1兆ドルコーチ(5)

 

1兆ドルコーチ(5 

 

(5)コーチだからこそできること・取り組むべきこと

 

ビル・キャンベルはビジネスコーチとして、特定の経営者や上級幹部に個別のミーティングを通じて必要なアドバイスを送っていただけではありません。彼のコーチングの真骨頂は、個別のコミュニケーション以上にチーム全体を対象として根本的な問題の解決に前向きに取り組むように、チーム全体を動かすところにあります。 

そうした根本的な問題として「部屋のなかのゾウ」があります。

  

経営上の問題を理詰めで解決しようとするアプローチには限界があり、グーグルでも重大な問題になったことがある。(中略)クオンツ(数理分析専門家)やテッキー(ハイテク技術者)は、人間のチームにつきものの、本質的に厄介で感情的になりやすい緊張を、面倒で理不尽なものと見なし、データ主導型の意思決定プロセスで解決されるものと考える。(中略)何かが起こり、緊張が生じ、それは自然には解決しない。こうした状況は気まずいから、誰もがなるべく話題に出さないようにする。そのせいで、状況はさらに悪化する。 

これがいわゆる「部屋のなかのゾウ」、すなわちあらゆることに影を落としているのに、誰もが見て見ぬふりをする大問題だ。((「10兆ドルコーチ199ページより)

  

この「部屋のなかのゾウ」は、身近にいます。というよりも、すべてのチーム、法人、グループ、とにかく複数の人間の集まりには、どこかのタイミングで必ず出現するものです。 

たとえば、仲の良い友人たち45人が集まるとします。その際に、どこに何時に集まるのか、集まって何をするのか、どこに行くのか、そういったことを相談して取りまとめるにしても、全員の意見が一度にすべて一致することはありません。誰かが強めに意見を言って、誰かが控えめに反論を引っ込めるか、最初から自分の意見を言わないのが普通です。 

しかし、そうしたことが続くと、いずれかのタイミングで問題が表出します。それは、誰かがいつの間にかいっしょに遊ぶことがなくなるということかもしれませんし、特定の一人を他の数名がいじめるという形かもしれません。もしかすると、いくつかの小グループに分裂したり、気がつくとまったく集まらなくなってしまったりするでしょう。 

グーグルとは異なり、ビジネスモデルに高度な技術やグローバルな事業展開といったものがなく、根が単純で感情で動く人々から構成されている組織であれば、「部屋のなかのゾウ」への対処は、経営者が真正面からぶつかっていけば最後には全員が涙を流して感動するか、ちょっとした金銭的な心遣いで丸く収まるか、組合潰し的な役割を担う第三者を雇って不満分子を追い出すか、いずれかの方法で対処するのが基本です。 

こうしたことは、いかなる組織にも起こることですが、それがグーグルに代表されるように、知性と論理と自由がその組織や構成するメンバーを特徴づける会社ともなれば、より一層、問題への対処が難しそうです。 

 

ある問題が長くくすぶりつづけているかどうか、すなわち部屋のなかのゾウかどうかを調べるリトマス試験紙は、チームがその問題を率直に話し合えるかどうかだ。ここでコーチ、またの名を「緊張見つけ人」の出番となる。 

もちろん、緊張は「政治」と言い換えることができる。何かが「政治的」になってきたとは、データやプロセスによって最適解を導くことができなかったために、問題が生じているという意味だ。この時点で駆け引きが始まる。(中略) 

当初これは技術的な問題と見なされ、データと論理によって取るべき道がおのずと見えてくるだろうと考えられていた。だがそうはならず、問題はこじれ、緊張が高まった。チームのなかだけではなく、社外の提携先にも悪影響が及び始めた。誰が事態を収拾するのか? 

ビルが介入したのはこのときだ。一方の幹部の勝利ともう一方の幹部の敗北を決める、困難なミーティングを行わなくてはならない。ビルはそれを敢行した。解決されていない根源的な対立を探し当て、対処を迫った。 

ビルは問題をどう解決すべきかという明確な意見を持っていたわけではないが、どちらにするかをいま決める必要があることを知っていた。このミーティングはグーグル史上最も白熱したものの一つとなったが、遅かれ早かれ行わなくてはならないものだった。((「10兆ドルコーチ200202ページより)

  

コーチとして対処すべきことは、やはり経営上の大きな問題、解決に取り組むべきこととわかっていても経営者や経営幹部といった直接の関係者では、そうやすやすとは手を突っ込むわけにはいかない問題です。 

大問題となる前には、見過ごされがちな些細なことが発端であることが往々にしてもあるものです。とはいえ、見過ごしたり、いまはまだ対処すべき時ではないなどと言って、忌避し続けていると、本当に組織全体を揺るがす大問題となってしまうこともあります。 

こうした問題=部屋のなかのゾウ=にチームが前向きに取り組むようにするのが、コーチの仕事です。そのためには、常日頃から組織全体にいま何が生じているのか、目を配ることも必要でしょう。また、複数の経営幹部から個別のミーティングを通じて問題状況を把握し、取締役会をはじめとするさまざまな公式・非公式の会合を直接見聞するなどして、問題を感じ取ることも忘れてはなりません。 

ひとつ注意したいのは、問題の所在を明らかにし、その問題を解決する場に関係者を関与させて、問題解決に取り組ませるのがコーチの役割だということです。決して、自らが具体的な解決案を提示したり、解決に向けてチームを指揮したり会社全体に命令を発したりするわけではないのです。解決策を検討し、それを実施するのは、チーム、すなわち会社(経営者や幹部たち)なのです。 

また、「前向き(ポジティブ)」ということも極めて重要で、問題に後ろ向きに取り組むと愚痴や文句しか出てきません。 

後ろ向き(ネガティブ)に問題に取り組むというのは、誰しも経験のあることでしょう。むしろ、大概は後ろ向きです。できなかったことの責任を追及されたり、うまくいっていない原因を明らかにするだけで終わってしまったりしたのでは、チームの成長・発展はありません。ときには、パワハラを誘発することもあるでしょう。 

コーチがすべきことは、問題を解決するように、チーム(会社)を前向きにして問題に取り組ませることなのです。それが、スポーツでいえば次の勝利、ビジネスでいえば会社や事業の聖著・発展につながるのです。

 

(6)に続く

  

文章作成:QMS代表 井田修(20191224日更新)