態に直面しているからこそ、データに基づき正しく危機感をもつことが望まれます。
ただし、そこには10の思い込みの最後の思い込みである焦り本能が生じやすい故に、間違った判断もまた往々にして見られるのです。この焦り本能のことを自覚して、問題に対処することが求められるのです。
読者のみなさんはとうとう最後の教えまでたどりついた。ここでやらなければあとはない。ファクトフルネスを実践して、世界を正しく見られるようになるか。それとも本を読み終えたら何もしないか。どちらかを選べるのはいま、この時だけ。(中略)いまやらないと、もう次はない――それが焦り本能を引き出すコツなのだ。いますぐ決めろとせかされると、批判的に考える力が失われ、拙速に判断し行動してしまう。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」290ページより)
経営者の信条や経営の理論や実践的なガイドブックのなかには、拙速でも良いからまずやってみて、問題があったら後で修正していけばいい、といった考え方を説くものがあります。特に新商品開発や市場開拓などでは、思いつきレベルのアイデアでいいから、少しでも具体的なものを作って市場に出してみて、後は顧客などからのフィードバックに迅速に対応しながら製品やサービスを生み出していくほうが、最初から完璧なものを上市しようとするよりもいいというのが、ほぼ常識化しているのではないでしょうか。
そうなると、とにかく何か新しいそうなものを試しに出してみて、問題は後から考えるというアプローチが望まれます。いちいち立ち止まってデータを精査し見立てを変えようと試みるのは、時間の浪費として非難されるでしょう。
しかし、それで本当に少しでも世の中を良くしていくことができるのでしょうか。そこまで大げさな話でなくても、日々の仕事や暮らしの中でより良い判断を下して、フェイクニュースや噂話に振り回されることが少なく落ち着いて生活していくことができるのでしょうか。
ファクトフルネスとは……「いますぐに決めなければならない」と感じたら、自分の焦りに気づくこと。いま決めなければならないようなことはめったにないと知ること。
焦り本能を抑えるには、小さな一歩を重ねるといい。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」307ページより)
焦り本能には次のような対処法が紹介されています。
まず、深呼吸して二者択一を迫られている情況から一歩引いたポジションに立ちます。そこで必要なデータを入手したり、分断本能・ネガティブ本能・直線本能・恐怖本能・過大視本能・パターン本能・宿命本能・単純化本能・犯人捜し本能といった冷静な分析を妨げる諸要因を思い出したりします。
次に、データを精査します。ここで見るべきデータというのは、正確で重要なデータです。そもそも重要でないものは捨てるべきです。正確でないものも同様です。緊急時こそ、データの正確性に拘ることが大切です。
ここで思い出されるのは、35年前に起きた日本航空123便墜落事故の事故調査(注6)です。当時、国の事故調査官だった藤原洋氏によると、123便の墜落当初は情報が錯綜して墜落場所がわからない状況でした。そこで藤原氏らは、やみくもに現場に行こうとするのではなく、正確な墜落地点が判明するまで待って、場所がわかったところで現場に急行することで墜落事故の2日後には事故原因をほぼ特定できるようになっていたそうです。
このエピソードからも理解できるように、重大事件や緊急事態に直面した時こそ、ただ動くのではなく、正確で重要なデータを収集することを最優先に行動しなければなりません。日航機123便の事故では、いつという情報はレーダーから機影が消えた時点でほぼ特定できましたが、墜落場所がどこかとという情報は不確かなものばかりで、それが正確にわからなければ夜の山中を彷徨い歩くことになり、二次的な遭難や被害が出かねない状況でした。
さて、焦り本能に対処する第三の方法は、占い師((特に極端な未来を予測すること)に十分に注意することです。未来を予測するシナリオは最善と最悪だけではないことをいつも強く意識して、物事に対処します。現実は敢えてシナリオとして提示されていない平凡な事象であることが圧倒的に多いのです。
そして、過激な対策に要注意です。極端なシナリオは極端な解決策を求めます。大胆でドラマティックな対策ほど耳目を引きやすいのは事実ですし、時には予算もより多くつくでしょう。しかし、その実効性には疑問が付くことが多いはずです。何しろ、未だ誰もチャレンジすらしていない方策が、いきなりうまくいくと考えるのは極度に楽観的すぎます。むしろ、既にある程度の結果が出ていると実証されていることを地道に少しずつでも改良しながら取り組んでいくほうが、確実に効果が挙がります。
【注6】
本文中の記述は、以下のNHKのウェブサイトにおける「日航機墜落 事故調査官100ページの手記に書かれていたこと」によります。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200812/k10012564381000.html
文章作成:QMS代表 井田修(2020年8月17日更新)