「超越の棋士 羽生善治との対話」に見るリーダーシップ(1)
「情熱や執念だけでも、短期間ならできると思いますけど、50年も続けられないでしょう。なかなか普通は……。やっぱり理解しがたいところがあるんです、加藤先生には」(中略)
「やっぱり、だんだんと難しくなってくると思いますよ。何を目標にするとか、何のためにやっているのかを見つけるというのは……。年を重ねるごとに難しくなっていくと思います」
(「超越の棋士 羽生善治との対話」高川武将著・講談社刊23ページより、以下の引用はすべて同書より)
これは、将棋界において30年以上、トップレベルの第一線で活躍し、いまも将棋界の最高峰のタイトルである竜王戦をタイトルホルダーとして戦っている羽生善治氏が、主にアスリートへの取材やインタビューで活躍する高川武将氏との8年に亘る複数回のインタビューのなかで、自分よりも格段に長く戦い続ける加藤一二三9段(注1)について語った言葉の一節です。
羽生氏自身も長年、将棋の世界で戦い続けていますが、上には上がいるものです。プロ棋士の世界は勝負の世界ですから、本人がやりたいからやり続けることができるわけではありません。アマチュアの将棋愛好家とはその点が決定的に異なります。勝ち負けより将棋を指すことが好きとか、将棋盤を囲んで友人たちと談笑するわけではありません。すべて真剣勝負です。
「体調にしてもテンションにしても、高いレベルの状態をずっと維持するのは大変なことなので。一時なら頑張れますけど、それを何十年も続けるとなると本当に大変ですね。
だから加藤先生は、対局でも最後の最後まで持ち時間をすべて使って考えるところが驚異的なんです。長く棋士をやっていると、だんだん淡白になる面があるんですよ。早く指してしまって、持ち時間も残して終わるような対局が増えてくるんですけど、それがないのが凄いですね」(同書23ページより)
2017年9月22日に羽田空港の出発ロビー4階のカフェで1時間ほど行われたインタビューのなかで、羽生氏はこう加藤9段のことをこう語っています。
プロの対局では1人の持ち時間が6時間というものもあり、2人で対局するので1局全体では12時間を超えるものもあります。通常の仕事においては、12時間以上も集中して取り組むことは滅多にないでしょう。そこで実績を挙げ続けることの難しさを羽生氏も指摘しています。1回だけを頑張ることはできても、その頑張りを何十年も継続することは、日常の仕事においても納得できるものです。
加藤9段と同じプロ棋士という立場で30年以上に亘って第一人者であり続けている羽生氏は、正に将棋界のリーダーです。
ビジネスの世界においても確かに30年以上もリーダーであり続ける人はいますが、組織や業界などを活用できる分、まったくの個人の力だけでリーダーである続ける棋士とは条件が違うかもしれません。そうした違いはあるものの、リーダーであり続ける難しさは変わらない、むしろ将棋の世界のほうが難しいかもしれません。さらにいえば、近年の羽生氏はAIを巡ってNHKの番組でナビゲーターを務めたりするなど、将棋の世界に留まらず、社会全体の第一線でリーダーとして活躍しているということができます。
本書を通じて、リーダーであり続けることとはどういうことなのか、また、それはいかにして可能なのか、こうしたことは考えるヒントを、羽生氏の言葉やライバルとなった棋士たちの言葉、そしてインタビュアーの高川氏の言葉から探っていきたいと思います。
【注1】
一般の人々には“ひふみん”と呼ばれてバラエティ番組に出演している人といったほうがわかりやすいかもしれません。
なお、加藤9段は2017年6月20日をもってフリークラスの規定により現役を引退となりました。引用したインタビューは2017年9月22日に行われています。
【注2】
本コラム掲載日(2018年10月25日)時点で、竜王戦7番勝負で2勝先勝しており、残り5局のうち2局に勝てば、羽生氏の通算獲得タイトル数は100となります。これは歴代最多記録を更新し続けている、文字通り前人未到の記録です。日本将棋連盟のHPによれば、通算獲得タイトル数で歴代第2位は大山康晴15世名人の80期、現役棋士で羽生氏に続くのは谷川浩司9段の27期獲得です。
作成・編集:QMS 代表 井田修(2018年10月25日更新)