ファクトフルネス (6)

 

ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣~(6

 

(6)目の前の数字がすべてではない

 

目の前に何か新しいもの、特に未知の病気や突発的に発生した事故があると、人はそのことにのみ目を奪われる傾向があります。なかでも、子供の死や貧困に喘ぐ人々の存在に直面すると、ふだんはいかに冷静な人であっても、その全体像に注意が及ばず、目の前の1人を助けようとしがちです。 

これが、本書で第5の思い込み(本能)とされる過大視本能です。

  

ファクトフルネスとは……ただひとつの数字が、とても重要であるかのように勘違いしてしまうことに気づくこと。ほかの数字と比較したり、割り算をしたりすることによって、同じ数字からまったく違う意味を見いだせる。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」185ページより)

  

本書では、過大視本能の例として豚インフルエンザのケースが紹介されています。

 

1918年に、スペイン風邪と呼ばれるインフルエンザにより、世界人口の2.7%が亡くなった。(中略) 

2009年には、豚インフルエンザが流行した。その年の最初の数カ月だけで、何千人もの人が亡くなった。どのメディアも2週間にわたって、豚インフルエンザを報じ続けた。しかし、2014年のエボラ出血熱と違い、豚インフルエンザの感染者は倍増しなかった。それどころか、感染者のグラフは直線にすらならなかった。(中略) 

同じ2週間のあいだに、結核で亡くなった人も計算した。結果は約63,066人。(中略)結核の死亡者ひとりに対して、ニュース記事はその10分の1しか書かれていない。つまり、豚インフルエンザによる死は、同じくらい悲惨な結核による死に比べて82,000倍もの注目を浴びていた。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」174175ページより)

  

いわゆる世間の注目を集めるニュースの陰に、ニュースとして扱われることは少なくてもより意味のある数字が存在するとしたら、その数字に着目して政策を実行すべきではないでしょうか。特にその数字がひとつしかないとか、そもそも数字で表現されていないという場合には、過大視本能に陥っていないか、改めて注意してみる必要があります。 

例えが適切ではないかもしれませんが、子供が両親に虐待されて亡くなったという事件が報じられたとします。通常は、虐待した両親や周囲の人間関係また日頃の虐待の模様などが詳しく報じられるでしょう。いわゆる識者とか専門家と呼ばれる人たちが、事件の背景や虐待件数の動向などを論じることもあるでしょう。 

さて、事件が起きた地域では毎月10件は虐待を疑われる通報が児童相談所に寄せられていたとします。1ヶ月に10件しかないのに、なぜ、虐待死に至るまで放っておいたのか、児童相談所や関連する公的機関や周囲の大人たちは何もせずに見て見ぬふりをしていたのか、と憤慨する人も出てくるかもしれません。 

そうした時にこそ、数字の意味を問う必要があります。10件がそもそも多いのか少ないのか、増加しているのか減少しているのか、季節や年度による変動があるのかないのか、そのうちの特定のケースで虐待死につながってしまったとして、それは例外的なことなのか、どこでも起こりうるものなのか……このように10件という数字にまつわる明らかにすべき疑問は次々と出てきます。さらに、こうした疑問は、地域の子供を持つ家庭の数や児童相談所の体制などによって変わっても、その意味や重要性が変わってくるであろうことは想像がつきます。 

こうした場合に数字を扱う要点を、本書では次のようにまとめています。 

 

ひとつしかない数字をニュースで見かけたときは、必ずこう問いかけてほしい。 

●この数字は、どの数字と比べるべきか 

●この数字は、1年前や10年前と比べてどうなっているのか

●この数字は、似たような国や地域のものと比べたらどうなるのか 

●この数字は、どの数字で割るべきか 

●この数字は、合計するとどうなるのか 

●この数字は、ひとりあたりだとどうなるのか 

(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」184ページより)

  

仮に、虐待の原因がいくつもあって、それぞれの原因別に個別の対策が求められるとすると、発生件数が多い以上に対策が追い付かない虞があります。そうした時のテクニックとして、本書では8020ルールを提唱しています。

  

全体像をつかむために、ここでは8020ルールを使ってみよう。「石油・石炭・ガスだけで、世界の8割以上のエネルギーを生んでいるのではないか」と考えてみる。実際に計算してみると、答えは87%になる。(「ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~」175ページより) 

 

マネジメントの手法をご存じの方であれば、このルールはABC分析を簡略に行っているものであることに気づくでしょう。たくさんの商品を扱っているとしても、売上高の上位20品目で売上全体の80%を占めているといった経験則です。実際にはもっと少ない品目数で全体の80%以上を占めるケースも多々あります。 

売上分析だけでなく、コストダウンをする際にも同様のアプローチが可能です。たとえば、販管費を30%カットしようとするのであれば、金額の多い順に費用項目を並べてみます。そうすると、人件費や不動産賃貸料など上位35費目程度で、5070%を占めるかもしれません。そうであれば、全体を一律に30%カットしようとするよりも、もし60%を占めるのが上位4項目であるならば、その上位4項目について半減させるための方策を捻り出すことができれば、それだけで販管費全体を30%削減することになります。 

児童虐待の原因についても、発生件数別に多いほうから並べてみれば、同様の傾向が見られるかもしれません。すべてに対応するのではなく、重点を絞って、数の多いもの、すなわち対策を取ればより多くの結果が出るはずのものから対策に着手することが、現実を改善していくのに効果的なのです。その結果として、児童相談所のスタッフという限りある人的資源をより重点的に投入すべきところに投入することができますし、コストパフォーマンスの向上を実現することも可能となります。

 

(7)に続く

  

文章作成:QMS代表 井田修(2020624日更新)