今年の12月より50人以上の企業では、ストレスチェックと面接指導が義務化されます。実務的には、対応に追われている企業も少なくないと思いますが、問題を可視化するという点では、義務化をひとつの契機として、ワークスタイルやマネジメントの課題を解決していくことが望まれます。
個人レベルにおいても組織レベルにおいても、仕事をしていく上でストレスに対応していくのは重要です。そこで、今回、ご紹介するのは、ITプロジェクトの現場で起こっているメンタルヘルスに関する本です。
プロジェクト現場のメンタルサバイバル術
~16の物語から読み解くプロジェクトマネジメント術と人間術
(プロジェクトマネジメント学会編、永谷裕子監修、柏陽平執筆統括、鹿島出版会より2015年10月発行)
この本は、全体で220ページほどのうち、160ページ以上が個人を主人公とした16の物語になっています。それらの物語を通じて、ITプロジェクトの現場で起こっている、メンタルヘルス関するさまざまな問題を紹介し、問題状況を分析してその解決方向を示しています。
目次より、物語のタイトルをご紹介しておきましょう。
<プロジェクト・マネージャーの孤独>
私の「わら1本」
プロジェクト、炎上
グローバルプロジェクト
背伸びした私
<顧客との人間関係>
他人任せじゃ動かない
寝る間も惜しんで頑張ったのに報われず
身体が悲鳴をあげている
<上司と部下の人間関係>
威圧的な上司
部下がみんな自分より上
木曜日は会社に行けない
マシン室、ひとりぼっち
俺様プロジェクト
執念が病気を超える日
<女性とプロジェクト>
彼女の選択
正社員じゃないのに
私しかできない
こうして、それぞれの物語のタイトルを見るだけで、実際にITの現場で働いている方々は、どういうストーリーか、ある程度、想像できるかもしれません。そうであるとすると、ITの現場で起きていることを、かなりリアルに描いていることになるでしょう。
これらの物語は、基本的に一人称で書かれていて、物語の主人公がメンタルヘルスに問題を抱えるようになっています。なかには、他社のマネージャー(学生時代の友人)や後輩がメンタルヘルスの面で不調に陥るようになっていくプロセスを見つめているものもあります(「威圧的な上司」と「彼女の選択」のふたつ)。
実は、この本を編集・執筆されているプロジェクトマネジメント学会メンタルヘルス研究会のメンバーの大半は、ITの現場で長年、プロジェクトのマネージャーやリーダーを経験されてきており、また一エンジニアとしてプロジェクトの現実を体験されてきたからこそ、リアルに書かれているのでしょう。
ひとつ気づいた点は、女性の物語が意外に少ないことです。女性が主人公とはっきりと確認できるのは、「背伸びした私」と<女性とプロジェクト>に含まれる3の物語、合計4の物語です。
この背景を考えてみると、IT業界、特に開発や保守・運用などの技術系の分野では、まだまだ女性の比率が低いのではないか、と思われます。もし、本書の物語に占める比率が、ITプロジェクトの現場で女性が占める比率と、おおむね同じくらいであるとすれば、25%%程度となります。これは、全産業平均の約45%(非正規に限れば3分の2が女性、総務省統計局「平成26年労働力調査速報値」より)と比べて、半分ほどと言えそうです。
ITとは直接関係のない仕事に就かれている方々にとっても、企業社会がまだまだ男性中心の社会であると感じることは少なくないでしょう。そうだとすれば、仕事の進め方もマネジメントのスタイルも、主に男性で構成される伝統的な企業社会の存在を暗黙の前提としていることが一般的と言えるでしょう。
したがって、本書で描かれている問題状況の多くは、一般の企業においても、程度の差はあっても、現に生じているものと考えておいた方がいいかもしれません。
こうした背景をもつ本書は、ITの現場で働いている方々にとって、ご自身の置かれている状況を客観的に見る材料になるのではないでしょうか。
物語を読んでみて改めて感じるのは、自分の置かれている状況を客観的に見る目の大切さです。自分から一歩離れてみるきっかけがあれば、そこまで状況が悪化しないのではないか、と思わずにはいられません。メンタルヘルスの不調から脱却するにも、体調などをノートに記すとかカウンセラーや臨床医に打ち明けるとか、何らかの方法で自分の状況を説明し客観化することが不可欠であるようです。
ここで描かれている物語には、そうした具体策も出てきますし、いま困っている人にとって、自分に近い物語を探すだけでも、苦しい状況から抜け出す第一歩となるかもしれません。
ITには直接関係ない方々にとっては、プロジェクトというものがもつ仕事の本質を垣間見ることができるかもしれません。いま働いている方々のうち、ルーティン・ワークだけで職業人生を全うできる人は、まず、いないでしょう。好むと好まざるとに関わらず、プロジェクト的な仕事が増えてくるでしょう。そうした仕事に直面すると、さまざまなストレスがかかってくることは容易に想像できます。
