同一労働同一賃金を巡って(2)

 

同一労働同一賃金を巡って(2

 

1)より続く

 

「同一労働」ということをマネジメントにおいて実践するには、どのような仕事を誰が担当するかという職務の設計や配分の面と、その仕事をどのように取り組んで結果としてどのような成果を上げたのかという業績評価の面を、両方とも把握しておくことが必要です。

実際には、担当する仕事が不明確だったり、仕事の割り当てが量的にも質的にも不合理であったりするので、職務の設計や仕事の配分が適切に行われているかどうかが、「同一労働」を考える上でまず問題となります。

 

そこで、まずは担当する仕事をいくつかの種類に分けてみることになりますが、その種類分けをするには、いくつかの基準があります。

その一例としては、仕事をする本人の裁量にゆだねられる部分の大きさで分ける、という方法があります。

仕事をする仕組みやシステムがマニュアルなどにより事前に詳細に定められていたり、本人が判断する要素がなく、何か問題が発生すればすべて上長に判断や指示を仰いだりするのであれば、「仕事の自由裁量は小さい」といえます。

反対に、法律や規制当局の指示・指導に反さない限り、何をどのようにやってもよいのであれば、「仕事の自由裁量度は大きい」といえます。上場会社などでは、取締役会や株主などの意向も無視できませんが、非公開のオーナー会社ではCEO=取締役会会長=株主ですから、制約は受けません。

この両者の中間に、一定の自由裁量をもって仕事をする社員がいます。

 

担当する仕事をいくつかの種類に分けてみる基準の例として、権限・責任・業績影響度の大きさというものも考えられます。権限が大きければ、それに伴う責任も大きいし、その仕事の出来不出来が会社全体の業績に与える影響も大きくなります。

CEOという仕事を例にとれば、権限は組織の中では最大でしょう。法律や規制当局によるレギュレーション、株主(その代理人としての取締役会)との契約などから大きく逸脱しない限りは、権限は会社の中で最大です。同時に、業績達成の責任だけでなく、会社で起こったすべての事象についての最終的な責任を負うことにもなります。これは不祥事が発生した場合を想像していただければご理解いただけるでしょう。

反対に、権限が極めて小さく限られていて、責任も限定されており、その仕事の出来不出来が業績に及ぼす影響も小さく限られている仕事もあります。一般に、現場により近く、個々の作業を担当するものがこれに該当します。

 

また、次のような区分の仕方もあります。仕事をするのに個人の力量に大きく依存するのか、組織の力量に大きく依存するのか、という点に着目すると、前者は、いわゆるプレイヤ―として仕事をするもので、後者はマネージャーとして組織を動かすことが仕事となるものです。

特に前者は、アメリカなどでは、インディビデュアル・コントリビューター(個人として成果に貢献する人という意味)と呼ばれることがあります。そこまで強く成果に貢献するということを意識していなくても、現実に仕事をしている人の多くは、この範疇に入るでしょう。

後者はマネージャーと呼びましたが、日本企業の管理職が全てここでいうマネージャーに該当するかどうかとなると、かなりの比率で該当しない人が多く存在するように思われます。法律的にいえば管理監督の地位にある者ということになりますが、仕事の実態からいえば、ある一定の組織単位について(個人の仕事の結果ではなく)組織としての結果に対して責任を負い、そのために必要な意思決定や組織を構成するメンバーの指示・指導・サポートなどを行う権限を有するのが、ここでいうマネージャーです。日本企業の場合、一般の管理職どころか執行役員レベルであっても、組織としての結果に対して責任を負い、そのために必要な意思決定や組織を構成するメンバーの指示・指導・サポートなどを行う権限を有するとは、とても言えず、単に連絡係だったり、ベテランの担当者だったりするケースが、まだまだ多数を占めているのではないでしょうか。

 

ちなみに、以上の3軸から仕事を区分してみたものが、表1です。

 

1

 

 

 

仕事の権限・責任・業績影響度の大きさ

 

   

