ホワイトベンチャー、ブラックベンチャー(4)

ホワイトベンチャー、ブラックベンチャー(4

 

3)より続く

 

 実はベンチャーをホワイトにする、少なくとも、よりブラック化させない方向でベンチャーを運営することは、さほど難しいことではありません。一例を挙げると、その人のもつバックグラウンドやものの考え方などが、起業家とは明らかに異なる人と組んで仕事をすれば、ブラック化をある程度は防ぐことは可能でしょう。

 具体的に考えてみます。

比較的若い日本人男性の起業家であれば、中高年以上の女性を事務担当として週に23日雇うだけでも構いません。中高生の女性や外国人の女性をスタッフとして雇用することでも、効果の出方は違うとしても、ブラック化を予防する確率は高いでしょう。

 女性の起業家であれば、中高年や一度定年退職した男性に自分が苦手な仕事(営業がうまくいかないのであれば営業をやってもらうとか)を担当するように人材を確保することで、同様の効果を望めます。

 

 反対に、特に意識して起業家自身とは異なるタイプの人材を周囲に配置しておかなければ、ベンチャーほど特定の人や組織で凝り固まってしまうでしょう。前回指摘したように、ビジョンや価値観の共有だけで事業運営をしてしまう際に陥りがちな落とし穴です。

 そもそも、ベンチャーには人員の数がいません。いても、起業家自身の知り合いだったり、仲間や同士であったりすることが多いでしょう。これでは、組織が一方向に暴走してしまうと、それを止めることはできません。ベンチャー、というか一般に組織そのものが、放っておけば、経営トップに何か意見を言う人を排除する方向に走りがちでしょう。

ベンチャー、特に創業当初の会社では、他人を雇用しようにもまったく採用できる見通しが立たず、家族や親族などを社員として雇うこともあります。個人事業や中小企業では、家族や親族の従業員がいて当然という場合も少なくないというのが実感です。採用コストもかからず、その人の能力や適性も分かっており、雇われるほうも起業家の考え方や性格などを分かっているので、即戦力としては申し分ないように思われます。

しかし、それではルールや手順で仕事をするまでもなく、「言わなくてもわかるはず」の関係だけで仕事をしていくことになります。まして、資金管理や契約管理などは、会社と個人が混同されないほうがおかしいでしょう。どうしても、家族や親族を役員や社員とするしかないとしても、担当分野を明確に分ける程度のことは、最低限のルールです。

ただし、下手にルール化して仕事をしようとすると、表面上のルールと実際に動く際のルールが違ってくることも往々にして生じます。特に他人である(家族や親族でない)従業員が若干名でもいるとなると、家族や親族ではない社員は、この件は社長(夫)、この件は奥さん(執行役員)、と分けて話をするのが普通になります。ここで、コミュニケーションのコストが余計にかかる以上に、伝えるべき情報が異なったりタイミングがずれてしまったりすることによる誤解や曲解のほうが問題かもしれません。

こうしたところから、人数が少ないのに派閥ができたり、いじめや中傷などの非生産的なことへの対応にばかり、経営者が時間を費やしたりするような組織になってしまうケースを、目にすることがとにかく多いのです。

 

 事業の運営について考えてみても、ベンチャーは気がつくとブラック化への道を転がり込むおそれが大きくあります。顧客や取引先は、事業が成長するほど数は増えるはずです。一方、マーケットや製品・サービスは相当に絞り込む必要があるでしょうから、狭い領域に集中するのが必然です。すると、いつの間にか、事業を運営するということは、その業界の常識だけで動くことと同義となりがちです。

この「業界の常識」というのはやっかいな存在です。それを打破するためにベンチャーを立ち上げたはずかもしれませんが、そのベンチャーが成功すればするほどに、新たな常識がすぐにでき上がってしまいます。取引関係も働き方も、新たな常識で動くようになります。

しかし、その常識が法令違反であることを関係者は知らないことすらあります。実際、IT関連の業界でも、エンタティンメント関連の業界でも、そうした実例が多々あったことを、世間というものが忘れてしまったわけではありません。

 

こうした「業界の常識」や経営者に意見することがない組織風土に溺れず、自社がホワイトであろうとすれば、起業家自身がさまざまな人々の価値観やライフスタイルを実践的に見知ることが必要です。起業家者自身の人脈形成・活用の力というと、起業の最中にそんな時間はないとの声が聞こえてきそうですが、人脈作りの時間を敢えて取るわけではありません。

たとえば、ある消費財メーカーの経営者は、庶民的な居酒屋に行って、たまたま隣りで飲んでいたおじさんやおばさんに、自社で開発中の新商品の話をして、そこで一種のテストマーケティングを行い、そのリアクションから新商品のブラッシュアップをするのが日課だそうです。別の日には、同じことを高級クラブで接待相手の経営者やフロアの女性などを相手に行うそうです。

また、既婚の女性を事務担当などでちょっと雇おうとした際には、ママ友の人脈のなかでキーポイントとなる人をおさえておいて、いつでも代役の人が確保できるように、採用したい人のもっているネットワークに便乗させてもらうことで、事業を拡大していった経営者もいます。

これは、数を確保したり、人員の急なやりくり(子育て中は子供の病気などで急に仕事の都合がつかなくなるのは頻繁に起こりえます)に対応できたりするといったメリットに加えて、潜在顧客(自社サービスのユーザー)となる子育て中の女性の不満や評価を組織的に収集するネットワークとして活用することで、起業家自身にはない人脈が自然に形成されていった例です。

なかには、若いころからの遊び仲間の関係がそのままビジネスとして発展していった経営者というプロファイルも、特にファッションやエンタティンメントなどの分野では少なくありません。

こうした実例の多くは、人脈が拡大していくにつれて、より多様な人々を取り組んでいくことで事業が健全に成長していくことを示しています。いわば、「友達の友達は友達」の延長線上に、社員の友達を社員に取り込むとか社員の友達を取引先にしていくといったプロセスが展開しているわけです。そして、いつの間にか、年齢・性別・価値観・行動パターン・ライフスタイルなどが違う人たちを、起業家や経営者が無意識に採り込んでいることになります。

こうしたケースでは、実際、その会社のファンを生み出していきつつ、多種多様な人々の声を聞くことで独りよがりな事業運営を自然に予防しているようです。もちろん、こうしたものを制度化して、社外取締役や独立役員などコーポレート・ガバナンスの一環に組み入れていく会社もあります。

そこまで制度化していないとはいえ、起業家のなかには、仕事上の関係から離れて、自分から意識的に異なる分野やタイプの人たちとの人脈を作っている人もいます。特に、先輩の経営者との間で、直接会う時間を取ってくれる関係を構築し、一種のメンターとして定期的にさまざまな意見を聞きに行く例(注2)などは、成功したベンチャーが陥りがちな欠点を先輩の経営者が意図せずに指摘してくれることもあるでしょうから、ブラック化を予防するのに効果的であるかもしれません。

 

【注2

起業家自身が目上の人との人脈作りについて語っている例として、一休を創業した森正文氏のインタビュー記事が「経済界」のウェブサイト上にあります。

http://net.keizaikai.co.jp/archives/9875

 

5)に続く

  

作成・編集:経営支援チーム(2017613日更新)