ファクトフルネス (10)

ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣~(10

 

10)犯人の前に原因を探す

 

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)は中国のせいだ、その中国に支配されているWHOのせいだ、とアメリカの大統領は事あるごとに言い募ってきました。実際は、世界全体のなかで感染者の約25.7%がアメリカ人であることから見れば、もともとの発生源は特定できないとしても、その感染を拡大した中心がどこであるかは自明です(注5)。

アメリカは人口も多い国であるから、感染者数が多くてもしかたがないと思われるかもしれません。そこで、感染率(人口100万人当たりの感染者数)を見てみると、アメリカは世界全体で8番目に多い16,350人であることがわかります。ちなみに、アメリカよりも多い国は、カタール・仏領ギニア・バーレーン・サンマリノ・チリ・パナマ・クウェートです。そのなかで最も人口が多いチリですら2000万人にも満たず、感染率が高い国は一般に人口が少ないことがわかります。中国・インドに次いで世界で3番目に多い人口(3.3億人強)を有するアメリカにおける感染率の高さは、どう言い訳をしようにも、感染防止の政策が十分に効果を発揮しているとは言い難いことは明らかです。

また、死亡者数や死亡率(人口100万人当たりの死亡者数)を見てみると、アメリカは10位にランク付けされており、医療崩壊といわないまでも、感染者に対する治療の面でも厳しい状況にあることは否定できません。

こうした数字を認めることなく、悪いのは中国だと感染拡大の責任を転嫁する言動に終始しているのは、一国のリーダーとして不適格と言わざるを得ません。こうした言動を本書では第9の思い込み(本能)とされる犯人捜し本能と呼んでいます。

 

なにか悪いことが起きたとき、単純明快な理由を見つけたくなる傾向が、犯人捜し本能だ。(中略)犯人捜しには、その人の好みが表れる。人は自分の思い込みに合う悪者を探そうとする。では、いちばん悪者扱いされる人たちを見てみよう。悪どいビジネスマン、嘘つきジャーナリスト、そしてガイジンだ。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」264266ページより)

 

この指摘の通り、ガイジンである他国のせいにしたり、政権に批判的なメディアが流す情報をフェイクニュースとして無視するようでは、問題は解決できません。現に感染の拡大という問題は依然として解決の目途が立っていません。感染を防止できない公衆衛生の諸制度や医療システムとその前提となる社会のシステムや慣習にどのような問題があるのか直視しない姿勢には、批判を禁じ得ません。

もちろん、ことはアメリカに限った問題ではありません。日本でも同様の傾向は見て取れます。

たとえば、歌舞伎町などの特定地域の特定の職業に従事する人々を狙い撃ちにしたかのようにPCR検査を実施すれば、そこにクラスターを発見することは容易でしょう。しかし、現実には歌舞伎町だけが問題なのではありません。クラスターは東京都から遠く離れた島根県の高校のサッカー部でも生じます。また、感染者の多数はすでにクラスターとは関係のない感染経路不明者であるとすれば、これまで感染者が多くはなかった地域では都市部から来たよそ者(一種のガイジン)が持ち込んだと思われて、「さっさと帰れ」というようなビラを撒かれたり、いたずら書きを車にされたりするわけです。

 

ファクトフルネスとは……誰かが見せしめとばかりに責められていたら、それに気づくこと。誰かを責めるとほかの原因に目が向かなくなり、将来同じ間違いを防げなくなる。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」282ページより)

 

犯人捜しの本能に囚われないようにするためには、本書によれば次の2点に十分に注意する必要があります。

まず、物事がうまく行かないのであれば、誰かのせいにしようとする心を一旦抑えて、うまくいかない事象を分析して、その原因や理由を探り出すように心がけることです。その際に、物事には一つの理由や原因で問題が生じていることは極めて稀で、それが社会的に重要な課題であればなおのこと、複数の原因や物事を動かしている仕組みやシステムにこそ注目すべきです。

前項でも述べましたが、そもそも単純な見方や答えで問題が解決するほど、世の中は甘くないことを肝に銘じるべきでしょう。物事は複雑であることが当たり前ですし、個々の事情や環境に応じてさまざまな解決方法を生み出していくことこそが現実的なアプローチです。ひとつの解決策をすべてに当てはめようとしていたら、その時点で間違っている可能性が極めて高いのです。

次に、物事がうまく行っているのは、特定個人のせいであることはまずありえないことを必ず意識しなければなりません。反対に物事がうまく行かないのを特定の個人や集団のせいであるとすれば、正に犯人捜し本能に囚われていると言わざるを得ません。

現実の社会の仕組みは、特定の個人、それがいかに著名なセレブや強大な権力を握ると思われる政治家であっても、1人の力で社会を動かすには限界があり、システムそのものを作り出しうまく機能するように日々支えている人々にこそフォーカスすることを強く意識したいものです。これは、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)を治療したり感染を防止したりするのに、数多くの医療従事者や公衆衛生の専門家たちが貢献している役割を考えれば、誰でもすぐに理解できることです。むしろ政治のリーダーたちがヒーローでありたいがために感染防止にマイナスの存在となっている例がいかに多いか、と痛感せざるを得ません。

 

【注5

ここで示しているCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の感染状況に関するデータは、すべて以下のサイトの2020814日午前11時(日本時間)時点でアップデイトされている数字によります。

https://www.worldometers.info/coronavirus/#countries

 

(11)に続く 

 

文章作成:QMS代表 井田修(2020814日更新)