仕事の自由裁量の大きさ

マネージャー

CEO職、CXO

新規事業や新業態開発などのプロジェクトの責任者

中規模以上の企業において、極めて限定された規模での新規事業の責任者

IC

会社の顔となる社員、及び一般にはプロスポーツ選手やアーティストなど

CXO直属で特命事項など全社の業績や評判などに大きく影響する経営課題(M&Aなど)を扱うもの

部長・支店長など上級マネージャー直属で特命事項などを扱い、その結果が部店の業績に影響するもの

マネージャー

複数の組織単位を統括する責任者(事業部長・本部長など)

一定の組織単位の責任者(部長・支店長など)

新業態店などの実験的な部店の責任者

IC

業界でも著名なナンバーワンの営業担当、業界や担当する技術分野で注目を集める技術者や研究者など

非定型的な仕事(重要な顧客を担当する営業、重要な案件を担当する開発、経理や人事などある職務分野におけるシステム導入の担当など)

経理や人事などある職務分野における定型的な仕事を、仕組みやシステムに組み立てる仕事など

マネージャー

担当する拠点に事故などが生じた際に会社全体の業績や評判が著しく低下する可能性が高い組織単位の責任者

重要な拠点・部署(代表的な部店や中核店舗など)の責任者

小規模な拠点(店舗など)の責任者

IC

会社の業績を左右しかねない業務(全社売上の10%超を担当する営業、ミスが許されない・ミスをすると損失が全社業績に直結する作業担当者など)

新規の営業開拓、他社への新規案件の発注など、仕事の進め方は定型化されていても、仕事の結果が組織単位の業績を左右しかねないもの

定型的な仕事(システムやマニュアルなどに従って決められた事務や作業を処理するなど)

   

IC:インディビデュアル・コントリビューター

 

 

これだけでは抽象的なので、仮に外食ビジネス(ラーメン店のチェーン)の会社をイメージして具体的な職務内容を入れてみたのが、表2です。

 

2

 

 

 

仕事の権限・責任・業績影響度の大きさ

 

   

仕事の自由裁量の大きさ

マネージャー

チェーン全体のオーナー経営者

外食(チェーンオペレーション)以外の新事業の開発・運営責任者(子会社のCEOであることも)

外食(チェーンオペレーション)以外の新業態の開発責任者

IC

 社員ではあるが、スポーツなど事業活動以外の分野で顕著な実績を挙げるなど、通常の仕事以外の面での活躍が大きく期待されるもの

他社買収プロジェクトの中核メンバー

業績不振事業の立て直しプロジェクトに送り込まれたもの

マネージャー

営業・商品・店舗開発・教育・管理など特定の職務分野の責任者(事業部長・本部長など)

営業・店舗開発・教育・管理(経理・人事など)の本社管理職(課長など)

実験店や新業態店の責任者

IC

会社を代表して取材に応じるなど、業界でも著名な店長やラーメン職人など

店舗開発や店長教育・スタッフ教育を専門として扱うもの

経理や人事などで新たなITシステムを提案・導入するプロジェクトの担当

マネージャー

複数の店舗の責任者(エリアマネージャーなど))

店舗全体の責任者(店長)

店舗のシフトの責任者

IC

チェーン本部で商品開発や店舗運営の仕組み作りを行うもの(シェフ、ラーメン職人、フロア担当など

新店立ち上げや業績不振店の立て直しの担当として店を軌道に乗せるもの

店舗でラーメンを作ったり接客を担当するスタッフ

   

IC:インディビデュアル・コントリビューター

 

 

ここで注意したいのは、次の3点です。

第一に、この表は仕事を種類分けしたものであって、社員を区分したものではないことです。言い換えれば、それぞれの種類に分けられたところに該当する仕事を現に担当しているのは、右下ほど非正規社員とか正社員でも若く験が浅い社員であり、左上ほどベテランの社員や役員ばかりとなっている保証はどこにもないことです。もちろん、いわゆる正社員が担当している仕事なのか、非正規社員が担当している仕事なのかと問われれば、個々の会社や個々の職場によって、さまざまに異なっているとしかお答えできません。

