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ティール組織~マネジメントの常識を覆す次世代型組織

(3)全体性(ホールネス)の回復

 

第二の突破口として挙げられている全体性(ホールネス)というのは、文字を見ただけでは自主経営(セルフ・マネジメント)よりもピンとくるのが難しいかもしれません。

ここでは、社員自身がもち感じている価値観や基準と、組織のもつ価値観や基準があっているかが問われます。言い換えれば、仮面を着けずに、自分の素顔のままで仕事をすることが日々できているかどうかという問題です。仕事をする上で、もし無理に仮面をつけて振る舞うことが必要であるならば、全体性が失われていると言えます。

圧倒的に多くの企業や団体では、ミッションステートメントなどの明示的な会社の方針や就業規則等の明文化されたルールが、そのまま現実の仕事に適用されているわけではないでしょう。特に人事処遇上のことや職場の慣行といった面では、不文律や暗黙の了解が現実を支配しています。

極端にいえば、上司や社長の顔色を伺いながら仕事をするのが一般的といえるかもしれません。仕事は仕事、自分の個人的な価値観とは関係なく機械的に仕事をこなすだけ、と割り切っていないと、とてもやり過ごすことができない理不尽や不公平な扱いに日々晒されている人も少なくないでしょう。

 どんなにITが発展しようとも、人間で構成される組織の多くが、まだまだ本音と建前のダブルスタンダードで動いているとすれば、面従腹背の社員ばかりになったり、社内政治に走る社員とそうしたことに無関心を装う傍観者的な社員だらけになりかねません。そして、そうした企業が成長・発展するほどに、取引先までもが面従腹背になったりするでしょう。

実際、社歴や業種などの違いはなく、普遍的とすら言えるほど、表面上の(紙に書いた)ルールと現実の運用ルール(不文律とかムラの掟というべきものか)には大きな齟齬があります。過労死するほどの長時間労働がなくならない一因は、本書の表現を借用すれば、全体性(ホールネス)の欠如にほかならないと言えるでしょう。

また、いわゆるブラック企業であるとか、パワハラやセクハラがまかり通っている組織というのも同様です。悪しき慣習や是正すべき慣行が放置されている以上、そうした職場環境で生き抜いていくには、いやなことでも甘受して耐え忍ぶか(その限度はありますから、どこかで個人のほうが破綻に瀕することになります)、仮面をつけて別の人格を演じてダークサイドに堕ちていく(その分、昇進昇給など処遇上のメリットは期待できるかもしれません)か、見て見ぬふりをして無関心な傍観者となるか、選択肢は限られています。

日常の仕事においても、意味がないからやりたくない仕事(たとえば誰も内容をろくに見もしない資料の作成など)、顧客満足度向上といいながら(儲けにはなっても)顧客のためにならないものを売りつける仕事、予算がないとか前例がないとかルール上認められないといった尤もらしい理由で実現しないアイデアなど、自分を押し殺さなければやり過ごすことができない情況はよくあります。そうした情況も全体性(ホールネス)が失われしまったケースに該当します。

 

多元型(グリーン)組織は、誠実、尊敬、寛大といった価値観を基礎とする文化を切り開いた。進化型(ティール)組織の詳細な基本ルールは、共有された価値観を次のレベルへと引き上げる。(中略)こうした文書は、安全で生産的な職場をつくるためのビジョンを提供する。健全な人間関係について社員たちがお互いに話し合うための語彙を与え、社内では許容されない行動と推奨される行動とを明確に分ける。

価値観に命を吹き込むには一編の文書だけでは足りない。本書のために調査した組織の多くは、創業時からよりよいスタートを切っている。新入社員は全員、オンボーティングの一環として、会社の価値観と基本ルールを学ぶ研修への参加を勧められる。なぜなら、この研修を通じて、組織全体に通じる共通の基準や共通の言語がわかるようになるからだ。

各社は、研修の後も価値観や基本ルールを生かしておくためには、それらについて徹底的に話し合う時間が必要だということにも気がついている。(本書「ティール組織~マネジメントの常識を覆す次世代型組織」256257ページより)

 

 進化型(ティール)組織において全体性(ホールネス)を回復するというのは、単に、誠実・尊敬・寛大といった価値観を実現するというよりも、社員一人ひとりが安心してのびのびと働くことができるようにすることではないでしょうか。そのためには、新たに採用された社員をはじめとして、創業者やCEOから現場で補助的な作業に従事している未経験者まで、相互に健全な人間関係を築いていくことが不可欠です。そうした人間関係があって初めて、自主経営(セルフ・マネジメント)を行う基盤が成立するように思います。

ちなみに、高い労働生産性を実現するには、心理的安全性は不可欠という調査研究もある(注4)ほどです。

ただ、これはちょっと考えてみれば当たり前のことかもしれません。何かを提案したり行動を起こそうとした時に、いちいち上司の顔色を伺ったり、周囲の同僚などの視線を感じたりしながらするのでは、アクションをとる時間やコストが余計にかかります。そのうえ、自己保身の方策を張り巡らしてであっても何か行動をとればいいほうで、いいアイデアを思いついたとしても誰も言わなくなるのが必然でしょう。

