ファクトフルネス (1)

 

ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣~(1

 

(1)事実を事実として認識するには

 

 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)に代表される感染症の流行、地震・台風などの大規模な自然災害、戦争や虐殺、航空機の墜落などの大規模な事故など、重大な問題事象が発生するたびに、問題の原因究明が行われます。 

しかし、多くの場合、真相が仮に明らかになったとしても、それへの対策を報告書上は提案されることはあっても、予算不足や既得権益との調整難航などにより、容易に実行されることはありません。事件や事故が起きた当初は原因究明よりも犯人捜しが行われることもありますが、犯人を論ったところで適切な予防策がとられるとは限りません。心理的には無理もないことかもしれませんが、それで本当に問題が解決し、二度と同様の問題事象が発生しないのでしょうか。 

 実際は、同じようなことが時と場所を変えて幾度となく起きます。スリーマイルからチェルノブイリ、そしてフクシマと原発事故ひとつをとっても、そうです。 

感染症についてみても、過去30年間で30種類も新たに発見されているそうです(注1)。AIDSにエボラ出血熱、ウェストナイル熱、高病原性鳥インフルエンザに豚インフル、SARSMERS、そして新型コロナと、その流行が問題となったものだけでもいくつもあります。また、一般のインフルエンザや結核や麻疹・風疹といった古くから存在する感染症もまた、大流行こそないものの、毎年のように一定規模で感染が見られます。 

 こうした問題事象に直面したときにこそ、冷静に事態を見て、原因を見極めて対策を打ち出す必要がありますが、その前提となるのが、ファクト(事実)を知ること(ファインディング)です。 

 筆者がファクトファインディング(事実を認識すること)の重要性を本当に理解し実行するようになったのは、最初の転職をしたときでした。転職先企業の代表者で経営コンサルティングという仕事の大先輩でもあった方が、口癖のように「ファクトは何か?」「それはどういうファクトに基づいているのか?」「ファクトを見つける(ファインド)には何から着手すればいいのか?」とファクトファインディングを習慣化できるように、いつも若いコンサルタントたちに問いかけていた姿を思い出します。 

 ファクトは、単に〇〇病が流行っているということではありません。いわゆる5W1H(いつ・どこで・何が・誰に・どのような経路で・何故に)にしたがって、感染の事実を明らかにしたものです。それがしっかりとデータとして把握できないと、原因究明も対策実行もやりようがありません。 

とはいえ、正確にファクトを掴むとなると、時間的な制約やデータを集める要員やシステムの不備などもあって、100%望むものが入手できるとは限りません。むしろ、流行の萌芽期や爆発的な感染が始まった緊急時には確かな数字は集まらないのが通例です。数字の限界を知ったうえで、いま入手可能なデータを読み解くことで、ファクトを推定していくのです。 

一方で平時には、ファクトよりも優先的に物事を見る際に適用されるのが、既に頭の中にあるフレームワークです。これは先入観と呼んでもいいかもしれません。きちんとした数字で物事を判断するよりも、習慣や先入観で判断してしまうのが人間です。 

  

今回ご紹介するのは、スウェーデン人の医師で公衆衛生学(グローバルヘルス)の教授でもあったハンス・ロスリング(故人)およびその共同作業者でもある息子のオーラ・ロスリングとその妻アンナ・ロスリング・ロンランドが、TEDやダボス会議などでの数多くの講演を通じて得た知識や経験から、データをきちんと押さえて事実を確認することの重要性・必要性を説いた本です。

 

ファクトフルネス ~ 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 ~ 

(ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド著、上杉周作、関美和訳、日経BP社より20191月発行) 

 

以下に本書で採り上げられている10の「思い込み」を挙げておきます。これらに囚われてしまい、世界を事実でもって正しく認識できないと、解決すべき課題を取り違えてしまうことにもなりますし、問題を悪化させることにもなりかねません。

  

・分断本能 

・ネガティブ本能 

・直線本能 

・恐怖本能 

・過大視本能 

・パターン本能 

・宿命本能 

・単純化本能 

・犯人捜し本能 

・焦り本能 

 

大事なのは、事実を認識するには、何らかの数字が必要ということです。言い換えれば、統計学に裏打ちされた数字でもってこの世界を見ることを習慣化することです。そのための第一歩として、本書では13の質問(イントロダクションの913ページ)があります。いずれも3つの選択肢から正解を選ぶのですが、その正解率の低さに著者は愕然としたそうです。 

選択肢が3種類あるということは、世界の人口や経済・社会問題や環境問題などに何の知識がなくても、正解率は33%程度になるはずですが、実際は1問(世界の平均気温の予測についての質問)を除く12問で、ほぼすべての国で33%を顕著に下回る結果となっています。 

こうした正答率の低さが何に起因するのか、著者たちは知識のアップデートが不十分であると当初は考えて、より印象深いプレゼンテーションを心がけるようになったそうです。しかし、著者たちの努力も空しく、一向に正答率は向上しないことから、新たな仮説が浮かび上がります。それが、既にご紹介した10の「思い込み」です。 

 

(2)に続く

 

【注1

「平成16年版厚生労働白書」第1部第2章『現代生活に伴う健康問題への解決に向けて』は、前年のSARSの流行を受けて、感染症に関する言及が42ページから65ページまで続きます。 

https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/04/dl/1-2.pdf#search=%27%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87+%E6%AD%B4%E5%8F%B2+%E5%B9%B4%E8%A1%A8%27

ここで述べられていることの基本は、いまでも変わらず効果的なものと思われます。

 

文章作成:QMS代表 井田修(2020522日更新)