次に、仕事の種類分けをこうした表で示すことができる会社があり、仕事の実態もその通りであるとすれば、多分、その会社は同一労働同一賃金が既にある程度まで実現している企業であると思われます。実際の企業では、この表のとおりに、社員が仕事をしていることは滅多に見られないでしょう。そもそも担当している仕事が雑多であり、この表でいえば右下から左上のほうに該当する仕事をいくつも抱えている人も珍しくはないでしょう。

その一方で、たとえば大企業では、この表に当てはめようがない仕事をしている人がそれなりにいることがよく見られます。元社長が顧問でいるような場合、その顧問の仕事はどこに該当させればいいのでしょうか。そもそも、現CEOといえども、前CEOの顧問の意向を斟酌して意思決定をしなければならないのが実態であるとしたら、顧問のほうが左上に該当しCEOがその右側(上段中央)に該当することになってしまいます。

役員だけでなく、管理職クラスであっても、この表に当てはめることができるような仕事をしていないケースも時々見られます。また、名ばかり管理職で現実には定型的な仕事をしているだけというケースも見受けられますが、そうだとすると、その人の仕事は右下に位置づけるしかありません。

中小企業、特にオーナー会社の一部には、給与支払い対象となっている社員でもまったく仕事をしていない社員がいるケースも散見されます。その多くは家族などであるように思われます。

また、ベンチャー企業などでは、そもそも経営者が社員にどのような仕事をしてほしいのか、その意図や計画がまったくないままに、「ちゃんと仕事をしろ」とか「もっと結果を出せ」などと無理強いするものもあります。社員個々が担当する仕事も、社外スタッフに発注している仕事も含めて、極めて定型的なものから例外的で経営判断を要するような事項まで、ひとりで担当していることもあるでしょう。こうしたケースでは、仕事と社員個人を分けて捉えることは全く不可能で、個々の社員に値付けされた賃金があるだけです。

第三に、今は仕事が固定的ではなく、絶えず変化している時代であることも忘れてはなりません。同じ仕事を同じように何年にも亘って担当している人もまだまだ存在してはいるでしょうが、1年も経たないうちに仕事の内容が一変してしまう人も、ざらにいます。

特にIT関連のサービスを新たに導入するような場合、これまでは決まった手順で決まった作業をしてきた(たとえば月次決算など)場合、システムは変わっても作業の本質は変わらない(たとえば手作業とエクセルでやっていたことをクラウドサービスに切り替えるなど)としても、その切り替えの時期には複数の処理方法に対応したり、新しいサービスを導入するための仕事にも対応したりしなければなりません。このように、仕事が変化していくのが常となっている状況では、同じ人でも担当している仕事の内容やレベルは変わっていくのが常態化しているでしょう。とすれば、その人の担当している仕事は、表1の中で移動していくことも十分にあり得ます。

 実際、職(ジョブ)から仕事(ワーク)へと就業モデルそのものが変化してきていることを指摘するもの(注2)も出てきています。

 

以上の3点、すなわち、仕事を種類分けしたものであって社員を区分したものではないこと、実際の企業では仕事がきれいに種類分けされたとおりに運用されていることは滅多に見られないこと、仕事が固定的ではなく絶えず変化している時代であること、これらを前提として「同一労働」の実態を考えていかなければならない点に、十分に留意しなければなりません。

ここで述べてきたようなことが職場の実態であるとすれば、同一労働同一賃金は処遇(特に賃金制度)の仕組みの問題である前に、職務分担とか仕事の配分に関する問題であることが理解されるでしょう。ここの整理を抜きにして賃金のルールや処遇体系を見直しても、問題は解決しないどころか、却って拗らせることになりはしないかと危惧されます。

 

【注2

たとえば、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビューのウェブサイト上には、次のような記事があります。

http://www.dhbr.net/articles/-/4661

 

3)に続く

 

 

作成・編集:人事戦略チーム(201725日)