こうして、誰も何も言わなくなる組織ができあがります。ここでは、イノベーションも顧客満足も実現することは困難であることは論を俟ちません。アイデアを出すことをノルマにされて、本当に効果的なアイデアが出てくるのであれば、すべての組織が既にそうしていることでしょう。

新しいアイデアが欲しいなら、それを言いやすい雰囲気とかつい言ってしまう環境作りが不可欠です。もちろん、その前提として、解雇のおそれを感じることがないとか、余計なことを言って左遷される心配がまったくないなど、人事処遇上の安全性を実感できる運用の積み重ねも求められます。

 

全体性(ホールネス)について読むうちに思い出された会社が、二つあります。

ひとつめのC社は、ユニークな消費財を次々と開発し販売する会社として有名です。経営トップが社内を歩きまわり、いつでも気軽に社員に声をかけるのが日常となっています。歩きながら、この経営者は「こんなもん、売れるかい」とか「○○を企画したのは、お前か。始末書ものだ」と口では言うものの、実際に始末書をとったことは皆無です。

表面的な言葉の問題ではなく、実際の行動こそ社員は敏感に感じるところがあるのでしょうか、手厳しい言葉をかけられるほどに、次こそ「これはいける」と感心させようと社員も燃えるそうです。実は、本当に見込みのないアイデアには、何も言わないということも社内では知れ渡っているそうで、新入社員は入社早々、社長の前でアイデアを発表することで洗礼を受けるとも言われています。

また、社員全体からより広くアイデアを募るために、経営トップに直接送るメールもあり、定期的に社長賞のようなものが贈られるそうです。そのうえ、ちょっとしたアイデアであっても、経営トップや各部門の責任者から追加の質問や事実確認のメールが来たり、時には新しいプロジェクトを任されたりすることもあり、自分の一言で会社が変わることが実感できるのもC社ならではと言えるでしょう。

 

 もうひとつのD社はITサービスを次々と開発してきた企業でした。創業当初から、エンジニアやサービス開発担当者が自分のやりたいことをユーザーに問うというスタイルで成功してきたそうです。もともと、出退勤の管理などまったく行っておらず、自然発生的に在宅勤務も実践しつつ、オフィスは倉庫を改造してフリーアドレスで各人が好きなようにスペースを使う、今でいえば働き方改革の先頭を行っていたような企業でした。もちろん、スーツ姿の社員など一人もいなかったそうです。

数年前に企業規模も拡大しグローバルに事業を展開しようとして、株式公開の準備に入った途端に、そうしたカルチャーが一変してしまいました。経営幹部や営業を中心にスーツ着用が当たり前になり、出退勤どころか日々の日報代わりに自動的に詳細な時間管理システムが導入され、作業の進捗状況が計画通りでないと即日アラームが立ち経営トップにまでレポートが上がるなど、テレワークであってもなくても、きめ細かくチェックする体制となりました。また、オフィスも一般的なオフィスビルに引っ越し、フリーアドレスではあっても次第に会議が多くなるなど、普通の企業になっていきました。それが株式公開への準備とも社内では認識されていたのかもしれません。

しかし、こうした変化と同時に、新しいサービスの開発が進まなくなってしまいました。これではD社の存在意義そのものが根底から問われることになります。

この時期、エンジニアやサービス開発者などが次々と辞めていった半面、営業や管理部門には人が採用され続けました。ただ、D社の成り立ちや特徴などを教育することはなく、一般的な中途採用者が各々前職のやりかたを持ち込むだけ(本人は経営者の期待に応えようとしてD社にないものを導入しているつもりでしょう)で、仕事の手続きが煩雑になる一方でした。

こうして、株式公開準備に着手して1年ちょっとで、既存のサービスを維持・改善するだけの会社となっていました。結局、D社の創業者などは株式公開を中止し、同業他社に会社を売却することに至りました。

 

この2社のケースからも類推されるように、全体性(ホールネス)というのは、事業運営や企業全体の経営がうまく回っている時にはさほど意識されないかもしれませんが、何かのきっかけで失われて初めてその回復が課題となるものでしょう。

今はうまくいっているC社にしても、現経営者のキャラクターを抜きにしては社員との関係性を維持し続けることは容易でないと危惧されます。だからこそ、全体性(ホールネス)を体系的に維持・向上させていく仕掛けや工夫を本書で紹介されている企業から学ぶ必要がありそうです。

 

【注4

グーグルにおける調査研究から得られた知見については、たとえば以下の記事やサイトで紹介されています。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/48137

https://www.lifehacker.jp/2017/08/170817_successteam_5traits.html

https://navi.dropbox.jp/google-worker

 

文章作成:QMS代表 井田修(201866日更新)