また、上司と部下の人間関係というのも、普遍的な問題状況でしょう。16の物語のうち、6の物語がそうしたテーマというのも、肯けます。
問題状況はわかりました。では、どのように対応したらよいのでしょうか。そのヒントや解決へのアプローチも本書に紹介されています。
文章作成:QMS代表 井田修(2015年10月13日更新)
さて、今回ご紹介している「プロジェクト現場のメンタルサバイバル術~16の物語から読み解くプロジェクトマネジメント術と人間術」では、後半の2章で問題状況を分析し解決していくフレームワークを紹介しています。
まず第2章では、プロジェクトマネジメントの手法や体系の面からいくつかの物語を分析し、取りうる対策を提示しています。
プロジェクト憲章は、そのプロジェクトの目的や概要を宣言して公式に認可したことを示すものです。多くのさまざまな組織がひとつのプロジェクトに関与するほど、こうした公式化は必要でしょう。
プロジェクト計画書は、プロジェクト憲章を具体的な作業内容・人員・予算・日程などに展開したものと言えるでしょう。
一般の企業においては、計画書はそれなりに作成するかもしれませんが、特に社内プロジェクトではプロジェクト憲章に相当するものを公式文書化することは、まず見かけません。
経営者や役員、部長クラスが思い付きで言いだした“プロジェクト”では、計画書すらないこともあるでしょう。それでは、プロジェクトが何をやるべきなのか、やらされる社員はよくわからないまま、仕事をするというか右往左往するでしょう。
WBS(ワーク・ブレイクダウン・ストラクチャー)は、やるべき仕事を一つひとつの作業項目にまで細分化して、漏れなく展開するものです。これがないと、片づけるべき作業項目をやり忘れてしまう、という最も基本的な失敗に陥ってしまうでしょう。
CCB(チェンジコントロールボード)は作業の変更を誰が見てもわかるようにするものです。ITのように行うべき作業が当初は明確であっても、プロジェクトの進行に伴って発生する、さまざまなトラブルやクレームに対処するには、こうした手法も必要です。
ガントチャートやプロジェクト組織図は、一般の企業でも活用されていることが多いと思います。ただ、組織図の中に意思決定権者からなるステアリングコミッティを置いたり、プロジェクトサポートオフィスを設けてプロジェクト・マネージャーを支援する仕組みをもったりするというのは、まだまだ限られた業界や企業に過ぎないのではないでしょうか。
これらのプロジェクトマネジメントの手法については、建設やITのプロジェクトでは当然に実行されて効果を挙げているものです。ただ、それ以外のプロジェクトでは、まともに導入されていないほうが、まだまだ一般的ではないでしょうか。そうだとすれば、より多くの企業でこうした手法を習得して実行するだけでも、メンタルヘルスの問題が解決するかもしれません。
次に第3章では、特にストレスと人間関係を分析するモデルとして、「NIOSH職業性ストレスモデル(191ページ)」を活用して、いくつかの物語を分析しています。
このモデルでは、以下の要因を抽出して分析を行っています。
仕事のストレッサー
個人要因
仕事外の要因
緩衝要因
ストレス反応
疾病
ITプロジェクトに関わっている本人が、自分の物語(日々の出来事や心境)をメモしておき、その内容をこうしたモデルに当てはめていくと、自身の状況を客観的に見て分析し、その対策を考えるヒントが得られるでしょう。
本人でなくても、ITプロジェクトに関わっている人の周囲にいる人々が、同じことをすれば、本人のメンタル面での変化や問題状況を理解し、アドバイスを送ることも可能です。周囲の人々が本人のメンタル不調の状況を多少なりとも理解し本人をサポートするのに、本書は効果的なツールを提供してくれるでしょう。
ITに直接関係しない人でも、本書のアプローチ、すなわち、物語(による客観化)と分析・対策のフレームワークを活用できるでしょう。その一例として、「私の見聞きした物語」を作ってみました。ご興味のある方は、こちらをご一読いただければ幸いです。
多くの職場で起こっているメンタル不調を考えると、本書は、あくまでITを題材にして、日本の職場全般に起こっている問題を扱ったものと考えるべきなのかもしれません。
最後にご紹介したい本書の特徴として、5本のコラムがあります。
ドイツの働き方事情、メンタルヘルスに関すし実施されたアンケート、PMOの役割、レジリエンスの考え方、過去にメンタルヘルスがあまり問題視されなかった背景についての考察などが、簡潔に紹介されています。
これらをざっと読むだけでも、現在の日本におけるメンタルヘルスの問題について、考えを深めて解決に向けて取り組むべき課題が見えてくるでしょう。
文章作成:QMS代表 井田修(2015年10月15日更新)
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